雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 015- 仲違いしたままの別れがどれほどつらいか、君は考えたことがあるかい

 幾千幾億のあぶくが艦体を包む。それらが晴れると、蒼い海の景色が丸窓いっぱいに広がった。
 所謂大陸棚と呼ばれる部分を、リフルたちの乗る潜水艦は潜航していく。あまり沖には出ないように、それでもちょっとずつ陸から離れていく。
「いい? よく聞いてほしい」とリフルが問いかける。
「海にゴミを捨てるようなことだけは、」リズムをとるかのようだったが、力強く声を紡ぐ。
「絶対に、ぜったいに……ダメだからね」
「怖いよ?」
「はっ」
 声だけを聞いているハンマーからの指摘で気が付いたが、そんなリフルの顔はギャグ漫画かと思うほど怒りに歪んでいた。そんな自分に気づいて彼は慌てた。周りにはひとりだけなのを知り、密かにホッとする。
「……ご、ごめんごめん……つい熱くなっちゃって……」
 バンダナ越しに頭をぽりぽりと掻く音が操縦席からも聞こえてきた。
「でもさ……学校とかで習ったんだよ、人類の遠い遠いご先祖様はみーんな海から生まれて、僕らはその末裔だって……それで、その時の記憶が身体にも染み込んでいるかどうかはわからないけど、僕らの身体の主成分も海にとっても似てるって……」
 操縦桿を握りながら、リフルは声を落とす。
「初めてその話を聞いたとき、ああ、ロマンチックだな、素敵だな……って思ったんだよね」
 それは彼にとって、少しだけしょっぱく、それでも大切な記憶だった。
「だから、僕は海が好き。そこに住む魚も好きだし、イソギンチャクもヤドカリもヒトデも……全部」
 だからこそ、と彼は付け加える。
「全ての生き物の故郷だった海を、汚すような人間になりたくない……ジノグライたちにも、アプリルにも、そうであって欲しいなって思ったんだ」
 ほぅ、と息を吐き、リフルの演説は終わった。
「……しかし、ここまで聞いてはみたが、俺にはそれだけとは思えないぞ」
「え?」
 ジノグライの声がリフルの集中を妨げる。
「もっと別の原因があるように俺は思えて仕方がないんだが」
「……そ」
「そ?」
「そうなんだよおおおおおおおおおお~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」
「いきなり大声出すな! 心臓に悪いだろうが!」
「わぁびっくりした……!」
「……!!」
 突然のリフルの大声に、席に座っていた三人は例外なく弾かれたようなリアクションをとる。
「……で、何なんだい?」
「それが……」
 リフルは言葉を詰まらせる。まるで、今にも泣き出さんばかりの言葉の詰まらせ方だった。
「父さんが漁師なのは……言ったかな? それでね、水揚げされた網の中から……」
 先ほどの声の紡ぎ方とはまったく逆の、弱々しい声の紡ぎ方は、聞いている人間を不安にさせる。
「なんだか……黒い……変な化物みたいなのが……たくさん水揚げされたって」
「なんだと?」
 ジノグライが声を上げる。
「機械のような質感だったのか?」
「わからない……父さんの話だと、まるでヒトデのように、硬いけど金属のような硬さじゃなかったって」
「『奴ら』と……関係があるのか?」
「そのせいで、この辺りの海域の生態系が崩れ始めてきてる、って……父さん言ってたんだ」
「それは……深刻じゃないの!」
「うん……潜水艦とかを調べて調査してるけど、あんまり結果は思わしくないみたい……」
「打つ手が無い……って感じなんだね」
「つらいことなんだけど……」
 リフルはすっかりしょげかえってしまう。
「海を守りたいだけなのに……なんでこんなことするんだろう……」
人為的な介入がはたらいてるとは思いたいね……」
 ハンマーは同情する。
 どすん。
「えっ」
「ぎゃっ!」
「わっ!」
「……?」
 四人がそれぞれ驚いたすぐあとに、
「がぼがぼががばぼごっぼぼごぼごぼごばばばごぼぼ」
 文字通り泡を食う声が聞こえた。
「この感じ、もしや……」
「げげー……やっちゃったというか……」
 潜水艦は一旦急速浮上する。そして、同じように浮上していたのは、
「前くらいちゃんと見なさいよーッ!! ごほ、ごほ……」
 潜水艦にぶつかられて海水をしこたま飲み込んだ、水着姿で全力抗議を敢行するアプリルだった。ハッチを開いてリフルが顔を不用意に出すと、
「さいってー」
「あうっ!」
 頬をビンタどころか殴られた。おまけにアタックディレイすら使わなかったことから、彼女の本気が窺い知れる。
「あーもうカンペキに泳ぐ気なくしちゃった……わたしもせんすいかんに乗せなさい!」
「いいけどタオルで身体拭いてからじゃないと……」
「そなえつけてないわけ?」
 はたとリフルは考え込む。
「……ごめん無いわ」
「今すぐ買ってきなさい!!」
 潜水艦の上に登っていたアプリルは、海面に身体を戻しながら叫ぶ。
「家に戻るんじゃだめなのかー!?」
「わたしが買いにいきなさいと思ったら買いにいくの! そしてわたしをせんすいかんに乗せるの!!」
「わざわざか……」
「ふかふかのヤツじゃなきゃダメだからね! もちろんお金はアホのリフル兄が」

