雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 034- 寄せ集めが力を発揮する瞬間

「アリア、お前、嘘がどうしてこの世に生まれたか……わかるか?」
「……えっ? えーと……さぁ……どうしてでしょう?」
「そりゃお前、人間の生活をより良くするために決まってんだろうが」
「え……?」
「まぁ今勝手に考えたわけだがな」
 ラディウスは楽しそうにニヒヒと笑う。「だがあながち間違っちゃいないだろう? ん?」
 アリアの脳内に「嘘も方便」という格言が鮮やかに明滅した。
「そうじゃなきゃぁみんなあっちこっちで嘘をついてるわけねぇじゃねぇか、お前のクラスメイトにもそういうの、いるだろうよ」
「確かに……」
「だから今、俺はあいつらに嘘をついた」
「え?」
「俺はこう言ったな? 俺は有給休暇をとって休みに来ている、そんなことにわざわざ付き合うほど俺はお人よしじゃねぇと」
「そうですね、確かに……」
 砂交じりの風がどこかから吹いてきた。
「ありゃ嘘だ」
「……」
「俺はあいつらを助けに行くぞ! お前が止めても聞くわけねぇしむしろお前を引きずり込んでやる」
「……言うと思いましたよ」
 アリアは困ったようにはにかんだ。一方ラディウスは心底面白く無さそうな顔をしている。
「……そこはー、お前拳を振り上げて『おー!』だろうよ、最高にアツいじゃねぇかよっ!」
「ラディウスさんのそういう言動はもう慣れっこですよ~」
「げー……面白くねぇ、面白くねぇぜー……本当に可愛くない」
「はぁ」
「まぁいいや……ついてこいよ、良いもの見せてやるぜ」
「良いもの?」
 ラディウスは踵を返して若者のような足取りで駆け出した。
「あぁ、待ってくださいよぉ!」
 アリアも慌ててその後を追う。しかしながらその三つ編みがどこか楽しそうに揺れているのに、アリア本人が気づくはずもなかった。

「趣味を仕事にできるのは最高だが、それで苦しむ人もいる」
 小屋の一室で、呟くようにラディウスが言う。
「その点俺はいい職業になれたなぁ、って思うんだぜ……なぜって」
 薄暗闇の中で、何かのチューブを持ち上げる音がした。それに付随して、モノがぱらぱら、ばらばら落下する音もする。
「こんな風に!」
 ラディウスはアリアの眼前に何かを突き出した。暗がりの下でその姿はアリアにはよく見えなかったが、徐々に目が慣れてくるとそれが明らかになってきた。
「えーと……なにこれ、シャワーヘッド?」
「そう、その通りだぜ……とでも言うと思ったかい?」
 よく見たらそのケーブルの先は掃除機に繋がっていた。しかもその掃除機はただの掃除機ではないというのはラディウスの性格とその台詞からアリアにはよく分かっていた。
「そうだ……ということでちょっと外に出るぞ」
「はぁ」
 そのまま部屋から廊下を抜け、玄関から外に出ると、日の光をやけに眩しく感じた。ラディウスの小屋は広い敷地の中に建っており、岩の風景が辺りに広がる。
「そしてここにあるスイッチをだな……」
 更によく見るとシャワーヘッドの下部には拳銃のようなトリガーまで確認できた。そして嫌な予感がこれでもかとアリアにぶつかり弾けていく。
 次の瞬間、彼女の目の前でトリガーが押された。
「ファイヤーーーッ!!!」
「!」
 耐熱加工をされた穴という穴から、猛烈な火炎が噴き出した。小屋の前のスペースを炎が躍り、すぐに空気と交じり合い消えていく。
「……う、わー……」
「ヒュー! ッははははは!!」
 ラディウスはひとりでずっと笑っているが、アリアには何が楽しくて笑っているのかいまいちピンと来なかった。
「あー……すまねぇな、このシャワー掃除機型火炎放射器、昨日造ってみたんだが」
 そう言いながら物騒なシャワーネックをぐるぐる回す。不安定に陽光が反射してヘッドが光っていた。
「テストをまだやってなかったからな~、あー! やっぱりこの感覚は何度やってもたまらんねぇ~……ぐふふ」
「……」
「……悪いことをしたような?」
「そんなことは無いですよ?」
「な、ならいいんだけどよぅ……」
 熱くなると周りが見えなくなるタイプの人間なのである。
「覚えておくと良いぜ」
 アリアは小首を傾げる。
「自分の強みを活かせる機会はたくさん持っておけよ! きっといい人生になるはずさ……今のお前が持っている能力とかもな」
 ラディウスはアリアを指差す。
「そしてその機会はきっと巡ってくるぜ、そのチャンスを絶対に……離すなよ」
「……」
「俺は今日、自分の強みをフルに使って暴れることが出来るんだ、たまんねぇぜ……」
 わざわざタメを作ってまでアリアに語りかけるその姿は、なんだか妙におかしかった。そしてアリアは気になっていたことを話してみる。
「あのー、どうやって?」
「え?」
「どうやって向こうまで行くんです?」
「トラックぐらい俺が作ってないとでも?」
 顔をずいっと近づける。
「ありったけの火器を持ってこい! 俺たちの一番得意なやりかたであいつらを、ハンマーの奴を援護してやろうぜ!」
「うーん……」
 急きたてられるように小屋に戻ったアリアに、一抹の不安がよぎる。今日の空模様とは、まるで似つかわしくなかった。
「……本当にこれで大丈夫かなぁ」


「ねえ、本当にこれで大丈夫かなぁ」
 ミリの不安げな声。
「大丈夫だって」
 ハンマーの宥める声。
 それを意に介さずヘリコプターのモーター音は力強く回り続け、四人分の体重を運んでいる。
『造り主に似たのかな』
「ちょっと分かる気がする……」
 そんな中、
「見えてきましたよ」
「おぉ……」
 ルフト洞窟の入り口には、ご丁寧に開けた岩場があった。なだらかな平地で、雨と風で風化しているのが分かる。ここなら自動操縦のこのヘリコプターもきちんと着陸できそうだった。
「このヘリにちゃんとこの地面が見えているんだろうかねぇ……」
 溜息混じりにジノグライが呟く。しかし思いのほかシームレスな着地をヘリコプターは見せた。もちろん廃材のドアがゆるりと開く。
「ふむ……」
「着きましたね、ここが……」
 洞窟がばくりと口を開けていた。その容は歓迎しているかのようで、その奥に広がる漆黒は何者をも拒絶しているかのようだった。
「怖くない?」
「今更何を仰る」
「そのために身を守る術を学んでいるんだろうが」
 もちろんジノグライが、ずいと前に出始めた。ゾイロスとジバもその後を追った。
「うー……」
 ハンマーは煮え切らない思いを抱えていた。
「どうしたの?」そうミリは訊いてきた。
「いや、こういうのってさ、よく暗所で作業するときはそういうヘルメットがあるよね、って」
 ハンマーは自分のヘルメットを指で叩いてみる。
「ライトでもあればまた話は別なんだろうけど」
『ライトっつった?』
「あるんですか!」
 前を行きかけたジバが、少しだけ回転してハンマーのほうを見た。瞬く間にベルトのようなものが送信される。そしてハンマーの手の内に納まった。
「おおっ……」
 現れたのは懐にも入りそうなライトのついたベルトだった。年季は割と有りそうだったが、使う機会がなかったのだろう、傷が無いが埃をところどころに乗せていた。
『これを、巻く、繋ぐ、照らす、おっけ?』
「ありがとうございます!」
 心強い装備を得たハンマーは、勢いよく駆け出して行った。ミリがその様子を見ながら、くすくす笑う。
「ああいうのって男の子好きそうだよね」
『新しい力は身体も心も大きくパワーアップさせてくれるもんだぜ』
 ジバがしみじみと呟く。
『ほらほらミリちゃんも! 置いてかれても知らないんだからな』
「おーっと、そうだったね……」
 そう言うと、ミリも暗闇の中へさっさと足を踏み入れ始めた。
『楽しそうだなー……』
 ジバが後ろからぽそっと言葉を浮かべた。
『皆も最初はただのまとまらない集まりでしかなかったけど、共通の目的って強いんだなぁ』
 足音が聞こえなくなってくると、ジバは我に返ったかのようにそのボディを震わせた。
『あ、私も行くんだった……』
 すると、記憶の片隅に押しやられていたアンテナのスイッチを入れてライトを点けると、四人の後を追い始めた。

 四人は繋がって歩いた。ライトを持つハンマーが先頭、ジノグライ、ゾイロス、ミリ、そしてしんがりにジバと続く。
「むむ……暗くてよく見えないや」
「落石でもしてライトが罅割れたらことですね」
 ゾイロスが言いかけると、
「あ、そういえば」
 この一言と共に空間に新たな暖かさが生まれた。炎がゾイロスの頭上に灯り、ライトとは違う仄明るさで一行を照らす。
「いや最初からやってください!?」
 ミリの抗議を華麗にスルーしながら、
「ずっと灯しておくのは疲れるのですが」それを感じさせない、いつもの穏やか極まる口調でゾイロスは言う。「でもこの状況、背に腹は変えられないでしょう」
 ジノグライはこの言葉を起点に、思い出していた。
 ゾイロスの一番大きな目的が復讐だったことを思い出していた。執拗に敵方のヘリコプターを追いかけていたことも思い出した。
 自分との再戦の要求をのむのも、ミューエの町を襲った相手を倒してからでは遅いだろうと踏んだ。
 しかしジノグライは慎重だった。できるなら、ゾイロスには見つからずに、秘密裏に訓練を積みたい。
 だがパーティとして動いている以上、それは難しかった。故にジノグライは、再戦の機会を逸したままだった。
 そんなことを考えながら歩を進めていくと、
「がッ」
 どうやら段差に足をとられたらしく、ハンマーがつんのめる。
『だいじょぶ?』
「大丈夫ですが……」
 ハンマーは腰をよろりと上げる。多少ふらふらしていたが、問題は無さそうだ。
 そして、完全に立ち上がろうとしたところを、

 ズビュ

「は……?」

 ガシャッ!

 背後の壁に何かが当たり、崩れる音がした。
「えっ……!?」
 一瞬ハンマー以外の目に、『それ』が映った。『それ』の軌道はハンマーのヘルメットの上部分を少しだけかすめ、もう少しハンマーが頭を上げるのが早ければヘルメットにまともに直撃し、貴重な光源がひとつ失われていただろう。それを免れていたとしても、ハンマーに当たってしまえば後ろに大きくノックバックを喰らってしまいそうだった。
「前方から何か飛んできた!」
「そこに誰が!」
 ゾイロスが灯りに使っていた炎が大きく弾け、膨らみ、まるで炎で一行を守るかのように辺り一体を覆った。それでも闖入者の姿はどこにもなかった。ならばとゾイロスは更に炎を揺らめかせる。呼吸も苦しくなるほどの熱と明るさが目の前を通り過ぎ、舐め尽す。
 それでも明らかにならなかったがために、ゾイロスは一度だけ炎の強さを弱めた。もっとも、彼にも規模の限界があった。
 ところが、
「なっ!」
 その矢のような攻撃は今度は下からゾイロスを襲った。まるでその隙を狙ったかのようなタイミングだったが、彼は大きく腕を振るって炎の壁を作り、これを凌いでみせた。
 その瞬間、なにやら大きく、黒い影が一行の眼前に立ちはだかった。
「……」
 暫し、一瞬とも永劫ともつかない時間が流れた。そしてその間、誰もが無言で全てを見ていた。
 ジバのライトに照らされたその人間は、何よりも身長が目を引いた。途轍もない大男で、ゾイロスよりも頭一つ分は大きい。
 更に漆黒の前髪が口元まで垂れ下がり、その素顔も人となりも全て塗りつぶしていた。表情は把握できず、無機的な印象を一行に印象付ける。
 おまけにその姿まで黒尽くめだった。黒いマントに黒いズボン、黒い上着が、ライトに照らされ煌々と輝く。
 暗殺者。
 闇に溶け込み、狙撃でターゲットを狙う。
 一言で印象を表すなら、それが一番近かった。
 時間が経過する。一行の中の黒い男が、一番最初にアクションを取った。
「喰らえっ!」
 ハンマーの陰から電撃を放つと、その男は屈んでそれを避けた。滑らかななその屈み方は、彼が少なくともロボットたりえないことを分からせてくれる。
 次の瞬間、大きな体躯に似合わない俊敏さで、たちまち一行の前から姿を消した。一行が行く道を、凄まじい速さで走りぬける。
「おい、待てッ……!」
 ジノグライは叫んだが、行き場の無い焦燥が洞窟の中にこだまするだけだった。
「クソッ!」
 手近な岩をジノグライは蹴り、奥歯を噛み締めた。
「逃げ足の速い奴……」



