雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 008- ミリティーグレット・ユーリカ

 ナイフが弾け飛んだ。
 くるくる放物線を描いて、離れたコンテナまで落ちるその前に、少女はマールスの第二撃を警戒して距離をとった。そのまま両腕を上下に重ね合わせ、小さく充填した冷凍ビームを次々放つ。それぞれ床、床、コンテナ外壁、床に着弾し、五発目がマールスの鋭い左腕に命中した。一瞬だけマールスの動きが止まったその隙に、懐からナイフを取り出し猛然と走り出し、一度開いた距離を一挙に詰める。
「はっ!」
 凛々しい声と共に、ナイフの一閃はマールスの胸を貫くかと思えたが、
「ぎゃぅ!」
 情けない声と共に、マールスの一閃が少女を吹き飛ばす。
 例によって爆風は少女の肢体を襲い、転がした。ハンマーが駆け寄り、入れ替わりでジノグライが飛び出す。
 蒼いレーザーは、少女の氷と違い火薬などに当たってしまえば誘爆してしまう恐れもあった。コンテナに当たらないよう、一発、二発、三発、四発、五発、六発、七発と飛ばす。
 ところが、マールスは右へかわし、左に避けながら右腕を剣から戻し、また左に避け、コンテナを右腕で押して大きく右にステップを踏み、そのまま転がってかわし、左腕でレーザーを受け流し、もう一度左腕を振るってレーザーを弾き飛ばした。
「ちぃッ」
 全弾避けられたジノグライは舌打ちをする。嘲笑うようにマールスが言葉を放った。
「甘いんだよ」
「!?」
「お前のレーザーは直線的だ、光学兵器の軌道は同業者である俺たちからすれば非常に読みやすい」
「……」
「トリッキーさがな……足りないんだよッ!!」
 そうかと思えば左腕の剣を大きく素振りしたかと思いきや、濃い紫色に刀身が発光し、次の瞬間には発光した残像が空間に迸った。宵闇を融かしたような半月形の衝撃波は、ジノグライ目掛けて加速する。
「なにっ!?」
 驚愕に目を見開いた。マールスの攻撃は爆発だけでは無かったのか……!!
 鳩尾を強く殴られたような感覚、吹き飛ばされる感覚、そして頭を打ちつけ、脛を強か打ち、ジノグライは転がっていく。ハンマーと少女が、入れ替わりのようにマールスと対峙し始めた……

 どうしよう……!
 僕もジノグライとあまり乗り気じゃなかったけど特訓をやってたから、今の状況がどれほどピンチかって分かる気がするんだ……
 さっきマールスは言ってた、光学兵器の軌道は読み易いって……
 だからジノグライは例えレーザーをどんどん撃てても、全部避けられちゃうかもしれない……ってことだよね、
 あとあの子……そういえば名前聞けてなかったな、あの子は氷魔術の小技は揃ってるみたいだけど、もう一押し、パワーに欠けるというか……
 かといって僕が戦おうとしても……あいつは遠くから空間を爆発させてくるに違いない!
 僕の能力は相手の懐に潜り込まないと有効に作用しない……怪力っていっても結構つらいし、あの子のナイフを無断で借りていくわけにも……いや、今は一大事だし……かといって勝手に使われたら……ああ!
 ……とにかく、今のままだと僕たちは絶対にジリ貧だ、なんとか……なんとかしないと……

 こんな時に限って、ハンマーの思考はぐるぐる回りだす。頭の中の情報は、いつも見ている世界とはまるきり違う。照明は薄暗く、硝煙と氷の混ざった匂いはハンマーも嗅いだことが無かった。いつもと違うというパニックが、ハンマーを徐々に侵食していった。
「ヘルメットさん!」
「!?」
 声のしたほうに少女はいた。
「僕の事……?」
「受け取ってください!」
「はっ!」
 はっしと受け止めたそれは、彼女の携帯しているナイフのうち一振りだった。
「非常事態です! 大切に……してくださいね?」
「わかりました……!」
 あくまでも凛とした声に、ハンマーは濁りかかっていた意識を取り戻したような気がした。
 勝てないと思わなきゃ、何事も始まらないと信じて。

「ぐぅっ……」
『気分はどう?』
「最悪」
『でしょうな』
 寝起きでジノグライとジバは漫才を繰り広げる。
「こうしちゃいられねぇんだ」
『任せてみたら?』
「生憎と俺にそういう選択肢は無い」
 二人が戦う現場に、走り出しながら言う。
「俺は容赦はしない」
 通信機からそれを眺めるジバは、複雑な感情を抱いた。
 ワンマンプレーでいいのかと問いたかったが、既に戦場と化した地下に彼の身体は躍り出ていた。
 溜息を吐き、補佐をしに追いかける。

