雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

ナイツロード 外伝 -輪廻の盾、悠久の翼- Phase.1 雨の日の話

原作:うまそうす騎士丼す
著:Xiba



しとしとと雨が降り出した。 


 「あー、雨かー……」
 ナイツロード。三千世界、森羅万象の戦士たちが集う傭兵団。理由も年齢も出自も能力も十人十色、多種多様な者たちが集う巨大な組織。広い広いユースティアの海を周回中の本部基地の一角に、その喫茶店はあった。
 大きな窓の外を眺めながら、椅子に座っていたロッシュ・ラトムスは独り言をぼやく。湿気を吸い始めた白髪を持つ緑色の大きな瞳に、鼠色に染まり始めた景色が映りこむ。ほどなく、外の様子をちょっとだけ確認するため、立ち上がって窓を開けた。
 とその時、にゃあ、と猫の声が聞こえた。頭の上から。
「こらこらエス、いきなり乗らないで」
 「エス」と呼ばれたそれは、メスの三毛猫だった。名前は厳密には「エスメラルダ」という。ロッシュと同じ緑色の目が特徴的だが、エスは一瞬目を離したスキにも、頭に飛び乗っていた。こういうことは時々あるし、いかに彼女がロッシュに懐いているかの証明でもあるが、やはり地に足をつけてもらった方が良いわけで若干不安になる。
「せめて鳴いてから乗ってください」
 エスの脇の下のあたりを両手で掴んで言い聞かせる。それで伝わっているかどうかは謎だったが、ロッシュはそういうことをしないと気が済まない性格だった。エスメラルダをそっと空いているテーブルの上に乗せる。そして、外を見る為に開けた窓を、まだ閉めていなかったことを思い出した。
「ああ、いけないいけない」

 そう呟いたその視界を、一瞬だけ黒い影が遮った。
「ん……」
 目を細める。視界はすぐに晴れた。不意打ちのような攻撃ではないようだ。影の飛んでいった方向を目で追うと、
「コウモリだ」
 鉱石が好きでもあるロッシュはたびたび洞窟へ足を運ぶ。コウモリについての知識もある。ただ、
「なんでこんな明るい場所に?」
 コウモリは夜行性で、明るいうちは洞穴などでじっとしている。飢えに負けたという変な仮定をしても、コーヒー豆や砂糖や小麦粉のようなものしかないこの喫茶店に入り込む理由は無い。
 その疑念は警戒を巻き起こす。間合いを詰められないよう少しずつ、椅子やテーブルを巻き込まないよう、じりじり後ろへ下がる。やはりなんらかの外敵か?
 疑念をよそに、今度はテーブルの上に降り立ったそのコウモリが闇色の霧状物体に包まれ始める。その闇がコウモリを包み終え、雲のようになった次の瞬間、シルエットが一気に伸び上がった。
「!?」
 ロッシュは身構える。霧は果たしてどんな物質で出来ているか検討がつかない。最大限の警戒はすべきだ。エスのほうをちらりと見た。尻尾を逆立て歯を剥き出しにして威嚇している。
 霧が薄くなる。徐々に晴れていく。まだ小さな子供のようなシルエットが見え始める。そして完全に晴れた霧の中から現れたのは、
「ここがナイツロードか」

 少女だった。
「手始めにまずはお主から始末しようかのぉ」
 バラの髪飾りから伸びる薄桃色のサイドテール、ゴシックロリータと呼ばれる服装、背中から伸びる一対の翼、つぼみのようなスカートから覗く蠍に似た尻尾、目玉を模したチョーカー、そして、
「(得物はナイフだな)」
 彼女が懐に手を入れたことから察する。素早いのだろうか。
「わしの名は『ヴァイス』四天王が一人、ラグナロク様の下に集う『狂』の派閥、そのうちの一人--」
 案の定ナイフが取り出される。手のひらの中でくるくる回す。
「--リピ、だ……今からお主を倒す!」
 言うが早いか、やはり案の定鋭い突きがロッシュを襲う。ロッシュはこれを横っ飛びに跳んでこれをかわすと、そばに置いてあった自分の杖で交戦を試みる。その後、戦闘はナイフと杖の打ち合いへともつれ込んだ。杖の強度は強く、リピと名乗る刺客の素早いナイフラッシュにも持ちこたえる。ロッシュは打ち合いで飛んでくる刃の猛攻をことごとくいなし、リピもそれに負けないほどの速度であらゆる方向からナイフを叩き込む。事態は膠着している。が、
「にゃー」
 エスが緊張感の無い声で鳴いた。
「む」
 リピはそちらの方向を向いた。
「おや」
 ロッシュはそんなリピのこめかみを、杖で勢いよく叩いた。
 脳震盪を引き起こし、床に倒れ伏す。
「……魔族にも脳震盪ってあるんですかね?」
 そんなこと知るかとばかりに、エスがまた小さく鳴いた。


「ぬ……うぅ……」
 視界と意識が戻る。先ほど対峙した相手は、リピの命は奪わなかったようだ、やれやれ恐ろしい目に遭った、先ほど受けた痛みはこぶにでもなっているだろうか、さっさと帰らねば二度目は無いだろうなどと色々なことを考えつつ店の中を見渡す。
「どうも」
 その先ほど対峙した相手がそこにいた。ご丁寧にコーヒーを飲んでいる。無言で店の隅に移動する。
「怖がらなくてもいいんですよー」
 ふふふと品のいい笑い声を響かせロッシュは言った。その余裕を見たリピの目は疑問に満ち始める。いつものクセで、また質問が出た。
「何故……あそこまで強い……?」
 猫に気をとられて敗北したとはいえ、スピードには割と自信のあるリピは、ロッシュが素早く動けることがいささか衝撃的でもあった。見事にお灸を据えられた形ともいえる。
 今度は若干「してやったり」というような笑みを浮かべ、ロッシュは呟く。
「この身体」リピを品定めするように視線を動かしながら、「あなたなら理解できるんじゃないですか?」
 そう、うそぶく。

 リピが驚くのも無理のない話である。
 このロッシュ・ラトムスという人間は、フェルト帽、ベスト、蝶ネクタイ、スラックス、杖、ついでにコーヒーを携えた老紳士然とした格好をしている。
 だが目の前にいるそいつは、明らかに子供だった。
 白髪なだけの少年であった。

「あなたのことを見て、魔族であることを差し引いても年齢に見合わない喋り方だなぁ、と思いましてね」
 そして喫茶店のカウンターに戻り、空になったコーヒーカップを隣の部屋に片付けると、ロッシュはまた言葉を投げた。
「コーヒー、如何ですか?」

 ……彼はこの喫茶店「イリジウム」のマスターでもある。




*To be continued……