雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 004- おもしろいメカ、おそろしいメカ

「ということで」
『聞こえるー?』
「聞こえている」
 二人が歩みを進めて間もない頃、さっそくジバから通信が入った。通信機の向こうのちゃらけた声はいつもと変わらないが、
『あー、あー、マイクテスト、マイクテスト、本日は天気晴朗なれども波高し……』
「さっさと始めろ」
『ういっす』
 若干うざったらしくなっていた。
『そうだな、今何でもいいからその辺にあるものや君たちが持ってる何かをこの通信機の前にかざしてみてくれないか?』
 目ざとくジノグライは反応する。
「……間違いないな?」
『……嫌な予感がする』
 ややあって、通信機の外から悲鳴が聞こえた。

「そうだな、今何でもいいからその辺にあるものや君たちが持ってる何かをこの通信機の前にかざしてみてくれないか?」
『……間違いないな?』
「……嫌な予感がする」
 ややあって、
「ぎゃあああああああ!!」
 ジバの眼前に大きなトンボが唸りをあげて旋回していた。
「虫が嫌いなことをおみゃーら知ってるだろぬぉおおあああああ」
「喋り方! 喋り方!」
 思わず突っ込まれるほど荒ぶるジバを目の前に、シエリアは笑いを堪えるのに必死だった。

「ぜはー……ぜはー……」
「大丈夫ですか?」
「だいじょばない……」
 即答する。シエリア渾身の窓開けによって、トンボはリビングから駆逐された後だった。長距離を全力で駆け抜けたあとのように、ジバは膝を折って息を切らしている。さっきまで食卓だったテーブルの上に、大きめのディスプレイが一つ置かれていた。暴れて蹴飛ばされた椅子に座りなおして、画面を見る。相変わらずジノグライはポーカーフェイスだったが、どこか満足げな雰囲気がわかってしまうほど、通信機のカメラアイは高解像度だった。
 ちなみにテレビやパソコンといった言葉はまだ発明されておらず、このようなものを作れるのは一部の限られた研究者にすぎない。情報源として普及していたのは、専ら新聞やラジオだった。要はシエリアは相当優秀な女性であったということである。
『気分はどうだ』
「最悪よ」
『よかった』
「よくねぇ」
『今のは冗談だ』
「あのねー!」
 モニターに向かってジバはビシッと指を差す。もっとも通信機の向こうの人間には見えていないのだが。
「やっていい冗談とやっちゃダメな冗談が世の中にはあってだね……」
『それは耳にタコが出来るほど聞いた』
「反省してくれよ……」
 頭を抱えた。横から別の声が割り込む。
『ごめんなさーい……』
「ハンマー君が謝る必要は無いんだよー……」
『じゃあ今からそっちに僕の大金鎚送りますねー』
「りょーかい」
 ほどなくして、座っている彼の傍らに大金鎚が転送されてきた。試しに持ち上げようとするが、少ししか持ち上がらない。
「本物みたいだね、テストは成功だ」
 無理矢理満足げな顔を繕う。まだ動転している気を落ち着かせ、声を絞り出す。
「それじゃあ安心して行って来なさい、私がついてるよ」
『助かります! では!』
『倒れんなよ』
 そして、二人は再び歩き出した。通信機はそのあとをふよふよついていく。
「さて……」
 ジバはシエリアに向き直る。
「とりあえずその柱の分析を頼んでいいかな?」
「わかりました」
「それにしても……」
「……はい?」
「ジノグライが素直になってくれる日は来るのかねぇー……」
「未来永劫、来ないと思います」
ぐぬぬ

