雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 005- 隠蔽工作とリンゴジャムの味

「ただいまー」
「おーっと、お出ましか」
「おかえりなさい!」
 軽やかなスニーカーの音が、玄関で跳ねる。長い黒髪と、鮮やかなピンクのパーカーがすぐに目を引く。赤いフレームの眼鏡をかけた少女が、玄関先に立っていた。その傍らに、辞書ほどの厚さの本がふよふよ浮いていた。表面には魔道書然とした複雑な装飾が為されている。
「よっす」
「おかえり妹よ」
 ジバの妹、ミナギだった。買い物の中身が入った紙袋をテーブルの上に置く。そのテーブルの上に、見慣れないディスプレイが置かれているのにミナギは気づいた。
「……なにこれ」
「監視カメラ」
「ほんと?」
「ホント」
「そんな趣味あったのね……妹やめよ」
「待って」
 パーカーのフードをむんずと掴んで引き止める。
「シエリアさんもいるんだからさ、な?」
「……待って!映像がおかしなことになってません?」
「……ふへ?」
 マヌケな声を出した後、ジバはディスプレイに目を走らせる。ディスプレイには、焼け焦げた石畳が映っていた。
「ありゃ、ジノグライの義手の出力を上回ってる火炎じゃないの?」
「一体誰がこんなことをしたのかな」
「そりゃあ敵さんに決まっておろう」
「……はぁ??」
「……そういや話してなかったよな……いいよ、教えちゃる」
「というかさっきから道に落ちたり刺さったりしてるアレは……」
 ミナギがシエリアに目を移す。当然その傍にあるERTに目がいった。
「……なぁに?」
「兵器です」
 シエリアが決然と言う。
「また兄貴の仕業じゃないでしょうね……!」
「またってなんだ! またって!!」
 浮いていた魔道書が空中で開きぱらぱらページがめくれる。演出だが威圧感があるのでジバは思わず萎縮した。
「待て待て落ち着け落ち着くんだ」
「……」
 魔道書が閉じる。
「……言い訳を聞こうか」
「信じろ!!」
 慌てるジバをよそに、ミナギがディスプレイを見る。
「ジノグライとハンマーが襲われてる……」
「まぁ彼らなら乗り切れるよね」
「酷いことを」
「で、今その兵器……ERTって呼んでね、の研究をシエリアさんがやってて、彼らの補佐をしようということでさ」
「へぇ……『エリンギをリンゴと食べる』の略?」
「絶対美味しくない、というか突っ込む所を間違えてる気がする」
「エリンギとリンゴなら買ってきた」
 紙袋から取り出す。
「……うん、話を聞け」
「というかこのERTなんだけど」
 大きな音がディスプレイから飛んできた。ロボットがERTを介してビームを打ち出したところである。
「……事情が分からないけど、とにかくERTを解析すればいいの?」
「うん」
「そういうことか……」
 ミナギは再びシエリアに目を向ける。
「……ERTがどう兵器として使われてるか、ディスプレイをずっと見てたシエリア姉ちゃんなら分かると思う……話して?」
 そこでシエリアはジノグライが襲われた経緯を細かく語り始めた。

 ミナギとシエリアが会話を交わす。
「うん、だいたい分かった」
「……え?」
「あの兵器に常識は通用しないと思うの。常識に囚われない挙動をあのERTがしているとしたら?」
「うーん……」
「あくまでも想像にしか過ぎないんだけど……」
 ミナギが目を伏せる。