「ふ……ぐぬ……」
 飛んでくるナイフと冷凍ビームを冷徹に弾き飛ばし、たまに懐に潜り込んでくるハンマーの一撃は横っ飛びにかわしながら、マールスは三人の敵を相手にしながら退く気配をまるで見せなかった。向こうからの攻撃が止めば、爆破魔術や剣の残像を飛ばして彼らを近づけさせず、ピンチになればコンテナの陰に隠れるという周到な手も使った。これは意志を持たない通常の機械兵団には出来ない芸当である。
(そう)
 マールスは口に出さず思考する。
(人間と同じように会話ができ、思考を巡らせられるのもあの方のお陰なのだ)
 前から飛んでくる一丁のナイフを残像を飛ばして弾き返す。ナイフが飛び、打ち勝ち、前方の少女に飛ぶ。彼女は冷凍ビームを放ち、これを防いだ。
(だが違う、人間は我々に蹂躙される運命にあるとあの方は仰られた、俺はただ任務を遂行し、お役にたつのみ……)
 ハンマーが大金鎚を放り捨て徒手空拳で向かう。速度は格段に速くなっていたが、これを冷静に頭を動かし避ける。放たれた蹴りを左腕の剣で防ぎ、たまたま当たった長靴に大きく傷をつけた。作業着のズボンに当たっていたら仕留められていたはずだったが……とマールスは苦々しい顔をした。
(そういえば)
 ふと思い当たった。
(蒼い電撃が飛んでこないが……)
 ジノグライの攻撃を警戒する。軌道が読みやすくとも、不意打ちされたら終わりなのだ。
(奴はどこにいる?)
 薄暗い地下に、更に暗い領域が現れた。
「!?」
「もらった!」
 コンテナの陰に隠れたマールスを、ジノグライはずっと見張っていたのだ。
 コンテナの山の頂上から。
 両腕を組み、電撃を充填させながら、脳天に金鎚のように高度を重ねて義手を振り下ろした。
 マールスは咄嗟に避ける。避け切れなかった。
「がふっ……!」
 破壊されたのは右腕だった。その刃がまるごと砕け、バラバラになる。義手の高度が右腕に打ち勝ち、義手のほうの被害は殆ど無かった。スパークした電撃がバラバラな右腕を焼き焦がし、変形の内部構造を赤黒く目立たなくさせている。念のためにジノグライは数歩下がった。
「どこのどいつだ?トリッキーさが足りないなんて言ったのは」
「危ない!」
 マールスが不敵に微笑むのと、少女の声が飛ぶのは同時だった。
「しまっ……!」
 轟音が炸裂する。
「ぐぼ……ぉっ!」
 今日一番の衝撃をどてっぱらに受けたジノグライは、まずリノリウムの床に大きくバウンドしたかと思うと、少女の身長ほどに大きく跳びはね、力なく背中から落ち、ぐったりと止まった。相手を弱体化させた快感に酔いしれたジノグライは、そのせいで爆破魔術をマールスが行使できることを忘れていたのだ。
 右腕を亡くしても、マールスは戦いを諦めようとはしなかった。人間なら鮮血が迸るはずの断面から、バチバチと火花が断続的に上がるのがより一層不気味でもあった。
「さあ、あいつはすぐには戦いを続けられないだろう……大人しく向き合え」
 溢れる唾をハンマーは飲み込む。なんだかんだ言って、ジノグライの戦闘技術を信頼していた。決定打になり得なかったとはいえ、右腕をもいだ彼を改めて強いと思った。ゆえにここで退いては何かを失う気がした。
 ここでマールスが無事な左腕をハンドガンに変形させて確実に二人を仕留めにきた。鉛弾が連射され、ハンマーは手近なコンテナ群の陰に隠れる。
 鉛弾が弾切れを起こす音がした。入れ替わりで少女が飛び出し、床を冷凍させる。そのまま別のコンテナの陰に隠れた。遠目には分からなかったが、マールスは用心のために足の裏をスパイクシューズと同機構に変形させた。
 目視できなければ爆破魔術の行使は出来ない。コンテナの中に何が入っているかは機械の記憶容量をもってすれば記憶できたが、戦闘というアブノーマルな状況下で手荒な真似が出来ないのはこちらも同じだった。
「そこか!」
 案の定、先ほどの戦法を真似て少女がコンテナの頂上から通信機を伴って飛び出した。
「二度同じ手にはかからん!」
 爆破。
 通信機がバリアを張って矢面に立つ。衝撃を受け、コマのようにその身体がくるくる回る。
『ひぃーっ』
 ジバの情けない上に緊張感の無い声が答えるが、当のマールスは当てが外れた顔をした。
 そして少女が地上に到達したが、不審なことに、たとえば上から踏みつけたりせず、マールスと適度に距離をとった通路に着地した。直後。
 口笛が聞こえた。
「?」
 思わずマールスが振り返った先にはハンマーがいて、間髪入れずにナイフを投げつけてきた。いつの間に持っていたのかと驚愕する間もあらばこそ、左腕の剣で打ち払おうとした。
 がり、と鈍く音が響く。
「馬鹿な……」
 少女のナイフ投げは比較的軟弱なパワーだった。だが繊細で狙いは百発百中だった。だがハンマーのナイフはコントロールを犠牲にしストレートに投げることで、凄まじいパワーを乗せることに成功している。
 よって、マールスの左腕に、ナイフが突き刺さった。
 そして少女は、それを見越していた。
「はっ!?」
 ふと冷たい感覚がマールスの背中を襲った。気づいたときには、全てが遅かったことを悟った。
「しま……った……!」
 少女の冷凍ビームを背中側からまともに喰らったマールスは、既に凍り始め、身動きがとれなくなっていた。腕の変形も出来ず、氷の塊の中に身体を埋められていった。ハンマーが大金鎚を装備し、通路の向こうからマールス目掛け走り去る。
「よくもジノを……!」
 ジノグライは失敗した。だが、それを最大限に糧に出来るというのは、どれほど素晴らしいことだろう。
 目と鼻の先。
 大金鎚がマールスの身体に刺さった。人間なら、心臓の部分。
 オイルと火花が弾けたのが見えた。マールスが白目を剥いたのも見えた。
 少しだけ。

