雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 007- 囚われし戦乙女は氷のように煌いて

「……え?」
 三度目の轟音こそ聞こえたが、熱と衝撃をあまり感じないことにハンマーは当惑していた。未だ仰向けで転んだ状態で、無防備にも程があった筈なのに、である。ふと目の前を見たところ、
「あ……っ!」
 前にいたのは通信機だった。ジノグライの方に行かず、こっそりついてきたのだ。薄白く光る球状のフィールドが通信機を包み、後ろにいたハンマーを小規模な爆風から防御していたのである。
『バリアがついてないとでも思ったかー!』
 ジバの楽しげな声が聞こえる。
『ハンマー君、聞こえるかい?』
「は、はい!」
『ん、元気でよろしいぞ……戦ってるのは君たちだけじゃないことをよく覚えておくように! 私たちもいるからね』
「あ、ありがとうございます……」
「お前ら何をボソボソと喋っていやがる……!」
 ハンマーは飛び起きた。そして、未だマールスが遠くから爆破魔術を行使してくるにも関わらず、大鉄鎚を拾い、大きく振るった。その目的は、
「!!」
 凄まじい金属音とともに、何かががひしゃげる音がした。間髪入れずに、二度目、三度目、四度目の金属音が響く。
 事ここに至って、マールスは爆炎を振り払った。細々とした小部屋の視界が晴れる。ところがそこには、
「……いない……」
 闖入者と通信機の姿は無かった。転がっていたERTも既に消えている。そして背後でハンマーを塞いでいた鉄板が、凄まじい衝撃を受けて内側から破り去られていた。あったのは人型大の大穴と、金属の瓦礫のみである。
「……逃げたか」
 金属の駆動音が、マールスの体内から聞こえる。
 いつの間にかその左腕は変形し、ただの左腕から鋭い刃になった。大きなナイフのようないでたちのそれは、あくまでも黒一色の無骨な姿をしている。
「逃げたことを後悔させてやるぞ……」
 そのまま、空いた穴から階段へと走り抜けていった。

「……!」
「……」
 面倒くさい、と思った。
 名も知らない囚われの少女を助けてしまったら、また何か面倒な目に遭うことは容易に想像がつく。英雄とか王子様とか何とか言われて擦り寄ってくるのも、ジノグライには疎ましいだけでしかなかった。よく見ると、額にまだ新しい傷がついているから、ここに放り込まれたのは割と最近の事なのだろう。
 そしてこの娘の髪の色のことは、ジノグライは一応知識として知っていた。

 クロスジーン。
 この世界の人種は、髪の色によって決まるらしい。黒髪の人間もいれば、金髪の人間もいるし、薄桃色の人もいる。
 ところが大昔の人間は、これらの髪色を、「より明度が明るいか」「より黒か白のどちらに近いか」のような区別で分け、正確なガイドラインを設置し、人種として定義付けたようだ。例えば灰色の髪をしてても、黒に近ければ黒髪系人種、白に近ければ白髪系人種と呼ばれる。金髪は白髪系、青髪なら黒髪系、という具合。
 その名残は、現代社会のあちこちで見かけるし、事実昔は、黒髪系人種と白髪系人種の大規模な抗争なんかもあったらしい。今は人種による差別は全くといっていいほど見なくなり、街角の喫茶店で同じテーブルで黒髪系人種と白髪系人種の友人同士が笑いあう光景も、今では見られるようになったという。ちなみに、この世界で髪を染めるのは、人種を偽ったとしてそれなりに重い罰を受ける。
 そんな二つの人種が、揃って忌避する人種がいた。
 黒髪系も白髪系も、全世界の人種はだいたい50%ずつくらいだ。だが何を間違えたか、ごくたまに小数点以下二桁目が必要になる程度の確率で、「二色」の髪色の人種が現れるらしい。誰が呼び始めたかは知らないが、人々はこれをクロスジーンと呼んだ。未だに黒髪と白髪の人間しか確認されていない。
「出る杭は打たれる」の故事はここでも通じてしまうようで、白髪系も黒髪系も、こぞって彼らを疎んだ。過剰に暴力を振るい、蔑みの目で嘲った。もちろんこれも、前時代に比べたら差別はだいぶましになったほうだが、それでも老人の中には未だ差別的思考を持っている人もいる。
 そして目の前の少女は薄汚れてこそいるものの、
「ぅ……う……」
 綺麗な白髪と黒髪だった。
 左半分が白髪、右半分が黒髪だった。

