雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 012- トレントマスター&アタックディレイ

「へぇ!」
「でも……少々濡れますよ?覚悟の上で……いいですか?」
「へぇ?」
 突如として、ジノグライの、ハンマーの、ミリの、それぞれの靴の裏から、水音がちろり、と響いた。
「は……貴様いったい……!?」
 咄嗟にジノグライは義手を帯電させる。
「動かないで!危ないです!」
「なんだ……?」
「よし今だ!」
 止むかと思われた靴裏の水音が、確かなうねりを持ったのはその時だった。
「!!」
 突然、一分の穴すら空いてない石畳から、四本の水流が噴き出した。それらが四人を一人ずつ、力強く持ち上げる。さながらロケットの発射風景のように、水流は四人の身体を上空へと運んでいく。そのスピードはどんどん増し、路地の傍にある塀を越し、家屋の屋根の高さよりも高くなり、遠くに見える尖塔を、目線の下に眺められるようになり、そのとき、ずっとその変化ばかりに気を取られ、ずっと下を向いていたミリはふっとあたりを見回す。
「えっ!」
「うわぁー……!」
 沈む夕陽と、ヴァッサー海岸から繋がるラゴスタ海峡を望むパノラマが、その水流のおかげで一望できた。それは今までミリが見てきたどんな展望台からの景色より、より美しく、そしてより爽やかな景色だった。目に焼きついて離れない橙色の光景を、しばらくぼぅっとミリは眺めていた。
 現実に引き戻されたきっかけは、ジノグライの一声だった。
「これは……この能力は……お前が!?」
「その通り!」
 リフルはしたり顔で頷く。
「僕はこの能力を『トレントマスター』って呼んでまして」
 そう言うと、リフルは左手でポケットの中をまさぐり、奥底から綿埃と毛糸の塊を見つける。
 彼はそれを上に放った。一瞬、その埃たちは橙色の煌きに支配される。その瞬間、ザァッというような音がしたかと思うと、ばらばらのガーネットでできたネックレスのように、水滴が弾けて散った。
 一連の動きをずっと見ていたジノグライは、極細の水流がゴミを弾いたのだと知る。でも、解せないことがあった。
「馬鹿な!? どこから水流が……」
 あたりを見回しても、水流が発射されるような水源はどこにも見当たらず、ただただオレンジ色の空気が広がっていた。ジノグライの脳内にひとつの解が思い浮かんだ。
「まさかこの水流は……」
「そう……まぁ隠してても仕方ないことですけどね」
 リフルがにこやかにジノグライを見る。
「その能力なんですけど、『急流に限り、水の塊を呼び出すことが出来る』っていう能力なんです! そう……丁度今のように皆を持ち上げている水流も」
 ぐらつきも無く、正確に路地に対して垂直に吹き上げている水流は、確かに相当不自然で、見ようによっては気持ち悪かった。もっともそのお陰で体勢を崩さなければ、四人は水流の上でも立っていられた。アプリルはやはりどこか呆けたように、水流で宙に浮かんだ四人を見つめている。
「僕の能力で皆を空中に打ち上げているんです」
「なるほどな……」
「そして『急流』という条件があるならッ!」
 言葉尻で力んだリフルが、片手を大きく伸ばす。それに平行するように、
「ひゃあぁッ!!?」
 ミリの身体がぐらりと傾ぐ。リフルはそれに合わせてソツなく水流の方向を調節した。
 彼女の驚きの原因は、まるで夕立を真っ逆さまにしたような激しい水の流れにあった。よく「バケツをひっくり返したような」と形容される大雨が、地面ではなく空に向かって降ってきたような、そういう印象の細かな幾千幾万の水流たちが、視界の下端から猛烈な勢いで上空に吸い込まれるかのように流れ、千切れ雲の中に飛んでいく。三人は、それを首が痛くなるほど見つめていた。
 だが、水流はいつまでも空に吸い込まれない。既に夕刻の朱色に同化したかに錯覚する高さまで水流が立ち上ると、支えを失ったように水流たちは次々と今度は本当に夕立のように、容赦なく四人の上に降り注いだ。
 降り注いだが、それらが四人と、下で待っている一人の身体を容赦なく濡らすことはなかった。だぱだぱだぱだぱだぱだぱ、と、その水流たちが重力を上乗せして激突する音が、彼らの上からした。
 丁度傘のように、ミリが腕から伸ばした薄い氷塊が、四人の身体に陰を作っていた。
「……アフターケアは怠らないでくださいね」
「ごめんなさーい」
「一応乙女ですから!」
 ミリは氷塊を瞬時に端から消滅させ、水流が作り出した滴の存在すら無かったことにした。
「では」
 その声と共に、リフルが指を鳴らす。
 すると水流の流れは少しずつ収まりを見せ、徐々に四人は地上へと戻っていった。先ほどのことがあったから、心なしかリフルの対応も紳士的である。完全に地に足がつくような高さまで帰還したとき、あれほど流れ出していた水流の源泉は、陰も形も無かった。
 思い出したようにリフルが口を開く。
「どこまで話しましたっけ……あぁそうそう、つまり『急流である』という条件が付与されれば、僕の能力で作られた水流はどこからでも、水源を使わずに発生させて、空中に流すことができるんです!」
 水源が無いのを不思議がって地面に目を向けたままのハンマーがリフルのほうを向いた。どうだどうだと、幼さの残る顔立ちでリフルが痩せた胸を張る。
「なるほど……それは優秀な能力だな」
 『特殊能力』は天賦の才だ。リフルという少年は、とにかく急流を扱うことに長けた少年なのだろう。物思いに耽る様子も無く、ミリはリフルに話しかける。
「ありがとうございました! お陰で綺麗な夕陽が見れました!」
「いえいえ、これで僕に悪意が無いことが証明されたでしょう?」
「というか疑ってごめん、と謝るべきなんだろうね」
「ところでさっきから気になっていたんだが」
「はい?」
 ジノグライが、その義手でアプリルを指差す。

