SEPTEM LAPIS HISTORIA 009- いっぱいのトーストに砂漠色の未来図をトッピングして
「この世界の人間にも属性ってのはあるよ」
「電波みたいな?」
兄妹の会話をシエリアはのんびりと見つめる。
「いやほら、魔術を使う時ってさ、凍らせたり焼いたりテレポートしたりでは全然さ、ほら性質が違うワケじゃん?」
「そりゃあまぁ……」
「やっぱりこういうのも物好きな大人がいて、ガイドラインみたいなのが決まってるわけよ」
「ふーん」
「基本的には『炎』『水』『風』『地』がメジャーな魔術属性だね、それぞれを補佐するかたちで『雷』『氷』『草』『鋼』っていうのがあって、これらの理から外れるかたちで『闇』『光』がある」
「へーぇ……」
「基本的にはどんな属性の人でもバトルにおいてダメージって通るんだけど、やっぱり有利不利みたいなのはあるわけよ」
「……」
「で、君の属性は……なんだっけ」
「ぐー……」
「おい」
つまらない長話に飽きて、ミナギは机に突っ伏したまま昼寝をする。おやつを食べ終わり空腹が満たされ、丁度眠気が支配してきた頃だった。すやすやと寝息を立てる彼女を起こさないよう、ジバは席を立った。モニターには青空とフライハイト草原が映る。三人の姿もそこにあった。
「一件落着?」
「そうみたいですね」
ヒソヒソ話でジバとシエリアが会話を続ける。
「基地に潜伏していたマールスっていうのがマザーコンピュータを兼ねているという説が正しいなら、この付近一帯の機械兵団の動きは全て停止できているはずです……ERTは多分対象外でしょうけど」
「アレ多分タダの『モノ』だからなぁ……遠隔操作の範囲外にあっても全然おかしくない、警戒する必要がある」
「それはそうと、帰って来るみたいですね……『あの子』を連れて」
「どんな子なんだろうねぇ、活発で良い子そうだけど」
「お話を色々聞きたいですね」
噂をすれば影、とはよく言ったもので、
「ただいまー」
「……帰ったぞ」
「おジャマしまーす!」
三人分の声が玄関先に響く。ミナギが意識をぼんやりと取り戻した。
「それでですね、私がコンテナの中に入れられたのは、この辺りを、旅行、していた……むふ、頃、んんん……でした」
「へー……」
「食べながら喋らなくても」
「相当おなか空いてたみたいね」
ミリの声は、詰め込めるだけ詰め込んだパンによって塞がれがちになっている。ジノグライとハンマーはテーブルの傍で軽口を叩きあっていた。やれ動きはどうだったの、遠目から見てもダサかっただの、色々言われているジノグライにも反省すべき点は色々あったので、反論はしない。ジバとシエリアはミリの話に聞き入っている。
「ぐぐぐぐ……」
「詰まってるし」
「水ありますよ!」
「ふー……」
咀嚼してどうにか飲み込んだ。安堵の溜息が思わずミリの口から漏れる。赤くなった顔が元に戻った。
「ああ、失礼しました……」
「続き教えてよ」
「どこまで話しましたっけ……」
小首を傾げる。
「あぁ!そうそう……」
コップに注がれていた水を一杯飲んで、話し始める。
「この私は観光が趣味なんです。色んなところに旅行に行ったり、それを写真に撮ってみたり、旅先の美味しいものを食べたり……色々な世界を見てみたいんです」
「ふむふむ」
「私が攫われたのは、このイニーツィオの街に着いてすぐでした。列車を利用してこの街まで来て、しっかりとしたいい街だな、って」
「それは……どうも……でもしっかりとしているって何だろうね?」
妙な表現にしばし困惑する。
「でも、この街を散策し始めてすぐの頃でした……突然機械でできた人に羽交い絞めにされて」
「!」
「それで、なんか……ガス?みたいなのを道の裏手で嗅がされて……あとはよく覚えてない……かな」
「むむぅ」
「ガス……ということは手荒なマネはしたくなさそう、ですね」
「コンテナに突っ込まれたあとのことは覚えてる?」