「あの衆、どう思うね」
「なかなか見所はあるように思われますが」
「ふむ……」




*To be Continued……

SEPTEM LAPIS HISTORIA 033- 意外な人の意外な縁から意外な術が生まれて

「あの子」
 ハンマーは気になっていた。「このまま別れるとは思えないような気がしてきた……」
「というと?」
 ゾイロスが聞き返す。
「またどこかで出くわしそうな気がして……」
『ナニナニ? 運命の赤い糸的な奴? ひゅーひゅー』
「棒読みで囃すのはやめてほしいなぁ」
 手を振りながらジバの軽口に応えている。
「でも気になるといえば気になるね……何か知ってそうだし」
 ミリが口を開く。
「で? 次の俺たちの行く場所はルフト洞窟……だな」
 ジノグライはそうそうに興味を無くしているようだ。
「どう行くんだ」
 その問いについては、
「……」
「……」
「……」
『……』
「……おい?」
 皆一様に口を閉ざしてしまった。
『い……行ったことの無い場所だから地図も用意していなくて』
「だからその辺りの本屋かなんかで地図でも借りられないかと思いましてそれを今から……」
「お前ら……」
 心底呆れたかのようにジノグライが溜息を吐いた。
「どう行くのか分からないものを追いかけようとしていたのか?」
「でもあっちを見てよ」
 ミリは街の一点を指差した。その先には岩山が広がっている。
「あっちは岩山、多分その方向に洞窟はあるはずだよ」
「ですがこの街は入り組んでいます、今から行ったらどれほど手間がかかるか……私たちの中の誰も飛行魔術は会得していないはずですよ?」
『シエリアさん……は朝から仕事だって行ってたしなぁ』
「どうしようか……」
「あのっ!」
 聞き覚えのある、いや、今さっき聞いたばかりの声がした。
「……うわぁ」
 その出来すぎな展開にハンマーは愕然とする。
「アリアさん……」
 思わず溜息まで漏れたがアリアはそれを意に介していない。まっすぐ一行を見つめて訴えかける。
「私も連れてってくれませんか……? 街が破壊されていくのを見るのは私もつらいです、えーっと……」
「ハンマーだけど」
「ハンマーさんは私を助けてくれました、何かアレについて知っているのでは?」
「うぅ……」
 図星だった。そして不意に苦しみを感じ始めた。
「いや、でも無関係な人間を巻き込むわけには……」
「……」
 アリアは少し微笑む。
「お優しいんですね」
「えっ」
「ワガママを聞いてください、私も連れて行って欲しいです」
「……」
「連れて行けばいいんだ」
「なっ?」
 声を出したのはジノグライだった。
「戦闘要員がひとり増える」
「言うと思いましたよ……」
「戦うことしか頭に無いから……」
 それでも嬉しそうにアリアは顔を綻ばせる。
「本当にいいの?」
 境遇の近しいミリが声を投げた。
「いいんです……連れて行ってください!」
『止めはしないけど、きちんと自分の身は守れる?』
「大丈夫です!」
 その途端、ゾイロスの呟きが聞こえたような気がした。
「え」
 見覚えのある桃色の線は空間を走り、アリアを囲んだ。それに気づいた瞬間、アリアは身構え攻撃に備える。その体制になる前に
「!?」
 触手のような熱線がゾイロスの腕から伸びる。激しく空を切り、アリアの腕に真っ直ぐ飛んでいく。
「……!」
 次の瞬間、
「やっぱり……!! 僕が見たものは幻覚でもなんでもなかったんだ……!!」
 ハンマーが思わず声を漏らした。
 アリアの姿は空中に溶け、まさしく煙のように熱線を避ける。腕の辺りに熱線が着弾した瞬間、アリアを結んでいた像は大きく穴が開いた。一瞬アリアの姿そのものが全く判別できなくなった瞬間、一挙に煙のような像が中心の空間に渦巻く。集合する。そして実体を結んだ。
「な……」
 ジノグライですら驚愕の声を漏らした。
 そこにいた全員が息を呑んだ。目すら離せずアリア・ホロスコープの一挙手一投足を一行が注視していた。
「す……」
 再びの声がミリから漏れた。次の瞬間堰を切ったように声が四方八方から溢れ出した。
『すげーーーッ!!』
「凄まじい特殊能力でした……!」
「初めて見たよあんな能力!」
「……なんて奴だ」
 やいのやいの囃す一行を前にして、アリアはさっと手を上げる。一行を制してから語り始めた。
「……エアボディー」
 目を伏せた。
「私に備わった能力です……攻撃には役に立ちませんが防御には役立つと思います、自分の身は守れますよ」
「お荷物にはならない……か」
 ジノグライの言葉に、かすかにアリアは顔を曇らせる。攻撃の術が殆ど無いことを、アリアは気にしていた。
「今から『おじさん』の家に皆さんを連れて行きます、『おじさん』なら何かしら知っているんじゃないでしょうか……私にも分からないんですが」
「『おじさん』?」
「ティエラの街で修理工をしているんです、自分でもいろいろ開発しているんですよ」
『シエリアさんみたいだな……』
「誰です?」
『気にしないで』
「……でもあなたのように洗練された発明はしてないんですよ」
『うん……?』
「来れば分かりますよ!」
 そう言ってアリアは駆け出し始めた。
「……」
 ミリもジノグライも呆気にとられていた。嵐のような娘だ――そう思っている。しかしハンマーは後を追いかけ始めた。ゾイロスも後に続く。
「おい、待てよ」
 ジノグライは声をかけた。しかしゾイロスは顔だけ振り向いて声を放った。
「あなたも私もあの人も……思ってることは心の底で一緒だと思いますよ?」
「……どういうことだ」
「……『行動を起こせば、日常が、世界が変わる』」
「……」
「誰もがそう思ってるに違いないですよ」
 振り返るのをやめて歩き出した。
「なるほど……」
 ミリが呟いた。
「私だって、そういう人間だったもんね」
 走り出した。
「……」
『どうする?』
「……」
 そうジバが煽ると、アリアの走っていった道をジノグライも歩き出した。
『速くしないと置いてかれちゃうよ』
「うるせぇ」

 そこはとても大きい家だった。造りはバラック小屋のようだったが、明らかに強度などはしっかりしているようで、まるでバラック小屋の雰囲気だけ借りてきたかのようだった。
 そしてその邸宅の前には「街の修理工 ベゼル」という文字が手書きで躍っていた。お世辞にも字が綺麗とは言えないが、ハンマーはそれを見て喉に刺さった魚の骨のように何か引っかかるものを感じていた。
「あれ……」
『どうしたんよ』
「いや……気のせいかな……でも気のせいにしたって出来すぎなような……えー……思い出せそう……なのに全然思い出せない……」
『厄介じゃん』
「でも絶対どこかで見たことがあるんだよ! そしてその正体を見たら絶対に膝から崩れ落ちる感じの違和感なんだよ! ああ……」
『大変そうだな……おっ』
「ん?」
 どうやらその『おじさん』がやってきたらしい。声が一人ぶん加わる。しかしその声にもハンマーは聞き覚えはあった。
「え!?」
『どうした』
「ま……まさか……!?」
 そして正体は決定的になった。その姿がハンマーの前に現れる。
「いよぉ、お前……なんでこんなところにいるんだ?」
「『おっちゃん』……!?」
『えーなんか超展開っぽいんですけど……』
「なんだお前!? 喋ったぞ!?」
「あ、気にしないで……」

「うーい、ハンマーが詳しいと思うが自己紹介をしてやるぜ、俺の名はラディウス・ベゼル! 普段はハンマーの職場……イニーツィオの工事現場で現場監督をしているぜ、よろしくな」
 そう言ったラディウスは恰幅のよい男性だった。恰幅がよいとはいえ、その肉体は筋肉で覆われており、とても頑丈そうだった。少なくともたるんだ様子は見えない。
 ぼさぼさの金髪はこまめな手入れをした様子が無く、砂が混じったようになっている。茶色い目はキラキラと輝き、まるで少年のような輝きを失っていない。顔立ちにはしわが目立つが、どことなく若さも感じられる。
 着ているジャケットにはところどころ綻びやほつれ、あるいはオイルの汚れが目立っている。ズボンは随分きつそうであるが動きやすさはありそうだった。ひとことでラディウス・ベゼルという人物をまとめるならば、「豪快」が似合う。行動力があって周りを強く引っ張るタイプだ。
 しかし目を引くのは、
「……」
「あー、こいつは気にせんでくれ」
 ジノグライと同じようなグレーの義手がその手に嵌っていた。しかし本人の目の前で、ラディウスはそれを、
「いよっと」
 外して見せた。タコや傷で覆われた両手が覗き、また義手――しかしこれ以降はメカグローブと呼んだほうが正確である―が装着された。
「あー、やっぱこれはカッコいいんだけど蒸れるなぁ……その辺を改善できたらいいんだが」
 そして改めて一行に向き直った。
「おう、そうだそうだ、一応名前を聞いておかねばな」
 そして自己紹介を一行は始める。
「ミリティーグレット・ユーリカです、ミリと呼んでください」
「ゾイロス・イクシオンです」
『ジバです~』
「ジノグライだ」
 その態度にラディウスはぴくりと眉を震わせる。
「おいおい、若いのがそんな無愛想じゃあいけねぇじゃないか、なぁ?」
「……」
「おっちゃん、ジノグライはそういう人間なんだ、あまり触れないほうがいいよ、不機嫌になるから」
「ふーん、そんなもんなんかいねぇ」
 呟いた後、ラディウスは言った。
「で? どうしてここに来たんだい、発明品でも買いにきたのかい」
「いや、違うんだ……アリアさんに連れて来てもらったんだ」
「んー? ハンマー、それは本当かい」
「そうなんです」
「……知らない人間を拾ってくるとは感心しないな」
「小動物じゃないんですから」
「一旦静まれ、んで、俺に何をして欲しいんだい」
 一拍置いて、アリアが尋ねる。
「ニュース聞きましたか?」
「聞かないわけが無いさ、それで?」
「ここにいる人たちはそのロボットの一味を倒して行っている人たちなんだそうです、この人たちのために力を貸していただけませんか?」
「あー、ダメだダメだ」
「えっ!?」
 手を振りながらラディウスはにべも無く答えた。
「俺は有給休暇をとってこの家に休みに来ているんだ、そんなことにわざわざ付き合うほど俺はお人よしでもないんでね」
「……」
「だが……」
 ラディウスは親指で邸宅の一角を指した。ここからそう遠く離れていないところに、一台のヘリコプターのようなものが澄ましたさまで停泊していた。ようなもの、と表現したのは、それが廃材で作られていたからだ。それを見てラディウスは自信満々な笑顔を向ける。
「ヘリコプターなら貸してやる、廃材を継ぎ合わせて作ったから見た目は悪いが……それ以外の品質なら充分保障できるぜ」
「本当ですか!」
「あぁ、これでルフト洞窟ふもとまで一気に行けるだろうさ」
 ミリがヘリコプターに近づき、扉を開けてみた。幸いにも四人が乗れるスペースは十二分に存在していた。操縦桿らしきものを四人は探したが、
「どこにも無いじゃないですか」
 ゾイロスは言ったが、ラディウスはニヤリと笑った。
「黙れ若造、コックピットをよぉく、見てみ?」
 嬉しくて仕方が無いという様子だった。コックピットにあたる部分をゾイロスは見てみた。すると、そこには最低限の長さのガムテープが貼られているだけでレバーもボタンも何一つついてなかった。そしてそのガムテープには、
「自動操縦……」
 ミリがぽそっとこぼす。
「どうだ! すげぇだろう!」
 ラディウスはガムテープを剥がした。よく見るとその下にはボタンが等間隔で並んでおり、その下にはティエラの街の地図が用意されていた。そして北西の位置にあるボタンのひとつをラディウスは押した。
「おう、これでルフト洞窟までひとっ飛びだ、乗った乗った!」
 するとラディウスは強引に四人を押し込む。前の座席にハンマーとジノグライ、後ろはミリとゾイロスだ。ジバが所在無さげに浮遊している。
「あとはハンマー、お前の目の前にある黄色いボタンを押せ、それがスイッチだ、飛び立つぜ」
 四の五の言わずに押し込まれたジノグライは怪訝な顔をする。
「こいつ……信用できるんだろうな?」
「僕の尊敬する人だよ、安心して」
「どうだかなぁ……」
 そしてボタンが押し込まれた。
「行ってこーい!」
 少し頼りなさげに宙に浮いた廃材ヘリコプターは、次の瞬間力強く舞い上がった。ルフト洞窟へ、四人と一機を運んでいく。その一連の様子を、アリアは呆気に取られて見ていた。その姿が空へ吸い込まれていく。

「……」
「さ、準備するぞ! アリア、手伝え!」
「えっ?」




*To be Continued……

SEPTEM LAPIS HISTORIA 032- 掻き消える身体は掻き消える日常と共に

 今日も、「第一」へ向かっている途中だった。
 石畳でできた路地を、暖かい朝の光に包まれて、ゆらりゆらりと歩いていく。両手で鞄を持ち、黒い三つ編みをふらふら揺らしていた。

 春休みだけど、私は親の……というか「おじさん」の勧めで教育機関の春期講習に参加することになった。この春を利用してしばらくこのティエラの街に滞在することになったので、しばらくは二人暮らしだ。
 教育機関にわざわざ休みなのに通うことになったのもそういうことだ。気心の知れたクラスメイトがいないというのもなかなか悲しいものがある。でも友達は多いほうじゃないので高望みはしない。そういうものだ。
 このような毎日が、嫌かと言われれば半分当たりで、半分はずれだ。平々凡々な毎日は良いものかもしれないが、如何せん退屈にすぎる。そんな事を考えていては駄目だろうか。
 誰かに言われたのだが、どうやら私は「地に足が着いていない」らしい。いつもふわふわしていて、良く言えばロマンチスト、悪く言えば非現実主義者だという。そして言い返せないのがまた悲しい。
 ただ、何か大きな事件とかは、どーんと起こって欲しい……かもしれない。かも……しれない?
 それとは無関係に、ぽかぽかとした世界は、今日も暖かく私を包む。それだけで、今日もいい日になりそうな予感があった。
 その予感は、迫る足音と機械音で掻き消えることになったわけだけど。

 衝撃。
「ぐわあッ!」
 濛々とする土煙。悲惨に石畳の道がバラバラと砕けていく。
「ダメージは!?」
「ありません」
「無いよ!」
「ねぇよ……ここは退くか」
 思い思いに散らばり逃げる。すぐそばに分岐路があった。ハンマーとゾイロスは右に、ミリとジノグライは左に逃げた。そして巨大ロボットはハンマーとゾイロスを追いかけていく。
「うわああぁぁぁ! 来たぁぁぁ!!」
「動揺しないでください!――ああ、次は三叉路です、二手に分かれましょう」
 ゾイロスの言う通りに三叉路が現れる。ハンマーは直進、ゾイロスは左に。すると巨大ロボットはハンマーを追いかけていった。ゾイロスは遠ざかっていく足音を聞きながら、重要なことを忘れていたことに気が付いた。
「しまった私としたことが……!」
 気が付いたときには遅かった。巨大ロボットは道の向こうに、家屋の向こうに消えうせていった。
「私が熱線でも何でも使って引きつけるべきでした……!」
 腕や脚からなら魔術は安定して出力することができる。見たままの景色に自然に魔術の痕跡を描き出すことができるのは、回復魔術を操る難しさとはまた逆ベクトルの難しさを要求される。そしてゾイロスはそこまでの技量を未だに持ち合わせてはいなかった。
「上級の魔術使いならば空気の流れからでも道の様子が分かるとも聞きますが……」
 このままでは無用の破壊をもたらしてしまう、その結論に思い至ったとき、ゾイロスは考えを手放した。
「……ここはハンマーさんに任せましょうか」
 そう思いながらも胸騒ぎが止まらなかった。

「はぁ、はぁ、はあっ……」
 もともとハンマーは持久力に秀でているわけではない。彼の強みはダイナマイトのような腕力だ。ひとたび爆発してしまえばその破壊力はもはや誰にも手がつけられない。それはハンマー自身がよく知っていることだったから、遠距離攻撃に優れていなくても広場のような場所なら、逃げながら何かしらのものを投げつけることで相手を攻撃できるだろうと踏んでいた。
 ところがその広場は無さそうだった。それどころか悪いことには、どんどん住宅地に踏み込んでいっているらしい。滴る汗の中で、思わずハンマーは歯噛みした。
 そしてふと前方を見たとき、最悪なものを見てしまった。
「ああぁっ!!」
 前方にいたのは女の子である。しかも何も知らないような顔をしてゆらゆらと歩いていた。歩くたびに黒髪から垂れ下がった三つ編みがぴょこぴょこ揺れている。両手に鞄を提げ、くすんだオレンジのベストを着ていた。このままでは彼女を巻き込んでしまう。
「危ない、避けて!」
 必死の叫びも遅きに失したかに思えた。巨大ロボットが振り下ろさんとした腕は、あろうことか腕ユニットがガシャンと伸びだし、ハンマーと彼女を叩き潰そうとしてきた。すかさずハンマーは横に跳んだが、
 そして戦闘の素人丸出しであるところの彼女はその腕を避けることなど到底不可能だった。影が一瞬で伸び、一気に補足する。
 見たことも無いくせに血液と臓物がぶちまけられるイメージが鮮やかに脳内で弾ける。そして思わず目を瞑った。
 爆音。

