雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 013- 真夜中と夜明けの狭間で

 あてがわれた布団は簡素で、それでも清潔だった。もちろん人数分が用意されている。
『私の分は無いのかよぉ!』

 結局リフルの家に泊まることになった一行は、事情を彼の口から彼の両親に説明してもらうことにして、布団を用意してもらった。しかし、それでも旅の目的を誤魔化しきれない相手がいた。他でもないリフルである。
「これからどこに行こうとしてるの?」
「そうだね、海を渡る必要があるんだよ」
 話すのは専らハンマーの役目だ。嬉々としてリフルが投げつける質問を丁寧に受け止めているうちに、二人ともすっかり会話の口調が砕けている。ちなみに本来の目的に関してはうまくかわしている。まさか彼だって、一行が大陸を超えた探偵ごっこに身をやつしているとは思っていないだろう。
「僕らの旅はまだ始まったばかり!」
「僕達の旅はこれからだー! みたいな?」
「そんな感じ?」
「かっこいい!」
 その会話の中身は無いが、それでも打ち解けるための会話にはなっていた。そんな会話を、ミリは苦笑いしながら聞き、一方ジノグライは早々に通信機から転送された寝間着に着替えて布団に潜っている。起きてはいるらしい。
 すると、出し抜けにリフルが語り始めた。
「実は僕、潜水艦の操舵ができるんです!」
『潜水艦!!?』
 色めき立ったのは通信機越しのシエリアだった。
「いたんですねー」
「え、この人誰?」
「教えて無かったですね、シエリアさんです、優秀なお医者さんですよ」
『すごいー……潜水艦の操舵ってだいたい人が複数人いないと出来ないのに』
「マルシェの街には一人操舵用の小型潜水艦が普及してますよー」
『カルチャー……ショック……ッ!!』
 彼女がよろめく姿が、ハンマーには見えるようだった。
「それでね、潜水艦にみんなを乗せて海中を案内したいなって!」
「いいねー! 賛成!」
『……五人と一機も乗れるのか?』
 今度はジバの声が割り込む。
「大丈夫ですよ、ちょっと狭いけど……」
 ぼそぼそと答えるリフルの様子から、乗り心地の良さは捨てる必要があるとジノグライは遠巻きに分析する。どうせ言っても引っ張り回すんだろうと思うと、抵抗は無意味だと思えた。だからせめて明日に備えて寝ようとするが、ひそひそ話は尽きなかった。どのみち灯りが点いているなら、安眠を今のうちから得ることは難しいだろうと判断する。
「というかジバさんの通信機は海中に潜ったら使えないでしょー」
『……うぐぅ!』
 声が詰まる。電波は届かないが、海中からの景色は通信機越しの面々だって見たいはずだ。
「でもなぁー、光が届かないと海中ってまーっくらだと思うんだけど……」
「あまり深くまで潜らなければ素敵な景色ばかりだよ!」
「なるほど……」
 そうしてふっと会話が途切れると、ミリの双眸はここに居ない人間の影を探す。
「アプリルはどこに?」
 少しリフルが声のトーンを落とす。
「……あの子、実は人見知りだったりするから……」
「バレバレだったけどね」
「だから緊張してるのかな」
「あの子の部屋は二階にあるんだけどね」
「結構近寄りにくいところあるけどねぇー……」
 リフルは僅かながらに顔を曇らせる。しかし、次の瞬間には何度も見た屈託のない笑顔で、
「あの子は他人と関わるのが苦手なだけだと思うんだ、だからハンマーやジノグライさんたちの冒険を見て、何かを糧にできればいいなって」
「そんな御大層なもんじゃねぇよ」
 ジノグライが、他人にも聞こえるか聞こえないか程度の音量で、ぼそりと呟く。実際、彼は戦えれば何でも良い。暇になったら、リフルとも一戦交えようかと考えていたぐらいだった。
 その辺りを分かっているから、あえて何も言わない。リフルだけは違った。
「色んな世界の綺麗なものや人に触れて、アプリルの心が開くきっかけになったらいいなって思うんです」
「……」
 反論は野暮だと思ったのだろう、ジノグライは口をつむぐ。リフルの口調も、まるで「そうあってほしい」というような調子だった。
「……」
 重たい空気から、またポツポツと雨が降るように会話が増えていく。諦めたように、ジノグライは頭から布団をかぶって、そのまま微睡みが来るのを待った。


