雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 003- これまでの色々を聞いたあの人たちのこれから

「ずっとこれは思ってることなんだけどさー」
「はい?」
 太陽は彼らの真上にあるが、その時彼らは陽光の恩恵を受けられない家の中にいた。一人は男、一人は女。テーブルを挟んで向かい合って椅子に座っている。
「どうしてうちの家には女の子がホームステイしに来ないわけ?」
「……はあ?」
「……すまん冗談だシエリアさん」
「やっぱり」
 微妙な空気を生み出したことをジバはちょっと後悔し、スプーンを持ちながら目の前の女性に目を移す。
 素っ気無く言葉を返したシエリアと呼ばれた女性が、黒髪の大きなポニーテールを揺らしながら食パンを咀嚼し始める。白衣の下には、ジーンズとデニムジャケットが覗く長身痩躯の女性だった。
 二人は昼ご飯を食べていた。食パンにバターを溶かして乗せて、チーズとハムを乗せて食べる。置かれたポップアップトースターからは食パンが焼ける良い匂いがする。気分によってそこにマヨネーズやケチャップを乗せて、申し訳程度にバリエーションを持たせていた。
「で、どーよ最近、調子は?」
「はい、ミナギさんもよく働いてくれますし、結構順調ですよ……これ以上規模が大きくなったらちょっとキツいですけどね」
「私が怪我したらよろしくね!」
「そうそう家から出ないのに何を言ってるんですか」
「おふぅ」
 そんなジバを見て、シエリアはちょっと笑う。

 シエリア・エディアカラは、ここから北西にある街で小さな診療所を営んでいる。
 本人の律儀な性格と熱心な仕事ぶりが評価されて、街の中でも割と人気があるが、スタッフの増員をするつもりが無いらしく、ずっと小さな診療所のままだ。そしてシエリアは「ミナギ」なるスタッフを雇っているが、彼女がジバの妹で、以来シエリアとジバも顔馴染みになった。この縁をちゃっかり利用して、ジバは電化製品の修理などをよく依頼している。
「そんでまた、今日は何の用で?」
「あ、そうそう」
 シエリアは持ってきたトートバッグの中から、小さな瓶を取り出した。その中身は、
「へー、りんごのジャム?」
「はい、患者さんからたくさん貰ったので、おすそ分けです」
「おー! 嬉しいなぁ、ありがとう……」
「ところでミナギさんは」
「あ、ゴメンね、多分妹は買い出しとかに行ってるはず」
「ありゃー、そうですか、じゃあもう少しここに居ます」
「定休日にしたのに会いに来たなんてねぇ」
「プレゼントは直接渡したいんですよ」
「なるほどぉ……なんかごめんねぇ」
 とジバが言ったあと、シエリアはジャムをトートバッグにしまおうとする。その時、
「ジバさん!!」
 騒音と共にドアが開け放たれる。何度となく補強したあとの見られるジバ家のドアは、今日もハンマーの渾身のドア解放に健気に耐えた。柱を抱えたハンマーと、
「これ重いんだからそろそろ持ってくれねぇか」
 そうこぼしたジノグライが玄関先に立っていた。ジバが、
「……何をやっているんだい?」
 そう問うた途端にトースターが小気味良い音を鳴らし、食べ頃ですよの合図を告げる。