『「『有機物を取り込むことでリロードが完成している』としたら?」』

「……やっぱりアイツも同じことを考えていたか」
「どゆこと?」
 既に二人は郊外を抜け出し、そこに程近いフライハイト草原の端に辿り着いていた。通信機からは未だ声が漏れ出していて、ミナギの考察も駄々漏れとなっている。
「俺もミナギと同じように考えていた」
「ふむ?」
「……ERTが放り投げられたときに、ERTは地面に爪を下にして刺さっていた。あの後俺は地面を見たが、不自然に地面は抉れていた……それで思ったんだが、『あれは地面の有機物を吸収した跡』なんじゃねぇか、って」
「……」
「例えばあの地面の跡に熱した鉛を流し込んで冷えるまで待ったら、丁度お前の持ってる大金鎚と同じような形の構造物が現れるはずだぞ」
「えっ!?」
 思わずハンマーは自分の大金鎚を確認する。
「……ERTが刺さって、周りのものを吸い込んだ……?」
「そういうことだ」
 ジノグライは言った。
「無機物で同じ芸当ができるかは分からないが、今まで考えてきた仮説は説得力があるとは思わんか」
「説得力はあるよ?でも……なら……」
 ハンマーはフライハイト草原を見回した。
「そんな物騒なものがたくさんたくさん転がってるってことだよね……」
 フライハイト草原には、ERTが数十単位で突き刺さっていた。
「そういうことだ」
 がりがり頭をむしりながら、ジノグライは賛同する。
「とりあえず来たはいいんだが……あのプレートが嘘だと言える明確な根拠は何処にもない、そして巧妙にブラフを仕掛けておくか? と考えても、そんな面倒なことはしないはずだ。ロボットの身体から出てきたあのプレートは、製造元を示したものであろうというのが一番納得できる話だ」
「そうだね……」
 ハンマーが再び目の前の草原に目を移す。
「……ねぇジノグライ」
「なんだ」
「……本当に手がかりなんてあるのかな……」
「……さぁな」
 数十のERTが突き刺さっている以外は、フライハイト草原には低木も茂みの類すら無かった。低い草だけが生えているだけの、ただの草原である。誰かを讃えて造られた銅像すらなく、そこそこ起伏がある丘の頂上にも、展望室のような人工物は無かった。観光名所としてはパンチに欠けるが、たまに憩いの場として訪れる人がいないわけではなかったその草原は、ERTの侵攻を受けて無人の荒野と化している。
 ジノグライたちが住む街――名をイニーツィオという――の南東に位置するフライハイト草原は、更に南東に進むと海に面する。港が存在しないのは、地形の関係上、急流が頻繁に起こることと、切り立った崖になっているからだ。誰によって管理されてるか分からない灯台は、申し訳程度に昔からあった。
「可能性があるとすればもはや地下しか無いのは分かるな?」
 ハンマーが頷く。
「……ここに来てまで動いてないのは、俺があいつらを警戒しているからだ……この草原に足を踏み入れた途端、四方から奴らが沸いて出てくる気がしてならない」
「そうだね……でも行くしかないでしょう?」
「出来ればすぐさま帰りたいが……」
 言葉を切った。
「面白そうじゃねぇか」
 腕に蒼い火花がパチパチと散る。
「どれだけあいつらをスクラップに出来るか……自分の力を試せるわけだ……行くぞ」
 ハンマーに声をかけた。
 彼はちょっと困った顔をする。そして慎重に、草原に足を踏み入れた。

 空が裂ける。
「!!」
 突如として、ワームホールのような空間から、四体のロボットが現れた。草原に落ちたそばから、一体目がジノグライの手早いスライディングを受けて転がる。ERTにぶつかるが、傷は浅いようだ。その間に二体目が鉄拳を二つ合わせて、ジノグライの脳天を後ろから割ろうとする。それをジノグライは、まだ自由な両腕で受け、そこからレーザーを打ち込みロボットの腹と両腕とカメラアイを焼く。後ろに倒され、沈黙する。
 大してハンマーは、三体目を難なくハンマーの一撃で葬った。ところが、
「えっ……嘘……」
 草原の土は柔らかく、大金鎚が刺さってしまった。そうこうしてる間にも、四体目が蹴りを見舞う。屈んで伏せて咄嗟に頭突きをロボットの腹にかましても、あまり効果は無いように見えた。プラスチックのヘルメットと金属がかち合い、ロボットは少し後ろによろめいただけに留まった。脳筋という言葉こそあれど、実際に頭をパワーアップさせるわけにはいかないのだ。
「……」
 先に倒れた一体目の頭をレーザーで粉砕したあと、ジノグライはハンマーの戦いを見ていた。身のこなしは軽くなってるし、相手の蹴りやパンチを避ける動作も様になってきている。だがジノグライには引っかかることがあった。
「これだけERTがあるのに何故使おうとしない……?」
 ERTの威力は先ほどまざまざと見せ付けられた。あんなビームや火炎をまともに喰らえばおしまいだ。言い換えれば中~遠距離間の有効な飛び道具を放てる砲台ということになり、戦力は大幅に上がる。代わりに機動力と近接戦闘力は犠牲になるらしいが、そこはERTを肩から剥がせば良い話だ。
 同士討ちを避けるためか?とジノグライは思ったが、それにしては徹底的すぎると思った。そもそもご大層な人工知能を背負ってるんだから、同士討ちなんかは起こることも無さそうなのに、とも思った。
 ある結論が浮かぶ。
 ジノグライは、
「……悪く思うな」
 ハンマーを置き去りにして、駆け出した。こちらを見て驚愕するハンマーの顔は、一瞬で後方に消え去った。それでもロボットの徒手空拳は止まない。かわす。拳を打ち込む。避けられる。それを尻目に、ジノグライは駆けた。
 駆けた。駆けた。そうして、次の瞬間。
「やはり」
 八体のロボットが、さらに空間を切り裂き落ちて来た。その配置は、まるでジノグライを取り囲むように。
「伏せろ!」
 今日の最高記録を叩き出す声の大きさで、ジノグライが叫んだ。その声の先に、ハンマーもいた。
「!?」
 わけが分からないまま、草原に伏せる。そしてハンマーが伏せたことをいいことに、ハンマーの目の前のロボットは、脚を大きく後ろに下げ、勢いをつけてハンマーに蹴りかかろうとした。
 次の瞬間には、そのロボットの上半身は割れ砕けていた。がらがらと崩れ落ちる金属の塊から、ヘルメットが辛うじて身を守ってくれた。

