雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

ナイツロード 外伝 -輪廻の盾、悠久の翼- Phase.4 帰れぬ居場所

「どうして……」
 疑問に俯き頭を抱えるのは、今度はロッシュのほうだった。対してリピは涼しい顔である。敵地に居るのに盗人猛々しいというかなんというか、とにもかくにも混乱がロッシュを襲って叩きのめしていた。
「あなたは何故またここに来ちゃったんですか!」
 大声をあまり出さないように、気をつけて叫ぶ。彼の感情が露になる貴重な瞬間だが、生憎と今は喫茶店内に誰もいなかった。
 ……エスメラルダを除くが。
「今日はコーヒーが飲みたくなったのでな」
 シンプルな理由は何より勝る。そしてロッシュはその小さな胸板に顎がくっついてしまうほどがっくりと深く項垂れた
。しかしすぐ真剣な面持ちに変わって告げる。
「お金……とりますよ?」
「構わん」

 彼女のコーヒーの好みがブラックコーヒーだと分かったのは、果たしてお得意様に対しての収穫と考えてよいか、ロッシュには分からなかった。
「でも……」
 今度は一人分のコーヒーカップを片付けながら、ロッシュの頭に疑問符が沸き出始める。独り言は、知らず知らずのうちに口から漏れ始めていた。
「どうして私はあんな感情を……?」

 ロッシュとリピ。ナイツ・オブ・ラウンズとヴァイス「狂」の派閥。
 二つの陣営は相反し、互いにいがみ合い、手を取り合って和平の話し合いをすることなど無い。
 ヴァイスのトップは正気ではない幹部も多く、そもそも話し合うという選択肢は初めから存在していないに等しい。ユースティアに対する侵攻は留まる所を知らず、破壊されていく大地、幸福を切り取られた人々は増えていくばかりだ。
 団長・レッドリガと、彼を支える十二人の一団、ナイツ・オブ・ラウンズを心臓とする組織、ナイツロードは、ヴァイスの侵攻を食い止めるのが目下の目的である。岩と砂を操りナイツロードを守護する役目のロッシュ・ラトムスという歪な人間は、それでも二度与えられた命に感謝し、与えられた役目にやりがいと使命感を感じながら、任務を遂行していった。
 だから、リピも敵である。目の前にいたら、排除しなければならない外敵である。
 でも、そんなヴァイスからやってきたコウモリに似た刺客は、間違いなくここでロッシュの淹れたコーヒーを楽しみに待っているらしいのだ。少女に似たこの化物は、侵略の意思を見せていない。
 それでも、立場が違う彼女に痛い目を見せるくらいはできるはずだ。なのに、
「職業病……?」
 それでは片付けられないし、第一この喫茶店「イリジウム」は趣味で始めたものなのだ。傭兵稼業のほうが大事に決まっている。
 そして、仕事に誇りを持っているロッシュはたとえ敵なら女子供にも容赦はしない……と言いたいところだがやはり手加減はする。
 要するに人間的にロッシュは甘いのだ。情に篤く味方を最大限に信じる。そしてそんな仲間を、出来うる限り守っていきたいと思っている。彼の良いところでもあるが、戦場では必要の無い感情だ。時に自分だけ逃げ帰る必要性も生じるからである。オマケに目の前で鎮座している魔物は955歳である。人生の大先輩だ。世が世なら「様」をつけていたかもしれない。
 彼は物思いに耽る。わざわざ自分が淹れたブラックコーヒーを好きになり、計画的な脱出の計画を立案できず、猫に気を取られてしまうほど純粋な、そんな彼女を、
「……きっと、少しずつ愛おしく感じてきたのでしょう」
 悪い感情ではなかった。ほどほどに、好意的な感情を抱くようになったのだろう。
 彼は人が好きだ。人に近い完成を持つ生き物も好きだ。それがたとえ、化物であったとしても。
「気持ち悪いぞ」
 しまった。
 すっかりと油断していた。リピは彼の大きすぎた隙を突き、いつの間にか後ろに立っていた。ロッシュは少しずつ振り向く。立場の敵対する相手を攻撃できない理由をうっかり漏らしてしまった。そうでなくても彼女は素早さが自慢だ。渾身の防御をしたとしても間に合うかどうか……
「……」
「……」
「……」
 睨み合い。膠着。一触即発。緊張感を破壊したのはリピのほうだった。
「おかわり」

 結局彼女は、初めて会ったときもそうだったように、大きな窓から小さな翼をばたつかせて夕闇が迫る空へ飛んでいった。
 結局彼は、リピがロッシュを殺める絶好の機会を逃したことに対して、一日の最後を迎えても理解できずにいた。
「……」
 結局エスは、構う頻度が減った御主人様と律儀に置かれたコーヒー二杯分の硬貨を見比べて、恨めしげな視線を送るのだった。


 数日後。

 エレク・ペアルトス。
 電撃の能力をその身に宿すアニマ族。
 ザイディン・エクスト。
 大小様々な鎌を持ち戦う冷静な眼帯の闘士。
 グラン=ソロ=ウェンズ。
 多彩な変形と機械武装で戦局を支援する改造されし者。
 そしてルシーナ・マッケンジー。
 身軽な動きと二丁拳銃の使い手である女戦士。
 彼ら四人は、ヴァイスの前線基地が発見されたことにより臨時に編成された精鋭である。そして、彼らは最下層にたどり着き、ここを取り仕切るボスを、たった今倒さんとしていた。

