雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 016- 海面を見下ろす少年と海面を見上げる少女

 遠くから、ぶつぶつと怨嗟の声がする。
「アプリル……アプリル……迎えにいく……許さない……許さないよ……許さない……」
 完全に我を忘れた様子のリフルが、もごもご口の中で呟いていた。
 ジノグライが後ろを振り返り、ハンマーに耳打ちする。
「……あいつ黙らせられねぇか?」
「怒りに我を忘れてるよ……というか、僕に言うなんて珍しいね」
「……直接言ってもメリットが無さそうでな」
「まぁ……そうか」
 四人はヴァッサー海岸の砂浜を歩いていた。自転車を使おうともしたが、我を忘れているリフルがまともに操縦できるのかは怪しい所だったので、今回は見送り、ジバが転送することにした。
 そうすると、やはり当然時間がかかる故、そこでジノグライは苛立ちを感じる。ミリとハンマーは、他二人の様子を見ては、諦めているムードを漂わせていた。今、特にリフルに「買えば元凶を倒せる」とキャッチコピーをつけた安物の壺を高額で売りつけてもほいほい購入しそうな気がする、とミリは思い、いやどうだろう、と想像を浮かべたり萎ませたりしていた。
 指定された岩礁は、アプリルが泳いでいた場所よりも遠めの位置にあった。安定した崖が張り出し、ここなら自殺がしやすそうだ、とついジノグライはえげつないことを考えてしまう。
 崖の一番前方まで身を乗り出すと、崖に当たって砕ける波頭が良く見えた。白く瓦礫のような水を吐き出し、海へと再び還っていく。
 特に何も見当たらないので、ジノグライは手前に向き直り、ふよふよ浮いている通信機に尋ねた。
「ジバ、ここなんだろうな?」
『指定されたのはここのはずなんだけど……』
 そう話していると、死にかけの目をしたリフルが崖の先端に身体を動かす。
「あぶないよ!」
 ミリの叫びが聞こえた次の瞬間、
「ぐ!?」
 リフルの脚に黒く長い触手が絡みついた。凄まじい力でリフルを引っ張ると、海面に叩き落そうとする。脚をすくわれ、崖の上からバンダナの残影が消えた。
「リフルッ!」
 だが、不思議なことに水面に叩きつけられた音も、尖った岩に身体を貫かれる音もしなかった。むしろ、ボートに乗ったときのような、ごとんとした音が……
「ボート?」
 自問自答したミリが崖の淵に駆け寄ると、キョトンとした顔のリフルが五体満足なままで座っていた。
「……なんか知らないけど」
 彼が座っていたのは、真っ黒い舟のような物体だった。そこから触手のようなものが這い出し、リフルを引っ張ってきたのだとわかる。
 次の瞬間、三人の脚にも同じような触手が纏いつく。引きずられて怪我をしないように、あえて歩き出し、三人は崖から跳んだ。黒い舟は新しい搭乗者を乗せやすいよう、瞬間的に大きくその面積を膨らませる。硬い素材に変化したままで、三人の身体が受け止められた。すると舟の面積はあっと言う間に縮まる。人口密度が高まる。
「……目が覚めたか」
「……おかげさまで」
 リフルは憑き物でも落ちたかのような顔をしていた。
「目が覚めたよ……僕が冷静じゃなかったら、今のように僕は絶対に足元をすくわれていて……そして死んでいたんだと思う」
「バカ」
「ジノ!」
「ハンマーはその名で呼ぶな、うるさい」
 苛立ったようにジノグライがリフルを罵倒し、彼は縮こまる。見かねたハンマーの言葉は弾かれたが、ジノグライは続けた。
「お前が今から向かおうとしているのはひょっとしなくても死と隣り合わせの場所だ、そんな場所に怒りに囚われたお前がのこのこ立ち入ってホイホイ死んでいくなんてことは俺が絶対に許さない、お前には」リフルの顔を正面から覗き込む。「戦うだけの度胸と覚悟はあるか? 無いなら得意な泳ぎで敵前逃亡でも何でもすればいい」
「そんな!」
 ミリは悲鳴を上げたが、彼女はその本人の顔を覗き込んだ。泣きそうだった顔が、唇を噛み締める。
「分かった」リフルが言う。
「僕にはそれだけの覚悟がある、アプリルを助ける、僕はそのために、死と隣り合わせの牙城に乗り込むよ」
 ふん、とジノグライが鼻を鳴らした。
「懸命だな、ならそれがせいぜい偽りにならないようにしっかりと戦え、生憎とチャンスは一度なんだ」
「うん!」
 言い終わったそのとき、舟が加速を始める。それはモーターボートのように、四人を少しずつ沖へと運んでいく。
「でも……」リフルが問いかけた。「なんでそんな危険な場所に、ジノグライはわざわざ行こうとしてるの?」
 少しだけ沈黙が降りる。次の瞬間ジノグライは口を開いた。
「愚問だな」
 義手と化した指を立て、その次の答えを即答する。
「そういう命を賭したやりとりが、何より楽しいからに決まっているからだろう?」
 その答えを聞いたリフルは、彼の中に確かに巣食う病魔のような、それでいて銀のように輝く純粋でまっすぐな狂気を、ジノグライの横顔の中に見た気がした。
 再び沈黙が舟の上を支配し、誰も何も言わないままで黒い舟は大洋へと滑るようにその身を進水させていく。

