雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 002- 喧嘩バーゲンセール

「ハンマー?」
 ジノグライはハンマーが働く工事現場の前に辿り着いた。建設の槌音が響くはずのいつもの雰囲気は何処へやら、今はしんと静まり返っている。と思ったが、
 めり、という音がして金属が殴り飛ばされる音がした。
「……やってるやってる」
 ジノグライは、ハンマーのことを余り心配していなかった。何故なら彼には、

「うわあああああ!! うわああああああ!!!」
「……鉄骨ぶん回しながら怯えるのか……」
「あ、ジノ」
 類いまれなる怪力が宿っているからである。
 ちなみに「ジノ」とはジノグライの愛称だ。
「その呼び方やめろ」
 本人は嫌っているようだが。

 『特殊能力』というものがある。
 この素っ気無さ過ぎる名称の要素は、本人の魔術の技巧、才能、あるいは体力や知力に関係なく、基本的には生まれたときから既に自分に備わっている技術だ。この要素の存在は、戦いを競技にしている人々にとっては割と大きな意味を持つ。体術を使って相手と渡り合うとき、必要なのはもちろん体力だ。魔術を使う際は精神力を消耗する。消費の効率は魔術によっても様々で、底を尽くと正気を失くしたり意識を失くしたりすることもあるため、注意が必要である。
 『特殊能力』によって発生する効果は、それらのいずれをも消費しない、あるいは極端に低くて済む。あるいはこれも一種の天賦の才と呼ばれる何かだろう。
 そしてハンマーに備わった『特殊能力』は「ギガントパワー」と名づけられている。その詳細は、

「自分の魔術の能力を強制的に筋力に全て切り替えられてしまう能力なんて欲しくなかったなー」
「そうか……」
「だって魔術って綺麗じゃん」
「……」
 ハンマーの怪力の由来はここから来ている。この『特殊能力』が無ければ凄腕の魔術師になっていただろうということだ。彼はそれ故に、魔術に何処かで憧れているフシがあった。
「俺に至ってはまだ発現すらしていないんだが?」
 このように時と共に『特殊能力』が発現する事例も、全人口の二割ほどで報告されている。気に病む必要は無いのだが、ジノグライは何故だかそれが許せない。
「君はいつもそうだねぇ……って」
 ハンマーは工事現場を見渡す。
「こうしちゃいられないんだった……!」
 再びジノグライに向き直る。手を合わせ、頭を下げて、
「お願い! 一緒に戦って!」
 叫ぶように乞う。
 そして当のジノグライは、
「へいへい……」
 と面倒そうに口に出したが、彼は静かに心の昂ぶりを見せていた。

