雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 014- 一行、観光を敢行す

「どうして教えてくれなかったんですか!!」
「教える必要が無いと思ったからだ」
 朝の陽光の下、太陽が燦燦と輝く空の下、本来なら明るい笑顔が飛び交うような空気の下で、いささか穏やかではない押し問答が繰り広げられていた。リフルの刺すような非難に始まり、ジノグライがそれをかわすという構図が、さっきから続いている。
 それを横目に、アプリルもハンマーもミリも、もくもくと朝食のバゲットを食している。
「……うるさい」
 アプリルは歯噛みする。
「ジノグライたちが街を襲う危険に対して戦ってるってんなら僕だって協力するぐらいできるよ!」
「そんなに御大層なもんじゃねぇ、俺はただ戦いたいだけだ、軽い気持ちでついてくるな」
「むむぅ……」
 言い切られ、リフルは眉根を寄せる。言い方の端々から自分を気遣うためではなく、余計な口出しをされたら困る、という雰囲気が満ち満ちていたのも、リフルの表情を険しくさせていた原因だった。
 二の句が告げないと分かると、リフルはアプリルに擦り寄り始めた。
「アプリルー、ひっどいんだよジノグライったらさー、自分たちがヘンな機械の人たちと戦いながらここに来てるって隠してたの!」
「そんなん当たり前でしょ、教える必要はないわ」
 冷たくアプリルは言い放つ。今日も絶好調のようだ。リフルが顔を顰める。
「そこはホラ、友人としてさぁ!」
「アホなの? いつからこの人たちとおともだちになったと思ってるわけ?」
「ア……ほ……ッ!!」
 ぷるぷる震えだすリフルを尻目にアプリルは素知らぬ顔を決め込む。
「アホて……アホって……」
 余程ショックだったのか、先ほどまで座っていた椅子にくず折れるようにへたり込む。一方アプリルはオレンジジュースを掻きこむと席を立ち、三人に向けて言った。
「これからどうすんの」
 ぴくり、と反応する。
「どうするって……」
「あんないやく。どーせ私もついてくけど、このアホをあんないやくにするかどうかって聞いてんの」
「……その呼び方やめたら?」
「……イヤならやめたげる」
 そして今日も今日とてリフルの頭に巻いてあるバンダナを引っ張り上げて、
「カンシャしなさいよね」
「うぅ……」
 となるやりとりは、その場の人間に二人の年齢のパワーバランスが明らかに逆転していることを如実に証明して見せた。
「……オニだなぁ……」
 ぼそりとハンマーが呟く。もう少し大きかったら、渾身のアタックディレイを叩き込まれてしまいそうな音量でその言葉が口から出てしまい、彼は若干焦った。

『おはよう諸君!』
「お前朝も居たろ」
 通信機越しのジバは相変わらず元気だが、気にかかることが一つあった。
「……シエリアとミナギは?」
『シエリアは徹夜作業でノビてて、ミナギは診療所に行って主の代わりに色々整理してるんじゃないかな』
「……そうか」
 何とはなしに呟く。
『で、だ!』
 通信機越しのハンドクラップの音と共に、ジバは提案する。
『扉を開けてごらーん』
「……」
 とりあえず言われるがまま扉を開けると、
「あっ!」
 自転車が五台、家先の路上に停められていた。
『これを使って……観光を楽しんでくださいー……』
「……大丈夫?」
『大丈夫ですー……』
『私が診療所の諸々はやっておくから、さ』
「ミナギ」
「えっミナギって誰?」
 リフルの突っ込みにハンマーが答えてる間、モニタの前に陣取ってミナギは言った。
『でもこの様子だと診療所を普段通り開くのは難しいかな……』
 一呼吸おく。
『とりあえず定休日の看板を出しといて、あとは即席で人形かなんか作って働かせちゃいましょうか』
「……便利だな」
『……まぁね』
 互いに思うところを残しつつ、ジノグライとミナギの通信は途切れた。
 と、ふとハンマーが後ろを振り向くと、
「……」
 憂鬱そうな顔をしているアプリルがいた。
「あー……」
 リフルはバンダナ越しに頭をぽりぽりかく。
「アプリル、自転車の訓練してないから乗れないんだ……」
『えっ』
 いつの間にかすり替わっていたジバが、ざらついた声をあげる。
『えー……じゃあ悪いことしたかも……まいったなぁー……』
 アプリルは失望したような顔を通信機に向けている。みんなと同じ事が出来ないのはどんなにかつらいだろうか、とミリはアプリルに共感の眼差しを送る。そうした重い空気に場が支配されかけたとき、
「方法が無いわけでもないよ」
 ハンマーが手を打つ。