 真夜中。
 この家の住人は、三人のうち二人が、未だ寝入っていなかった。
『それじゃあ今日はこのへんで!また明日!』
「はいよ、寝不足にならないようにね」
『……心配だね』
『心配だ』
 ぷつん、という音と共に、通信機の向こうからの声が切れる。結局真夜中まで、三人はずっと喋り通しだった。
 そんな状況を、ひとまず満足したように頷きつつ、通信機の向こう側のジバは受け止める。
 その横には、のびているシエリアがいた。そしてそこからソファによろよろと這い寄るさまはまるでカタツムリだった。
「ぷ」
「なんですかぁー……」
 そんなたとえを思いつくと、ジバは噴き出すのを抑えられなかった。よく見ると、彼女の眼の下には隈が出来つつある。どうやら今の今まで地下で作業を行っていたらしいが、ようやく一山越えたようだった。
「で、出来たんだね?」
「はいぃー……」
「……なんというか、返事をするだけでつらそうね」
「う、その通りですー……水を一杯ください……」
 飲むことすら忘れていたようだ。備え付けのウォーターサーバーからコップに水を汲み、シエリアに手渡す。一気に飲んだ。
「では……」
 シエリアはソファに倒れこんで、そのまま瞬時に眠りこけてしまった。なお、ミナギはとっくに移動して、二階の部屋で休んでいる。
「あーぁあー」
 ジノグライとハンマーを養うための仕事こそ請け負っているものの、基本的には自営業をしているジバは暇人と化す。そこでふと思い出したように、ジバは地下室への階段を下りていった。地下室はジノグライやハンマーのための戦闘訓練室があるが、シエリアはここに道具一式を持ち込んで、ずっと引きこもって作業をしていたようである。正直頭が下がる。
 その部屋を開けると、かなり広い上に殺風景な部屋の景色が広がる中、中央の金属の山の、これまた中央に『それ』があった。
「……ムチャしてんなぁ」
 三人分の自転車が存在していた。
 御丁寧なことに、リムやハンドルなどの差し色が、よせばいいのにキチンと蒼、黄色、桃色に人数分塗り分けられていた。
「……何これ」
 ついでに、その横の金属の山の中には赤の差し色の自転車と、黒のものもあった。
「なるほど、ミナギとシエリア用かな?」
 ぽん、と手を叩いて一人合点する。手を叩いて一人合点した。した直後、昨日も、しかもさっき叫んだ台詞を、彼は再び叫ぶことになった。
「私の分は無いのかよぉ!」



 夜明け前。
 海からは霧が発生し、街中を覆い隠す。
 それでも、空を見上げると、雲ひとつない空が一日の始まりの時を包み込む。今日もいい天気であることを予感させた。
 まだ人々は生活のために動いておらず、街には人通りが無かった。
 そんな中、動き出す人影があった。

「……霧か」
『霧だからついていきたくない』
 ジノグライと、あのあと仮眠を摂った通信機の外のジバが会話を交わす。ジノグライはロングコートに長ズボンといういつもの服装ではなく、軽そうな半袖を基調とした軽装に身を包み、腕を十字に交差させて伸ばす運動をしていた。
「ついてこなくていい」
『ペースメーカーになれるよ』
「ペースなら大体俺が知っている」
『これが習慣の力か……ぬぬ』
 ジノグライが毎朝ランニングを行い、身体を引き締め持久力を鍛えるのは、既に習慣と化していた。それが見知らぬ街でも変わらないことである。ただ、状況が状況だった。
「霧が濃いと……迷うかもしれんな」
『おー? お~~~?』
 何も見なくても、通信機の背後でジバがにやついてるのは手に取るように分かった。腹が立って腕で払いのける。
「ムカつく」
『ムカつくように振舞ってるんだもん』
「……はぁー……」
 理解できないとばかりにジノグライは首を振る。
『まぁいいよ、手ェ出して』
 昨日渡したものと同じ、金属片の遠隔通信機が彼の手のひらで転がる。
『迷っても私がここで待ってるから、迎えにいくよ』
「余計なお世話だ」
 と言いつつ、彼は金属片をズボンのポケットに無造作に突っ込んだ。
『……やっぱり怖い?』
「帰ったら潰す」