 軽い瓦礫がパラパラと落ちていく。ハンマーは薄目を開けたが、返り血のようなものは付着していなかった。否、それどころか――
「えっ!?」
 彼女は無傷だった。内臓が弾けるどころか、ベストにも鞄にも傷一つ付いていない。その状態で彼女は少し後ろに下がっていた。
「うそ……」
 巨大ロボットも想定外のことに愕然としているらしく、一瞬動きが止まったかと思ったが早いか、もう一度攻撃を仕掛けてきた。今度は前方に駆け出したままでその巨大な拳を唸らせていた。
 その途端、
「うっ!」
 風が強く吹いた。今度は片目をハンマーは瞑る。そして、もう片方の目で、その瞬間をしかと見届けた。
「……!?」
 驚きの声も出なかった。彼女は巨大な拳が腹にめり込んだと思われるタイミングで、ぱあっ、と周囲の空間に拡散した。
 彼女自身の身体が、周囲の空気に混ざりこみ、溶け合い、次の瞬間にはまるで逆戻しの映像を見ているかのごとく彼女の身体がもう一度形成されつつあった。
「こんな能力を持った人がいたなんて……!?」
 驚愕に両目を見開いたハンマーは、ひとときその華麗な攻撃の受け流しに見惚れてしまっていた。しかし、
「つっ……」
 彼女はもう一度像を再形成すると、少し苦しげに胸のあたりを押さえた。そして荒い呼吸を繰り返す。そうか、とハンマーは思った。
「あの子はそれほど長い間『あの状態』にはなれないのか……」
 そこに気づいたハンマーのとるべき行動は明らかだった。周囲をくまなく見回し、煉瓦が少し積まれているのを見つける。そのうち一つを手に取って、狙いをしっかりと合わせる。
「どりゃあ!」
 気合一閃、その手から放たれた煉瓦は臙脂色の残像を描くほど速く飛び、しっかり合わせられた的――巨大なロボットの重量を支える脚部――に狙い違わず命中した。ぐわしゃん、と凄まじい音を立てて、ロボットは前につんのめるかのように激しく損傷しながら倒れた。倒れてから改めてその姿を見ると、どうやら光線や火器の類の武装は備えていなかったらしい。完全に沈黙したようだ。
「一安心……かな」
 そんなことを言っていると、唐突に彼女は更に前方へと逃げ出していった。
「あっ、ちょっと!」
 このようなロボットが現れたのも、この街への侵略が開始された表れだろうと考えたハンマーは、彼女を呼び止めようとした。何より彼女の能力に、興味があったのも否定はしない。
 そんな思惑とは裏腹、彼女はさっさと走り去ってしまう、と思ったのも束の間、
「……うー……」
 唸り声をあげてその場に佇んだ。どうやらあの『特殊能力』は体力をかなり消耗するらしい。あるいはただ単に運動不足なだけか、果ては持病か。
 何にせよ、ハンマーは案外すぐに彼女に追いつけた。
「もしもし?」
「えっ」
「怪我はないですか? さっきは随分苦労してたみたいだけど……」
 拙い敬語で相手を思いやる。
「あ……」
 当の彼女はそう息を吐いたあと、
「うっ……」
「え?」
「ううぅぅぅ〜…………」
 なんと泣き出してしまった。あまりのことにハンマーは驚きに飛び上がる。
「ええっ!? だ、大丈夫!? しっかりしてよぉ!!」
 あたふたとしている間に、
『ナンパとは感心しないのう』
「やーい女の子泣かしてる〜」
 いつの間にかいつものメンバーが後ろから二人に近づいている。ジバとミリからそれぞれ野次が飛んできた。たちまち彼の顔はゆでダコ並に真っ赤になる。その間にも彼女はめそめそと泣きっぱなしだ。
「ご、誤解だー!!」
「うっ……うっ……うう……」
 ハンマーの叫びが虚しく青空に響き渡った。

 改めて見ると、スタイルの良い女の子だった。
 身長はミリより少し高いくらいで、ちょうどハンマーと同い年ぐらいの子である。身体とは裏腹、頭に乗った黒髪からは三つ編みが垂れ、蒼い瞳と整った顔立ちが清楚な印象だった。これで眼鏡をかけていたらステレオタイプな文学少女の顔立ちだったのだろうが、生憎目は良いらしく裸眼だ。
 彼女が落ち着いて、ハンマー側の自己紹介も済んだ頃だった。
「あなた、名前はなんと仰るのですか?」
 あくまで紳士的にゾイロスが声をかける。
「……」
 しばらく口を閉ざしていたが、彼女はようやく開ける気になったようだ。
「……アリア」
 呟くように言の葉を押し出す。
「アリア・ホロスコープです」
 一同が頷いた、その矢先に、
「あぁっ! そういえば講習……っ!」
 弾かれたように走り出す。そして前方の交差点を左に曲がった。
「あっ」
「追いかける?」
『その必要は無いかもよ』
 言葉とともに、ジバはラジオを取り出し、ジノグライ達に放って寄越した。周波数はティエラの街の放送局に合わせている。ほどなく堅いアナウンサーの声が聞こえてきた。全員、耳を傾ける。
『……ティエラ東居住区に突如巨大ロボットが襲来し、東居住区を襲った模様です、これにより東居住区1、2、5、6、9に避難勧告が出されました、繰り返します、たった今入ったニュースです……』

 私の通うティエラ街立第一高等教育機関が、すぐ目の前に見えてきた。しかしなんだか様子がおかしい。私のほかにも生徒がそれなりにいて、落ちつかない様子でザワザワとさざめいている。そこで見知った顔を見かけて思わず叫んだ。
「先生!」
 声をかけたのは私の担任であり、文学の先生だ。中年の男性で、脂ぎった顔はお世辞にも爽やかではないが、生徒に対しての親身な指導は尊敬している。
「何があったんですか」
「やぁホロスコープさん、実はちょっと良くないことが起こってねぇ」
 汗をかきながら話を進める。
「巨大なロボットが東居住区をメチャメチャにしているって噂でもちきりなんだ、おかげでこの『第一』も短期間だけど生徒の安全のために休講……だそうだよ、まぁそのほうがいいよね」
 私はハッと目を見開く。
「本当……ですか?」
「その通りだよ、それじゃあ今日はすぐ帰りなさい、無駄足にさせて悪かったね、万一ロボットと鉢合わせしたら、とにかく逃げなさい、いいね?」
「わ、わかりました」
 私はそれ以上何も言わず、何も言えず、ゆっくりと踵を返した。
 何が起きたかは、自分が一番よく知っていた。巻き込まれた、が正しいのかもしれないが。
 間違いない。さっき襲われたあのロボット。あれだ。あれ以外に考えられない。間一髪で助けられたが、
「……」
 自分でも何がなんだか分からないうちに、脚は自然とさっきの彼らを追い掛けていた。どこに向かうかは全く分からないが、大きな事件が起こりそうな予感で胸がはちきれそうだった。
 起こってしまった。大きな事件が、しかもかなり、どーんと。不謹慎なはずなのに、胸の高鳴りに歯止めがかかってくれない。
 そして、自らの身体が、
 透けた。
 服も肉体も鞄も、一度に。
 折りしも強い追い風が吹いていた。私は自分の能力を、普段全然使わないくせに、こんな時に限って一生懸命に自分の限界を把握しようとしている。
 ああ、何でそんなことまでしようとして追いつこうとしてるんだろうね?
 答えは私が一番よく知っていた。スリリングな半分に、世界が傾いた。その波に乗っからない手は無かった。何かが変わろうとしていた。ぽかぽかした世界からは、閉ざされてしまった。しかしながら、ワクワクしているのだ、どうしようもなく。
 私の『特殊能力』は、短時間だけ自らの身体を気体にすることができるものだった。もう一度自分の身体が像を結んだ。服が肉体が鞄が、確かな質量と共に重力に引かれて地に落ちた。
 そしてそれとは反対に、あれだけ退屈だと思っていた日常が、質量をなくして掻き消えていく。
 追い風が止む。私はもう一度走り出した。




*To be Continued……

SEPTEM LAPIS HISTORIA 031- 炎の如き奇襲の先へ

 朝。鳥の声と共に、彼女が目を覚ます。
「んー……っ!」
 リュックの中に詰められていたパジャマを着込んだミリは、軽く伸び、全身を弛緩させ、
「とうっ」
 掛け布団をはだけると、跳びあがって床に着地した。顔を洗い、備え付けのアメニティで歯を磨いて、
「おはようございます!」
『おはようございます〜』
 通信機に向かって挨拶した。
『元気そうでなによりです、気分の方は……』
「一晩ぐっすり寝たので! 大丈夫大丈夫です!」
『……隠してないですか?』
「……ちょっとだけ思わしくないかなーとか!」
 あははははは、と苦笑いと爆笑の中間みたいな笑い声を出した。ひとしきり続いた笑い声が止まった時、ミリはもう一度問いかける。
「着替えてごはんをここで食べて、出発ですか」
『その通りですね』
「あー……」
『どうしました?』
「……えっ、いや……その」
『言いたいことがあるなら言ってください』
 シエリアに促されて、ミリは言葉に出す。
「……女の子の友達が欲しいな……」
 通信機の向こうで、頭を抱える動きが見えた気がした。無論、見えるわけがないのだが。

 既に最初の異変が始まってから二日になろうとしていた。
 それ以前にミリは数日コンテナに軟禁されていたために、更にストレスが溜まっている。口に出さずに処理はできるが、それでも楽しいと苦しいが彼女の中で戦いをやめようとしなかった。
 彼女は旅を楽しんでいた。楽しむだけなのがダメで、戦いに身を投じなければならないことも心の隅で理解していながら、それでも旅が楽しいと思っていた。だから小旅行は彼女の趣味だったし、故郷とは違う地で浴びる日の光は、何より格別だと思っていた。その瞬間は、今日一日が良い日だと信じられるから好きだった。いわば彼女にとっての、祈りの一種なのかもしれない。
 だから今日、窓の外から見える景色が青空だったということだけで、彼女の疲弊した心が少し癒えていくのをまどろみの中で感じていた。全ての用意を済ませ、安ホテル内の食堂で簡単な食事を済ませ、チェックアウトの合間にロビーから窓の外を眺めてみる。少しだけ風が出ている空の下、大きな木がそこから見えていた。なんとなく眺めていたら、その大樹の上に人影が見えたような気がした。
「え……?」
 思わずパーカーの袖で両目を擦る。ごしごし、ぱちくりを二回繰り返すと、網膜に映る映像が誤魔化しの効かない代物だということが自動的に判明してしまい、若干焦る。
「んん……」
 そりゃあ、とミリは心の中で考える。魔法が使える人が殆どのこの世界で、高い所に上る人は珍しくもなんとも無いが、「バカと煙は高い所が好き」という例えを思い出して、思わず噴き出しそうになる。それを堪えてロビーを見ていると、他の三人は気付いていない様子だった。
「おわった」
 ハンマーが呟き、四人ともロビーから離れだす。玄関の扉をゾイロスが開いたその瞬間、
「待て!」
「え?」
『ん……?』
「おや」
「……」
「え、これって……」
 ミリにも、ハンマーにもジノグライにも、聞き覚えのある声だった。ゾイロスだけは一瞬戸惑った顔をしたが、
「上ですね」
 すぐに看破した。
「降りてきなさい」
 その台詞を待たずして、衝撃と温風が辺りを覆った。砂埃が舞い、四人の顔面に襲い掛かる。
「ふっふっふ……」
 やはり聞き覚えのある笑い声が砂埃の間から聞こえてくる。冗長な煙が、次の瞬間一挙に払われた。
「前置きはなしだ」
「……」
「俺の目的はひとつ……ジノグライ!」
 人差し指が突きつけられると共に、薄桃の線が空間を走る。見慣れた図形を描いて、街の路上に根を下ろした。見慣れたジャッジの結界だ。
 赤い鉢巻が風に翻る。ソキウス・マハトのきりりとした双眸はジノグライをとらえ、迷いの無い声を投げかけた。
「お前に決闘を申し込む……!」
 その声を聞きながら、
「やっぱり……」
「え?」
 ミリの漏らした呟きに、ハンマーが聡く反応する。
「さっき木の上に人影が見えたんですよ……!」
「だから……なるほど」
 とうのジノグライは、溜息を吐き吐き、ソキウスに近づいていく。
「……受けて立ってやろう」
「そうこなくっちゃあなぁ!」ソキウスが吼える。「そうこなくっちゃあ面白くないぜ……!」
「楽しみですね……」
『そうかしら』
 ソキウスとジノグライがぶつかれば、ソキウスのほうが苦戦することを、ジバは分かりきっていた。故に興味のない答え方をしていた。
「ところであの方はどなた……?」
『ああ……』
 ジバが咳をしたのち、
『ソキウス・マハト。私たちの家の近所に住んでるんだ……ジノグライは教育機関での教育を受けてないけど、年齢は同じなんだよね』
「なるほど……」
『ジノグライとは違って彼は魔術が使えるんだよね……なんでかは、あんまりよく分からないけど』
「ふむ」
『だから今回の戦いも……もしかしたら参考になるんじゃないかな、ゾイロスにとってさ』
「なるほど、参考にさせて頂きます」
 炎と電気の気配が辺りに満ちる。
「行くぞ……!」
 二日前にも見た炎の球がソキウスの両手から生まれ出る。それは顔ほどの大きさに膨らんだ後、ソキウスの腕の急上昇と共に空に吸い込まれていく。そしてそれは弧を描かずにそのまま落ち込み、ぐんぐんと落下していき――
「今だ!」
 ズン、と炎が路上に落下した。拡散した音と熱を合図に、更なる衝撃が重なった。ジノグライの義手が、ソキウスのレイピアとぶつかる。そしてソキウスの腕力が、義手を薙ぎ払い、斬撃から熱が発生して炎が飛び出した。バク転と共にジノグライは飛びのき、砂埃と共に後ずさる。
「遠距離から……」
 ジノグライは義手を構え、いつものように指先を変形させ電撃のレーザーを容赦なく撃つ。いつもなら数発がソキウスの腕や脚に当たるのだが、
「な……?」
 ソキウスはレーザーを大きく駆け出しながら避けて、避けられない部分を持っているレイピアで一挙に切り裂く。炎の加護を受けることでレーザーを吹き飛ばした。空しく路上にぶちまけられる。
「何だと!?」
「成長したんだよ!」
 そのままソキウスが両腕を後ろに組むことによって次なる魔術の準備が整い、それらが振り下ろされた。下ろされることで、
「な!?」
 爆炎の波動が一挙に押し寄せた。熱風が吹きすさぶ中、前が見えない状況下でジノグライは爆炎を避けられずにいた。ジャッジの結界によってダメージこそ軽減されているが、問題なのは、
「……面倒だ」
 着ているジャケットを触媒として炎が燃え広がることだった。ジャケットだけを脱ぎかけて、はたと気づいて、
「くっ!」
 手に入れた欠片が入っているポケットをがっしり掴んだまま、ジノグライはジャケットを一挙に折り畳んで、爆炎が燃え移ったジャケットから酸素を奪う。目論見は上手くいき、沢山のシワと引き換えにしてジャケットの炎は消えうせた。ジノグライはもう一度ジャケットを着る。
「ほう」
「まだだ!」
 右腕から多くのレーザーが、まるで蜘蛛の糸のように伸びる。電撃はジャッジの結界の外には広がらず掻き消えた。ソキウスは結界の外には殆ど出られないが、これも楽に避けた。そこを狙って更なるレーザーが撃ちこまれていった。それもバックステップで避ける。
「甘い!」
 バックステップと共に空気を串刺しにするかの如くレイピアの猛襲が前方に襲い掛かった。そこに発生した熱が、今度は先ほどジノグライが放ったレーザーの如く彼に牙を伸ばす。今度はジノグライが義手を素早く動かしいなした。そのモーションの間にソキウスは蹴りを彼にお見舞いしたが、これはまた避けられた。
「少々油断が過ぎたか」
「へ、情けねぇな!」
 更にソキウスが両腕を前に掲げ、
「爆破」