「オラぁッ!!」
 ルシーナ・マッケンジー、その渾名をルーシーと名乗る彼女は自慢の二丁拳銃……ではなく、会心の蹴りでボスの側頭部を破壊し、床に叩きつけてみせた。気絶したその肢体を、何の容赦もなく踏みつける。
「もう少し遠慮というものをだな……」
「何か悪い?」
 ザイディンの口答えにもいけしゃあしゃあと答えてのけるアウトローな彼女は、
「あー疲れた疲れた、さっさとゴハン食べに帰ろ」
 もう飯のことしか頭に無いようである。
「待ってろー、待ってろヴィアン様のB定食」
 ナイツロード料理長の名前をうわ言のように漏らし、出口に向かう。
「ん……?」
 グランは自らが生み出し、最下層の小部屋に生み出された硝煙と亀裂とレーザー痕を見つめた。違和を覚えたのは、チラリと黒い影が見えたからだ。
 その影は形を取り、
「なっ!?」
 一閃。
 黒い影は猛スピードで四人の目の前を横切り、ルーシーより先に小部屋から出て行った。そして、改造されし者であるグランの視力は、それを見逃さなかった。
「アレは……ハヤブサ?」
 ハヤブサ。その最大降下速度は時速300kmを越え、自然界でこの速度を越えて動く生物は今だかつていない。ユースティアに生きる人間が魔術を用いてやっと、程度であろうか。
「何故こんな場所に……」
 ザイディンも首を捻る。ルーシーは意に介していないようだったが、
「でも、ヘンだよねぇ」
 何とはなしにボヤキが出てきた。

「赤くて光る眼をしてて、真っ黒いハヤブサなんて、突然変異かな?」

「とにもかくにも、ここの調査は終わった。さっさと帰ったほうがいいだろう」
「賛成賛成賛成」
「落ち着け」
 ザイディンとルーシーのやり取りを横目で見ながら、グランは疑問を感じることしかできなかった。
 何故ハヤブサがこんな地下に?自然豊かな隔離部屋とかならともかく、煙と機械とプラスチックに覆われた、オマケに殺風景な場所だ。しかも突然変異を疑われるような体色をしている。やはり……
 ここまで考えて、グランは考えを放棄した。軽口のキャッチボールをしながらザイディンとルーシーが部屋を出て行ったからである。
「おい!待て!」
 忙しない機械音を響かせながら、グランは続く。

「俺の扱い何なんだよ……」
 愚痴を吐きながら、しんがりのエレクは小部屋をあとにした。


「久々に来るのも良いものですね」
「いえいえ」
 イリジウムのカウンターを挟んで、ロッシュとゾイロス・イクシオンと名乗る青年が言葉を交わしていた。ロングコートに白髪、糸目の熱使いであり、飄々とした態度はいつも崩れない。基本的に露骨な嫌味は無いので、結構人付き合いは良い。
「彼らはどうしたでしょう」
 珍しく、ゾイロスは誰かの心配をする。
「あの四人の臨時討伐隊のことですかね」
「ご名答」
「大丈夫ですよ、彼らなら帰ってくるはずです」
 微笑を交わし、覆いかぶさるかもしれない悲運に立ち向かうための糧を得ようとする。
 ばたばたと足音が響いたのは、そのときだった。
「マスター!」
 少年の声色でロッシュをマスター呼ばわりするのは、彼しか居ない。
「立入禁止君……どうしました?」
 立入禁止。本名不明。ロッシュと同じく「ナイツ・オブ・ラウンズ」の人柱を担う人材である。危険物を駆使し、鎖や状態変化、警告標識などの一癖も二癖もある強烈な技を持つ、KOR期待の人材であり、ロッシュも彼を気にかけ、期待をかけてもいる。
「あ、っはいスイマセン、マスターって呼んじゃいました……」
「いえいえ良いんですよ」
 ひらひらと手を振る彼の素振りからは、怒りの雰囲気は感じられなかった。常軌を逸した穏やかさは、彼の良いところである。
「それで報告なんですけれど、作戦課の方から、例の臨時討伐隊が帰ってきたそうなので、調査・討伐の結果報告、そして注意喚起があるそうです!失礼しました!」
 ぺこりと頭を下げて、開けたドアを礼儀正しくきちんと閉めて出て行った。
「若いっていいですねぇ」
「またまたご冗談を」
 ゾイロスが茶々を入れるが、実際彼は何を考えていて何処まで知っているのかこちらに掴ませないことが多い。幼体化の事実は公には伏せてあるはずであり何となく怖くなるが、それは今は関係の無いことだ。
 帽子を深く被りなおし、蝶ネクタイの歪みを確認し、立てかけている仕込杖を携行し、
「誰か」呼びかける。
「エスを頼みます。カウンターでの応対はしなくても良いですが、せめて店番ぐらいはお願いしたいです」
 上官からの「お願い」は、その場に居る団員たちの表情を引き締めた。喫茶店のドアを改めて開けなおすと、たちまち彼の後方には岩石の板が出現する。腰を下ろし、脚が地面を離れ、目が行き先を見つめ、ゆっくりと離陸した。

 覆いかぶさる悲運は、彼のほうに降る。





* To be Continued...


◆お借りしたキャラとその作者様一覧(敬称略)

ザイディン・エクスト/lava
グラン=ソロ=ウェンズ/METEO
ルシーナ・マッケンジー/Feedback
ヴィアン・トーラス/ぃみ
立入禁止/Sleep

※ゾイロス・イクシオンはオリジナル