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「で、これに似た柱と機会兵団が降ってきて街が大騒ぎだって?」
「まさか気づかなかったのか!?」
「いやいや、ヘッドホンつけてたから……音圧の波に呑まれてたから……」
「……」
 結局昼ご飯のお弁当を現場に置き忘れたハンマーが怒涛の勢いでもりもり食パンを平らげる状況をよそに、ジノグライとジバ、シエリアは会議をしていた。特にシエリアは目をキラキラ輝かせて話に聞き入っている。
「ほぅ……謎に包まれた機械兵団……そして空から落ちてきたこの柱たち……不謹慎なのは承知ですがなんて興味深い事例なのでしょう」
「……」
 顔に思い切り「ダメだこいつら」の表情を貼り付け、ジノグライは黙した。 
「それで、俺達はこれからフライハイト草原に向かう」
「うーん?何でまた」
「これを見てみろ」
 結局、あのプレートをジノグライはちゃっかりと持ち帰ってきていた。ジバもシエリアも、そこに書かれた文字を目で追う。
「ジノグライ君!」
「え、は?」
 突然シエリアに呼びかけられたジノグライは変な問答をした。
「この柱……しばらく貸してくれないかな?すごく気になるの」
「……そこら中にたくさん落ちてますよ」
 馴れない敬語でコミュニケーションを図る自分は、酷く滑稽に思えた。
「それに……今の話が本当なら、なんだかとっても、悪い予感がするの」
 怯えた目つきでシエリアは喋る。
「まぁ何があったとて、俺はあいつらを倒しに行く」
「倒しにいくってもよぉ……もっと情報を集めてからでもいいんでねの?」
「善は急げ」
「らしくなさすぎる」
「……まぁな」
 実際の所、ジノグライは血湧き肉躍る抗争にさっさと身を投じたいだけだった。今度はジバとシエリアが「ダメだこいつ」の表情を顔に貼り付ける番だった。
「……わかったよ」
 ジバは割とあっさりと了承する。
「どーせジノグライのことだ、止めても無駄だよな……って感じだけど」
 ここで彼の目を見据えて言う。
「せめて万全の装備を整えてから行ったらどう? それに、お昼ご飯もまだ食べて……」
「おかわりッ!!!」
 既に一斤食い尽くされた六枚切りパン袋の残骸を掲げながら、ハンマーが堂々と宣言する。
 彼を除いた全員が、「ダメだこいつ」と思わざるを得なかった。

 もそもそ食パンをかじりながら、会議は行われる。ジノグライはゴム手袋を装着した上で食事をしていた。ちなみに彼はパンならガーリックトーストが専ら好みである。
「悪い予感……ってーかだいたい街は襲撃されてるんだがな」
「ふぅむ……」
「だって、俺が昼寝してたら横にゴン、と」
「……あい?」
 ジバは首を傾げる。
「嘘だと言ってよ」
「悪いが本気だ」
 脱兎の如くジバは駆け出し、二階を駆け抜け、屋上に辿り着いてそう時間も経たないうちに「ほわああああああああああ……」という魂の叫びが聞こえてきた。たまらずシエリアとハンマーは噴き出してしまう。幸い口の中のものは何も無かったので、大惨事だけは免れた感じはある。ほどなくしてジバは食卓の席に戻ってきた。
「ヤバい」
「だから言ったのに……」
「許すまじ」
「切り替え速いなおい」
「でも私行かない」
「……ぶっちゃけ期待してなかったからいい」
「えー言っちゃうー? それ私の前で言っちゃいますかー???」
「五月蝿い」
 薄っぺらい会話をぶつけあったあと、本題に移る。
「まー……こんなに騒いどいて何もしないのも非常にあれだけど、実際私は戦闘に向くタイプじゃない。足手まといになるだけだし、力も速さも技術もない、無い無い尽くしの無い尽くし……でも」
 座っていた椅子から立ち上がる。
「今回は私は裏方として君たちの冒険をサポートしようじゃないか」
「……へぇ」
「そんなワケでシエリアさん」
「あぁ、はい?」
「妹が帰ってくるまで暇なら、少し手伝ってくれないかな」
「そうですね、でもミナギさんは大丈夫でしょうか……」
「妹の事なら心配は要らないよ、あいつ魔術がすげぇ得意だし」
「そうですか……」
「二人はそこで待ってて、ラジオでも聴きながら時間でも潰しといて」
「……」
 地下に降りていったジバとシエリアを見送ったジノグライは、相方に目を向ける。
「たべなよ」
 口に食パンを詰めながら、尚も食事を貪っていた。
 ヘンテコな置いてけぼられた感覚が、ジノグライを支配する。