 一挙に精神エネルギーを収束させ、再度一挙に拡散させる。
 その像が爆発の形を伴い、ジノグライを包み込んだ。
「なっ……!」
「きゃっ!」
「ふむ……」
『ありゃー……?』
 ギャラリーが口々に呟く。その間にもジノグライは背中を強かに打ちつけた。しかしながら受身がとれていたため、ダメージは軽減された。軽減されたとはいえ爆発のダメージは相当に大きかったらしい。頭を大きく振ってジノグライは前を向いた。
「……」
「おらどうしたどうした……? そんなんでへばるジノグライ様じゃ無いだろう!?」
「うるせぇ……」
 ジノグライが言葉を漏らす。
「ふふん、なかなかダメージが溜まってきたな」
 駆け出してレイピアを取り出して炎を点火させると、ソキウスは凄まじい剣速でもってジノグライを切り刻まんとした、が、
「な」
 ジノグライは、伏せた。
 レイピアは空を切った。炎が揺らめいた。
 そしてそのまま電撃がソキウスの右腕に当たった。レイピアが取り落とされる。
「がぁっ!?」
 更に、
「ぬぉっ!?」
 ジノグライは大きく伸び上がり、先ほどソキウスが決められなかった蹴りを、狙い違わず腹にぶちこむことに成功した。いちどきにソキウスの内臓が圧縮され、苦しみが脳天まで突き抜ける。
「ぐは……!」
 彼の着ているコートをジノグライは掴んだ。胸倉のあたりを掴み上げ、捻り上げる。
「どうだ……?」
「げほ……ぐ……」
 ソキウスは降伏のしるしに両手を軽く挙げた。そのままジノグライは、まるで興味を無くしたかのようにソキウスを手放した。
「ぐふ……っ!」
 ソキウスは涎を垂らしつつ上体だけ起こした。ジノグライがそれを見下ろしている。
「お前は確かに腕を上げたな」
「ちぃ……こんなはずでは」
「身の程を弁えろ……俺はそう言うぞ、これに懲りたならもう俺に決闘など申し込むな、勝敗は決然としているんだ」
「……」
「お前を否定するつもりは無いが、俺は更にその先を行くと宣言する、だから」ずいと人指し指を突きつける。「これ以上楯突くんじゃないぞ、面倒だ」
「……」
 赤いコートが力なく垂れている。既に抵抗する気力をソキウスは失っていた。ジノグライはこれ以上話しかけても無駄だと判断し、踵を返し一行のもとへと帰っていく。そして二言三言交わしたあと、その場から離れていった。
 ソキウスはそれをずっと見ていた。見ていたままだった。


「楯突くな……か」
 ソキウスは朝の光を浴びながら物思いに耽っていた。
「んー」
 あぐらをかいたソキウスは腕を組みながら首をかしげる。
「でもまぁよくよく考えれば……最近この世界を襲っている異変を解決したいわけで」
 ソキウスはわざわざ声に出す。
「それを考えれば確かにジノグライは関係ない……よな?」
 でも、とソキウスは続ける。
「気になるのはジノグライの装備だよな……あの義手」
 ぼそぼそと喋って、もう一度思考する。
「アレ、俺が機械兵団とやりあっていたときとパターンが似ていたんだよな、なんか……武器の形式とか、光線とか」
 傷は完全に癒えた。手を地面について大きく深呼吸をする。
「というかバイクの所にさっさと行かなきゃ……」
 建物の陰にソキウスのバイクは立てかけられていた。彼はバイクの横に立ってストッパーを外し、徐行運転でその場から去っていった。

「……」
『ジノグライよぉ』
「あー?」
『あんなにカッコつけてた割にはお前相当ギリギリだったんじゃあないの~』
「うるせぇ、黙れ」
『あぁ酷い~』
「……けっ」
 四人と一機がそぞろ歩く。戦闘が激しかったが故に見ているほうの疲労もなかなか激しかったらしく、ハンマーはミリをしきりに心配している。
『で』
「はい?」
『役に立った?』
「……いえ?」
『あらま』
「あの人は魔術の使い方に……芸が無いというか、品が無いというか」
『うわ割と酷い』
「でも本当でしょう?」
『わからないでもないけどさぁ』
「戦いは常に相手の裏をかくもの……故に魔術はトリッキーに使ってこそではありませんか?」
『まぁ……でもお主も割と直球じゃ』
「意識の違いですよ」
 そこまで言い切ったところで、がしゃん、と大きく機械の音がした。
『え?』
「なんだ……?」
 がしゃん、がしゃん、がしゃん。
「お前ら後ろだ!」
「何ですって!?」
 ミリの悲鳴がひっと上がる。
「なんだって……」
 すぐ後ろには身の丈が人間の五倍はある巨大なロボットが、今にもその巨大な拳を振り下ろさんとしていた。
「逃げるぞ!」
 衝撃。




*To be Continued……

SEPTEM LAPIS HISTORIA 030- それぞれの夜、それぞれの言葉

 それからしばらくゾイロスに遠い道のりを頑張って運転してもらい、ティエラの街に着いたのはとうにとっぷりと日が落ちてからだった。とりあえず終日営業している安ホテルにバギーを運転させていくと、そのホテルの従業員は四人と一機の宿泊を許可してくれた。
「でもなんで僕達が同じ部屋なのさ」
 空いている部屋は二部屋だったが、分かれ方はミリと通信機、そしてもう一方が男衆三人だった。しかしベッドは二つしか備え付けられてないとわかり、ハンマーは頭を抱えていた。
 とりあえず臨時に今後のことを話しに、通信機が三人の目の前に浮いている。ジバの声が聞こえてきた。
『ハンマーが不満に思うのも最もだ、でも彼女は女の子だ、君たちよりは数段デリケートだ、それに』
 通信機は扉の向こうを見た。廊下を挟んで向こう側に、ミリの休んでいる部屋がある。
『どうやら彼女、軽い脱水症状を起こしかけてたみたいだ……そこに大量の魔力と引換にした精神力が削れて、ちょいと錯乱状態になってたみたいなんだよね』
「……」
『水をたらふく飲んで一晩ぐっすりと寝れば治るタイプだしあまり心配はしていない、もともとの体力も回復力もあるほうだし……ただ朝のことを考えるとあまり楽観視もできない』
 ゾイロス以外の二人が、海中での出来事を反芻していた。メカニカルで鋭利な槍で背中を刺されたミリは、回復力があるとはいえ未だに深い傷を物理的に負っている。
『ひとつ言えることは……彼女は予断を許さない状況下にあるわけで、本人のメンタルと体力次第では明日以降のアタックにも影響が出かねない、ゾイロス、君はルフト洞窟にヘリが飛び立ったと言ったね?』
「ええ、ルフト洞窟はティエラの街から更に北西に進むと現れる洞窟です、かつては鉱石を採掘するために開発が進められていたらしいですが、今はそんな話は聞いたことがないですね……古い情報かと」
『洞窟か……トラップを仕掛けるには、またアジトを作るにはうってつけだ、しかし逆にここを叩かなければ進展も無さそうなのも事実ではある』
「行くんだよ」
 声を出したのは、今まで沈黙していた人間だった。
「ジノ……」
「呼ぶな、そして腹が立つから喧嘩を売りに行くことの何が悪い」
「……何に腹を立ててるの?」
「あいつが逃げたからだ、それだけだ」
「相変わらずシンプルですねぇ」
「悪いか」
 おもむろにポケットから黄色と青の欠片を取り出す。
「御丁寧に残していって……何が待ってるのかは俺にもわからないがな」
「わからないのに?」
「喧嘩をするんだよ」
 ざらざらと溜息が漏れ出す。
『あー……まぁそういう奴だよお前は』
 言葉と共に一枚のマットレスとタオルケットが転送された。
『とりあえずそれで我慢して、誰がこれで寝るかは勝手に決めて……私もそろそろ寝るからさ、おやすみ』
 通信が途切れる。男三人は押し黙った。
「……私がこのマットレスで寝ます、あと服もこのままでいいでしょう、何かあった時のために」
 ゾイロスは早くもそそくさとマットレスに身体を沈め、寝る準備をしようとしている。その迷いの無さに思わずハンマーは問いかけた。
「……お風呂に入った方がいいのでは?」

『調子はどうですか』
「まずまずですね」
 ミリは苦笑する。彼女の目の前にはシエリアの声が聞こえる通信機が浮いていた。
『せっかく気を使ってもらったわけですし、今回は甘えちゃいましょうかね』
「ははは、ありがとうございます……ようやくいつものテンションが戻ってきた感じがありますね」
『やっ』
 すると唐突に割り込んだ声の感覚があった。
『ああ、ミナギさん! どうしたんです、こんなに遅くなっちゃって不意に現れて……』
『んー?散歩よ散歩』
『んー、ならいいんですけど』
『ミリちゃん?聞こえる?』
「ええ、聞こえます〜」
『そ、なら良かった、でもこの先老婆心ながら、用心しといた方がいいと思う』
 先ほどの快活さを押し込めた真剣味のある声でミナギは言う。張り詰めた緊張の度合いは、まるで小波すら立たない水面のようだった。
『シエリアさんから聞いたよ、なんか二体のマザーコンピュータロボットを相手にしなきゃいけないとか……』
「ま、まぁ……」
『数人がかりで手こずる相手が二体に増えた……ということになっちゃう、今日みたいなこともあるから、油断と無茶はしないで、気を引き締めてね』
「わかりました……」
 ふと背中を触った。まだ背中の傷がじくりと痛むようで、嫌な表情が顔面を走る。
『走ったり跳んだり、ものを持ち上げるのには体力がいる、大雑把だけどこれは本当のこと、でも魔術を行使するのには精神力が必要なのは、もうミリちゃんなら分かるよね』
 ミナギが淡々と語る内容を、ミリは黙って聞いていた。
『無論大規模な魔術は、それだけでとてつもない精神力が燃料となってるの、今日の夕方、あなたはそれをやってのけた』
「……」
『でも、そのあとに襲われた感覚、どうだった?』
「えっと……なんというかフワフワしてて……そのぅ、うまく攻撃しようとしてもできないような……えーと、そんな気持ちでした……私にもよく……」
『それが精神を消耗するということ』
 ミナギが言う。
『体力と同じように訓練で鍛えることはできる、でもあなたは夕方に一度限界に近い部分を見てしまった……ミリティーグレット・ユーリカが優れた魔術師であることぐらい、私は当然知っている、だからこそ私は心配なの』
「……」
『時としてあなたは自分の能力をフルに活用して相手を倒したり守ったりしようとしてて、私はそれがすごく尊く見えるんだけど、それは同時にあなたが無謀なことに挑まないというストッパーを自ら外してるようにも思えるの……だから無茶はしちゃダメ、そうしてダメな人間になった人の例も私は見てきた……そうなって欲しくないの、うるさかったらごめん、なんだけどね……』
「いえ、忠告感謝します……」
 ミリは拳をきゅっと握りしめた。お世辞で言ったのではない、今の彼女は力に対しての漠然とした不安感に苛まれていた。それはまるで下水道に流れる空気のように、ミリに不安感を掻き立てる。
 ミナギの言葉を自分なりに紐解けば、無茶をすればショック死や発狂も有り得るということだ。そんな危険な力が自分に備わっていたという事実に、今更ながら怖さが湧いてきた。冷たい背筋は、彼女が氷魔法使いであることとは何ら関係が無いように思えた。
 自分は、ついてきて良かったんだろうか。
 考えを振り払う。彼女は、何かが変わる気がしてついてきたのだ。よくは分からないが、崇高ななにかに触れられると信じて疑わずにここまで来たのだ。
 だから、途中棄権はありえない。
「今日はもう寝ます、いろいろありがとうございました」
『うん、お疲れ様』
『明日もよろしくお願いしますね!』
「はーい、それじゃあ」
 二人の通信が切れると、ミリはまだ済ませてない風呂を済ませにバスタブのある個室へと向かっていった。
「ふんふーん」
 鼻歌交じりで。


 夜が来る。
 やがて真夜中が、顔を覗かせる。


 どこだか分からない所を、彼は歩いていた。

 先ほどまで、自分は宛がわれていた個室にいたような気がする……そう思いながらも、答えを知っているかのように彼の足は、自然と彼の頭脳を運んでいた。
 夢遊病にでもかかったかのように、ふわりふわりと地に足の付いてない歩調で彷徨っていると、何者かの声が聞こえてきた。ひそひそと、まるで秘密を共有しているように。彼の澄んだ耳は、聞こえた言葉をキャッチする。

「……準備は万端か?」
「ええ、問題ありません」

 あれ、と彼は耳をそばだてた。
 どこまでも無機質な白い廊下に白い壁、白い天井や白い扉、それだけだった。しかし視線を巡らせると、声の出所が見えてきた。
 前方にある少しだけ開いた扉から漏れ聞こえる二人分のぼそぼそ声が彼にも聞こえてきたが、知らない人間の声だった。知る必要も無いだろう。
 なんとなく、好奇心で、彼は聞き耳を立てる。こっそり扉に近づいて、会話を一字一句聞き取ろうとし始めた。
「しかし11の少年をあのドッグにぶち込むとは……リーダーも何考えてらっしゃるのか」
「ただ、リーダーの話だとなんでも自分から進んで志願したらしいですよ?」
「なっ、それは本当か?」
「と聞いています、リーダー、僕らに対しては嘘はつかないでしょう?」
「それは確かにそうだな……」
 沈黙が走った。敬語を使う人間のほうが、会話を再開した。
「教えてくれませんか?」
「……なんだ?」
「あのドッグで何をするかです」
「あー……まぁ口止めもされてるわけでもなし……いいか、よく聞けよ」
 扉の外で、彼もますます聞き耳を立てる。
「あのドッグに入った人間はその後、特殊なカプセルに入れられる……柱みたいなものだがな、あのドッグで、機械に適合するような人間に作り替え、最終段階で最後の調整に移る」
「どうやって……?」
「詳しくは俺もわからん」
 ぽりぽり頭をかく音が聞こえてきた。
「その最後の……調整? とは何をするのでしょう」
「言ってなかったな、ドッグから出たら、そこから出た人間は『アーマー』を着せられることになる……何週間もドッグの中で調整を続けて、機械でできた『アーマー』と適合できるような人間になるのだ」
「機械と適合……」
「機械と人間を融合させた全く新しい兵器……リーダーが目指しているのはそれだ、俺が思うに……今現在この惑星上では、誰でも行使できるであろう魔術に一番近い兵器となるだろう」
「それはどういう?」
「『アーマー』の適合者の脳内部には特殊なチップが埋め込まれている……これは『アーマー』と生身の人間のシンクロを可能にするものだ、様々な武装は本人が脳内で思うだけで『アーマー』がその要望をスキャンして『アーマー』へ反映される」
「なるほど……魔法みたいですね」
「魔法みたいだろう? 高度に発展した科学は魔術と区別がつかない、とはよく言ったものだ、的を射ている」
「確かに」
「……だからこそ俺は懸念している」
「えっ?」
「その適合者……モルモットと言いかえてもいい、そいつが若すぎると思うのだ……『アーマー』のスペックが充分に引き出されない、ならまだ良いが、ややもすれば全てが台無しになりかねないぞ、爆発が起きる事だって充分あり得る」
「やっぱり……この実験は危なっかしすぎるでしょう、志願する人なんて……あっあの子か」
「彼が志願してきたのも謎だ……何故だ? 危険が伴うことが分からない年齢でもないのに」
「あえて、でしょうか」
「まさか」
「覚悟の上で……ということです」
「そりゃそうだが……リーダーが取り乱してるわけではなく……となると随分珍しいというか」
「自分の研究には狂気的な部分ありますしね」
「違いない……とにもかくにも、この研究はギャンブルと言って差し支えない、慎重に進めていく必要がある……お前も肝に銘じておくようにすることだな」
 くしゅん。
 くしゃみが出た。どこから? 彼は一瞬戸惑った。そして理解した。
 間違いなく、自分の喉からだ。
「おい、扉の外でくしゃみが聞こえたな」
「誰でしょう、念のためスタンガンを携行して見てみましょうか」
「テーザーガンもあるか?」
「ええ、一応……」
 まずい、今この状況を、モルモットである自分が見ているということを知られたしまったら……彼は怯え始めた。飾り気のない廊下は足音を消してはくれない。
 開いている扉から漏れる光が、より一層強まった。万事休す――


「!!」
 がばと飛び起きた。飛び起きた直後、ここが安ホテル内の一室であること、自分がベッドの上で安全に寝ていたこと、寝相が少し悪いハンマーがベッドからずり落ちかけ、ゾイロスが既に起きていること、既に窓からは朝の光が漏れていることを一度に理解した。小鳥の声ががどこからか聞こえる。今朝はどうやら晴れているらしいが、ジノグライの心は天気雨が通り過ぎたように渦を巻いていた。
 出し抜けに、何事も無いような顔でゾイロスが言った。
「目覚めはどうでした」
「……最悪だ」




