雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 001- 落ちてきた黒と悪意なき紅

 彼らの住む惑星は、所謂春を迎えようとしていた。

 一年が二十ヶ月で回り、一月が十八日で回り、一週間が六日で回り、一日が三十時間で回る惑星。

 季節が五ヶ月ごとに移ろい、一つの月を持つ惑星。

 五つの大陸を持ち、惑星の四分の三を占める海に覆われた惑星。

 そして、魔法と技術が、三十億の人間たちによって発展した惑星。

 魔法や己の身体による戦闘が、スポーツとして発達した惑星。

 彼、ジノグライ・エクスも、そんな三十億に混ざる民の一人だった。

 ただし、魔法は使えない。

 

「はぁ……」

 一応便宜上はジバの家となっているこの家は、二階建てだが屋上が付いている。そんな屋上にたどり着いたジノグライは、割と長めのため息を吐いた。頭の後ろで義手を組み、脚を組み、コンクリートの床に寝そべる。目を閉じ、まどろみに落ちるまで暫し思案の海へと落ち込んでいった。

 

*  

 

俺はジレンマを感じている。

 端的に言えば、俺は強さを求めている。

 何故俺は魔法が使えない?生きてきて、物心がついていた頃から、俺は何故か魔法が使えないでいた。強さを得るためには、魔法魔術が不可欠だ。物理法則に囚われない様々な現象が起こせる。

 だが、俺にはそれが無い。学校で習うような基礎的な魔術すら使うことはできない。物体の短距離移動、自身の素早さの底上げ、切り傷の治癒、浮遊能力、その他その他。これらは全て「基礎魔術」に分類されるらしいが、試すことはできなかった。その分だけ、俺は物理法則の中で戦えるように鍛え上げてきた。自分の強さのために。

 しかし、俺を拾ったジバとやらはどんな奴なのだ?

 

 

 そこで思考が止まる。

 強制的に遮断する。

 いや、遮断、させられた。

 正体は爆音だった。耳の横で響いた。コンクリートが崩れた音がする。砂煙が上がっていく。

 それが晴れた先に、ジノグライは見た。柱が、すんでのところで彼の左耳を掠めて突き刺さっていた。

「ッ!!」

 弾かれたかの如く飛び起き、現状を把握する。まどろみに落ちかけていた思考が廻り始めた。

 春風に煙が流され、柱の形状が露になる。先端が垂直よりやや斜めの角度で突き刺さった、鉄のような金属の柱……のようなものだ。高さは人の身長程度。ジノグライよりやや低い程度か。どこから突き刺さったか見ていないため、どれほどの速さで空気中を落ちたかは定かではないが、大きいひびが入っているのを見ると、重量もそれなりにあるようだ。

 試しに表面を義手で叩いてみるが、全く反応せず、低音域の澄んだ金属音が屋上を満たし、空へ吸い込まれていく。

「……悪い冗談か?」

 辺りを見回しても、そんな柱は見当たらず、今落ちてきた柱が今のところは全てのようだった。明らかに不審である。

「一歩間違えていたら取り殺されていた……」

 その認識は果たして何処まで正しいのだ?と自らの心に問いかける。あの柱は、偶然にしては明らかに出来すぎていた。ただの誰かさんの気紛れだと片付けるにはあまりにもいびつすぎる。もういくつか右方向にずれていたら……と思うと身の毛もよだつ。顔面がぐしゃぐしゃにされなかったのは僥倖と呼べるだろう。

「だが……どこの、誰だ?」

 孤児である彼は、学校に通う適齢期の時には既に身寄りを失くし、早い話「消息不明」の位置づけにあった。両親はもう他界しており、戸籍ももう無い。ジバに拾われた時には、既に学校のカリキュラムには付いて行けない年齢だった。図らずも彼が魔術を使えないささやかな原因の一つとなっているのは間違いない。

 彼が身につけている一般常識は、彼を拾ったジバから教えてもらったことがほとんどだ。それでも学校の基礎カリキュラム程度は理解できるようになったし、ジノグライは何より運動神経やバトルのセンスがずば抜けて高かった。強さに餓えたジノグライは、強い人間との戦いを求めた。

 だが、彼の貧弱な一般常識では、落ちてきた柱の出処も、材質も分からない。だが、それが何であろうと、強さに飢える彼は戦う覚悟なら出来ていた。何だろうと、挑んできた相手には戦って勝つことが彼の流儀だ。

 そのとき、屋上の壁に火花が散る音がした。

「おい、ジノグライ!」

 舗装された路上から、誰かが声をかける。

「お前か」と、ジノグライは溜息をついた。  

 

