雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 006- 地下基地、轟音、コンテナ

 ガシャン。ギュルル、ギュルル、ガチッ……

 無機質なプレートは、ハンマーが拾ったERTを鍵としてその正体を明らかにした。正三角を描く窪みにERTの爪はピタリと嵌り、ドライバーの要領で回転させると、機械音と共に複雑な記号を描く線が現れ、ERT底部に似た図形になった。ERTをどけると、気の抜けたぷしゅー、という音を立てて自動的に開いていく。人ひとりの肩がギリギリ入れる大きさだったが、二人はなんとか身体を滑り込ませた。重たく大きな大金鎚も、どうにかなった。しんがりに通信機が入っていく。
 すぐに脚がついた。二人が辿り着いた空間は、
「おぉ……」
「うわぁー……」
 プレートと同じ、白磁の色をした空間だった。陽の光が差し込み足元ばかりが白いが、最低限の灯りしかなく薄暗い。ぽつぽつと蛍光灯が天井に設置され、無菌室のように飾り気の無い施設内が一層寒く見える。二人の立っている足場は大きな柱になっていて、小さな螺旋階段がついていた。それは家屋にして一階分相当の螺旋を描き、下のフロアへと続いている。
 途端に背後から機械音がする。勝手にプレートがガシャンと閉じられ、陽光が閉ざされた。
「!」
 薄暗闇が空間を支配する。静寂が満たされ、あたりがしんと静まり返った。
「……」
 目が慣れてくると、一階分相当の螺旋階段を下りた先のフロアの光景が少しずつ見えてくる。大規模なスポーツを行うスタジアム……とは行かずとも、知識として知っている学校の体育館を二つ繋げた程度の広さはあった。そしてその四方には、
「見て!あれ!」
「……むぅ」
 ハンマーが声をあげ、視線を促す。視線の先には五列に並んだ白磁の直方体のボックスが、こちらを四方から取り囲むようにして合計二十個置かれていた。薄暗闇の中では、奥の方まで続くその全容を垣間見ることは出来ない。目測だが、ボックスはジノグライたちと大体同じ高さのようで、奥の方向への長さはかなりあるように思われた。
 そして、二人はゆっくりと、何処かに張り巡らされているかもしれないセンサーに気を使いながら、慎重に螺旋階段を降り始めた。
 結論として、センサーは張られておらず、下のフロアまでは簡単に辿り着いた。
「なんかヤダね……」
「試されてやがるな……何にしたって出口は塞がれてるんだから打つ手は無いが」
「僕に任せて!」
「やめろ」
「?」
 首をかしげたハンマーに、ジノグライは説明する。
「この地下基地はまだどうせメインのコンピュータが生きているんだろう……それを停止させてからでなければ、今度こそ袋叩きに遭うんじゃねぇか」
「なる……ほど……」
「……!」
「どうしたのジノ」
「その名で呼ぶな」
 階段を降りて、ボックスを覗く。
「こんなに早く見つかるとは意外と無用心だな?」
 ボックスには、理科実験室の試験管を置いておく試験管立ての要領で、爪を上向きにしたERTが大量に設置されていた。整然と並ぶその様はある種壮観であったが、所々歯が抜けたかのようにERTが無いことがあるので、恐らく街の破壊に使われたのだと容易に想像できる。
 簡単に剥がせない様に、片方しかない手錠のように半円状の金属ストッパーがERTを固定している。何かしらの小さなメーターがつけられ、低い電子音が共鳴して現実離れした金属の森林のような光景が目の前に広がっている。
「このストッパーを外すとまずそうだな……自爆装置やセンサーでも取り付けられていたら悲惨なことになる」
 ジノグライがひとりごちたその瞬間、バリバリ、バキィという破壊音が鳴り響いた。
「……あ?」
「えっと、壊せた!」
「馬鹿!!」
 ハンマーの手にはむしり取られたであろう、さっきの一瞬までストッパーだった砕けた金属の残骸がハンマーの手袋すらしてない素手に握られていた。平時なら怪力に震え上がっても良かっただろうが、そんなことをしている暇はなく、ジノグライはハンマーを制し、息を殺して刺客が訪れるのを待った。
 ところが暫く経っても、ロボットは一体として現れなかった。
「……せめてそいつは持っていったほうがいいだろう」
「そのつもりだったんだけどな」
「だが気をつけろ?絶対に中には何かしらのエネルギーが注入されてると見て間違いない、落として爆発することも充分ありうる話だ」
「……爆弾みたい、ブラックボックスみたい……」
「吹っ飛ばされたくなけりゃせいぜい慎重にな」
「そう決まったわけじゃないのに」
 だが戦闘における彼の観察眼を頼りにしているハンマーは、奪取したばかりのERTを確かに握り締めた。