「……え?」
 わけの分からぬまま草原に伏せ、わけの分からぬまま目の前の標的を破壊された。だがその真意は、分かってみればごく単純だった。土に埋まった大金鎚を掘り出し、土埃を払う。
「……無事か」
「ジノグライ……」
 ジノグライの周囲に、八体分の焼け焦げたスクラップが散乱している。彼は円を描くようにレーザーを放ち、周囲の機械兵団を一掃したのだろう。
「あのねぇジノグライ! 勝手に」
「分かったから落ち着いて話を聞け」
 腕を前に出し、待ったの合図をする。やむなくハンマーは沈黙し、ジノグライは喋り始める。
「お前に襲いかかったロボットも、ERTを使わず全員徒手空拳で戦っていた。推測だが、光学兵器や火器の使用によって、」
 ジノグライが草原を蹴る。
「地下の隠蔽が暴かれるのを避けたかったんだろうさ」
「じゃあ、この近くに入り口が!」
「急くな、まだそうと決まったわけでは何一つ無い」
 ジノグライは自分の下に広がる草地を見る。
「暴かれるのを避けたかったあいつらの言いなりになんかなってやるかってんだ」
 突然、ジノグライは足元にレーザーを打ち込んだ。一発、二発、三発……そして八発目のとき、
「……ビンゴ。ここに立った途端一斉で攻撃を仕掛けて注意を逸らそうって作戦だったんだろうが」
「わぁ……」
 赤く焼け焦げた土が剥き出しになり、中心には白磁のプレートが収まっていた。
 そのプレートは洗濯機ほどの大きさの円形で、中央には正三角を描くような窪みがあった。

「……ところでシエリアさん、妹に用があるんだっけ」
「あ、そうでしたそうでした……その通りです」
「え、なになに?バッグをゴソゴソしてるけど……」
「へへ、いつもありがとうございます」
「わぁ……やったー!ジャムだよ!しかもリンゴの!」
「喜んでもらえて嬉しいです……!」
「あっ、丁度私も」
「えっ?何ですか……?」
「バターとお茶を買ってみた!あとでティータイムとしゃれ込みましょ?」
「いいですねぇ!食べましょう」
「お昼ごはんは外で食べてきたのか?」
「そういうことになるかな、でも楽しみだな」
「これはもしや……アレですか……」
「そうです……お菓子を作るところから始めましょう……」
「上手くいくかがちょっぴり不安ですが……」

「……あっ、マズいマイクの電源を消すの忘れてたな……今までのあんなことやこんなことも全部ジノグライに聞こえてるかも」
『聞こえてるぞ』
「はぅ、……で?」
『どうやら敵の前線基地らしきものを発見。これより攻略する』




* To be Continued……