 紅い鉢巻。赤みがかかった白髪。腰に吊ったレイピアタイプの刀剣。

 彼の名は「ソキウス・マハト」と言う。近所に住んでおりジノグライとほとんど同じ年齢。学校にもきちんと通っており、成績はあまり良くないが戦闘技能はかなりのものである。

 彼はジノグライに挑戦を続けていた。

 数ヶ月前、たまたま外に出てトレーニングをしていたジノグライを見たソキウスは、そのままバトルを申し込み完膚なきまで敗北するというトラウマを得た。それ以来彼はジノグライにちょくちょく突っかかっては敗北するというサイクルを経験している。今になっても一度も彼を降参させていない。

 当のジノグライは、勝手に良きライバル扱いされていることに反発を覚えているものの、

「はぁー……」

 長く息を吐く。厄介だと思っているのは彼の魔術だ。炎を中心に扱う彼の魔術は、豊富な格闘技と剣術と相まって戦いに様々なバリエーションを持たせる。何回彼と戦い、それを力とスピードとレーザーで捻じ伏せても、結局魔術のコツを盗むことはまだ出来ていない。ジノグライの目には、ソキウスは己にとってのコンプレックスが何か勘違いした服を着て歩いているようにしか見えなかった。

 屋上からひらり飛び降りる。鍛えたジノグライの肉体は、二階から飛び降りても衝撃をうまく逃がす。

「怖気づかずによく降りてきたな! 戦いに来たぞ! 捻じ伏せてやる!」

「……」

 無駄に暑苦しいノリを冷ややかに流しながら、それでもジノグライは待つ。

 

 ジバ宅の庭に移動したソキウスは、短い詠唱をする。

 薄桃色の線が、空間を直線的に走る。

 それはやがて直方体の形をとり、ジノグライとソキウスの周囲に展開する。直方体は彼らの身体を完璧に包んだ広々とした部屋となり、一瞬全ての面が光った後、消え去るように空間に溶け込んだ。

「ジャッジ」とこの世界の人間が呼ぶこの結界は、儀式的な戦いを円滑に進めるために誰かが生み出した魔術だ。この手続きが完了したとき結界の中に居た人間は、耐久力が少し上がり、戦闘後の傷の治癒が自然に、しかも素早く行われる。降参を認めるまで続く競技のような戦いをはじめとする、様々な場面に有効な結界だ。

 ニヤリ、とソキウスの口が曲がる。また新たな策を考え付いたのだろうか。だがやはりジノグライは不機嫌そうに彼を見つめるばかりだ。

 炎の球をソキウスが天空に放つ。重力に引かれたそれはやがて地面に落ち――

 

 それが合図だ。

 レイピアと義手が激突する。ソキウスは獰猛に襲い掛かり、ジノグライは冷酷に守りを固める。そのまますれ違うように二人は離れ、即座に向き直る。

 そしてそのままジノグライに向けてソキウスが炎の弾を撃とうとした瞬間、

 

 どんと鈍い音が、二人の中心から鳴り響いた。

「何!?」「!」

 ソキウスは驚いたが、ジノグライはある意味それ以上に驚いたに違いない。何故なら、

「く……こいつか……」

 

 先ほど恐怖を掻きたてられた、あの空から落ちてきた柱と同じものが二人の目の前にあったからだ。

 

「卑怯だぞ! いきなりこんなものを落とすなんて……」

 ソキウスは立腹していたが、

「俺がそんな隠し玉を持ってるわけ無いだろうが」

 とジノグライも負けずに言い返す。冷静になり、

「俺はさっきこいつと同じ柱と屋上でかち合った」

「……ふむ?」

 小走りでソキウスは柱の元へ駆けていく。そのままためつすがめつ柱を眺めていたが、

「……うーん、俺の知ってる金属ではないみたいだ、あまりに複雑な調合金か……ひょっとしたら未知の惑星の金属とか」

「あまり考えたくねぇな」

「未知の生物でも侵略してきそうじゃねぇか?」

 鈍い音がする。後方から響いた。

「……え?」

 