「サンドイッチでも送る?」
 ジバは出し抜けにそんなことを言った。
「どうして?」
 ミナギは問い返す。
「いやー」
 モニターには二人の映像が移っていた。暗くてよく見えないので、自動で通信機のアンテナの先端にライトが付くようになっている。
「頑張ってるから、なんかしなきゃーって……」
「やめたほうがいいんじゃないですかー」
 シエリアがのんびりと言う。
「何で」
「だってジノグライ君はご飯食べるとき手袋なんでしょう?」
「あーそうか……手袋だけあげれば」
 きな臭い兄の視線に、ミナギは気づく。
「単に実験台を探しているだけでは?」
「……妹よ何のことかな?」
 キッチンには非常に不器用な手つきで、リンゴジャムとバターのサンドイッチが乗っかっている皿が置かれていた。おまけに、
「いやー、アップルパイみたいなの作りたくて?フライパンに油引いて加熱したらめっちゃ熱くなってああなるとは思わなかった……」
 どうしようもないほど焦げていた。ぶすぶすと音が立つほどに強烈に焼いたらしい。
「すぐ裏返さないからだよ」
「熱に怯むのはいただけませんねぇ……」
「う、うるさいぞ」
 ジャブ程度の非難をかわし、再びモニターに目を移した。焦げ臭い匂いとリンゴの香りを、流石に通信機で送ることは出来なかった。

 香りとは無縁の地下二階を二人が探索していると、
「階段があるな」
「うん」
 ボックスが置かれていた地下二階を巡回すると、恐らく地下三階へと続く階段を発見できた。金属で出来たステップを、かつん、かつんと音を響かせながら二人分の足音が下方向へ落ちて行く。やはりセンサーの類は配置されておらず、すぐに地下三階へと辿り着いた。
「まだ階段があるか……」
 降りてきた下には、また地下四階へと繋がるであろう階段が続いていた。
「地下四階はお前に頼んだ」
「不安だなぁ……」
「心配はしてない、お前が閉じ込められそうになったら」
 言葉を切って、大金鎚を見る。
「それでもなんでも使って乗り切れるだろう」
「うーん……」
 ジノグライは答えを聞く前に、とっとと姿を消していた。かつん、かつんと響く一人分の足音が、またしても階下まで響くのを聴きながら、ハンマーは憂鬱な気分になった。居所が知られたらタダでは済まないのは百も承知だ。
 だが、敵の心臓部は、意外なほど呆気なくこの闖入者たちの入場を許した。
 もっとも、許したのは闖入するまでだったのだが。

「……名を名乗れ」
 地下四階。あったのは小部屋だけで、見たことも無いようなサーバーやディスプレイ、キーボードがジャングルを作っているような小部屋だったが、そこには一人の青年がいた。いや、青年と呼ぶのは不正確かもしれない。何故なら、
「あなたは……誰?」
 機械のように若干ノイズがかった声。ゴムのつなぎのようなものを着た、隅から隅まで黒一色のその姿は、今まで戦ってきた機械兵団の一味であることを容易に想像させた。腕にはこまごまと機械がつけられてあり、足首にも手首にも皮膚の色は全く見当たらないが、彼が一般機械兵団のそれとは違うと思われる理由のひとつとして、
「俺は『マールス』と言う」
 第一に言葉を操り、意思疎通が可能だという点。第二に自分の名前をきちんと名乗る点。第三にそいつ自身の顔面が、一般人のそれとほとんど変わらないと言う点。フルフェイスのヘルメットでは顔が覆われておらず、一般的な青年と同じような顔つきをしていた。しかしながら、どことなく空ろな目をしている。身長はジノグライとそう変わりは無い。特徴的ではなく、パッと見ただけならすぐにその顔つきを忘れてしまいそうだ。
「マールス……あなたが街を破壊しつくしたのですか……?」
 一歩前に出た途端、地下三階への階段が、床から飛び出した厚い鉄板によって封じられた。
「俺がやった」
「!!」
「そしてその総意はもっと高位の存在であるあの方が知っている……俺はあの方に救われたのだ」
「……」
「この破壊には充分それに足る利益があると俺は信じている……」
「いたずらに全てを壊してしまうことが正しいなんて認められません!」
「どうかな? だったら、」
 マールスと己を呼んだそいつが指を向ける。ハンマーの装備に指を向ける。
「俺を倒すことは意味のある破壊なのだろう? 俺を壊してみろ」
「……」
 ハンマーはERTをリノリウムの床に慎重に転がした。不利益になるとは分かっていたが、一対一なら勝手を知っている武器に頼ったほうがいい。
 だっ、と地面を蹴り、両手でしっかり大金鎚を握り締め、大きく横方向に振りかぶり、マールスの胴体を大きく薙いだ。
 そのはずだった。

