雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

ナイツロード 外伝 -輪廻の盾、悠久の翼- Phase.5 大鎌と杖

 ロッシュがナイツロード作戦部の部屋の扉をくぐった時には、既に先客がいた。
 臨時討伐隊の四人の面々と、
「来たようだな」
 イルヴァース・テオドランド。ナイツロードが誇る老兵のKORであり、傭兵団随一の剣士である。死角の無い感覚の鋭さと恐ろしい精度の剣術は、団員の尊敬を一手に集める。
「それで、何でしょう?」
「なんとなく察してほしいものだがな」
 乾いた声でイルヴァースは嘯く。ロッシュも次の瞬間には気づいたようだ。
「というわけで報告があります」
 エレクが進言し始める。
「賞金首の討伐は成功、基地も通信機器を中心に破壊しておきました、ただ一つ不可解なことが」
「不可解なこと?」イルヴァースは眉根を寄せる。
「それが、ボスを倒したあとに黒いハヤブサが飛んでいったんですよ、考え過ぎかなぁとも思うんですが、やっぱりそうそう目にしない個体なので」
「ザイディンが言ってたな、恐らく何者かの攻撃の一環であるかもしれないって」
 グランが続ける。
「その通りです。ハヤブサは鳥類の中でも凄まじい速度を誇る鳥ゆえ、もしそいつに襲撃されるようなことがあったら」
「大変だよね」
 ザイディンの話にルーシーが割り込んでくる。
「まとめると、黒いハヤブサに気をつけろということです」
「了解した、他の団員にも伝えておかねばな」
 そのあとは業務連絡などをしてその場は終わった。特に異常なところはなかった会議だったが、あとから来た岩石使いの幹部は、ずっと穏やかならざる心中だった。果たしてそれは誰にも気づかれないままであったが。

 翌日になっても、喫茶店にリピの姿が見えることはなかった。だが、ロッシュの中の疑念は少しずつ確信へと変化していった。
「ロッシュさーん!!」
「あ……はい……!?」
 その喫茶店は今日も4、5人の客が席に座ってコーヒーやお菓子を嗜んでいたが、そんな静かな喫茶店に大声が投げ込まれた。
「どうしたんですか?」
 大声の主はリッター・インシグネという。緑色の髪をした「アニマ族」と呼ばれる種族の娘で、彼らは皆獣のような身体のパーツを持つ。リッターは狐に似た耳と尻尾を持っている少女で、軽装で左頬に十字形の文様が刻印されている。大きな剣を背中に背負っており、そして理由は知らないが右腕が欠損している。
「いつもは呼んだらすぐ来てくれるのに」
「すみません……ちょっとぼーっとしてて……それでご用は何でしょう?」
「クッキー追加で注文しまーす」
「かしこまりました」
 急ぎカウンターへ駆けていく。
「本格的にバイト雇おうかなぁ……」
 曇った顔でぼやいたその言葉に対し、
「バイトなんて雇わなくてもまだまだ元気じゃないですかー!」
 からからと笑った彼女の態度に、ロッシュもなんとなく励まされるような気がした。
「ありがとうございます、でも……」
 彼の表情は依然として晴れない。結局また、おもむろに口を開いた。
「信じているものに裏切られたとき」呟きが宙に浮く。
「人は新たに何を信じれば良いのでしょう」
 いつものロッシュにそぐわない台詞に、リッターもきょとんとした顔を隠せない。
「うーん……」
 若い剣士見習いは、答えを模索するため唸る。数秒唸って、ようやく答えが見つかったのか、尻尾と耳がぴんと立った。
「えっと、うまく言えないし、ロッシュさんに何があったかは存じ上げてないんですけど」
 たどたどしく、上司に向かって、慰めのつもりで。
「諦めたくないときとか、これだけは絶対譲れない、みたいなのって、いっそ突き抜けちゃったほうがいいと思いますです、はい」ぎこちない言葉遣いで、思ったことをリッターは紡ぐ。「だから、たとえ裏切られたりとかされても、これが正しいって思ったなら、せめて愚直に信じてみてもいいかな、なんて……」
 その言葉は、鏡のような水面に投じられた一石のようにロッシュの心に響いた。そして広がる波紋が徐々に収束するかのようなペースで、水面の底にあった自分の進みたい道も分かったような気がした。
「……ありがとうございます、これだから私は若者が好きなんですよね……」
 その顔に浮かんだのは、晴れ渡った冬の空のような穏やかな微笑みなのである。
 彼女はまだ、その笑顔の真意を知らない。