*To be Continued……

SEPTEM LAPIS HISTORIA 029- カウントダウン・オブ・ホムンクルス

「無茶が過ぎませんかねぇ……」
 詰まった息を吐き出す音がしばらく響いた。声は反響して黒い塊になるようだった。そのまま重く降り積もるようだった。
 小型爆弾を大量に散布されながらも、一行は辛うじて生き延びていた。焦げ跡の残った服が、薄明かりに照らされて見えている。そしてその周囲には、薄く光る、ジノグライの手の中にある欠片とはまた別の欠片が転がっていた。
「まさか……」
「私たち全員を氷漬けにして爆風の衝撃を打ち消すとは誰が予想したでしょう……」
 ミリの後姿に、ゾイロスが言う。
「魔術だって物理現象です、私もバリアを張れましたが……結果的にこちらのほうが良かったですね」
「……」
 ジノグライは何も言わない。声を受けている相手は目の前にいた。俯いたままで、不意に顔を上げる。
「えへへ……」
 達成感で輝く顔は、一瞬で失せた。支えを失ったように、儚く、ある意味では優雅に、地面にくず折れる。ふらりと力が抜け、頭を抱えた。
『ミリさん!』
 シエリアの声が、通信機越しでも大きくざらざら響く。
「い、いえ……大丈夫です……ちょっと魔法を使いすぎて……んぁ、くらっとしただけですよ、へへへ……」
「どう見ても大丈夫じゃ無さそうだよ!」
「休みましょう、夕暮れも近くなってきました」
「どうしよう……次の街まで遠いんじゃ」
『とりあえず外に出ましょう』
「この穴から出れねぇのか?」
『うーんちょっと思いつかないですねぇ』
「でも梯子から帰れませんかね」
 するとヘリの音が穴の底に反響して、もう一度聞こえてきた。バラバラバラバラ、と慈悲の無い音がする。
「これは!」
 その途端、出し抜けに赤い煙が広がったかと思うと、ゾイロスはここ一番の魔力を放出した熱風で穴を抜け出そうとしていた。風の勢いは軽々と彼の身体を持ち上げ、穴の淵まで引っ張り上げる。正体はすぐに見つかった。
「あれです!」
 黒く塗装されたヘリコプターが急速に北西へ向かって移動していた。上部の大きなプロペラが大いに目立つ。既にミューエの町の境界からは離れており、馴染みだった店や民家が遠くに見えた。破壊されていた町の塀も見えた。ヘリコプターはゾイロスの目からは離れており逃げおおせようとしていたが、そうは問屋が下ろさなかった。爆弾を散布したのはあのヘリに違いなかった。懐から拳銃を出し、構えて――、
「!」
 照準が定まる。一挙に数発の熱線が轟きと共に砲身から飛び出す。紅い輝きは尾を引いてヘリコプターに迫る。逸れる。傾く。黒金の機体を、一度だけ、怒れる紅が叩いた。しかし、それまでだった。
 照準から外れたヘリコプターは、悠々と空を泳ぎ、まるでこちらを嘲笑うかのように飛び立っていった。ゾイロスは夕闇の迫る空を仰いだ。誰もいないかどうかなど構っていられず、一度だけ地を思い切り蹴った。
「くっ……!」
 走っても追いつけそうに無いことは頭で計算し、行動に移すのはやめた。しかし指を咥えて見ていることしかできないのは、やはり癪であった。
「ならば」
 思いついた頭脳を乗せたその肢体が吹き飛ぶ。熱風は砂漠を抉り、ゾイロスを前へ前へと進めていく。熱風が舞うごとに大きな破裂音がし、砂が巻き上げられていく。砂色の柱が、あちらこちらに立ち始め、すぐ消えていった。
 空中を滑るように移動しながら、ゾイロスは目の前へ向けて拳銃の乱射を繰り出し続けている。速度はほぼ互角だった。ゆらりゆらりと黒い影が爆音と共に動いている。またもや射程圏内にヘリコプターを収めた。トリガーを引き絞る。プロペラを狙い、何度も撃った。
 紅い光が走ったが、それは果たして機体に着弾することは無かった。ヘリコプターは急に速度を上げ、どんどんと黄昏の迫る薄曇の空に消えていった。今度こそ北西へ飛んでいくヘリを前に、ゾイロスは何も出来なかった。全てが終わったと思ったそのとき、ゾイロスは辺りを見回し気づく。
「……何処でしょう、ここ……」
 自嘲の薄ら笑いが浮かんだ。

「どこだろう……」
『おー、いたいた』
 薄闇が差し始めた空の下で、一行はゾイロスを探していた。通信機越しのジバの声で、一斉に目の前を見る。呆然と立ち尽くしたままのゾイロスの横には、熱源を固めたものであろうマグマの塊が浮かんでいた。オレンジの明るさに照らされたその姿はすぐに分かった。
「何してるんだ」
 ジノグライの問いかけで、ゾイロスは振り返りオレンジ色の微笑を浮かべる。
「いやー、ダメでした」
「無茶はしないでくださいよぉ……心配しちゃうじゃないですか……」
「うーん、ミリさんには言われたくないです」
「へへへぇ……」
 笑いで応えたミリが、半ばジノグライにもたれるように歩いていた。ジノグライは、苛々の原因がゾイロスが勝手に何処かへ行ったこと以外にも原因があることが手に取るようにわかる表情をしていた。
「おいハンマー、どかしてくれ」
「功労者に向かって何を……そっとしといてあげたら?」
「あーはいはい……」
 やりきれないように目を伏せ、矛先をジバに向ける。
「おい、どうやって次の街へ行くつもりだ」
『あーそれな……はいこれ』
 その言葉と共に、先ほどのバギーが転送されてきた。先ほどパンクしたタイヤにはアップリケが貼られている。
『急場凌ぎだけどこれで次の街までは行けると思うんだ』
「で、ゾイロスさん」
 ジノグライに代わりハンマーが問うた。
「どこに行こうとしてたんですか」
「……敵方のヘリコプターがいたので追いかけようとしていました、砲撃こそされませんでしたが、ヘリコプターを狙撃しようとしたら逃げられてしまい……ヘリコプターは北西の方向へ飛んで行きました」
『なるほどな……うーん』
 ジバが唸った。
『ゾイロスの勇気には敬意を表したいところだけどさ、向こう見ずすぎない?』
「!」
『だって、ヘリに危険物質が積まれてない保証はどこにも無いわけだよ、それを打ち落とそうなんて短絡的すぎやしないかなぁ』
「……」
 きゅっと唇を噛む。
『気持ちは分からなくないけどね、でもいつまでもぼさっと立ってばかりではいけないよ』
「行きましょう」
「そうだねー……」
「……」
 どこの馬の骨とも分からない人間に向こう見ずと揶揄されたことによる屈辱が、ゾイロスに無いわけではなかった。だが、それで見境無く怒鳴り散らせるほどゾイロスは子供でもなかった。
 ただただ、自分の無力加減に対して、静かに憤っていた。
 ジノグライに持ちかけた提案は、嘘ではなかった。そして自分の故郷を襲った敵に、一泡吹かせてやりたいのも事実だった。しかし、失敗に終わりそうだったら逃げることも、ゾイロスの選択の中にはあった。しかし、もうそのような考えは頭から消え去っていた。
 私も強くなりたい。
 昂ぶる気持ちはそこから来るものだった。一泡吹かせると言っても、一行が倒れても良いから、とにかく敵が壊滅しさえすれば、それでよかったような面もあった。
 でも今は違った。彼らの助けを借りて、自分も強くなり、自らの手で敵を下してやりたいと思うようになった。今のゾイロスにとってそれがエンジンだった。
「行きますよー……」
『ゾイロスのお陰で次の街への距離も稼げたしね、北西の方角なら次の目的地はティエラの街だよ、野営は危ない、ホテルにいたほうがいいよね』
「あ、はい……」
 ゾイロスは顔を上げて、南東へ顔を向けた。
 故郷の方角を見た。
 愛した故郷はゴーストタウンと化していた。しかし、嘆いている暇があったら、失ってしまったものを取り返すために行動を起こすべきだと、脳内の自分が囁く。
 決意を新たにしたゾイロスは、既に皆が乗り込み待つバギーの運転席へ歩み寄って行った。
 見上げれば、一番星が雲の隙間にそっと、励ますように顔を覗かせていた。


「……撒いたか」
 サートルヌスが呟く。ヘリコプターは既にティエラの街の遥か上空を飛んでいた。入り組んだ街中を、サートルヌスを追って疾走する人影はどこにも見当たらないことが、操縦席のモニターから分かる。そのカメラはヘリコプターの機体の下部に取り付けられていた。
 電子音と共に、あの声が聞こえる。
「おう、撒いたか?」
「……」
「無視すんなよ!」
「あぁ、すまない、考え事をしていた」
「お前なぁ、それ嘘だとバレバレだぞ? 機械でできた俺らが考え事をする必要なんて無いんだぜ、俺たちはあらかじめ決められた思考アルゴリズムによって――」
「その思考アルゴリズムを働かせていたんだ、悪いか」
「まぁ、ならいいけどよぉ」
「まぁ嘘だがな」
「てめぇ……」
 いつもと変わらないメルクリウスの軽口を適当に凌ぐ。
「で、今回の作戦の内容を聞こうか」
「あぁ、それなんだがな……」
 もったいぶったメルクリウスが口を開く。
「あの方は俺にHC部隊のプラントをお任せになられた、俺はその期待に報いるための責務がある、だが一人だと手が回らなくてな、お前にも協力を仰ぎたい」
「……」
「何だよ」
「いや、そんなの普通の機械兵団に任せておけば良いのに、って思っただけさ」
「ハン、あいつは決められたことにしか動けない……大局的な見地からの判断を下せなければただの足手まといよ」
「納得した」
「で、目的はHC舞台の増産と運用、そして迎撃準備だ」
「迎撃?」
「兵器は使ってこそ兵器だ、惑星侵略の邪魔をするあのパーティは壊滅させなければなるまい」
「何割で行くつもりだ」
「まぁ三割もあれば妥当だろう」
「お前って奴は……」
「あん?」
「どうしてこうも慎重なのだ」
「あー? 突っ込んでいって自爆するのは見てられないね、最初から俺は成功しか視野に入れてねぇよ」
「HC部隊が何体いると思ってるんだ、報告によればざっと千体はいただろう、それに資源の無駄遣いは出来ないだろうにお前って奴はよぉ……」
「あー何も言うな何も言うな、説教されるのはあの方だけで充分だ充分だ」
 メルクリウスの手を払うような仕草が手に取るように分かる。分かってしまうのがとても屈辱だとサートルヌスは思った。
「で、確認のために聞いておくのだが、HC部隊とはそもそも何なのだ」
「記憶容量にねぇの?」
「ある」
「あるならわざわざ……」
「お前に手間をかけさせたい」
「なっ……」
「嫌がらせだ」
 悪びれもせずサートルヌスが言う。
「定時報告以外にもちょくちょく回線に割り込みやがってよ、邪魔だったらありゃしない」
「はー……よく言うよお前って奴はよぉ」
 一瞬間が開いた。
「しゃーねぇ、俺もまぁ……暇だったし」
「てめぇ」
「新しいヘリポートの増設を特務機械兵団に任せてあるから暇なんだよ」
「……俺はそこに降り立てばいいのな」
「はいよ」
「……で」
「……はいよ!」
 わざとらしい咳払いに、ノイズが混じりこむ。
「いいか、HC部隊っていうのは『ホムンクルス部隊』の略称だ、誰がつけたのかは知らんがな……で、どの部分が普通の機械兵団と違うのかというとだな」
「……」
「そいつらに人間と同じ表情がつけられているところさ……俺たちはマザーコンピュータの役割を担っているから特権的に表情と特殊思考アルゴリズムがつけられているが、このHC部隊は潜入や偽装にもってこいだ、立ち位置的には俺達マザーコンピュータと一般機械兵団の間にあたるな」
「はぁ」
「そしてもっと恐ろしい部分はこいつらは俺たちの命令したアルゴリズムにしか動けないが、それ以外のことに関しては自由に思考を巡らし、考えることが出来るという点だ……だからひょっとしたら俺たちを超える思考パターンで有意義に侵略活動を進めるだろうよ」
「ふむ……」
「そして有機物を口から摂取することで、有機的な兵器を両腕のユニットから生み出すことができるのだ……本体の無機ボディを変形させて、本体を炎や光線の発射台にしたりもできるな、潜入作戦の時は服をもちろん着ることになるだろうが、いざとなれば脱ぎ捨ててしまえばいい」
「……」
「ただ命令系統のアップデートには少々時間がかかることを承知せねばならんな、見分け方はまだ教えてなかったな……髪と体色が青いときは身体を形成している状態、赤いときは思考アルゴリズムの形成段階、それらが黒くなれば我々の兵器としての運用ができる」
「予定より早く奴らが現れたら?」
「迎撃も頼む」
「……もう少し早く行動は出来なかったのか」
「言われても困る」




*To be Continued……

SEPTEM LAPIS HISTORIA 028- その幕切れは呆気なく

 階段が地下まで続いていた。
 四人分の足音が共鳴する。ハンマーはいつ誰が現れても良いように、大金鎚を片手で持ったままだった。ヴァッサー海岸の底とは違い、確固たる地面がある事が一行を安心させる。地面の底に着いたとき、スポットライトのように外の陽光が届いていた。
『私、この地下まで来たら動作が遅くなったりしそうなものなんですが』
「なんだか平気っぽいね?」
 通信機からはシエリアが答えた。
『考えられる理由は二つ、ここが地上と短く繋がっているか、あるいは通信設備が完備されているか、です』
「うーん」
『あるいは両方、ということも充分に』
 砂の香りが辺りに立ち込め、砂煙が舞い始めた。精密機械を取り扱っているとは思えない杜撰さだったが、その答えは程なく明らかにされた。
「ありゃー」
「何ですかこれは」
 金属の両開き扉が行く手を塞いでいたが、これに対しての反応は薄かった。よく調べないうちから、ハンマーが大金鎚でその扉を割り裂いていた。
「よし!」
 次の瞬間、視界が赤く染まったが、どうやら血液由来では無いことが同時に鳴った連続的な警報音で分かった。

『緊急事態発生!』
『緊急事態発生!』
『緊急事態発生!』

 立て続けに機械音声が発せられる。更に連続してシャッターが前方と後方に降ろされる。ガシャン! ガシャン! ガシャン! と連続した一連のシステム音が大きく鳴った。全てが収まったとき、一行は完全にシャッターに囲まれていた。
「これはまた丁寧なからくりを……」
「決して歓迎されたものではないがな!」
 その言葉と共に、今度はシャッターに向かってジノグライがレーザーの弾幕を浴びせる。弾幕は暫く続き、ついに向こう側に穴が空きはじめた。
「ハッ!」
 掛け声一閃、ハンマーがシャッターを蹴る。シャッターの残骸は空しく飛び散り、バラバラになって砕けた。更に向こうのシャッターへ当たる。
「うーん、シャッターだからって警戒してたけど」
 大金鎚を振り上げ、
「これなら僕でもいける!」
 振り下ろした。
 シャッターに大きな打撃痕が残った。二回目の大金鎚の衝撃によって、進路が完全に姿を現す。三つ目のシャッターも同じように破壊された。
「……楽ですね」
 ゾイロスがぼやくと、
「そう思います」
 とミリも苦々しく笑う。
 魔術の性質に適正と不適正があると理解していても、一人に負担がかかっているこの状況がいささか心苦しかった。