「むかつく」
「気持ちはわかるけど我慢してくれないかな」
「……やだ」
「難しいねぇ」
 そのアプリルは、今ハンマーの背におぶさったままになっている。ついていきたいが自転車を使えないので、非常に不本意な結果に終わってしまったので、むすっとしたままの顔で風を受けていた。海から流れるそよ風に金髪が映える。
「言っておくが俺たちはここにあまり長く滞在するつもりはないからな」
「でも観光はしたいからねっ!」
「同じく!」
 ミリとハンマーが全力で首肯する。
「……」
 二対一では不利だし、ハンマーの腕力にはどうやっても敵わないと判断して、ジノグライは黙ったままでいる。
「だから案内お願いします!」
「合点承知!任せなさい!」
 持ち前の明るさを取り戻したリフルが、一番前に出てノリノリで三人と一人を先導する。
「でも坂道多いからね!覚悟しとくんだよー!」
「で、何処に連れてくんだ」
 うーん、とリフルが声を出す。
「……?」
「……??」
「何処だ?」
「……どこにしよう」
「おい」
「そうだ!」
 頭の上に電球が点灯するような勢いでリフルが明るい顔になる。
「海岸行きましょう!」
「シーズンオフだけど?」
「それでも泳げるよ」
「水着持ってない……」
「あちゃー」
 ハンマーの背中にいるアプリルが、ぎゅっと背中を掴んだ。
「もしかして……海に行きたいの?」
「……」
 顔は見えないが、首肯しているのが分かる気がした。
「行きたがってるねぇ」
「じゃあ行きましょうかー」
「……砂浜くらいなら遊べるところあるんじゃないかな」
 会話を交わしつつ、五人は石畳の道を自転車で走り抜けていく。
「……」
 憮然とした顔のまま、アプリルはハンマーの背に揺られる。

 ヴァッサー海岸。
 賑々しいマルシェの街を北西方向に抜けると、嘘のように静かで落ち着いた海岸が広がる……のはシーズンオフの今だからであって、夏には多数の人々で賑わうリゾートビーチでもある。また、海岸線に沿って広く長いのも特徴で、マルシェの街で海側に広がっているのはだいたいこのヴァッサー海岸である。
 誰かが残したおもちゃのシャベル、バケツ、空き缶のゴミ……横目で見ながらヴァッサー海岸沿いを通り抜けていく。
 唐突に声が聞こえたのはそのときだった。
「ここでおろして」
「え?」
 声の主は両方とも金髪だった。最初はアプリルが、その次にハンマーが声を放つ。思わずブレーキをかけた。身体が傾ぎ、つんのめり、車輪が軋む音がした。その隙にひらりとアプリルがハンマーの背から飛び降りる。
「泳ぎにいくから」
「……うーん」
「別にいいよ」
「リフルさん!」
「大丈夫だよミリちゃん、アプリルは何度もこうやってるから」
「ならいいんですけど……」
「それより潜水艦だよ!」
「忘れてた……」
「ひどいよー!……まぁ今の今まで僕も忘れてたけどね!」
「ダメじゃん」
「だからさ、ほら、ついてきて!」
 やいのやいの言うリフルは、最後にアプリルに声をかけた。
「アプリル」
「……なによ、リフル兄」
「知らない所にいったり、危険な場所で泳いだりしたら許さないよー」
「いつまでも子どもあつかいしないで!」
 アプリルは吼えた。立腹のまま、履いていたサンダルをぎゅむぎゅむ言わせながら走り去っていく。
「……あっちゃー」
「行っちゃいましたね」
「めんどくさい奴だな……」
「……たまに笑うとすっごく可愛いんだけどね、あの妹分は」