「私はナイツ・オブ・ラウンズだ」
 彼は駆け出す。
「私はナイツロードが好きだ」
 彼は駆け出す。
「私はこの仕事が好きで、誇りを持っている」
 彼は駆け出す。
「だから、せめて伝えるのです」
 彼は駆け出す。
「互いに立場を曲げられなくても、私はあなたのことが気に入ったと、多少なりとも共感できたと」
 彼は駆け出す。
「そのことを踏まえたうえでなら」
 彼は駆け出す。
「もしかしたら、彼女がヴァイスを離脱できるきっかけを作れるかもしれない」
 彼は駆け出す。
「彼女、きっと悪い人じゃないはずなんだ」
 彼は駆け出す。
「彼女の居場所は、またここに作ればいい」
 彼は駆け出す。
「ならば手遅れになる前に――」
 彼はぶつかる。
「うわっ……!」
「大丈夫か」
 ナイツロード本部基地、とある廊下の真ん中。声につられてふいと上を見上げると、長身痩躯の大男が立っていた。尻餅をついた状態で、ロッシュは思わず後ずさる。
 ナナシア・ノーネーム。スーツに身を包んだ紳士的な外見だが、頭には一対の角が生えておりその皮膚は蒼く、人間のものではないオーラをこれでもかと発生させている。事実彼は魔族、その中でも有数の力を秘めた「魔王」と呼ばれる存在で、KORのトップでありナイツロードの二番手とも呼ばれるほどの実力の持ち主……と聞いているが、当の本人に出くわしたという報告は、ナイツロード内でも極めて稀な事例らしい。自身の能力をそのように扱っているからだ。
 ロッシュは彼に拾われた。かつてロッシュの故郷が戦火に巻き込まれたとき、ロッシュは卓越した岩を用いる戦闘技能でその頃から経営していたコーヒー屋を死守。その様子を見ていたナナシアは、ナイツロードへ彼をスカウトする。コーヒー屋を娘に譲り、自身は傭兵稼業に身をやつすこととなった。
 だが、今の状況においてナナシアと出くわすことは、必ずしも良い状況とは思えない。
「丁度良かった、君を探していたんだ」
 意味ありげな言葉をロッシュに向かって唱える。
「先ほど賞金首を討伐したと言っていた討伐隊が帰ってきた、気になる動きがあるようだね?」
 あえてロッシュは感情を殺す。彼女のことをばらさないようにする。だが上司に逆らうのは、どうしても気が引けた。
「はい、えーと基地から黒いハヤブサが飛び立った……と」
「不可解だな……」
「ええ」
「君にも心当たりがないか探ってるんだが」
「はぁ……?」
 隙がなく簡素な質問は、ひとつひとつロッシュの立っている足場を崩していく。
「君の喫茶店から、定期的に黒い生き物が出入りしているようだね」
「……!」
「具体的には……そう、コウモリ」
「!!!」

 表情が強張る。知らず知らずのうちに、顔に出てしまった。
「……何か……知っているようだね」
 ナナシアはニコリともせずに問いかける。
 言いたいことは分かる。たとえ気に入っていたとしても、こちらはナイツロード、相手はヴァイス。場合によっては未来永劫戦う運命にある組織。そんないがみ合う両者の中で、互いを匿うということは許されることではない。しかもそれが幹部のしたことなら、尚更である。
 ここまでばれてしまったなら後戻りは出来ない。ナナシアはナイツロードの中でも姿を殆ど見ない。知らない間に監視や巡回をする、などといった芸当は、彼にも楽に出来るだろう。どこまで見張られているか非常に不安になってきたが、ここで萎縮するわけにはいかない。
 小さな拳を握り締め、きっちりと言い返す。
「……あなたが言わんとしてることは、私も良く分かります」
 ゆっくりと、言い聞かせるように。そして自分があらためてどうしたいのか、噛んで含めるように。
「敵を基地の中に入れるわけにはいかない。スパイであることを疑うべきだし、無防備な備えはいずれ大きな実害を巻き起こす。そんなことは、私が一番よく知ってるんです」
 頭上の通気口の音が、やけにうるさく聴こえる。
「でもっ」
 ナナシアの赤い眼を捉える。
「……これだけははっきり言わせてください」
 緑の眼が、捉える。

「友達……なんです」
 そう、言い切った。
「10倍くらい私と年離れてますし、私に敵意を向けてもすぐに鎮圧できましたし、コーヒーも喜んでくれました……だからその……」
 葛藤が渦巻く。それでも、
「悪い人じゃないと思うんです!」叫んだ。「見逃してくれませんか……!」

「駄目だ」

 次の瞬間、ナナシアの右に大鎌が轟音とともに突き刺さった。
「!!」
「敵を基地の中に入れるわけにはいかない。スパイであることを疑うべきだし、無防備な備えはいずれ大きな実害を巻き起こす。そう君は言った。ならばその考えを無視してまで敵を基地に迎え入れる利点は……何処にある?」
 この大鎌はナナシアの装備品であり、ナナシアの強さはこの鎌を用いる戦い方だけに起因するわけではなく、ありとあらゆる魔法を高精度で放てることに真髄がある。大鎌の柄と鎌本体の接合部にはガラス球のような球体が嵌め込まれており、それが今、紅く光った。
 同時に大鎌の刃がパチパチ音をたて始めた。燃えている。ナナシアは大鎌に魔術の要素を練り込むことができる。斬りつけられたら大火傷も負ってしまうだろうが、そんな生易しい話でもなさそうだ。
「君は俺が拾ってきた、殺しはしないしそんなことをしたら蘇生分に費やしたエネルギーが無駄になるだろう、だがおいそれと赦すわけにはいかんな」
 ナナシアがついに炎があがった鎌を手に取る。
「二度と反逆など起こさぬよう、制裁を加える必要がありそうだ」




* To be Continued……