 ゴウッ、と大きな音と閃光が生まれて、網膜が焼かれるような感覚がする。熱い。身体が吹き飛ばされ、爆破の果てに大金鎚が吹き飛び、ハンマーの身体は空を切り、厚い鉄板にぶつかった。呻き声をあげながら、ハンマーは少しずつ少しずつ立ち上がる。
 自分を襲った音と閃光の正体が、二度目の轟音ですぐに分かった。
「まさか!」
 ハンマーは気づいた。轟音が発生する前に、空間に火種が生まれていることを。それが文字通り爆発的に広がり、意味どおりの爆発を形作っていたことにも。
 つまり、
「あなた……魔法が使える……!?」
「だったらどうした?」
 マールスが、大きく腕を振りかぶる。
「くたばれ」
 三度目の轟音が、地下四階を響かせた。

 時間は少し戻る。
「……」
 ジノグライは地下三階にいた。広さは地下二階に負けず劣らず広い。そして彼の周りには、
「……悪趣味だな」
 大小様々な色や形のコンテナが並べられていた。埠頭で目にするような、荷物輸送用のコンテナである。だがその大きさは、両手で抱えられるようなものから、ちょっとした倉庫に迫る大きさのものさえあった。無造作に積みあがったりしているが、積んだコンテナが崩れた痕跡は無い。コンテナは絶妙に位置取りされていて、それらが置いてない部分で形作られた道路は、交差点や三叉路を描いていく。
「……」
 ジノグライはそんな異様な空間をひたすら歩いていく。たまにコンテナを凝視して、その義手でノックをしたりすることで、何が入っているかを探ろうともしていた。
 足音がリノリウムの床に静かに反響する。ジノグライの革靴はほとんど音は出ないが、やはり細心の注意を払っていた。
 次の瞬間、ドン、と何かがぶつかる音がした。
「!!」
 ジノグライは後ろを振り向く。今まさに音がしたコンテナを通り過ぎた所だった。しげしげ眺めると、水色の塗装が為されたコーティングで、高さも幅もそれ相応にあった。そのコンテナからは、強い衝撃を一点に吸収したかのようなぶつかる音がした。コンテナの中に入っているのは、とジノグライは考えた。生物兵器だろうか、それとも、ただの平凡なだけの機械なのか、にわかには判断に苦しんだ。
 ぺたりと、ジノグライはコンテナに耳をつける。すると微かにではあるが、人間のものである荒っぽい息遣いがそこにあった。
 コンテナの隅のボルトやナットを、ジノグライは壊し始めた。ネジが融けたり、ナットが転がる中、ようやくコンテナを覆う扉が外れた。前方に、民家の扉ほどもある大きさのコンテナの板が、バン、と落ち込んだ。
「……」
「……!!」
 『それ』を後ろに下がったジノグライは見た。
 コンテナの中に居たのは女子だった。幼さの残る顔立ちをしており、ツインテールの髪の毛を歯車を模した飾りのあるヘアゴムで縛っていた。蒼い瞳の色で、薄汚れたチェックのスカートに、これまた土埃や傷がチラホラ見える長袖パーカーの袖から伸びた両腕は、手錠らしき道具で拘束されていた。コンテナ内部に橋の様に架けられた鉄棒から鎖が伸び、鉄棒と手錠を繋いでいた。
 戸惑いが隠せないまま、二人の視線は交錯する。階下から、轟音が聞こえてきた。




*To be Continued……