「来たぞ!」
 大広間のような空間に出た。瞬間、ERTを装備した機械兵団が立て続けにビーム砲を打ち込んできた。目の前のコントラストがおかしくなりかけたが、最初に放たれたジノグライの叫びで、なんとか一行は地に伏せることができた。
 そしてそのまま、
「おさらばです」
 ゾイロスが一行を中心とした円状にマグマを放ち、機械兵団の足元を融かしていく。この戦法は功を奏し、見当違いの方向に発射されていくERTのビームが、基地大広間の外壁を焼いていった。
「次の扉はどこでしょう!?」
 ミリが叫ぶ間にも、テレポートを利用して機械兵団はその数を着々と増やしていく。目も口もないその顔に、仲間の影が増えていく。
『倒してばかりではキリがないです!』
「ここは私が」
 瞬く間にゾイロスは熱風の力を借りて高く跳躍する。大広間の天井は先ほどの通路より高く、ゾイロスのジャンプも効力を発揮した。微妙にきりもみ回転がかかったそのジャンプで、
「まっすぐ進めば見えてきます! 進んで!」
 その言葉で全員が動いた。しかしながら一行のみならずその場の機械兵団も動いた。腕を刃物に変形させつつ一行を切り刻みにかかる。
 ジノグライはレーザーで、ミリは氷でそれぞれ凌ぐが、こまわりの効く攻撃手段のないハンマーが硬直する。
「これは……!」
 隙を突いて機械兵団の腹に殴りかかる。目の前のロボットは硬直したが、背後からの刃物がハンマーの背中をとらえる。ハンマーが苦痛に身を捩った。その直後明るい赤が目を貫いた。
「避けて!」
 炎の渦がハンマーを逸れて噴き出した。背中に襲い掛かったロボットが更なる連続攻撃を加えようとしたところを融かしていく。
「ゾイロスさん」
「油断してはいけません」
 言うが早いか、彼が飛び上がって回転すると炎が渦巻き、ハンマーの周りの機械兵団を蹴散らしていった。
「……」
 赤い光が、若干の憧れと共にハンマーの瞳に映る。
「ドアはすぐそこです、大金鎚を離さないように」
 言葉を残して、ゾイロスが駆け出していく。

 凍っていたり感電していたり、あるいは焼け焦げたりででガラクタの山になった空間を駆け抜け、
『ここだ!』
 ハンマーが大金鎚を振るう暇すら惜しんで、四人がかりで(何でもひとりでやりたがるジノグライは不本意だが)金属ドアに体当たりをぶちかました。ドアが軋み、今度こそハンマーが大きく大金鎚を振るった。
 破壊音と共に、ドアが吹っ飛ぶ。機械兵団の追撃を振り切り、一行は次の部屋へと向かう。
「止まってください」
 ゾイロスの静止に一同がぴたりと一瞬止まる。すると、
「……何これ……」
 ミリは暑いのも忘れて息を呑んだ。既にイクシオン家の敷地からかなり離れた砂漠地帯に大きな縦穴が掘られており、そこにこの空間が繋がっていることが分かった。空が見えていた。道理で電波が飛びやすいはずである。
『……両方……でしたか』
「床下から通って、大広間っぽい所に出て、ここに出て……」
「もう砂漠なのかな、ここ」
 それを裏付けるように、縦方向に滝のように砂が、それでも密やかに流れていることが分かった。夕暮れが少しずつ近づく中で、太陽が目を焼かないのはラッキーだったと言える。
 しかし、流れる砂といい、杜撰な警備体制といい、ある一つの仮説をジノグライは口に出さずにはいられなかった。
「……放棄された」
「何ですって?」
 ゾイロスが聞き返す。
「この基地は……放棄された……違うか?」
「……」
 ゾイロスが一瞬押し黙るが、すぐにいつもの癇に障る声で微笑を返した。
「ははは、何を仰る」
 肩をすくめ何も言わなくなった。
「この基地は、もう防衛能力を失っていると分かって、早々に手放されたんじゃ……」
 そこまで言いかけた途端に、ジノグライの胸倉が猛烈に掴まれた。
 ゾイロスだ。
「……ッ!」
 その目は見開かれてこそいなかったが、目には涙が溜まっていた。何も言えないかのように、力が強まっていく。
 しかし次の瞬間には、その拘束も解けていた。
 呆気に取られたような顔でジノグライがゾイロスを見ていた。ゾイロスが静かにかぶりを振る様を、ハンマーもミリも通信機も見ていた。
「……分かりきっていたことでした」
 ゾイロスが涙声で囁いた。
「この空間に足を踏み入れた瞬間から、私にもそれが分かっていました……ここの基地は既に放棄された後だと」
 つとめて冷静に、ゾイロスが声を絞る。
「試練も悲劇も、世界のあらゆるところに平等に振り撒かれたようです、自分だけが特別……などということは無いのでしょう」
 力を失った指先が、だらしなく垂れ下がる。仄明るい陽光の中で、まるでその姿は幽霊のようだった。
「でも……ミューエの町はそんな実験の一環だったと考えるのは……私にはとても残酷で耐えられないことでした」
 初めて、ゾイロス・イクシオンという人間の奥底を一行が垣間見た瞬間だった。出し抜けにゾイロスは目の前の空間を指差した。
「アレは……私たちが探しているものでしょう?」
 指を差した先をジノグライが見ると、縦穴の中心に木箱がひとつ設置されていた。そこには、
「これって……!」
 ハンマーが声を出す。それはいつか見た結晶だった。今度は黄色をしている。
「……!」
 思わずジノグライはジャケットのポケットから今しがたの結晶と似た結晶を取り出す。黄色と青の光はマルシェの街で見たときのように、呼吸をするかのように、シンクロするかのように明滅していた。明るい光が義手の中で動いている。
「……なるほどな」
 歩き出し、ジノグライは三つ目の結晶を手に取った。
『どうやらそれも仲間みたいですね』
『取っていこうか』
 シエリアの声と共に、ジバの声が割り込んだ瞬間、
「ちょっと! 静かにして」
「どうしたの?」
 ミリが片手を上げて全員を制止させた。
「何か……聞こえない?」
「え?うーん……」
「エンジン音みたいなのが!」
「救助でも来たのでしょうか?」
「おーい! ここですー!」
 いきなりミリが大声を張り上げ、縦穴の先に向かって手を広げた。その後にハンマーが続く。
「おーい!」
「おーい! おーい!」
 すると、願いが通じたのかは分からないが、午後の空に黒い影が現れた。しかしそれは、救助のヘリコプターでも縄梯子でも無かった。あまりにも早く落下してきたその正体を、落下中に見定めるのは不可能だった。
 それは、あまりにも小さかった。そして、大量に降ってきた。
 カシャカシャカシャン、と軽い音がする。
「……?」
 不審に思ったジノグライは、その中の一つを手に取ってみた。どうやら精密機械のようだったが、その表面はつるりとしていた。LED表示のタイマーが嵌り込んでいる。その表示を読み上げた。
「00:03……」
「え?」
 ハンマーの疑問の声は、全てを呑み込む爆破音に掻き消された。
 連鎖し、重なり、吹き飛ぶ。
 地を揺るがす轟音を聞いていた人間は、誰一人としていなかった。


「……」
 ミリが聞いたエンジン音は、あながち的外れではなかった。
 縦穴の上空に、黒尽くめのヘリコプターがホバリングしている。その搭乗席には一体のロボットが鎮座していた。しかしその顔は無個性なメットではなく、整った顔立ちの頭――しかしながらその目にあたる部分は髪の毛で隠されている――をしていた。つまりこの基地のマザーコンピュータは割り当てられた基地を放棄し、一路北へと向かっていたのだ。
 北からの信号に従いヘリコプターの操縦を自動操縦に切り替えると、今度は通信が入った。耳障りなビープ音が鳴る。
「……俺」
「よう、随分手こずったみたいじゃねぇか」
「勘違いするな、あいつらの方が早かったんだ」
「随分と負け惜しみだな、ん?」
「うるさい、ダメ押しに転送ゲートから爆弾まで投下してやったんだ、そう無事じゃ済まないだろうよ」
「そうだといいがな」
 クックックッ、という嫌味な、楽しんでもいるかのような薄ら笑いが聞こえる。
「……なんだよ」
「いんやいや、あいつらが随分死地をくぐり抜けてきた様子だったし、用心するに越したことはねぇよってことで」
「……メルクリウス、その緊張感のなさは何なんだ」
「わりぃわりぃ、ま、元からだろ? サートルヌスの旦那よ」
「お前のその軽さは確かに元からだが、それとこれとは話が違う……既にミューエ防衛線は破られたんだ、対策を立てるぞ」
「まぁ俺には切り札があるんでな、いざとなったら全部ぶっぱなしてやんよ」
「随分と自信家なことで……」
「へっ、俺に割り当てられたHC部隊はとてつもない規模であいつらを迎え撃つさ……あいつらなんて物の数じゃねぇよ」
「確かにそうなるだろうが……あいつらが生きてることが前提か」
「最悪の事態は予見しておけ、リスク回避の鉄則はこれに尽きる」
「……その割には肝っ玉が貧弱なのも相変わらずだな」
褒め言葉として受け取ってやるからありがたく思えよ」
「やなこった」
「つれないねぇ……」
 やはり面白がってる様子で、メルクリウスと答えた声が言う。サートルヌスと答えたロボットが応答した。
「で、これからルフト洞窟に行けばいいのか」
「ああ、HC部隊の増産を俺と共に行うぞ」
「これ以上増やしてどうするんだ」
「わがままを言うな、あの方のためだ」
「……そうだな」
 しばらく沈黙が漂う。次に口を開いたのはサートルヌスだった。
「これから全速力で向かえと?」
「おうともよ、せいぜい無事でいろよ、待ってるぜ」
「はぁ……」
 曇り空が支配しつつある空を背景に、ヘリコプターが飛んで行く。青と黄色が、混じり始めていた。




*To be Continued……

SEPTEM LAPIS HISTORIA 027- 青年の独白

 その日は雲交じりの晴れだった。
 ミューエの町は砂漠の中にある。近隣の別の街と貿易を行い、水や食料を得ている。積雲がぽかりぽかりと浮かんでいるだけの麗らかな春の陽気にあてられた町は、たとえ乾燥してても穏やかだった。
 今になって、私は控えめに見ても親不孝な息子だったな、と肩を竦める。毎度のポーズで癖になっている。

「じゃあ散歩行ってくるから」
「お前はそろそろ就職しなさいな」
「手続きとか面倒じゃないか」
 ああ、そういえば息をするように敬語を話す前だったっけ、と心の中でいっそ苦笑してみせた。
 母との会話を終えると、私はいつもミューエの町を散策していた。
 母と二人暮らしをしていた。父は出稼ぎというか単身赴任のようで、アステリの街に行ったらしい。しかし離れ離れになって大泣きするような年ではない。もういい年をしているから慣れるべきなのだろうが、後から今日の事を考えると、傍にはいて欲しかった。
 町が好きだった。石造りで、過去の先人たちが丹精を込めて作り上げてきたこの町が。就職が面倒だったのは本当だ。親の脛をかじりながら気ままに生きたいというのは、間違ってない感情だった。
 ただ面倒なだけで、就職に興味が無いわけではなかった。だが無個性なスーツに身を落とすのではなく、いわゆる自営業のような職業に就きたいのである。
 例えば、職人なんかがいいかな。
 素敵な石像を作ったりするのが、私の性格にも合っている気がする。
 だが、今はまだその時ではない気がした。そして今から考えれば、やはり面倒なだけだったのだろう。
 だからなのかもしれない。

 それが起こったのは、夜の間だった。
 一日の食事を終え、風呂に入り、歯を磨く。ベッドメイキングをし、そのベッドの中に入り、眠気の到来を待っていた。丁度、人間の勝手に決めた尺度により、一日の終わりが訪れようとしていた。
 それが訪れると同時に、激しい爆音も聞こえてきた。
「!?」
 凄まじい速さで掛け布団を跳ね除け、あたりに警戒を張り巡らせる。しかし息をつかせないままに、第二撃が射ち込まれた。
 それは、はっきりと目に見える形で。
 この家に。
「なっ」
 がしゃあああん、と恐ろしい音が響いて、あろうことか狭いベッドルームの壁が崩落し、一瞬で瓦礫の山が生み出されていった。その崩落の中心にあったものを、私は確かに見ていた。
 それは、後から考えればジノグライと名乗った青年が、確かに「ERT」と呼んでいたシロモノだった。
 黒く月の光を浴び、この世のどんなものとも知れない金属で出来たようなその柱に、私は奇妙な非現実感を見ていた。爆弾では無いようだったが、その言い知れぬ存在感が今まで経験したことのないとてつもない恐怖感を掻き立てていた。
 崩落した壁から、これまた黒い色で固められた軍勢が姿を覗かせた。今まで私が出会ってきたどんな人間より、奇怪で現実味が無かった。月明かりしかない私の視界の中で、そいつが人間かそうでないかなどは分かりっこなかった。そもそも人間ですら無いということは、たちどころに明らかにされてしまったのである。
 その人間のようなものの腕部が、いきなり大きく稼動、変形し、豪勢な飾りのついた槍のような姿になったかと思えば、地に突き刺さったままのその金属の柱の表面も同じように変形した。その腕部と同程度の穴が開き、ドッキングが完了する。
 そのまま人間のようなものは金属の柱を肩に担ぐようにして構え、狙いを……私に構えた。相手は人間ではない。金属で出来たからくり人形だと分かった。理性ではない部分が危ないと叫ぶ。酷く不味い唾を飲み下し、恐ろしいほどのろい速度でベッドを抜け出した。煙の香りから逃げるように、月明かりを頼りにさぐりさぐりドアを探し当てた。私の部屋は一階にあった。幸いにもリビングは近い。当然ながら玄関もまた近い。だから私は、母を連れて逃げようと画策した。
 運良く(あとから考えればそうでもないが)母は自室からリビングへ移動をしていたところだった。母は私を見つけ、急きたてるように言葉を投げつけてきた。
「ゾイロス! 何があったの!? 母さんに話して頂戴!」
「落ち着いて母さん! 僕は無事だ、自室の壁が崩れたけど……」
「崩れ……!? お前、今なんて言ったんだい?」
「だから僕の部屋の壁が崩れたの! ……急いで、逃げるんだ」
「どうやって!?」
「この家が……いや、この町は狙われている、何が起こったのかよく分からないけど、僕たちもここにいたら危険だよ、でも、どうやって、かぁ……」
「じゃあ、何か乗り物でも……」
「乗り物……」
 上手い案は、ちょうど歯車が欠けたように思いついてくれなかった。冷静な思考がいつまでも到来せず、思わず爪を噛んでいる自分に気づいた。
 案ずるより生むが易し。
「出よう」
 背中に気配を感じた私は、母の手を引いた。踏み荒らされる足音はすぐそこまで迫っていた。玄関に向けて走り出した。