 舗装された路上に、新たな柱が聳えていた。

 更にそれなりの時間がたってからまた鈍い音は響き、様々な場所が蹂躙されていった。路上、広場、公園、民家、図書館、その他。

「こーりゃ酷いな……」

 街を見て回りながら、荒れ始めた路上でソキウスは間延びした落胆の声をあげる。

「さっき『侵略』なんて使うからだろうに」

「関係ないだろ!」

 ジノグライの軽口に、ソキウスはムキになって口ごたえをする。電信柱が破断し、停電となっている箇所もいくつかある。街は小規模なテロを受けたかのように破壊されていた。

「なぁジノグライ、これは一体何の冗談だ?」

「俺が知るか」

「だって街がこんなに破壊されちゃあ俺たちだって穏やかじゃ居られないだろう!?原因は何なんだ……?」

 またもやジノグライは溜息を吐いた。アホらしいと思っている。くだらない誰かのための正義感が身を滅ぼすなら、そんなものを持つだけ無駄だと何処かで突っ張った考えを持っていた。ただ、ハンマーが無事かは単純に気になった。訓練相手が居なくなるのは、彼にとっても惜しい。

 などと勝手極まる理屈を捏ね回していると、ソキウスが声をかけてきた。

「おい! あっち……」

 ソキウスが指を差した先には、人間の姿があった。

 落ちて来た柱は、付近の住民を避難させるか、その場に留まって街を守るかという決断をにわかに住民に強いた。それで人口が短時間でやや減少したが、その人物は明らかに不審だった。

 特に肌寒くも無い穏やかな気候の中、バケツにもにたフルフェイスの円筒型のヘルメットを被り、ゴムのつなぎのようなものを着ている。隅から隅まで黒一色のその姿の中、腕にはこまごまと機械がつけられてあり、足首にも手首にも皮膚の色は全く見当たらず、肌の露出は無い。その姿は不気味なものを思い起こさせ、まるで、

「なぁ……あいつ……」

「……あぁ」

「嫌だな……さっきの柱みたいでよぉ」

 『そいつ』がゆっくりと歩みを進める。そして、

 腕がいきなり陥没し、隆起し、組み替えられ、次の瞬間には、

「ハンドガン……!?」

 驚きの声をあげたのはジノグライだった。『そいつ』の腕がハンドガンに変形した。狙いはジノグライにぴたりとつけられている。弾が放たれる。

 その必要が無かったソキウスと共に、二手に分かれるように横っ飛びで分かれた後、ジノグライは『そいつ』との距離を詰めるためにひた走る。

「おい待て!中に居るのが人間だったらどうするつもりだ!」

 ソキウスのもっともらしい忠告は無視して、

 一息に文字通りの鉄拳を、『そいつ』の頭部に放った。

 

 頭部は砕け、中身があらわになる。

 そこから出てきたのは、夥しい数の回路、チップ、配線などの様々な機械部品であった。

「これは……」

「お、おい……」

 未だ遠慮がちにソキウスは話しかけるが、ジノグライは振り返りもせずに言い放つ。

「襲ったから倒した。それ以上でもそれ以下でもない」

「あのなぁ……」

「よかったな、中身は人間じゃねぇよ、ただのカラクリ人形ってヤツか」

「よかったな、じゃねぇよなんかこう……後味悪いというかよぉ」

「一歩間違えてたら死んでるのに何綺麗ごとをベラベラと……」

「なにおぅ!」

 言い争いをうだうだ続けながら、ジノグライは『そいつ』を調べ終えた。

「分かったぞ、完全にこれはロボットだ、小型の火気や光学兵器も仕込んであるらしい」

「そんな物騒なヤツが何で俺たちの街へ……?」

 理解できない様子のソキウスは、ロボットに駆け寄り真実を確かめるように眺め回す。ジノグライはそんなソキウスを呆れたように見つめた後、静かに歩き去ってしまった。

 二回角を曲がった直後、件のロボットが再び現れた。

「!」

 たちまち指先からレーザーが放たれ、ロボットの頭部を、カメラアイを焼いていく。頃合を見計らって、またもや距離を縮めてパンチを入れる。頑丈な義手はロボットに勝ち、金属の軋む音がしたあとロボットは半壊して地面に転がった。

「何度も来るか……厄介なヤツだ」

 何度もやってくる、殺意のみを宿した機械兵団が、この街に現れ始めている。こうなるとますます――

 ジノグライは駆け出す。行き先は工事現場だ。

「やれやれ」

 彼が居なくなってもあまり悲しむ必要は無い。それが世の理ならば、だ。だが、今の彼は胸騒ぎを感じずには居られなかった。ぼやぼやしているとハンマーは殺される。理に反するものに、殺されようとしている。

 無論その矛先は、いずれジノグライ自身にも向くに違いないのだ。

「気に食わない」とぼやく感情は、ジノグライを呑み込み、その脚を加速させる。

 

 

 

 

*To be Continued...