「さて、着きました!」
 四人がいるのは漁港である。
 埠頭はマルシェの住民の共有物であり、潜水艦の泊まっている位置も日替わりだという。贅沢にも「リフル専用」というそのこじんまりとした潜水艦は、埠頭の端のほうに停泊していた。
「あれが僕の潜水艦! アプリルも来るかと思ってたけど、四人ならなんとかなるかな」
「見切り発車かよ……」
「ははははは! 気にしないで! でもこの場合は『発進』が合うかなあ……」
「座れるところはあるんでしょ?」
「もちろんさ」
「窓もあるよね!」
「何のための潜水艦なんだよー!」
 あははははははは、と和気藹々と会話が繰り広げられていく様を見ながら、ジノグライは一人別のことを考えていた。

 ――仮に今、潜水艦に乗った後、『奴ら』から攻撃を仕掛けられたとしたら。
 ――海に引きずりこまれた状態で、戦闘を余儀なくされたら。
 ――俺の電撃ビームは海中でも通用するだろう、問題なのはハンマーだ、水の抵抗に根こそぎ身体を持っていかれては、あの腕力の意味が無い……
 ――ミリの氷は効くだろうか、水圧に氷が負けるかどうかが心配だが……まぁ、なんとかなるのではないか。
 ――リフルはどうだ。水中では水を出しても海水に呑まれてしまうだろう……
 ――見た感じでは海水のほうを操る能力は無いようだ、戦力にはならないか……水中で手を引いての推進力になるのが関の山だろうが、着衣のままの遊泳のセンスはあるかもしれない……
 ――まとめると過信は禁物、が正しい感じか……水中での戦いを見たことの無い面子が多すぎるからなんとも言えない、が正しい感じだな……
 ――そもそも今回は『奴ら』が来るのだろうか? 何も起きないに越したことはハンマーに言わせれば無いのかもしれないが、俺としては……はっきり言って退屈でしかないな……

 一人で小難しいことを考えていると、誰かに手を肩の上に乗せられた。
「誰だっ!」
 ごつん。

 思わず勢いよく振り向くと、頭と頭がぶつかる鈍い音がした。
「いてて……」
「……お前だったのか」
 ミリの頭がぶつかってきていた。
「リフルさんさっきから何回も何回も呼んでますよ……気づかなかったんですか」
「……全然気がつかなかった」
「行きますよ!潜水艦に乗るんです!」
「……」
 波止場の端っこからリフルの声が響く。
「おーい! 早くしないとおいてっちゃうぞー!」
「まったく……今行く」
 早足になりながら、ジノグライとミリは潜水艦のもとへ急ぐ。
 全員が乗り込み、最後にリフルが出入り口のハッチをばちん、と閉めた。
 すぐに海中に没し、潜水艦の姿は見えなくなった。


 どこからか、さざ波の音が聞こえてくる。
「はぁー……」
 一人になったアプリルは砂浜ではなく岩礁に居た。いつも来る場所で勝手は知っていたから、アプリルは何も慌てない。
 岩礁の一角に腰掛け、馬鹿みたいに穏やかで呆けた真っ青な海と空をしばらく眺めていると、
「……」
 アプリルはおもむろに着ていた白い半袖シャツに手をかけた。そのまま腰掛けていた岩礁の一角に、シャツを脱ぎ捨て放る。
 硬めの生地のハーフズボンも脱いだ。シャツと同じ場所に放る。
「……」
 薄くて白いその身体は、今は真っ黒なスパッツタイプのセパレート水着に包まれていた。ぎゅむぎゅむサンダルの足音を鳴らして、平らで安定した岩場を探す。
 やがていつもそうしているように手ごろな岩を見つけると、いつもそうしているように軽めのストレッチをし、いつもそうしているようにサンダルをここで脱いだ。ぺたぺたと裸足のままで岩場の端に近づく。
 そして、いつもそうしているように。
「ふんっ!」
 大きく膝を折って溜めた力を解放すると、水着に包まれたアプリルの身体は、綺麗な放物線を描いて岩場が作る崖から海へと吸い込まれていった。そう大きくもない水しぶきが立ち、ちょっとした時間が過ぎると、海面はもとのような静けさを取り戻した。
 どこからか、さざ波の音が聞こえてくる。

『……』
 その一部始終が、真っ黒い潜望鏡に監視されていたことを、アプリルはまだ知らない。
『……』




*To be Continued……