「俺の噂が聞こえる気がする」
「気のせいじゃない」
「いや実際聞こえた」
「……もしかしてジバさんマイクの電源切り忘れてないかな」
「……有り得る」
 市街地を通り過ぎながら、二人は会話を交わす。実際マイクの電源は切られていなかったので、この会話は薄く聞こえていた。どこまでこの通信機が二人を監視するかは、まだ何とも言えなかった。
『……あ、風呂は覗かないよ』
「聞いてるじゃねぇかよ」
 しばらくした時、いきなり通信機からジバの声が割り込む。
『ふっふっふ、このタイミングで通信したのはほかでもないぞ』
「勿体ぶるな」
『シエリアさーん』
「しかもお前じゃないのか……」
 通信機の向こうからの声が、若い女性のそれにすり替わる。
『私です、シエリアですー』
「……何の用ですか」
 一応目上の人には、ジノグライも敬語を使う。やはり滑稽にしかならないので、ハンマーが応答を代わった。
「こちらハンマーですー、何の用ですか?」
『えぇと、今、例の柱について分析してまして、今分かったことだけを話します』
「……頭の悪い僕にもわかるようにしてくださいね?」
『……がんばります』
「わざわざ言わんでも……」
 ジノグライに呆れられた。
『それで、あの金属は……一応合金なので、未知の金属というわけではなさそうです……ただ、鉄をはじめ、実に多くの金属が組み合わされていて、その上に黒の塗装がされてるので、見抜けない人には見抜けないのでは、と』
「へぇ……」
『この柱の用途なんですけど……』
「はい?」
『……私としたことが、分かりませんでした……』
「……!」

 シエリア・エディアカラの『特殊能力』。これには「ツールアンダスタント」の名が冠されていた。
 それは、物体を見ただけでその物体が何に使用されるかを瞬時に読み取れる能力である。最新式ラジオも反重力魔術を利用した一人用ソーサーも、彼女の目にかかればその用途がすぐに分かるのだ。
 だが彼女は気づいていなかった。この能力は「既出の技術のみで造られた」ものの前にしか発動しないことに。
 つまり、この柱がオーバーテクノロジーで造られていたことの証明であった。
「珍しいですね……」
『兵器であることが分かっているだけに恐ろしいです……鈍器なのか砲台なのかもはっきりしないあたりがまたとても……』
「……それだけ、ですか?」
『あっ……いやいやごめんなさい、ひとつ忘れてました』
 言葉を一度切る。
『この柱なんですけど、よく見たら爪と反対方向の底部に文字が刻印されてました……ERT-0415957……と書いてありまして』
「通し番号……みたいだね……」
『私から分かったことは以上です』
「分かったことがあったらその都度教えてください」
『分かりました……でも底部のハッチを開けられないことには……難しそうですが頑張ってみます』
「ありがとうございました!」
 通信機の向こうの声が途絶えた。またふよふよとついてくる。
「今の話……」
「なんだ聞いてたの」
「今の『通し番号』は7桁あった……冷静に考えると100万単位の柱が配備されているということだよな……」
「少なくとも40万は確実だよ」
「圧倒的……か」
 ジノグライは再び歩き始める。
「生意気な軍勢だ」
 吐き捨て、道の角を曲がる。道の横には草が生えた空き地があり、まだ柱――これからは便宜上それを『ERT』と呼ぶことが、二人の間では暗黙の了解とされていた――が一本突き刺さっていた。すると、
「げ」
「……」
 例のロボットだ。カメラアイに、二人が映る。障害と認め、こちらを殺戮するため動きだした。忙しない金属音を響かせる。
「……む?」
 こちらを殺戮するために動き出したと思われたロボットは、こちらには目もくれず空き地のERTへ向かっていた。そして、ジノグライには出来なかったが、ハンマーには出来たことをした。
 ロボットは、両腕でERTを引っこ抜いた。
「!?」「……?」
 ジノグライは驚き、ハンマーは訝しんだ。ロボットは両腕を右肩にやり、そこにERTを乗せる。そして、右肩とERTが接合するような金属音が響いてきた。
 ロボットが腕を放すと、右肩とERTが完全に接合したことが分かる。ハンマーには、鉄骨を担いだ作業員の姿が思い浮かんだ。そのとき。
「おい……まさか……」
 動こうにも身体が動かなかった。思考で理解していても、オーバーテクノロジーの前に歩みが止まる。キュンキュンキュンキュンキュンキュン……と何かが充填される音がする。あるいは加速するような音が、目の前の金属の構造体から聞こえてきた。
 そしてロボットは二人の方向を向いた。そこに向けられていたのはERTの底面である。そしてその底面は爪のあるほうだった。見る間に爪は引っ込み、ハッチを遮るものが無くなった。
 ハッチが開く。

