雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 011- 夕刻への扉

「……」
「……」
「……」
『……』
 そこにいた四人、いや三人と通信機越しの一人の意見は、「よくできすぎている」という点において一致していた。
 日が傾きかけたウィリディスの街。山吹色の陽光が辺り一体を優しく包む。その西端にその森はあった。鬱蒼と茂った森は、一分の隙もなく植物が繁茂しているように見えてはいるが、あの男性が言う通り突っ切れそうなところを探していると、ちょうど人ひとりが入れそうな木々の隙間が、果たしてそこにぽつねんと存在していた。ちょうど、誰かが通り抜けることを前提として作られていたかの如く。あるいは、既に誰かがここを通り過ぎた後の如く。
「……虫が良すぎると思うんだが」
 口を開いたジノグライは当惑した口調で言った。
「あのおじさんが関与してる……のかなぁ?」
「ありえなくはないけど……そうすることでどんなメリットがあの人にあるんだろう」
「そ、それは確かに」
「罠ということもあり得るが……」
「……」
『でもさ』
 通信機越しの声が割り込む。
『もうすぐ日が暮れるから、それまでに着きたいんだったら、無理を押し切ってもいくべきだよね』
「……戦闘では確かに不利だ」
 ジノグライは首肯する。
「向こうはどんなセンサーや通信機器を使ってこっちをサーチしてくるか分かったもんじゃない、対して俺たちには人間の目しか無い……暗闇の中ではどうしても不利になる」
「そんなものなのかなぁ」
 例え自分勝手な理屈でも、納得してしまえばジノグライは行動する。
「あっ」
 ミリが見ている目の前で、ジノグライは空いている隙間からずんずん森の中に分け入っていった。
「……」
「昔からこうなんだよね」
 困ったようにハンマーはミリに笑いかける。
「自分が納得したら後先考えないで行動するから……」
「……」
「ついてきて」
 そう言ってる間にも、分け入っていくジノグライの姿と通信機はどんどん遠くなっていく。二人は慌ててあとを追った。
 前を行くハンマーの目は、怯えているようにも、呆れているようにも、ミリには見えた。

「……ますます怪しい」
「自分から突っ込んでいって今更何を」
 三人と一機は森の中に分け入っていく。奇妙なことに、三人の着ている服はまだ傷もほつれも、新しくほとんどつけられていなかった。森の中に分け入るなら、茨やツタでついていてもおかしくない傷だった。
「怪しすぎる……」
 ジノグライがぶつぶつ呟く。
「最初から誰かが通ることを想定して森が切り開かれてるようだ……!」

 三人と一機が通っている道は、人ひとり分が通れるだけの穴を保持した状態で、分かりにくいが森の中を貫通していた。故に縦になって並んで歩けば、繁茂した植物が進行を妨げる恐れは無い。明らかに誰かが開発を加えたあとだったが、森林の伐採ならもっと大々的にやるだろうし、不自然だし理不尽だった。だがその理不尽さは、図らずもジノグライたちへのプラスとなっているのは間違いない。
 怪しいと何度も呟き、ジノグライはそのうち黙りこくった。しかし、刺客もトラップも、どこにも出現することがなかった。地雷のようなスイッチも、細いワイヤーで設えられたブービートラップも何も無かった。だが、通信機は小刻みにノイズを受けている。ハンマーは通信機の向こうのジバに聞いてみた。
「どっか通信機の具合でも悪いんです?」
『いや……大したことじゃないけどここまで複雑怪奇な森の地形だと電波が届きにくくて……今見てるモニタも何だか砂嵐ちょっとかかってるし』
「ふーん……あれ?」
 しかしハンマーははたと思い当たった。
「じゃあなんで地下にいたときは明瞭にサポートできたんですか?」
『あー、気づかれないようにちょっとだけ天井に穴あけて来たんだよ』
「……」
 バリアを張るだけでなく攻撃もできたのかとハンマーは思った。
「ひょっとして僕らが戦わなくてもいいんじゃ……?」
『いやその理屈はおかしい』
 答えたジバは続ける。
『そっちは怪我人とかいない?』
「おかげさまでー」
 ミリも答える。
「でも全然刺客が来なくて拍子抜けしてるんです」
「それでジノグライは軽く困惑してるんだ」
『あいつらしいなぁ……』
 三人の輪に、その話題の主は入ろうとしない。話しながら、目の前の小川を全員が跳び越した。
『でも警戒は怠らないでね、待ち伏せとか絶対してると思う』
「ん……」
「ジノ?」
「その名で呼ぶなよ」
 ジノグライが落とした視線の下に、赤い布切れがあった。周りの黄昏に染まった緑とは不釣合いなほどの真紅が目に焼きつく。
「鉢巻っぽいよね?」
 ミリがそのワードを口にした瞬間、
「……えぇいクソッ!」
 その声と共に、ジノグライは足場が悪いのも構わず空いた森の中の間隙を縫うように駆け出していった。
「待って!」
「追うよ!」
『ありゃー』
 そして全員で森の中を駆け抜けていった。そしてハンマーが少しよろめいて転びそうになる。