 息を弾ませ、軽装のジノグライが帰ってきたのは暫く経ってからだった。
『道に迷う様子が無かったの悲しいぞ』
「当然だろ」
 この頃には、発生していた霧もすっかりなりを潜めていた。すると、リフルの家の前に、当のリフルが体育座りをしていた。
「ジノグライ……さん?」
「ジノグライでいい」
『ジノ』
「呼ぶな」
『だから略さないであげてね』
「お前」
「なるほど」
 リフルは一応納得する。
「で、何やってたんだ」
「それはこっちの台詞です! どうして朝に一緒に居なかったんですか! 朝ごはん冷めちゃいます」
「あと敬語うっとうしいからやめろ」
「……わ、わかった……」
「そうか朝飯だったのか……他の奴らは?」
「まだ寝てるけど……」
「寝てるのかよ」
「でも母さんが思いの外ノリノリで……たくさん作ったというか」
「……」
 やれやれと溜息を吐くジノグライの横で、ジバはおや、と思った。
『一緒にいた時間が長かったからあんまり気にしてなかったしそんなイメージ無かったけど……敬語をあえて外そうとしてくるのって珍しいんじゃないかな』
「思ったことが声に……出てますよ」
『……ジノグライ……お前の敬語かなり怖い』
「ぶふぅ」
 やりとりがリフルに笑われてしまった。
『あ、そういえば』
「なんだ」
 次の瞬間、ジノグライの手のひらに手袋が降ってきた。黒いデザインのベーシックな手袋だった。
「これが何だ?」
『ばれないようにだよ』
「……義手を?」
『義手でアンタだってわかるケースも少ないと思う、そのせいで敵に狙われるかもしれないだろう?』
「……」
「前から思ってたけど、その義手は何なんですか」
「……これか」
 そう言うと、ジノグライはばち、ぱちばちぱちん、と義手を帯電させる。その蒼い光に、リフルはぽうっと見とれたようになる。
「……分かったか?」
「なるほど……そして質問したいんだけど」
「あ?」
「さっき、ジバさんは『敵に狙われる』って言ってたよね、あれは……一体何?」
「……」
 口をつぐむ。
 そして眼が合った瞬間、マルシェの街の尖塔から、低く長い鐘の音が聞こえてきた。それぞれの朝が、幕を開ける音がこだまする。
 次の瞬間には、朝焼けの太陽が水平線から顔を覗かせていた。水面がオレンジに染まる、晴れやかな儀式だ。
 それでも、ランニングを終えたあとの爽やかな空気も、朝焼けの美しい街並みも、ジノグライにジバがやってしまった失態のおかげで一般人を巻き込んだことに関しての言い知れない感情を、ジノグライの頭から振り払うことはできなかった。


「二日目……ねぇ」
 誰も居ないモニターを覗きながら、声の主は嘲笑する。
「時間をかければかけるほど……街の救済が難しくなることぐらい、彼らは分かっているんだろうねぇ?」
 ニヤニヤを抑えられない、といった感じの声は、現にくつくつと笑い始めた。
「いやぁ……まさかこんなところにいるとは一体誰が予想しただろうねぇ……」
 含み笑いしながら、モニターから目を逸らし、座っていた椅子から立ち上がる。
「仮に見つけられたとしても、こんな場所までわざわざ来る酔狂がどこにいるのかなぁー」
 声の主は、階段を下りていく。下の階の小部屋に辿り着くと、小さなボタンが出迎えた。
「まぁ……仮にボクを倒せたとしても、ボクにはこの『最終兵器』があるんだけどね」
 にやりと笑うと、階段を上り、もう一度モニターに目を戻した。
「それにしても」
 モニターに映っているのは静止画だった。いつの間にか撮られていたようで、映っている本人には気がつかれていない。
「この子……使えそう……だねぇえ……」
 そこに映っていたのは、紛れも無く、リフルと行動を共にしていたアプリル・フォルミだった。




*To be Continued……