 火炎が飛び出した。
「!!」「!!」
 ジノグライは前方に伏せる。ハンマーは左へ跳んだ。街路を炎が猛烈に舐めていく。
 救いだったのは、火炎にそれほどの燃料が無かったことだった。火炎はすぐに燃料が切れ、煙がERTの底部から薄く流れ出す。爪が再び飛び出した。
「弾切れ……か?」
 しかし、
「あ……!」
 受け身をとり、炎を避け、ロボットを注視したハンマーは気づく。右肩に乗せられたERTが、ばきゃっ、と音を立てて、外れた。ロボットの腕に収まる。
「ジノグライ! 前!!」
「くっ」
 距離を詰めようと前に出て、集中していたジノグライは、ハンマーの声で気づく。一気に立ち上がり大きく後ろに下がったジノグライのつい先ほどまで立っていた位置に、ERTが振り下ろされた。大きな質量が襲いかかり、石畳がばらばらと瓦礫になって崩れる。もうもうと煙が溢れ出した。
 体制を立て直すほんのわずかな間で、ロボットはERTを引き直した。その手に収まったとき、高速でジノグライの蹴りが炸裂する。
 ごん、と金属音が反響する。ロボットを守る形でERTがロボットの両手に抱えられていた。与えたダメージは大きいはずだったが、ERTには傷一つついてない。そしてロボットはERTの底部を掴み、今度は遠投に挑戦するかの勢いで回転しだした。
「っ!」
 回転が止まった。ハンマーがいつの間にか近寄り、ERTが描いた螺旋を腕力でもって強引に捩じ伏せる。
「でぇえええい!!」
 そしてそのままハンマーはERTを右へ強引に放り投げた。その前にロボットはERTを腕から放していたが、ERTは先ほど突き刺さっていた空き地へと、爪を下にしてまたもや突き刺さった。
 その隙にレーザーの充填を完了させたジノグライが、左の義手をロボットに向けて、威力を増したレーザーが発射される。カメラアイが爆砕し、ロボットは後ろに倒れ込み、沈黙する。
 終結したかに見えた戦いは、
「……」「……!」
 静かな金属音が鳴ったことにより、延長されることになった。知らぬ間に、ロボットは後ろに近付いていた。
 ロボットの背中に積まれた燃料が、パワーを溜めて短く噴射されると、ロボットの身体は宙を舞って二人の前方、もとい空き地へと着地した。そして先ほどハンマーにより空き地に帰ったERTがその手に再び収まり、引っこ抜かれた。
 煙で二人の視界は塞がり、身動きが取れないでいた。その間に右肩との接合が完了され、充填が完了され、煙が晴れた。
 二人は反射的に火炎の飛んでくると思われる軌道から退いた。次の瞬間、炎ではないものが放たれた。
「ッ!」
「ビーム……!!」
 長射程の、ハッチと同程度の太さの蒼いビームが奔り、路面の石畳を次々焼き焦がす。こちらもまた、それほど時間をおかずに空間から姿を消す。
 放棄されていた大金鎚を拾ったハンマーが、その隙に大きく弧を描いて大金鎚をスイングさせて、ロボットを上から潰す。ひしゃげた金属の隣で、けたたましい音を立ててERTが転がった。
 ジノグライは考える。

 何故だ?
 あのERTは、確かに炎の弾切れを起こしたはずだ。弾丸をリロードできる拳銃でさえ、弾切れにはリロードにかかる時間というリスクがある。
 ならばリロードのできそうもないERTが新たに炎を吐きだすなんて芸当はできないはずだ、更にビームを吐きだすなんて常識では考えられないことだ……

 悩んだジノグライがふと空き地を見渡す。二つの抉れた痕が見えた。
 だが、その二つの痕は近寄って良く見ると、「ERTが突き刺さっただけ」では説明がつかないように地面が抉れていることが分かった。直線的ではなく、その先に球を配置したかのように地面がぽかりと空いていた。
 まるでそこにあるものを吸収したかのように……

「!!」
 思考の歯車が廻り出し、ジノグライを翻弄していく。しかし、一刻も早くその場を放棄したほうが賢明だと踏んだジノグライは、走って空き地を通り過ぎる。それに気づいたハンマーももちろんついてきた。
 更に角を曲がって、フライハイト草原に急ぐ。廻り出した歯車は、容易に止まってくれそうもなかった。
 シエリアが見抜けなかったこの推測が、もし正しいとしたら……彼女の嫌な予感は的中してしまうことになってしまう。
 襲ってくる寒気を振り払うように、二人は荒れた春の街を駆けていく。




*To be Continued……