 戦いが好きだ。
 戦い、打ち勝つ。それが彼の、何よりの喜びだった。
 ただ、彼はあくまでも一人で戦うことを今日も望んでいる。
 作戦を立てるのも陣形を組むのも、一人のほうが気が楽だったからだ。
 周辺を見回す。工事現場には四階の高さ並みの建物の基礎が張り巡らされており、その高さまで鉄骨と足場が組まれている。それ以外には重機やスコップ、工具箱なんかが無造作にそこそこ広い現場に転がっている。が、
「む……」
 落ちて来た柱に潰されてしまったり、崩されたり破壊された鉄骨や足場が多く見受けられた。ふと地上を見回すと、
「……」
 その足場から落下してしまい骨折で呻いたり、逃げるのが間に合わず身体が柱に突き刺さってしまった作業員もいた。ジャッジの結界を使わず、魔術で柱を減速させたり軌道を変えたりする作業員も見受けられた。
 今でも人力で工事が行われているということは、人がイチから作ったものに価値があることの証明でもあった。魔術は人間の暮らしを多少なりとも便利にしたが、それらを使わないことによる評価もまた高まっている。とはいえ、ジノグライはそんなことには全く頓着していない。次の瞬間には、工事現場を隔てる塀の向こうから、機械兵団の一派が顔を覗かせる。その数は六体といったところだろうか。
 脇目も振らず、一気に走り出していた。義手の重みが、彼に速度と奇妙な安心感を与える。
 塀を越え、敷地にいち早くやってきたロボットに、三本の指から射出されたレーザーをお見舞いする。カメラアイを焼き、貫通し、ロボットを機能停止に追い込む。間もなく、頭部を割り裂かれ、一体目は沈黙した。
 その隙に残りが敷地内に侵入する。そのうち一体は背中のブースターをふかし、ジノグライの頭を飛び越えんとした。だがそれにもジノグライは機敏に対応する。今度は短時間で電撃をチャージし、高威力で相手にぶつけるビームを放った。電撃はロボットの背中に命中、周りには誰も居らず、ブースターに引火して虚しく爆発する。
 事ここに至って、残りの四体のうち二体は攻撃目標をジノグライに変化させる。同士討ちを避けて光学兵器や火器の使用は避けられ、ロボットは文字通りの鉄拳を時間差で直線的に放った。ジノグライが一度は頭を思い切り下げてかわし、伸び上がるように右腕でアッパーを打ち込む。二体目の鉄拳が伸び上がったタイミングで飛ぶが、これをジノグライは左腕で受け止める。自由が利くようになった右腕も使ってロボットの片腕を掴み、思い切り前方へ投げ込んだ。その先には。
 火花が散り、沈黙したスクラップが二体分生まれた。しかしジノグライは後方を振り返る。
「!」
 その後方にはまだ倒れてない二体のロボットと、対峙する中年男性の作業員が居た。もちろんのこと戦闘は不慣れだ。火炎放射やビームを辛うじて避けることぐらいしか出来ていない。作業服の裾やズボンが焼け焦げかけている。そこに、
「あ、危ない!」
 澄んだ声が響く。ハンマーのものだ。脇には大きな鉄骨を抱え、多少息が切れている。
 そして鉄骨を振り上げる。ゆっくりとした速度は次第に速くなり、ロボットが撃ち込んだビームを、
「ふんっ!」
 弾いた。というより、盾の代わりになったに過ぎない。鉄骨の端が焼け焦げ、少しだけ欠けてしまう。しかし質量を利用した鉄骨の回転は止まらない。鉄骨を半ば叩きつけるように前方に突き刺し、ロボットの五体目を屠る。一旦動きは鈍るが、再度鉄骨を引っこ抜いてぶん回す。その回転が、六体目の横腹を薙いだ。
 一瞬すべての動きが鈍くなったかのように見えた。次の瞬間には、半ば腹が断ち切れてしまったロボットが、思い切り風を切り、配線とチップをバラバラ崩壊させながらすっ飛んでいく。ジノグライの右手に迫り、追い越し、ダシャン! とけたたましい音を立てて塀にぶつかる。軽い金属製の塀がへこみ、燃料が飛び散り、金属が粉々に砕け散った。
 思わずジノグライは冷や汗をかく。何年も同じ屋根の下で暮らしているはずだったが、改めて威力を目の当たりにすると恐ろしさが先に立つ。さらにあることに気づいた。
「ハンマー! 後ろだ!」
 ハンマーが振り返ると、ビームの充填を済ませたばかりの新たなロボットが彼を狙っていた。狙撃のために、幾許か慎重になっている。そこをハンマーは見逃していなかった。
 鉄骨を放り、作業服のポケットから一本スパナを取り出し、手裏剣の要領でロボットに投げ込む。円の残像を描くスパナが、あっという間にロボットに到達して、銃口にさくっ、と刺さる。
 爆発した。
 これが「ギガントパワー」だった。圧倒的な力が、すべてを打ち壊す。