 外へ続く扉を押し開く。まだ崩壊は進んでないようで、それに関しては少しほっとすることができた。しかしながら視線を上げると、驚愕のあまり喉が潰されたかのような声が出た。
 暗がりの中、崩壊していく町の姿があった。魔術からなる閃光も散見されたが、それらは敵方の物量の前で押し戻されているようだった。ところどころで火の手が上がり、抵抗も虚しく破壊される領域は増えていった。美しいこの町が、崩れようとしている。
「そんな……」
 膝の感覚がなくなり、その場に崩れ落ちそうになったが、手を引かれている者の存在を思い出し、何とか踏みとどまった。心配そうな目は、逆に刺すように私を見ていた。何をしようとしていたかを思い出した。
 前より強く手を引いた。今度こそ私たちは駆け出して、漆黒の中に溶けていった。
 月光が私たちを照らす。砂の香りが今だけは邪魔に思えた。追っ手はすぐに現れ、私たちを囲んだ。
 私の母とはいえ流石に年老いていた。その戦闘力に期待できないと踏んだ私は、持ち前の炎攻撃で前方の機械兵団を壊しにかかった。ジャッジを張らない中で、攻撃は有効に作用する。吹き飛ぶ音がした。その隙に乗じ、脱出しにかかる。握る手の強さが増した。
 大通りを走り抜ける。母の負担にならないように、速度は七割程度で調節した。町の南側まで出れば、一番近いノックスの街までは道のりが見えてくると踏んだ。非常事態なのだから車を奪うことぐらいは視野に入れなければ生き残れないと無理矢理己を奮い立たせる。そして出し抜けに月光が遮られた。
「?」
 あっと思ったときには、例の金属柱が群れをなして目の前に突っ込んでくるところだった。たまらず腕で顔を覆い、やってくる砂煙を払った。
 もうもうと立ち込める煙を潜り抜け、兎にも角にも南へと向かう。後ろから金属柱がずんずん落ちてくる音がしていた。後ろを振り返らず、ともかく進む。
 機械の人間が目の前に下りてきたときは、手のひらの前の空間から赤の光線を放ち、焼いていった。爆発を避け、後ろを振り返らず、走り抜けていく。
 周りを見る暇も余裕もなかった。真夜中の逃避行は、町の南端にある岩のアーチをくぐることにより成功するだろうと考えていた。それが見え始めた。強襲を受け、その大半が崩れているが、それでも見覚えがあるあのアーチだった。自分でも私の顔は歓喜に溢れていたと分かった。そして私は愚かにも、ここで初めて後ろを振り返った。そこに母の手が繋がり共にいるのは、もはや前提条件だった。そう思っていた。
 そして母の腕を見た。そして初めて気づいた。

 既に自分の母の腕は、肩から先が無くなっていたのである。
 結局自分のことしか考えていなかった私は、そのことにまるで気が付いていなかったのである。人生最後にして最大の親不孝と呼ばずして何と呼ぼう?
 月の光は、母の血をやたらに赤く色づかせていた。母がどうやって死んだか、その真相は既に藪の中だった。歩みを止めれば、集中砲火は免れなかった。そしてあろうことか、私は繋がっていた手を離したのである。
 恐怖のあまり声にならない叫び声を上げた。尻餅をついた。私を取り囲むように機械兵団が迫ってきた。そのまま立ち上がり、矢も盾もたまらず赤い光線をばら撒き始めた……


 それ以降の記憶は無かった。いつの間にかノックスの街に着いたようで、次に目が覚めたのはノックス街内の病院の一室だった。清潔なシーツの上で、生きて自分が横たわっていることが、やたらと不思議に思えた。
 どうやら私を拾ってくれたらしい男性の看護師は同情はしてくれたが、行くあてのない私を養うことは出来ないと言われた。どうやら全身ぼろぼろのままで、ノックスの町の北で行き倒れていたらしい。退院したあとは、もう一度歩いて故郷の町まで戻ったこともある。しかしながら破壊の限りを尽くされた町は見るに耐えなく、数日分の資金を持っていくのが精一杯だった。行くあては無い。だから旅に出た。その中で、どれだけ流浪ができるかは私自身の能力にかかっていた。食料と水も、持てるだけ持っていった。大事な本も持ってきた。全ては機械の軍勢に、目にもの見せてやるためだった。
 だから、今日ここに来るまでは、自分の住処だった家が、こんなに綺麗に保存されてるとは思いもしなかった。周りが見えていないことは、私の重大な欠点だ。だから、旅をしている一行の噂を風の噂で聞いた私が、同行するためにわざわざ小舟で彼らを待ち受けるという回りくどい真似をしていたときから、私は一行の後方に回ると決めた。
 後ろから一行を見守り、支えなければ、私が全てを台無しにしてしまう予感があった。だからこそ、私は裏方に回り、一行を支える。
 そうでなければ、復讐を達成することはできないから。
 慇懃になるのだ。内に篭る激情を、悟られないように。掴みどころの無い人間を演じるのだ。
 それができて初めて、我々の牙が敵方の喉元に喰らいつく日がやってくるのだ。
 少なくとも、そう信じなければ、何も始まらないのだ。

 扉が開く音がした。
 ゾイロスは思わずビクッと肩を揺らすが、入ってきたのは、先ほどまで行動を共にしていた三人と一機だった。全員が全員、心配そうにゾイロスを見ている。
「お前……何があった?」
「なんだか変な様子でしたよ、どうしたんですか?」
「急に駆け込むものだからびっくりして!」
『ひょっとして……何か見つけた?』
「……」
 少しだけ黙すると、ゾイロスは親指を床下収納の方向にしゃくった。
「……この下に、彼らの拠点があると見て間違いないでしょう、床下を強引に押し広げた跡もあります」
「ふーん……じゃあさっさと行けばいいだろう」
「……」
 また歯切れ悪く答える。
「ここは私の家でした」
「!!」
 ハンマーとミリが驚愕する。
「だからまず私が……いや」
 考えて、言いなおす。
「私はあなたたちの後を……追ってきていいでしょうか?」
「……は?」
「別れを告げたいんです」そう言って部屋の中を振り仰いだ。
「この家に」
「……」
 ジノグライは渋い顔をしたが、しばらくすると、
「行こ」
 そういってハンマーとミリが、連れ立って地下へと降りていった。ジノグライと通信機と共に、その姿は地下へと消えかけていく。
 ひとりになった。

 そうして、もともと糸のように細い目を彼は瞑った。
「……」
 母にそっと祈る。許してくれとは言える立場じゃない。でも、この町に、この大陸に、いまだかつて無い危機が迫ろうとしているのが、ゾイロスにも分かっている。
 だから、ただ祈る。見ていて欲しい、とただ祈った。
 もし、見てくれていたならば、せいぜい私は、やれるところまでやるさ。そう言い聞かせる。
 手を組んだ。静かに、鎮魂と願いを捧ぐ。
 それが、せめてもの、死者への敬意の表れだと彼は思った。
 そして、行動で示しけりをつけることが、何よりの弔いになると思った。
 でも、こんな姿は誰にも見られたくなかったのも、また本当なのである。

「行ってきます」
 隙間風がそよぐだけの部屋の中で、呟きが生まれ、消えた。




*To be Continued……

SEPTEM LAPIS HISTORIA 026- 呪われし郷愁、そして強襲

 快調に砂煙を上げ、バギーが走る。遥かに前方には、大きく広がる岩場も見て取れ、乾燥地帯に向けて走っていくのが分かった。
「ところでさ」
 ハンマーは問いかけた。
「ジノとかミリちゃんとか暑くない? 日除けでもかけようか」
「そう呼ぶな」ジノグライはその言葉に続いて、「そして日除けはやめておいた方がいい」
「どうして?」
「すいません暑くて死にそうですー……」
 ふと見ると、ジノグライの横で顔を真っ赤にしたミリが座っていた。どうやら暑さに弱いらしい。
「お前は氷でもなんでも使えばいいだろうが」
「魔術って同属性の人には効果薄いし同一人物には尚更じゃないですかねー……」
「けっ」
 そっぽを向いた。説明することが嫌になったような顔で、運転してない二人と一機に顔を背けている。ハンマーはちょっと肩を竦めて、バギー後部の日除けカバーをかけた。横方向のカバーもかかり、運転席以外の視界が確保できなくなっている。
「少しはマシになった?」
「あ、うん……」
 幾分か顔の赤みが薄らいだミリに、ハンマーは声をかけた。
『しっかしこれ不便じゃない?』
「そうかな、トラックとかこんな感じだと思うけど」
『言われてみればそうだけど、なんか嫌な予感がするんよー』
「むぅ……」
『ジノグライの言うことはある意味では正しいんじゃないかな』
 そう言いながら、ふわりとカバーのかかったバギーの上空へと飛んでいく。しばらくは乾燥した土地がずっと続いていて、たまにゴロンとした岩が転がっているだけであったが、その瞬間は突如として訪れた。
『むっ!』
 唸る。
『ゾイロスさん全速力! この先に大きな岩はありません!』
「了解しました!」
「きゃっ!?」
 ミリが悲鳴をあげる。急加速したバギーが唸りをあげ、砂を弾き砂漠に進路を残していった。その後ろを弾道が追いかけていく。
「ゾイロスさんこの速度のまま行くんですか!?」
「道はここをずっとまっすぐ行けば大丈夫です、私はこのあたりの地理に詳しいですから」
「地理もへったくれも無さそうだがな!」
 いちいちジノグライが口を挟んでくる。
「ははは、まぁこれぐらいは……おっと」
 今度は急速にカーブを重ねていく。蛇行した軌跡を追うように、なおも後方からは銃撃の音が響いていた。
『後方に機械兵団の大部隊! ERT装備兵も何体かいる! 気をつけて!』
「ERTって何ですか?」
『大砲みたいなやつ! 黒い金属の柱みたいな……兵器!』
「なるほど、そう呼んでいるのですね」
「ちきしょ、状況はどうなってるんだ」
 とうとう堪りかねてジノグライが日除けカバーを剥いだ。後方にはいつ出現したか分からないような十数体の機械兵団が砂の波の向こうに立ち並び、弾幕を出現させていた。かろうじてゾイロスのハンドル捌きはそれを避けることに成功している。しかし新手は確実に現れていた。
「おや」
『前方に機械兵団が……! まずい、ゾイロスは運転に集中してるし』
「出番だねっ!」
「口に出す前に行動を起こせ!」
 言い終わる前に、ゾイロスを撃ち抜いてしまわないような的確な角度でゾイロスはレーザーを連射する。相手に銃撃を許す前に機械兵団を片っ端から排除していく。
 ミリがそのあとに続く。手の前方の空間から放出された冷凍光線そのものに威力はあまりないが、目標を確実に沈黙させることに成功していった。そうやって作られた氷柱にレーザーが当たると、凍ったロボットは一挙にバラバラになった。
「後方からまた弾幕来ます! 大きく右に!」
『前方! 右端と左端から来るぞ!』
 遠距離の攻撃方法を持たないハンマーと通信機は、前方と後方に分かれて司令塔をしていた。通信機から聞こえる指示にはジノグライとミリが、ハンマーの指示にはゾイロスが従う。そうやって前方と後方からの猛攻をかわしていった。ERTからの光の砲撃を大きく避けたとき、
「ぬなっ!?」
 ハンマーが大きく叫んだ。バギーの前方に直接テレポートしたロボットが、バギーの外枠を掴んだまま小型ガトリングを携えて銃撃をかまそうとしている。
「遅い」
 一閃、青が閃いたかと思うと、ロボットの上半身はひび割れ、物言わぬ瓦礫と化して弾けていた。しかしながら、ゾイロスは至近距離で起こった瓦礫の飛散に対し、バリアを張るのが間に合わず、
「ぐっ!」
 思わず左腕で顔をかばっていた。それが仇となったのか、大きくバランスを失い、いつの間にか見当違いの方向にバギーを走らせていた。そこに向かって容赦のない弾幕が浴びせられる。バギーの外枠に実弾と言わず光線といわず、鋭い音がどんどん突き刺さっていく。そして、
 ぱん。
「やば……!」
 ミリが声を漏らしていた。遂にバギーのタイヤがパンクし、その一瞬の音で、一行の移動手段が奪われたことを、一行は完璧に理解した。そのままぐらりとバギーが傾ぐ。
「わわ……!」
「伏せろ!」
 一行が身を屈めると同時に、眩しい閃光がジノグライの指先から放たれる。そのレーザーが、機械兵団を焼いていき、熱風の向こうに瓦礫の山を作り出していた。
 途端、目の前に石造りの何かが見えたと思ったら、機械兵団の攻撃も止んでいた。砂煙が立ち上ったと思ったら、バギーが前方に倒れこみ、一行の視界も暗転した。砂混じりの風の中に、しばらく倒れこんだままになっていた。
 そして、モニターの向こうのジバが、目覚まし時計を置いた。

『ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ』
「うるせぇ!」
 ジノグライがまず最初に跳ね起きた。その声につられてか、他の三人も砂埃の中で起き上がり始める。
『お、起きた』
「うるせぇんだよ」
『それよりさ、よく見てみ』
「……」
 後方にはパンクし、横転したバギーがうち捨てられていたが、前方を見たジノグライは、転がっていた岩とは別のものを見つけ出した。
「目的地かなぁ」
「そうみたい……だね?」
「……」

 朽ちた岩石のアーチだった。
 人間が縦方向に二人並んでも、到底手が天辺に届かないような大きさだった。朽ちる前は大層立派な代物だったのだろうと空想してみる。
 そしてそのアーチをくぐった先には、放棄された町があった。
 石造りを基本とした町並みは、やはり放棄される前ならそれなりに美しかったのだろうと想像できるが、彩りに溢れた石畳も、白い塗料で統一された家々も、石でできている珍しい電信柱も電灯も、やはり砂漠の風の中で、見るも無残なゴーストタウンと化していた。石畳が剥げて崩れ、家々は砂を被りものも言わず、電信柱も電灯も折れ、曲がり、砕けている。そして、町の至る所には、
「げぇ……」
 ERTが突き刺さっていた。幾本となく町のあちこちで散見され、町のひび割れの領域を増やしていた。住民の姿はない。そして分かることが一つだけあった。
「つまり……」
「ミューエの町は廃墟になってるようです」
 ゾイロスが呟くように言った。
「……」
 その脚で一行はもともとはマーケットだったであろう大きな建物へと向かっていく。石造りだったであろうかつての建物は今はマーケットとしての見る影もなく、腐臭が幽かに漂っていた。つんと鼻を突く。
「……ゾイロスさんどうしたんだろう」
「なんか、貝みたいに黙り込んじゃってたね?」
「この町に着いてからだね」
「本当どうしたんだろ、なんか余裕がないように見えるけど」
「……」
「にしても随分と破壊されてるね、新聞で見たときより酷い」
「やっぱり一夜越しだしなー……何があったんだろう」
 首をかしげかしげ、ミリとハンマーはゾイロスを見ていた。
 廃墟と化したミューエの町をしばらく散策していると、風化しかけている遺体なども見つけてしまうことができてしまった。ハンマーがうぅ、と呻く。
「ここで大規模な襲撃があったのは間違いないんだろうね……」
「一体犯人は……どこにいるんだろう」
「機械だからどこにでもいそうだけど」
「あら……」
 目の前に、かなり上等なつくりの屋敷が聳えていた。石造りの屋敷の中でもかなりサイズの大きな建物は、有力な金持ちの物に違いない。そして奇妙なことには、その建物だけ腐敗が進んでいなかったことだった。
「なんかおかしくない?」
 ハンマーが問いかける。
「他の建物は確かに跡形もないのに」
「あとはもう分かるだろうが」
 ジノグライが突然口を挟んだ。
「どういう……?」
「ここに拠点がある」
 一気に言う。
「ここにあいつらの根城がある」
「不自然ではない……よね」
「わざわざ行くの?」
 あからさまに不安をあらわにしたハンマーとミリの後ろで、
「行くべきです」
 ゾイロスは凛とした声を張り上げた。
 顔は糸目のまま、しかしながらそれでも確かな、彼なりの迫力に彩られていた声だった。ミリもハンマーも彼のほうを見る。
「私たちは行くべきでしょう」
「どうして?」
「……理由は語る必要がありません」
「俺たちを罠に嵌める気じゃないだろうな?」
 その言葉を待つまでもなく、ゾイロスは自分からその屋敷へと歩を進めて行った。静止も振りほどき、どんどんと歩いていく。
 朽ちかけたドアを開いた。
 しばらく、長い時間残った三人と一機は、黙り込んだままだった。沈黙を破ったのはハンマーである。
「僕たちも行くべき……だよね?」
「さぁな」
「でもこの下に敵の根城があるとしたら」
「行くべきだな」
「こんなに分かりやすく作ってあるべきかなぁ」
 ジノグライの目は、既に戦いの色に彩られていた。
「うだうだ考えていても始まらないだろ」
「……」
 頭をぶるんと振りながら、ジノグライもゾイロスに続いて屋敷の中へと歩いていった。二人と一機は心配そうにその様子を眺めていたが、やがて意を決したように彼らに続く。最後にハンマーがゆっくりと扉を閉ざした。
 その屋敷の後ろに、小型のヘリコプターが停まっていたことを、誰も知るものはいなかった。