 そうしてジバとシエリアが戻ってきたのは、歌謡曲番組のラジオから流れる歌が十五曲ほど流れた後だった。
「できたよ!!」
 と言ってジバが高々と掲げた腕の先には、まるっこいメカがあった。
「作ったのは私ですよ……」
 シエリアが小さな声で付け足す。黒いボールのような外見をしており、小さなミカン程度の大きさだった。頭頂部からはアンテナが生えており、先端にジバのものと同型の小さな球がついているのは、恐らくジバの趣味であろう。そしてボールの真ん中には、ボールの直径の半分ほどの大きさの丸いカメラアイがついている。愛嬌を感じさせるが、なんとなくうざったらしくも思えた。
「これはまぁ、便宜上『通信機』とでも呼んどいて。名前がまだ無いからさ……あ、言っとくけどこの本体を作り上げたのは確かにシエリアさんだけど、デザインのアイデアとそれに付随する魔術をかけたのは私だからね」
「魔術?」
 ようやく二斤弱の食事を終わらせたハンマーが会話に参加する。
「そ。これに向かって言葉を発すればこの家に繋がるようになってるけど、その他にこれには任意で荷物をテレポートさせる魔術もかけてある。旅先で手に入れた武器やお土産なんかは遠慮なく私に預けるといいよ、いつでも引き出すことも可能だからね」
「ごはんを預けて食べないようにしてくださいね……!」
「ぜ、善処するよ」
 ハンマーの剣幕にたじろぐ。食べ物のことになると彼にはいつも誰も敵わないのだった。
「この通信機はお財布も兼ねてるからね、変わったことがあったら連絡してほしい」
「了解した」
 ジノグライが答える。そしてジバは
「ぽーいっ」
 と下手投げで通信機を放った。たちまち地面に叩きつけられるかと思いきや、通信機は浮遊し、ジノグライの目の高さまで飛び上がって滞空する。
「反重力をかけたのも私だよ」
「ありがとうございます!助かります」
「いいっていいってー」
 ひらひらとハンマーに手を振るジバの傍らで、シエリアははにかむ。だが、立って並んだ身長はジバよりシエリアのほうが大きいので、その辺りがちょっとシュールに見えてしまうジノグライだった。

「忘れ物は無いかい?」
「あとから送れよ」
「あーそういえばそうだったね、へっへっへ」
「うざったいな……」
「酷いなぁ」
 真昼時を少し過ぎた。ジノグライは出発する前に即席で包帯と金属板で脛当てや肘当てを作り、蹴りや肘打ちを補強しようとしている。ハンマーはいつも工事現場で働くときのように、ヘルメットに作業着姿だ。無論片手には大金鎚を持っている。
「じゃあ、無理はしないでくれよな、危なくなったら急いで帰るように。流石に特効薬とか回復魔術とかは通信機から転送できないんだからさ」
「前置きはいいからさっさとしてくれ」
 その言葉を受け、ジバとシエリアが手を振ろうとしたとき、
「おい!」
 声が聞こえた。後ろを振り向くと、ソキウスが立っていた。傍らには、所々赤く塗装されたツアラーバイクが、エンジンのかかった状態で放置されていた。
「わざわざ群れるなんて気にいらねぇな、何よりらしくねぇな、ジノグライ」
 憎まれ口を堂々とぶつける。
「一人のほうが気が楽なんだったら、俺がそれを証明してやんよ」
 バイクに跨った。
「俺とお前は永遠にライバル同士だ、この異変は、俺が必ず一人で突き止めてやる」
 捨て台詞を捨てるだけ捨てたソキウスは、ジノグライの口答えを待たずにバイクで走り去り、道の角を曲がって、もう見えなくなった。
 一方的に永遠のライバル視されたジノグライは、やはり心に燻りを感じていた。勝手にライバルだと決め付けられてしまっていたのに腹が立つのもそうなのだが、あいつの言動が急に気になったからだ。

『群れるなんて気にいらねぇな、何よりらしくねぇな――』
『一人のほうが気が楽なんだったら――』

 残響がかかって、彼の耳に繰り返し波紋を与える。
 確かに俺は、とジノグライは考える。変なことをしているのかもしれない。普段なら単独で敵の懐に潜り込むはずなのに、いやいや、今回はハンマーが勝手についてきただけだ、俺の意思とは関係ない……
 ただ、なんか知らねぇが許したくねぇな、とか様々に思い惑う。悩む彼をよそに、ハンマーは緊張と高揚が入り混じった顔で、
「ほら、いくよ」
 とジノグライを空想から引っ張り出す。
「きっとまた構って欲しいんだよ、あまり気にしなくていいと思うな……ただ」
「?」
「嫌な予感はしないでもないけどさ」
「……あいつのことだからな」
 小さく逡巡して、歩き出す。
「行くぞ」
 まだ爪痕が残る道路の上で、彼らは南東に向かい歩みを進める。




*To be Continued……