「いやーまさかジノグライとの訓練が役に立つとは思わなかったなー」
「それは名誉なことで」
 計七体の機会兵団を沈黙させた二人は、静寂の戻った工事現場で言葉のキャッチボールを交わしている。
「や、やぁ……さっきは助かったよ」
 先ほどの中年男性の作業員が声をかけた。
「いえいえ、ですが先輩、早く傷を受けた人達を治療してあげてください、治癒の魔術が使えなくても、応急処置程度なら……」
「了解したよ」
 すぐさま現場を、彼は駆け抜けていく。
「で、これなに?」
 ハンマーは、未だ工事現場に爪痕を残す柱たちを眺めながら問うた。
「俺が知るか」
 ジノグライは相変わらず素っ気なかった。「ただソキウスは『未知の金属』っつってたがな」
「あー、あの人ね……」
 ソキウスに関してはハンマーも面識があった。いつもジノグライに挑戦ばかりしていれば自然に顔馴染みになってしまう。
「ということはいよいよまずいんじゃない?」
「ん?」
「だって、その言葉が不確かだとしても、あの人に一発で見抜けなかったわけでしょ?この惑星に存在してても、そうとう複雑な合金だと思うな」
「こればかりは専門家の意見を仰げということか……」
 本日何度目か分からない溜息をジノグライが吐く。
「これはガチもんの侵略者かもしれないねー」
「縁起でもないことを言うな」
 工事現場に建てられた鉄骨の柱に背を預ける。先ほどソキウスも同じことを言った。だが嫌な予感は膨らむ。仮に誰かの侵略だとしたら……
「面倒だな」
「……うん?」
 ハンマーは小首を傾げるに留まる。
「いや、もし何者かの侵略だったらって話だよ」
「そうだねぇ、誰かやっつけてくれるわけでもなし」
 緊張感の無い声をあげながら、ハンマーは落ちて来た柱に駆けていく。ジノグライは「おい、何処へ行く」と言ったが、ハンマーは無視して何かを探しに行った。
 少しの間待っていると、ほどなくハンマーは戻ってきた。その腕には工事現場の備品では無い――つまりはハンマーの私物であるところの――人の背丈ほどある大金鎚と、
「……」
 件の柱が抱えられていた。無造作に地面に転がし、ひとつひとつパーツを確認していく。最初の違和感に気づくのに、それほど時間は要さなかった。
「見て!」
 ハンマーは声をあげる。今まで地面に埋まっていて見えていなかった柱の底部には、正三角形を描くように棘に似たツメが配置されていた。拳大の大きさであろうか。黒一色のそれに慣れてきたからか、その鈍い銀色のツメは新鮮に見えた。そのツメの内側には、円型の線と、それを両断するかのように線がまた入っており、創作小説などでよく見る近未来の宇宙船のハッチを思い起こさせるようなつくりをしている。
「これで突き刺されたら……」
 嫌な妄想をハンマーは口に出し、一人で勝手に震えている。ジノグライは肩をすくめるだけだった。
「でも底に穴が開いてるとは思わなかったよ、なんのためにあるんだろうね」
 知るか、と吐き捨てたジノグライは辺りをぐるりと見ている。今のところ新たな柱が降る兆しは無し、機械兵団の襲撃も止んでいるようだ。それでも生々しく辺りが柱で破壊されているのを見ると、あらかた襲撃は終わったのかもしれない。妙な手ごたえの無さを感じながらぶらぶら歩いていくと、ちょっと前までロボットだったスクラップの残骸が見えるようになって、地面を蹴ろうとした足が別のものを蹴ったことに彼は気づいた。
「?」
 そのままなら見過ごしていたかもしれない金属片が彼の目に留まったのは、そこに文字が彫られていたからだ。その金属片、もとい金属プレートは、手のひらに収まる程度の大きさでしかなかったが、レーザーで精密に付けられたと思しきその文字は、ありがたいことにジノグライにも読める。

 -フライハイト草原-

 そう読めた。
「……む」
 それだけなので、それは地面に放っておくままにしておく。念のため、先ほど自分が壊したロボットから生成されたスクラップの小山を眺め回し、しゃがんで腕を突っ込む。着ているジャケットの裾と義手が、機械油や燃料に汚され始めた。それには意に介さずそれほど時間をかけずに、ジノグライは目当ての金属プレートを見つけ出し、先ほどと同じ文字が彫られていたことが分かった途端、興味を一瞬で失くしてそれをぽいと投げ捨てる。
 その現場は、ハンマーも見ていた。
「何してるんよ?」
 話しかけられた途端、ジノグライは金属プレートを投げ捨てたことを少し後悔した。幸いにも近くに落ちていたので、再度拾い上げる。
「ほれ、お前にも読めるだろ?」
「うん、フライハイト草原……ここから南東の方角にあるよね」
「ヒントはそこにあると見て間違いないだろうな」
「ふーん……あれ、まさか討伐しにいくの?」
 意外そうに目を見開いたハンマーに、ジノグライは振り返り、歩き出す。
「喧嘩を売ってきたのは向こうだ」
 そう吐き捨てて、出入り口から道に出ようとする。
「売られた喧嘩は高く買ってやらなきゃな」
 口調は静かだが、昂ぶりを隠せていない。猛者と戦える興奮を、隠しきれていない。
「ちょっと! 待ってよ!」
 件の柱と大金鎚を持ちながら、ハンマーもついていく。
「だったら一回寄るところがあるでしょ?」
「あ? ……あぁ……また面倒な」




*To be Continued...