「……」
 とはいえ、ここで見捨てて探索を続けるのも、中途半端だと思った。ここをハンマーに見つかっても、何と言われるかは想像がついた。ひとまずはこの鉄棒から伸びる手錠を断ち切らないことには何にもならないと感じたジノグライは、手錠を目視したが、
「……何だこれは」
 ジノグライは呟く。ただの合金の手錠で縛られていたと思っていたが、その金属は仄白く発光しており、ただの金属には見えなかった。金属そのものも頑丈そうだし、義手ぽっちでは破ることは出来ないとジノグライは思う。ここでハンマーがいたら良かったが、今はいない。なまじ少女に期待をさせてしまった後悔が、丁度少女を縛ってある鎖のようにジノグライを締め付ける。背を向けて歩き去ろうとしたそのとき、
「助けてーっ!!」
「この声……!」
 数年来の付き合いなのだから、声の主がハンマーだとすぐに分かった。すぐに辺りを見回して、黄色く塗装されたヘルメットと、薄緑色の薄汚れた作業服に身を包んだ姿を見渡す。見つからない。見つからない。
「いた!」
 階段から駆けて来たハンマーは、大金鎚もERTも両方持っていた。それでもスタミナを切らすことなく、ジノグライの元にまで駆け寄ってきた。だがかなり息が切れている。
「ジノグライ……階下に敵がいたよ」
「そうか……」
「相手は急に爆発を仕掛けてくるロボットだった……でも顔があって……普通の人間みたいだったよ」
「ふん……爆発……いきなり空中に即効性の爆弾があるようなもんか」
「そう、そんな感じ」
『そんな感じ』
「お前は来るなよ」
『つれないな……んっ』
 通信機越しのジバの声が違和感を覚える。
『その子は……誰よ』
「あぁー……」
 ジノグライは答える。
「コンテナに居た……んだよな……でも手錠があってな……俺では」
「じゃあ僕に任せて」
「……チッ」
 舌打ちをする。女の子にいい所を見せたかった、とかそういうのでは無い、単純に力に差がありすぎることに、ジノグライは腹立たしい思いがした。