「うーん……正直記憶が曖昧で……でも薄暗い……いや、コンテナの中は満足に光源も無くて殆ど真っ暗闇でした……辛うじてコンテナの継ぎ目から見えるライトの灯りぐらいで、それも頼りないんですけどね」
「んん……」
「でも目覚めてからすぐに、ジノグライさんが見つけて、ハンマーさんが開放してくれたので、」
ちらりと二人を見た。
「だから、あの二人には、ありがとうって何回も言いたいです」
「おーう、言ったれ言ったれ、ジノグライが恥ずかしがりそうなぐらいにね」
あはははは、とミリがからから笑う。
「素直に笑うと可愛いですね」
意外にもシエリアがそう言った。結局ミナギはソファーに寝っ転がり、すやすや眠りこけている。
「で、ジノグライよ」
「ん」
「これからどーすんのさ」
「……」
ついてきた通信機が、ジバとジノグライの近くにふわふわ浮かぶ。
「街の怪異は、ERTを除けば殆ど収束したし、君はこのまま帰ってきてもいいぞ」
「……そう言われたくねぇんだよ」
「……ほう?」
「強い奴と戦って、強くなりたい」
「それがあーたの望みかいな」
「そんなところだ」
「強さばっかり追い求めて何になるってんのさ」
「相手は機械でも人間でも構わない、だが、命を賭した駆け引きは何よりも楽しい……それだけのこと」
「ふーん、じゃあ?」
「……気づいてるだろ?」
「……まぁね」
ジバとジノグライは話し終えた。部屋のラックの中から、昨日の新聞を引っ張り出す。
「ほれ、この面見てよ」
一面にはイニーツィオの街のこと――窃盗犯逮捕のニュースや、魔術による決闘の地区大会の開始を告げるニュースなど――が書かれており、ぱらぱらと数枚めくると、そのニュースは見つかった。
「なになに……『ノックス北部の町、謎の柱の襲撃』……ねぇ」
「わかる?この街の事例と酷似している」
「多分そういう町の近くには、敵さんの前線基地とかあるんじゃねぇか」
「どう思う?」
「俄然興味が湧いた」
「やっぱり……」
ジバは溜息を吐く。
「でもノックスっていったら砂漠の街、その近くの集落……砂漠は見晴らしがいいにせよかなり苦労するんじゃない?学校とか大丈夫なん?」
「お前……俺が学校に行ってないの忘れてるだろ」
「そういやそうだったわ……」
「それにお前、仮に通ってても春休みだろうが」
「ぐぅ」
「だから数日家を空ける」
「許さん」
「マジで許してなかったら」
ジノグライがデコピンで隣に浮かんできた通信機を弾く。
「こらこら」
ジバは彼を止めるが、
「こんなもの作ってないだろう?」
そうやって言い返される。
「まぁそうだけどもよぉ……」
「心配すんな、どーせくたばらねぇから」
「そうあって欲しいものだがな」
隣で市販のクッキーをサクサク食べていたハンマーとミリ、ミナギは、どうやらすっかりと仲が良くなったようだ。
「で、結局」
すっかり別の街に行く気まんまんな三人は、既に玄関先に出ていた。
「余裕が無いって感じたらすぐ戻ってきてよ、いざとなったら妹に超長距離移動の魔術を行使させて連れ戻すから慌てなくていい」
「そりゃー安心だ」
感情の無い声でジノグライが答える。
「あと、ここから砂漠までってかなり遠いけど、問題ないの?」
「問題ないだろう、脚さえ無事なら」
「問題なのはその脚が潰されちゃったらどうすんだってことなのに」
「……」
「考えなしか」
「いざとなったら僕が背負うから問題ないよ」
朗らかにハンマーが口を挟む。
「なるほど、なら安心だね」
「私も役に立てるように頑張ります」
「……二人はなんで旅に出たいんだい?」
二人は暫し黙る。やがて、
「ジノを放っておけないから?」
「世界をもっと知りたいからです」
それぞれの理由を確認したジバは頷く。
「じゃあ……一個だけ」
ジバは人差し指を立てる。
「ミリちゃんは春休みが終わる前にきちんと冒険を終わらせること!」
ふ、と息が漏れた。
「あははははは!」
大声をあげて笑ったのはミリだ。
「春休みは始まったばかりです、きっと問題ないですよ」
「だといいけどね!」
「いやー、それにしても……よく笑うようになったなぁ」