 暫く走ると、潮の香りがしてきた。
 木々の間から、赤い光が少しずつ差し込んできた。ミリが駆け出す。ジノグライを追い越し、二人は後を追う。
 そして、長い森を抜けた先には、
「うわあーっ!」
「わぁ……」
「……」
 目の前には、水と共生しているような街の景色が広がっていた。
 街の中に川が流れ、ボートを使って様々な貨物や人が行き交う。石畳の街路や、古ぼけた街灯が独特の雰囲気を醸し出している。時刻はほとんど夕刻で、そろそろ日没の頃だった。人通りは少なく、寂れた雰囲気が漂うような街である。
 石畳が覆う道に辿り着き、新天地を見つけた航海者のような気持ちで、ミリは機嫌よく道の上でステップを踏む。背中に背負ったリュックサックが、跳ねるように動いた。ハンマーとジノグライと通信機があとからついてくる。
 一行は、日没までにマルシェの街に無事に辿り着いた。
「海の匂い……これが海の匂いなんだね!」
「海水浴とか行ったこと無いんだ?」
「寒い所に住んでて……そもそも旅行って子供の頃からそんなにしなかったし、その反動で今はこんな感じになってるのかな?」
 眩しい笑顔をこれでもかと輝かせて、大きな声でミリははしゃぐ。
「きっとこの先に海が広がってるんだよ!街の端まで行ってみようよ!」
「待ってよー!」
「こんなにステキな街なのに待てないよーっ!!」
「随分長くかかりそうだがな……」
『だよね』
 今度はミリが駆け出す番だった。夕焼けに染まる彼女の身体が軽やかに跳ね、潮風の吹く方向へ走り出す。その姿はあっと言う間に小さくなり始め、やれやれと息を吐きながら二人をミリは追いかけ始めた。

 マルシェの街は、ともすれば秘密基地や要塞と間違えられそうな街でもあった。様々な所に小さな路地や階段があり、迷路のような道をしているだけでなく高低差もそれなりにある。だから人はよく迷うし、目的地に辿り着かないことにイライラする人もいた。空中を浮遊してマルシェの街を散策したり移動したりする人も少数だが居た。それでも石造りの建物や町並みは、たとえ街のどこに居て何をしても、お洒落な景観を作り出すとして非常に人気の高い観光地となっている。いざやってきてから踏破の難易度に目を剥く人も少なからずいるようだった。
 そんな癖の強い街を、三人は走り抜ける。人が少ない夕焼けの街を舞台に、潮風を頼りにしてミリが海を探していた。通信機は『今夜のお宿とか探してみる~』と言って、別行動を取っているはずだ。
『お金の心配はしなくていい、私払うし』
「そりゃあどうも」
『あとこれ持ってなさい』
 その途端、指先程度の大きさの金属片がハンマーの手の中に転がり込んできた。
「なにこれ?」
『それを持ってると君たちの位置を私が離れてても知ることができるようになるから』
「へぇー」
 という会話を交わしたあと、通信機の姿はどこかへと見えなくなった。
 そんなことをハンマーは思い出す。ミリは相変わらず先頭に立って、二人を置いていきそうなほど進んでいる。
「この街って随分へんてこりんなんだねー、良い意味でだけどー」
 そう言いながら、ミリは後ろを振り向きながら石畳の上を跳ねる。
「待ってミリちゃん、危ないよ!」
「へ?」
 鈍い音がした。