「ふんっ!」
 手錠が破壊される。接合部分が剥がれ、少女は両腕の自由が利くようになった。鎖のパーツがぱらぱら弾ける。
「……ぅう、ん……」
 少女は溜まっていた土埃を掃い、顔を大きく振る。ツインテールが揺れる。
「……はー……」
 出た声はやはり幼かった。年の頃はハンマーと同じぐらいか、それとも少し下ぐらいだろうか。よく見るとそれなりに美しい少女だった。私物であろうリュックがコンテナの内部に転がっていたことに今更気づく。多分、旅行か何かだろうか。
「えっと……た、助かり……ました!……まずは、ありがとう……ございます」
「いやいや、無事で何よりです」
「ふん……」
 小さなエンジン音。
「おい!後ろだ!」
「「!!」」
 幸いにもこのコンテナ周辺は見通しがよく、敵の侵入もすぐに分かった。黒い影にも似た人影が後方に現れ、けたたましい排気音を鳴らしながら急接近していく。大きく薙がれた鋼鉄の刃の軌跡に三人の姿は無く、既に伏せたあとだった。人影はそのまま上を滑るように飛んでいく。エンジン音が途切れ、人影が着地した。
「貴様は……」
「マールス!」
「お前か……」
 ジノグライ、ハンマー、マールスが言葉を三者三様紡ぐ。少女だけ黙ったままだ。
「そして……お前……脱出までしたか……クソッ」
「……」
 少女に目を向けたマールスは吐き捨てるようにいう。
「まあいい」
 両腕が瞬時に変形し、同じ形の鋭い剣へ姿を変える。
「お前らをここで片付ければ済むことなのだ……」
「……!」
 怯えたのは一瞬だった。少女は立ち上がる。その目は闘志に燃えていた。
「あの手錠……魔力を封じることができるんです、もっとも、私の魔術では手錠には太刀打ちできませんでしたけどね……」
 彼女はさっきよりも流暢に口を利くようになった。
「でも、開放された今なら……」
「ごちゃごちゃと喚くな」
「!」「!」「!」『!』
 爆炎が三人と一機の傍で唸った。通信機は上に、ハンマーは後ろに下がり、ジノグライが左方向に伏せ、少女は右方向に――もといたコンテナの内部に入るような形で――転がって避難した。炎が晴れる。ハンマーは大金鎚を装備し、ジノグライは義手を構えて、少女は、
「えっ」
「何!?」
「……!」
 何処から持ってきたかは知らないが、多数のナイフを既に構えていた。両手に二本ずつ、しっかりとその手に握られている。
 それを横目にジノグライはマールスに向かって走り出す。右腕を振り下ろし、マールスに構えて、電撃を発生させ、一気に打ち込む。
「ちぇいッ!」
 ところがマールスは剣と化した左腕をその軌道に合わせて電撃を打ち払った。それらは散り散りになるが、ジノグライが距離を詰め寄る。
 左フックをマールスがしゃがんで避け、下から上へジノグライの身体を大きく削ごうとする。これをジノグライが肘、ひいてはその下の肘当てで斬りこみを防御する。ある程度耐え、大きく腕を上に上げて衝撃と勢いを殺す。だが剣と化した右腕はジノグライの脇腹に迫っていた。
「っ!」
 咄嗟に義手で防御する。火花が散った。そしてジノグライは後方に倒れこみ、ギリギリで右腕の突きを回避する。そして前方に転がっていく過程で、マールスの左腕がリノリウムの床に突き刺さる。
「よし!」
「!?」
 ジノグライに気をとられている間、マールスはハンマーに気づかなかった。万力のような怪力が、マールスの肩を締め付ける。
「下がれ!」
 ジノグライはハンマーに言った。
「え?」
 次の瞬間にはマールスの右肩で爆発が起こった。たまらずハンマーは吹き飛ばされる。威力は弱いが、怯ませるには充分だった。
 ここでマールスは両腕をニュートラルな両手に戻し、一度ハンマー達には脇目も振らず走り出した。ジノグライを避け、少女を通り過ぎ、ブレーキをかけた。
 そこにはハンマーが持ってきたERTが転がったまま放置されていた。
「しまった!」
 後ろを振り返りハンマーは鋭く叫ぶ。コンテナに囲まれた通路は幅が狭い上に、コンテナに阻まれて左右への回避が難しい。こんな狭い場所で直線状に鋭く大きく伸びるビームを撃たれては、回避は困難だ。
 ジノグライのレーザーではコンテナはどかせない、ハンマーの怪力も、何個ものコンテナを一気に動かすのは不可能だし、そもそも中身が分からないものを乱暴に扱うのはマイナスだと思った。どんな爆弾が積まれているかどうかすら分からないのに、かなり大きなリスクを背負うことになるのである。そうこう模索しているうちにも、マールスは他の機械兵団がそうしているように、肩にERTを乗せて接合させ、着々と発射の準備を進めている。
 次の曲がり角まで走って避けようと二人が駆け出そうとした瞬間、まだ動いていなかった少女がマールスの前方に出た。
「あっ!?」
 そしてそのまま、あろうことかナイフを捨てたではないか。
「何だと!?」
『嘘……』
 三者三様驚愕する。無防備な状態の少女は、まるで「撃ってください」と言わんばかりの雰囲気を湛えていた。ところが彼女は両手を前方に突き出す。
 光の点がERT周辺に瞬いた気がした。発射の合図だ。放たれたのは大きな光線。
 ところが、少女の周りに一瞬何かが煌いたかと思うと、手から白金と見紛うばかりの光線が迸った。ERTから出た光線とぶつかる。
 何かが蒸発していくような音がする。やがて光線のしっぽは途切れ、静寂が戻る。
「これだから閉じ込めておきたかったんだよ……ったく」
 マールスは吐き捨てると、ERTを床に転がし自由を得た。

「な……」
『うん……』
「なんだろ……あの子」
 ハンマーは驚きを隠せない。ビームを残さず平らげてしまうような魔術とは出会ったことが無い。
「考えられるのは」
 ジノグライが、腕を剣に変形させたマールスとナイフで互角に切り結ぶ少女を見て呟く。
「彼女の魔術が氷属性なのでは、といった所だろう」
「氷かぁ……」
 戦闘中だったが、それにも関わらずハンマーの羨ましげな吐息が漏れていた。




*To be Continued……