 ゾイロス・イクシオンは、ひとりで屋敷の中にいた。
 扉を閉め、まだ誰も来ないことを願いながら、浅く呼吸をつく。胸に手を当てながら、やたらと余裕のない様子で室内を歩き回る。
 玄関、傘立て、靴箱、本棚、カーペット。見回す。
 リビング、トースター、テーブル、ソファー、缶詰。見回す。
 額縁、窓、キッチン、床下収納……床下収納だった。
 そこに大きな改造の跡があった。床下に続く穴が大きく、しかも乱暴に押し広げられ、大きな梯子がその下に伸びていた。思わず立ちくらみがした。頭に軽く手を沿え、フラフラする感覚に抵抗する。
 予想はしていたつもりだった。だが目の当たりにすると流石に嫌な気持ちで鳥肌が立つ。
 膝を突いた。地下へと続く穴は、そこに熱と血が渦巻くことを暗に示していた。それが彼には耐え難く嫌だった。
 立ち上がった。扉を垣間見る。こんな風に弱った自分を、誰にも見られたくなかった。いつもの余裕が、ほとんど剥がれかけているのが自分でも分かってしまう。砂の香りは、ずっと子供の頃から同じものを嗅いでいたから覚えていたはずなのに、煙の香りが混じっていて腹立たしい感情すら覚えた。

 ゾイロス・イクシオンは、生まれ故郷にいた。
 ゾイロス・イクシオンは、かつての我が家にいた。
 そして、彼の思い出は、突如として崩れ去ってしまった。
 否応なしに、変わり果てた床下収納が、それを如実に証明していた。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 私はそれだけを自問自答していた。
 生まれ故郷から離れることなどしたくなかった。
 しかしながら、生まれ育った故郷は、突然崩れ去ってしまった。その中で生きていくことは、自分にとっては不可能に近かった。

 だから、旅に出てみた。旅の中で、私は定住の地を探そうとも思った。しかし、一夜も明けないうちに、私の心の中身は、復讐にシフトチェンジされていった。それもいいかもしれない。とにかく町を襲った毒牙に目に物見せてやりたかったのだ。
 そして、彼らに出会った。ジノグライという青年には引っかかるものがある気がするが、どうだろうか。
 復讐。
 目を閉じれば、惨劇は今でも瞼の裏で蘇る。




*To be Continued……

SEPTEM LAPIS HISTORIA 025- 暗躍する影に立ち向かうは胡散臭い焔の青年

 改めて、目の前の青年を凝視する。
 腰まである長いベージュのジャケット、端正な顔立ち。透き通るような白髪は今はどこからともなく取り出した麦藁帽子に覆われている。そしてそのジャケットの懐に拳銃がしまわれてあることが、奥行きを窺いしれない糸目と相まって目の前のゾイロス・イクシオンという青年を危険人物に見せていた。
「そんなに睨まないでくださいよ」
 ゾイロスが肩を竦めて笑う。
「……その嫌味な笑いを止めることは出来ないのか」
「生まれつきなものでしてねぇ、こればかりは」
「あとその慇懃な話し方だ、逆に慇懃無礼だ」
「これも生まれつきでして……」
「ちっ」
 舌打ちして目を逸らす。
「さて、これから何処へ行くのでしょう?」
「あー、えーと」
 未だにとげとげしい(もっともいつもの事だが)ジノグライに代わり、ハンマーが答える。
「えっと、この近くに謎の軍勢の襲撃を受けた町があると聞いたので、そのあたりを調べてみたいと思ってるんです」
「……」
「どうしました?」
「あ、いえ、何も……では行きましょう」
「?」
 ハンマーは小首を傾げた。一瞬だけだが、ゾイロスの顔に、さっと衝撃が走ったような気がしたからだ。何か痛いところを突かれたかのように、彼の顔に動揺が浮かんだかのように見えた。気のせいだろうか。
「むふむふ」
 後ろを振り返ると、ミリがハンマーにも負けないような量のホットケーキ(しかもシロップのたっぷりかかった)を頬張っているのが見えた。
「そろそろ行きますよー」
「む? もひゃもひゃもふふふ」
 飲み込もうとして、
「ぐぐぐぐぐぐ」
「詰まらせてますね……」
「んぐ」
「お、収まった」
「あはー……あ、ごめんなさーい……そろそろ行きましょ、ね?」
「明るい娘さんですね」
 出し抜けにゾイロスが言い、ハンマーをびっくりさせる。
「娘さんって言い方は……」
「それ以外に適切なものが咄嗟に思い浮かばなかったもので」
「……まぁ何でもいいですけど」
 言いながらジノグライを呼んで喫茶店から出ようとしたが、
『オイオイ、ちょっと忘れてもらっちゃ困るなぁ』
「え」
 ジバの声で遮られた。
『会計だよ会計、ちっと待って』
「あ、いけない……」
 ふよふよと通信機が店内のカウンターへと浮いていく。ミリがその後を追った。店内の扉を開けると、ちりんとした鈴の音が響く。砂混じりの喫茶店で、その音色は妙に浮いていた。
「あ、お会計ねー」
『はい、その通りです』
「うわっ」
 驚いたのはカウンターで座っていた緑眼の女性だった。金髪を後ろで括ってポニーテールにし、エプロンを着けている。そして、その店員は通信機を見てびっくりしていた。
「何それ」
「気にしないでください」
『ほれ財布』
「あ、ありがとです」
 ベーシックなプラスチック財布がミリの手のひらに転送されたあと、ミリはそこから四人分のお代を出した。
「はい、確かにー」
「ではー!」
 店員は可愛げのある笑顔で手を振った。
「良き旅を」
 そして隠し持っていたナイフが、背を向けたミリの背に走る。

 店内から悲鳴が聞こえた。
「!!」
 ハンマーが驚愕する一方、ゾイロスはしまりの無い穏やかな顔を崩さない。ジノグライはただ見ていた。
「敵は機械だけではないです」
「どういう……!?」
「先ほどの海面から怪物が立ち上ったという話にしても、町を襲った軍勢に繋がりがあると考えた方が自然だと思いませんか」
「……」
「敵はあの手この手であなたたち……そして私たちを妨害すると覚悟した方がいいと思います……それに」
 ちらりとゾイロスはジノグライの方を見た。戦闘態勢をとり、出てきた相手を倒そうと身構えている。
「……そういうのはジノグライさんが一番よく分かっているはずでしょう? 一緒に旅をしてきたのだったら」
「……そんなにリスクを背負うことなのにどうしてついてくるんですか?」
 答えなかった。ふふ、と微笑み、短く詠唱する。
「ジャッジ」
 呟き、結界が貼られた途端、木製の扉が強引に押し開かれた。かろうじて蝶番も扉そのものも無事だったが、耳障りな鈴の音がより一層耳障りになる。
「に、逃げ……!」
 ミリが息も絶え絶えで宣告するも、
「ここで食い止めなきゃ……!」
『ここで食い止めなかったら街が荒らされちゃいそうだしなー』
「ジャッジは貼りました、多少手荒でも沈黙させましょう、生命だけは取らないように!」
「りょ、了解!」
 非常事態なのに敬語で声をかけられ、思わずハンマーは自分の上司を、ERTに破壊された工事現場を、暖かだった居場所を思い出してしまった。胸がチクリと痛くなる。そんな感傷に浸る間もなく、
「伏せろバカ!」
「!?」
 すぐ横にいた男の声ではなく、向こうにいたジノグライの声だった。彼のレーザーは店員を確かに捉えていたが、店員はつむじ風のように身をかわし、今度はジノグライにナイフを投げつけた。ナイフ如きで怯むジノグライではなかったが、飛んできたそれを義手で弾き落とした時、そこに隙が出来る。
 顔を上げると、店員の近くに展開されていた風の矢が、薄緑の衝撃波を伴い三つ発射されようとしていた。
 やば――
 ダン! ダン! ダン!
「!?」
「まだまだですね」
「てめぇ!」
 当然のように反駁するが、危ないところを助けてもらったのもあり、吠えるだけに留めておいた。いつの間にか拘束を解かれていたゾイロスの拳銃が、狙い違わず三つの矢を撃ち抜きかき消した。
「はっ!」
 今度は店員に向かって遠慮容赦一切なく十数発の紅い弾道を放ち始めた。回避は不可能。ジノグライでさえそう思った次の瞬間、
「何ッ!?」
 店員は平時なら絶対やらないことをした。
 テラス席のテーブルにあろうことか飛び乗り、そして跳躍する。凄まじい唸りをあげながら薄緑の旋風が店員の身体を包む。薄曇りが支配し始めた空に、店員が危険な影を生み出した。
「まさか……」
「そのまさかです!」
 言うが早いか、ゾイロスは先ほど放った熱風が彼を包む。その勢いのままジノグライに向かうのではなく、とてつもない高度まで跳躍する。それこそ、店員を捉えるまで。
 店員の企みはわかった。あとはそれを止められるかどうか。ゾイロスは思案する。
 目を見開いた。狙いは――
「今です!」
 構えた拳銃から咆哮が放たれる。
 三度。
 そして当然のように、標的に命中した。
 右手。左腕。左踝。
「がッ!?」
 苦しげな吐息が飛んだ。風の唸りが止み、力尽きたようにだらりと四肢が投げ出される。そのまま店員は墜落した。怯えを消した目――
「ハンマーさん! 受け止めてください!」
「ええっ!?」
 とりあえず影の示す位置にハンマーは移動し、
「うわぁっ!」
 何ら外傷を付けることのないまま、ハンマーはきちんと店員を受け止めて見せた。だが、
「わわわ……」
 やむなくお姫様抱っこする形になり、たちまち赤面した彼は、そそくさと別のテラス席の椅子に店員を下ろしに行った。
「やれやれ……」
 そんな窮地に陥っても、薄笑いを浮かべるゾイロスを、ミリは呆気に取られながら、ジノグライはまだ戦闘態勢のまま、苦々しげに眺めている。
 悔しいが、彼の戦闘技術が一級品であることを、ジノグライも認めざるを得なかった。
「彼女は操られていました、墜落するなら恐怖のひとつもあるのが人間として自然でしょう、それがすれ違った中でみた彼女の瞳には無かった」
 ゾイロスは告げる。
「おそらく戦闘不能になれば解除される筈でしょう、その時まではテラス席に下ろしておくのが懸命でしょうね」
「包帯無いかなぁ……」
 店員のエプロンに滴る血を見て、思わずミリがそっと呟くと、
『ありますよー』
 ミリの呟きに若医者であるところのシエリアが答える。転送してもらった包帯の巻き方を指南してもらいつつ、なんとか店員の傷である三箇所に包帯を巻き終えた。
「あとはジャッジの効力が切れれば快癒してくれるでしょう、包帯はまぁ慰め程度で……」
「……すごい」
「どうしてここまで強いんだろ……」
 ハンマーとミリが尊敬の眼差しを見せる中、ジノグライだけはやはり面白くも無さそうな目で彼を見ていた。
「……」
「……?」
 そしてその強さを感じさせない所がまた苛立たしい。
 ますます分からないのは、何故そんな奴が一行入りしているのかということだ。
「……おい」
「なんでしょう」
「お前まさか、スパイじゃないよな?」
 もはやお決まりのように、彼は「やれやれ」というように肩を竦めた。
「まさか、そんなわけないですよ」
「だったらじゃあ一発殴らせろ」
「どうぞ?」
「……は?」
 反発と怒りを込めた義手の拳は、ゾイロスの左頬を抉った。そのあまりの呆気なさと共に、ジノグライがしばし呆然とする。
「……は?」
 先ほどと同じ感嘆文を吐いた。
「お前……」
「だから言ったでしょう、私はスパイじゃないと」
「お前にはプライドは無いのか!?」
「プライドなんてドブに捨てるか猫に食わせてしまえばいいんです」
「……」
「私はあなたたちについていきたい、機械の軍勢の謎を解き明かし攻略し、平穏を再びこの手にする、それでは駄目なのですか?」
「……世界平和とかクサいこと言わないのはお前らしいな」
「合ってそれほど経ってないのにお前らしいとか言わないで頂きたいですね」
「……」
 そしてゾイロスは、今度は深く頭を下げた。
「お願いします、あなた方の旅に付き添わせてください」
「……」
 ジノグライは渋い顔をしたが、やがて、
「勝手にしろ」
 その言葉と共に街の端へと歩き始めた。
『……別に私やハンマーやミリちゃんからは止めないと思うけど』
 ジバの声がした。ゾイロスはカメラアイと目線を合わせようとした。モニターの向こうのジバと目が合う形になる。
『……車の運転はできる?』
「……一応免許を取ってます」
『ようこそ!』
「対応が早い!」
 思わずハンマーが突っ込みを入れた。
「それで、僕たちの仲間になってくれるんですか! あ、待ってー!」
 ハンマーはジノグライと通信機を追いかけに行った。ミリもそのあとに続くが、それを追いかけるゾイロスに問いかけた。
「それで、次に行く町の事とか知ってるんですか?」
「……何故私に?」
「いや、詳しそうだなって思って」
「あぁ、なるほど……」
 一旦口を閉ざし、また開いた。
「ミューエの町と言います、歴史ある砂漠の町で、人口こそ少ないですが古くからの目を引く建築が多いことが特徴……と聞いてます」
「へぇ……ノックスの街近辺は来たことが無いんですよ、楽しみ……!」
 ゾイロスはふっと笑みをこぼす。ノックスの街は広かったが、しばらくすると街のはずれに出てきた。ハンマーが手を振り、ジノグライは相変わらず不機嫌だった。そしてその横に、
「く、車?」
『シエリアさんの奴らしいから壊したら許さないってー!』
『そこまでは……親戚からのものですしそこまでではないですよ』
『で、運転をゾイロスにしてもらいたいんよ』
「任せてください」
 早速新たな仲間を呼び捨てにする通信機の傍には、かなり重厚な四輪バギーが停められていた。ご丁寧に後輪の上には日除けカバーも畳まれて設置されてある。
「ではこれで、ミューエの町まで皆様をお連れします」
「運ばれてばかりかよ」
『でも運転できませんよね?』
「ぐっ」
 悪気の無いシエリアの声がジノグライに刺さった。


「ネプトゥーヌスは駄目だったか、不意打ちも失敗に終わった……あいつはもう用済みだ、洗脳を解いてやるか」
 無機質な電子音が鳴った。
「おい」
「何だ」
「すぐに俺のいるルフト洞窟に来たほうがいいだろう」
「……何故だ」
「ネプトゥーヌスは性格に問題こそあったが、優れた戦士だっただろう?」
「その通りだな」
「あいつらには仲間が増えた、このままではお前が相手をするのはきつかろう、二人分の戦力で迎え撃つ」
「だがいいのか? そっちには大規模なHC部隊が控えていると言うのに」
「そうだ……だからお前には時間稼ぎも頼みたい」
「……どのようにだ」
「拠点の町にERTも大量配備した機械兵団を置いておけ、そこであいつらが戦っている間にお前はルフト洞窟に飛びたて、ヘリがもしものときに配備してあると言っただろう、あれで」
「なるほど……ひとつ気になることがある」
「あ?」
「あの単独行動をしている青年はどうする、危険因子になるかも知れないが……」
「まだ泳がせておけ」
「ふむ?」
「……利用できる価値があると見た」
「そうか」
「では頼んだ」
「了解、任務を続行する」




*To be Continued……