「きゃッ!」
「うわっ」

「あぅう……」
『大丈夫?救急箱とかならあるよ?』
「いや、平気です」
「いっちちちぃ……」
「あっ……」
「あっ」
 ハンマーのものでも、ジノグライのものでもない、かといってジバのものでもない、フランクな声がミリの前方から聞こえた。
 目の前には、少年が仰向けで倒れこんでいた。少年と言う割には、ミリと大体同年代程度の雰囲気だった。背はこの年頃の男子にしては少々低めだろうか。細っこいが締まった身体をしている。薄手の白い長袖シャツを着て、下半身はカーゴパンツを履いている。ストレートな黒髪で、目を引いたのはそれを包む、彼が頭に巻いているバンダナだった。海の色を映すような、とても鮮やかな蒼色のバンダナだった。そして、その少年の後ろには、
「……」
 無愛想な雰囲気の幼女が佇んでいた。こちらは薄めの生地の白い半袖シャツを着て、硬めの生地でできたハーフズボンを履いている。彼女は金髪で、どうやら髪の癖が強いのか、ロングヘアーの端っこがくるくると緩くカールしている。そして、鼻の頭の部分には、そばかすが残っている。こっちに視線をよこしてくる。どことなく、睨まれてるような気持ちでもあった。
「大丈夫ですか!ごめんなさい!」
 そう言ってミリは少年の手首を掴んでぐいと引き上げる。少年の上体が起こされ、ミリと少年の目が合った。
「いやいや、いいんですよ……それでは……うん?」
 話題を切り上げようとした少年は、ミリのリュックに目を留める。
「旅の人?」
「そうですけど……」
 ふぅむ、と少年が唸る。
「今夜は遅いからもう外をうろつくのは危険でしょう、僕の家にあてッッ」
 気が付いたら後ろに立っていた少年の脚を、幼女の回し蹴りが襲う。対面してから二度も痛めつけられてしまったこの少年を、ハンマーは若干不憫に感じ始めていた。
「何するんだよ! 痛いじゃないかぁっ!」
「リフル兄、ナンパみたいなことはやめたら?」
「いやそうじゃないし! 善意だし! そんでもってアプリル! 『難破』なんて縁起悪い言葉を使わないでよー!」
「……すごく必死だしなんか間違ってるし」
 すっかり汗だくで反論しているリフルと呼ばれた少年と、つまらなそうにしているアプリルと呼ばれた幼女は、一行に会って早々ヘンテコな漫才を繰り出しているが、口ぶりから察するにはどうやらこのマルシェの街の一応住人ではあるらしい。それとなくジノグライは問いかける。
「何の用だ」
「あ、はい……僕らの住んでいる家はこの先のヴァッサー海岸に面している家なんですけれど、こうして会ったのも何かの縁でしょう、困っている人を見かけたら助けるように、って両親にも言われてるんです」
「それで!」
「え、ええ……決してやましい意味では無いんですよ」
「じゃあ……」
「狭いかもしれませんがお代は取らないので、もしよければ泊まっていってください」
「へぇー……!」
 ミリは目を輝かせる。ジノグライは我関せず。口を開いたのはハンマーだった。
「じゃあ……そうしましょうか」
「旅の話とかに興味があるんです!」
「なるほどぉ……でも大して歩いてないというか……まだ始まったばかりって感じで」
「これから……って感じですね」
「うん、そんな感じ……」
 リフルはハンマーやミリとの会話で忙しい様子だった。それを一歩退いた所から、ジノグライは見つめていた。夕焼けで赤く赤く染められた石造りの壁にもたれてぼんやりとしていると、アプリルがこっちをじっと見つめてきた。
「……」
「……」
 アプリルはジノグライよりも明るい蒼い目で、彼の義手をずっと見ていたかと思うと、視線を外し、あても無くそっちをフラフラ、こっちをフラフラし始めた。
「……何なんだろうな」
「ジノグライ?」
「?」
 ミリとリフルがまだ話していた。
「じゃああなたに悪意が無いことを証明してもらうために、こっちからもお願いしていいですか?」
「ぐっ……いいでしょう」
 初対面のくせに、ミリは人差し指を威勢よくビシッとリフルに向ける。
「この街で一番夕焼けが綺麗に見える場所に案内してください!」
「……なるほど……」

「とっておきの場所を知ってますよ!」




*To be Continued……