「あ、アプリルですか」
 名前を呼んでも、アプリルは全く無頓着な様子である。それどころか、ぷいとそっぽを向いて、向こうへテクテク路地を歩き出す。
「あの子は僕の遠い親戚なんですよ、僕らは髪の色が違うんですけど、目の色がちょっと似てるんです」
 リフルの瞳は、爽やかな海を映すような青色をしている。さっきちらと見えたアプリルの瞳も、同じような青色をしていた。リフルはこっちに背を向けて、再び語りだす。
「それで、彼女はひどく無愛想で人見知りというか……」
 その言葉は最後まで言われることは無かった。そんなことばかり言っていたリフルの背中に、鋭く衝撃が走る。
 衝撃の主は金髪を持っていた。そしてそのチョップがリフルの背中を叩くのと同時に、彼は前につんのめった。つんのめった、その先だった。
「!?」
 つんのめったリフルは、チョップを一発だけもらったのに、更にチョップを食らったかのように背中に衝撃が走ったモーションを見せた。しかも二度だけではなく、等間隔で背中に衝撃が入っていく。系六回の衝撃を加えられて、リフルは背中を何度も打ち付けられて、ついに路地に転がった。ぐぅ、と情けない悲鳴をあげてリフルはうつ伏せに倒されていた。
「……アプリルさぁ」
「……なーんでネガティブな私のことばかり言うわけ?」
「悪かったよ、悪かったから『特殊能力』で攻撃するのはやめて……痛い」
「ふーんだ」
 アプリルはそっぽを向く。
「『特殊能力』?」
 ジノグライが質問する。
「彼女の能力なんです……いててぇ」
 リフルは腰をさすりながらゆっくり起き上がる。悲しいかなぎっくり腰を労わっているようにも見える苦悶の表情を浮かべていた。年の頃は恐らくミリと同じはずなのだろうが。
「『アタックディレイ』と皆呼んでます、彼女の能力は……うーん『衝撃の分配』って言ったら分かりやすいですかね?」
 ぽりぽり頭をかいてリフルは説明を始める。
「例えば、『6』っていう数字がありますよね?」
「……?」
「これを、彼女の与える『チョップやキックの衝撃力』とします。彼女が出来ることというのは、『6』を『3+2+1』や『2+2+2』、『1+1+1+1+1+1』に分配できる能力なんですよ……もちろんそのままでもいいんですけど、数回に分けて衝撃を等間隔に分配することができるんです」
「ふむ……」
「今腰に来たのもそういう衝撃です……何回も分けられると対応も困りますもんね」
「なかなか有益な能力だな」
 ジノグライは分析する。
「だからなんか苦手と言うか……彼女は自分から友達を作りたがらないというかそんな感じです、僕以外の親族にもあまり懐かなかったようで」
 昔のことをを思い出しながら、リフルが話す。
「……ひょっとしたら、アプリルの友達になってくれたり……なんて?」
 リフルはもごもごと口の中で言った。その言葉は、三人にもアプリルにも聞こえなかった。彼は彼なりに、彼女のことを心配していたようだが、例えその言葉がアプリルに届いたとしても、ひねくれ者のアプリルにはどっちにしても届くことは無いだろうな、とリフルは半ば諦めていた。
 紅にその色を変える空が、徐々に彩度を失っていく。