 直後、大爆発が起こった。軽いコンテナを吹き飛ばし、ハンマーと少女が床に転がる。
 視界がブラックアウトした。

「うぅ……」
『やれやれ……』
 どれほどの時間が経ったか定かではないが、目を覚ましたハンマーに向けてジバの声が上空から降ってきた。ライトの照度を最大にして、すっかり電灯の消えた地下三階を明るく照らしている。
『マールスはこの地下基地のマザーコンピュータのスイッチを兼ねていたらしい、電灯が消えたのもそれが理由……でもよぉハンマー君、君無鉄砲すぎやしないかね』
「ぐ……」
『ジノグライなら遠距離からレーザーで狙撃していたに違いないし、君ならまたナイフを投げればよかったのに……マールスの自爆装置が作動したらしくてあれから暫く気絶してたよ』
「自らの手で下さないと……」
『意志は尊重するけどね、私がまた守ってなかったら今頃大変だったよー』
「ごめんなさい……」
『立てる?あの子を起こして、ジノグライを抱えあげなきゃ』
「分かりました」
『まぁ勝てたんだからそこは凄いぞ、一旦おうちに帰ってくるといい』
「ありがとうございます!」
『む……』
 ジバはマールスが自爆した地点に何かを見つけた。
『水晶……?』
 それにしては、綺麗な緑色がかった六角形にカッティングされた宝石だった。宝石かどうかも定かではないが、明らかに人の手が加わっている。
『……』
 それをジバは、ひとまず自宅に回収することにした。宝石が消える。

「やっと太陽を拝めた……」
 心なしかジノグライはぐったりしていた。ナイフを全て回収し、リュックも取り返した少女は、対照的に目が輝いていた。
「あんなに凄い人だったなんて……驚きです!」
「いやいやそんな……ハハハ」
「もし良かったら、私を連れてってください!」
「え?」
 ハンマーは聞き返す。
「女の子を危険な目に遭わせるわけにも……」
「勝手にしろ」
『いんじゃない?』
「えー……?」
「決まりですね!」
「えー!?」
 適当に決まってしまったことにハンマーは驚きを隠せないが、
「自分の身ぐらい自分で守らせろ」
『まぁいざとなったら守ってあげたら?』
 また適当なアドバイスを貰った。ハンマーは複雑な気分だったが、ジノグライはこれっきりだと思っていたから余計に複雑な心境だった。勝手にしろと言うべきではなかったのだろうが、訂正も面倒なので諦める。
『そういえば、まだ名前を聞いてなかったね』
 通信機越しにジバが言う。
『私の名前はジバだよ』
「僕はハンマーって呼んでね」
「……ジノグライだ……お前は?」
 名前を聞かれることで、一人前になれたような気がした。とびっきりの笑顔で答える。

「ミリティーグレット・ユーリカ……ミリって呼んでください!」




*To be Continued……