 その瞬間は突然訪れた。
「きゃっ」
「えっ」

 悲鳴を幽かに残し、アプリルの姿が海面から消失した。
「え……?」
 どぽん、という控えめな水音が、リフルの耳に残ったまま離れようとしてくれない。一瞬にも永遠にも思える歪んだ時の中で、ねばっこい効果音がずっとずっと響いている。
 掠れた声が少年の喉から飛び出した。
「アプリルっ!!」
「おいっ! 一旦降りて来い!」
「なんで!?」
「見て!」
「え……?」
 リフルは海面から、黒く蠢くものの影を見た。アプリルを包み込んで硬く拘束し、深く海の底に沈んでいくように見えた。
 一方潜水艦の内部でその様子を見ていた三人は、更に鮮明な一部始終を目にしていた。
 岩陰から、後から後から漆黒の包帯のようなものが飛び出したかと思うと、アプリルに巻きつき、あっという間に口も目も塞ぎ、彼女の身体全体の自由を拘束していく。そのままボディラインすら覆いつくして、直方体の図形を描き、あれよあれよという間に黒い塊が沈んでいく。
「うそ……なにこれ……」
「リフルーッ!! てめぇ呆けてんじゃねぇ操縦席に着けーッ!!」
「なっ!?」
 ジノグライの声と共に、潜水艦全体がガクンと揺れる。三人は原因をしっかり見ていた。
 アプリルを拘束したように、真っ黒の帯が窓を覆い、眼前の海中の景色を、前も後ろも見えなくしていく。さらに、ビシッ、と亀裂の入る音がした。
「!?」
 音の出所は三人が座る空間の窓だった。亀裂が入り、触手のような黒が潜水艦に侵入する。
「これで下手に抵抗したら海水が潜水艦に入って……ということか!」
 ジノグライも思わず困惑するほど、敵の計画は用意周到だった。
「えっなにこれ!?」
「リフル!」
「まずい!今戻ったら……」
「えっなんでジノグライが帰って来いっていうから……」
 ハッチが閉まる音がし、その直後、コロリ、と小さく音がした。
「え……」
 それが最後だった。
 睡眠薬が高濃度で混入されたガスが、侵入した触手から落とされた丸型カプセルから噴き出す音を聞きながら、四人は深い眠りに誘われていった。
 それをよそに、海を侵していく漆黒は見る間に面積を増やし、眠りに堕ちたクルーを乗せた潜水艦を攫っていく。


 次にジノグライが目を覚ました場所は、何故か元々いた埠頭だった。
「……ぐッ」
 完全にしてやられたという苦い思いが、胸を強く締め付ける。周りには、まだ眠気に閉じ込められたままの三人と、空になったカプセルが転がっていた。
「……こいつか……」
 既にカプセルの中身は無く、新たな眠気はやってこなかったが、そのカプセルをよく見ると、その中には手のひら程度の大きさのプラスチックボードがしまいこまれていた。よく見ると、レーザーで文字が彫ってあることが視認できる。
「?」
 文言を見たジノグライが、
「なるほどな」
 そう、呟くと同時に、残りの三人が目を覚まし始めた。
「おい」
「?」
「アプリルとやらを助けに行くぞ」
「……ジノグライ」
「何だ」
「今のジノグライ、相当らしくないよ」
「……言ってて自分が嫌になった」