「だってまるでジバさんの言い方がお母さんみたいなんですものー」
「おか……っ!!」
「あははははははは!」
ハンマーの笑い声が重なる。こうなると言っても無駄だと分かってるから、ジノグライは頭をポリポリ掻いて、「ジノと呼ぶなって」と呟くだけに留めた。
「おか……あさん……」
それをよそに、かなりショックだったのかジバはぷるぷる震えだしている。
「いってきまーす!」
最後にハンマーの声が響いて、玄関のドアががちゃりと閉じられた。
「やーれやれ……」
椅子にジバは腰を下ろす。シエリアが話しかけてきた。
「気持ちのいい子でしたね」
「全くだな……あの子ならなんとか支えてあげられるかもな、アイツを」
「んー……」
言いよどむ。
「なんかよぉ……ジノグライの奴、生き急いでる感じがしてね、ちっと不安なんだね」
「あー……」
「アイツのことをきちんと支えてあげられる人間が、アイツには必要なんだ……今の状況なら、特にね」
「……」
「……」
二人して黙り込むと、頬に両手をあてて唐突にジバが喋った。
「これが……子離れの出来ない親の気持ち……!?」
「ジバさんは拾ってきただけでしょう」
「さっさと仕事に戻りなさい、あと気持ち悪い」
「妹よ起きてたのか」
「監視なら私たちがしてますからー」
「ふぁい……」
トボトボと階段を上がって、ジバは自室へと戻っていく。
「ってぇ……」
青年の声が響く。その主の纏う衣服は、周りの緑とはあまりにも不釣合いな真紅だった。
「むぅ……この辺は茨なんかが張り出してて先に進みづらいな……」
そう言うと、腰からレイピアを取り出した。茨に囲まれた道をざくざくと繊細に切り開く。
「犠牲は最小限でいいんだ……最小限に……」
切り損ねた茨に鉢巻きが引っかかれば、
「ふんっ!」
鉢巻きを茨から引っぺがし、ソキウス・マハトは進んでいく。
「バイクが使えないっていうのはなかなか大変かもな……」
そのツアラーバイクは、エンジンが切られてソキウスの傍らにあった。
彼は、森の中に居た。イニーツィオから一つ街を抜け、機械兵団の襲撃をかわし、住民や街を守るために数体を破壊した。その後なりを潜めるように森の中へと逃げ込んだが、いつの間にか獣道へと入り込んでいたらしい。彼の信条として、森を切り開いて進むことは許せなかった。
だから、面倒でも茨を裂く程度に留め、バイクは押して進んでいる。邪魔な木々を全て焼き払えるだけの魔力があるにも関わらず、である。
「でも」
考え直す。
「自分で歩くのはなかなか楽しいし、何か見つかるかもしれない」
ソキウスはポジティブな男だった。だからこそ実力の差があるジノグライとも毎度毎度戦ってきたし、この状況下でもへこたれないで済んだ。小川を跳び越し、茨を避け、ツアラーバイクを抱えながらソキウスは暫く歩く。
暫く歩くと、潮の香りがしてきた。
「これは……」
木々の間から陽光が差し込む。それが見えたとき、ソキウスは思わず駆け出していた。それでも周りの植物を極力傷つけないように、ツアラーバイクも押しながら、でも心が逸る。
そして、木の間の光と見ている景色が同化したとき、
「ほーぅ……」
ソキウスの目の前には、水と共生しているような街の景色が広がっていた。
街の中に川が流れ、ボートを使って様々な貨物や人が行き交う。石畳の街路や、古ぼけた街灯が独特の雰囲気を醸し出している。真昼時よりも過ぎた時間帯だったが、まだ街には多くの人が溢れ、賑わいを見せていた。
まだ舗装されてない道をソキウスは歩く。石畳の密度は次第に増していき、やがて一本の道になる。それはあたかも、遠路はるばるやってきた旅人と、地元の人間の交流を表す縮図のようだった。ソキウスは、ふっとそんなことをぼんやりと思う。どこかでマーケットをやっているのか、パンの香りと果物の匂いがする。
「バイクで走り甲斐のありそうな良い街だな」
潮風に吹かれながら、ソキウスはそんな事を呟いた。バイクに跨る。潮風が、もう一度彼の巻いている鉢巻を強く揺らした。
*To be Continued……