『あー……なんでこんなに広いのさ』
『あの子達のためでしょう?』
『あぁー……まぁー……ね』
 ジバとシエリアの会話が、一機で行動している通信機から薄く聞こえていた。
『いやーでもさぁ……好みのホテルってなかなか見つからないもんだねぇ』
『何ですかまるで自分が泊まるみたいな言い方は』
『ハッ! 今気づいたが私はそんなホテルのベッドで眠れないのでは……!?』
『……わざとですか』
『何が?』
『旅行する気マンマンすぎると思うんですけど』
 通信機を、通行人が遠巻きに眺めては去っていく。
『いや、なんか、気分だけでも』
『まぁマルシェの街綺麗ですもんね』
『ああああああああああああッッッ!』
『落ち着いてください』
『モニターとにらめっこして監視するの飽きた!』
『そんな事言われましても』
『私だってマルシェで一夜を過ごしたいよ!』
『また後から来ればいいのでは……』
『……なるほど』
 通信機の向こうから、ひらめいたように拍手を打つ音がぱん、と響く。
『全部終わったら旅行に行こう! できれば私一人で』
『ところであの子達はどこでしょう……』
『遠隔通信機は授けたはずだから、探しに行こうか』
 そう言って、通信機はジノグライたちに預けた遠隔通信機の下へ、惹かれるように浮遊していった。

「じゃあ今日はリフルっていう人の家に泊まることになったから!」
『……あー』
 歯切れ悪くジバが応える。
 あまり素早くは動けない通信機は、割と長めの時間をかけてリフルの家まで到着した。簡素だがそれなりに大きく、すっきりとした外観の石造りの家だった。表には、既に五人が集結して、雑談に興じていたりした。
『普通にホテルとかでも良かったのよ?』
「いやいや別にいいですよ」
「そしてその希望はお前のだろ」
『ギクッ』
 本心を見抜かれて、ジバは沈黙する。
「そういえばさぁ」
 ハンマーがジノグライに問いかける。
「明日はどうするの?もう外は暗いし今日はここに泊まるんだろうけど」
「……明日か」
 ジノグライは呟く。
「とりあえず明日はラゴスタ海峡を渡ってアネモス諸島を抜ける必要があるだろうな……それらを午前中にできればノックスにも充分辿り着けると思う、先は急いで損は無いだろう」
「のんびり進むのも悪くは無いと思うけどなぁ」
 ハンマーはそっと呟いた。
「この街のごはんさぁ、なんかすっごく美味しそうだから食べ歩きしたいなって思って!」
「それは一人でも出来るだろうに」
 相変わらずジノグライは素っ気無い。
「俺は明日はとにかくラゴスタ海峡を抜ける、それだけだ」
「あーいかわらず容赦がないというか貪欲というか……」
 ハンマーは数年の付き合いの、一応は友人である所の青年に向かって溜息をつく。
「そんなんじゃすぐ抜け毛が深刻な問題になっちゃいそうだね……ふふ」
 自分の冗談に自分で笑うハンマーに、今度はジノグライが溜息をつく番だった。
「俺は相手が誰だろうと、邪魔する奴は捻じ伏せるだけだ……そして俺は自分のやりたいことをやってるだけだ」
 すっかり紫紺に染まった空を睨んで、自分に言い聞かせるようにして呟く。

「俺は勝つ。絶対に」
 呟いてから、リフルの家の扉が開いて、二人を呼ぶ声が聞こえた。




*To be Continued……