『挑戦者たちへ

 アプリル・フォルミは預かった
 返して欲しければ指定した岩礁へ行くがいい
 そこでお前たちの足を魔生物で縛り付けて海底へと案内しよう
 海底の密閉空間でお前たちを機械兵団をもって処刑してくれよう
 しかし囚われの少女を助けたければ海底へ無様に誘われるがいい
 来なければ彼女は永久に海の底だ
 そして大命が遂行されるさまを指をくわえて見ているがいい
 さぁ進むか? 戻るか?
 せいぜいよく考えてボクの前に姿を現すがいい
 
 主犯:ネプトゥーヌス』

「こちらを完全に煽りに来てやがるな……」
「どうしよう?海の中での戦いなんて始めてだし」
「僕の力もどこまで通用するかどうか分からないよ……」
「いや、流石にそれは無いだろう」
「どうして?」
「例えば火炎攻撃なんかは酸素がないと意味を成さない、海中にもあるにはあるが海水で掻き消される、この他にも色々と制約がある……ならば通常の物理法則の中で攻撃が出来る海底基地をこしらえている……というのが自然だとは思わないか」
「なるほど……魔術が使えても物理法則からは逃れることができないものね」
「一部それを超えるための魔術もあるようだがな……」
「まぁそんなことが……無いと信じたいけど」
「無いとは言いきれないのが恐ろしいところではあるが……」
「ジノグライ……内心ワクワクしてるでしょ」
「悪いか」
「……リフル」
「……」
 さざ波の音が響く中で三人は会話を続けていたが、さっきから全然会話に入ってこないリフルを、三人はちらと見る。怒りに我を忘れ、何も見ていないように見えた。
「……大丈夫? リフル」
「大丈夫なもんか!!」
 リフルが激昂し、思わずミリは身を縮める。
「大事な……大事な妹分が海の中に攫われたのに……何より……海はこんなことのための道具じゃない……」
 涙をぼろぼろ零し、リフルは嗚咽と共に掠れた声で叫ぶ。声に含まれた水分量が、涙と共に失われていく。
「それにしては相当いじられていたような……」
「それでも!! それでも僕にとっては大事な妹分だったんだ!! あの子が本当は寂しがりやなのも……人と話すのがちょっと苦手なのも……」
 涙で前が見えなくなった目で、リフルはミリを睨み付ける。
「本当はずっとずっと優しい子だってことも……!! 僕が……僕が……あの子の次に一番知っているんだ!!」
 長い長い泣き声が、蒼い空間に広がる。何も言わず、そばで彼らを迎えていた通信機にハンマーは呟く。
「ジバさん」
『……分かってるよ』
 何も言わずに、ジバは家からハンマーの大金鎚を転送してくれた。
『生憎というか運良くというか、今ならジノグライもノリノリだしね、理由はどうであれ』
「僕は」
 ハンマーは囁く。
「リフル君に力を貸してあげたいって、そう思ったんだ……それ以上でもそれ以下でもなくて」
『……』
「そうだね」
 ミリも首肯する。
「この先に何が待ってるかは知らないけど、泣いてる人を放っておいてはいけないよ!」
 元気よく宣言する。
『決意は固まったようだね』
 ジバが声をかける。
「ねぇリフル」
「……なに」
「アプリルを助けに行くよ」
「……!」
 差し伸べられたハンマーの手を、リフルが握る。
「行くぞ」
 だが、それでも一番早く岩礁に向かって足を踏み出したのは、そんな綺麗な善意の無いジノグライだった。

 くらい

  なに  も みえない
 ここ ねぇ どこ どこ  どこな  の

 どこ くらいよ ぅう
   え  ねぇ
  ?

 ?  あ え


 ねぇ  どこ
  くらいよ  たす け て
   ぅ  くるしい くるしい
 たすけて  たすけて   た  す
  え
 け    て
   どこ
    くる  しぃ

 あ            ああ ぁ
 いきが できない

 ねぇ うそ
  しんじゃうの  わたし わた   し ぃ

 あぅ え  ねぇ ねえ

 だれか だれか   だれか
 たすけて

  りふる?
   りふ る


 りふるにぃ

 何も見えない闇の中で、アプリルの意識が遠のいていく。




*To be Continued……