 眩しい光で目が覚めた。だが、どこか狭いような、閉塞感が漂う光だった。
「おぉやおやおや、目が覚めたようだねぇ」
「!?」
 硬いガラス越しに声が落ちてきた。リフルのものでも、ジノグライのものでも、あるいはハンマーのものでもない、粘つくようないやらしい声が落ちてきた。
「ふふふぅ、フェーズ・ワンは成功……と言ったところかな?……滞りなく進んで良かったよ」
「な、なにやってんのよ!今すぐここから出しなさいっ!」
 アプリルの声がどんなに大声でも、薄くしか向こうには届かない。
「おおーっとぉ、そぉいつは出来ない相談ってもんだよ、まぁ安心してよ、君にはなんにもしないから……なーんにも、ね……」
 改めてまじまじと、アプリルは覗き込んでいるそいつの顔を見た。人間と遜色無い顔立ちのひょろっとした男性だった。しかしその目は狂人のように濁りきり、目の下には隈が出来ている。
「君にも理解できるカンタンな言葉で教えてあげようねぇ」
「なめたマネしてくれちゃって……」
「君は人質になったのさぁ……君は君のためにやってくる哀れな仲間たちがやられる所を指をくわえて見ていることしか出来ないってわけさぁあねぇ」
「……」
「改めて自己紹介しよう……ボクの名前はネプトゥーヌス……楽しいことが大好きなのさ」
「なによ!こんなことぜんっぜんたのしくないじゃないのよ!」
 アプリルの身体が壁を叩く。七回に分けられた衝撃は、壁をビリビリと振動させるだけにとどまった。
「おーやおや、暴れるのもいいけどそういうのはまーったく打開策にならないよ、諦めて諦めてぇ」
「くっ……」
「この潜水ポッドは君が与えられる限界の衝撃でも壊れないんだよねぇ……あっきらめて、あっきらめて!」
「うるさいうるさい!!」
 アプリルは噛み付くが、引っかいた程度の抵抗にもならない。
「……なにもしないのよね?」
「そうだけどぉ?」
「……じゃあここはどこなのか、教えてくれたっていいじゃないのよ」
「……」
 ネプトゥーヌスは一度黙ったが、嫌な笑みを浮かべて答えた。
「いいよ、教えてあげる」
 くつくつと含み笑いをし、口を開く。
「最深部、だよぉ」
「……」
「囚われのお姫様は一番奥に居るっていうのは……お約束でしょうぅ?」
 アプリルの目がガラスの外を見る。抵抗が無意味と知ると、アプリルは抵抗をやめた。体制を変え、ポッドに収まったままごろりと転がる。
 潜水ポッドはERTにも似た円柱形をしており、アプリルが動くことによりごろごろと転がることができた。それについてネプトゥーヌスは干渉しなかった。
 よく見てみると、部屋の照明は煌々と照らされており、目が潰れるほど眩しかった。その中で黒尽くめのネプトゥーヌスの姿は、やたらと際立って見えた。
「ふふふぅ……」
 ガラス越しから見る含み笑いをするネプトゥーヌスの姿は、心なしか黒いオーラを纏うように見えていた。

ようこそようこそ、愚かな勇者の皆様方ぁ……挨拶をしておきましょう、ボクがネプトゥーヌス、アプリル・フォルミを攫い、君たちをここまで引き込んだ張本人ですぅ……』
 主犯たるネプトゥーヌスの粘っこい声は、海面からそそり立つスピーカーから聞こえてきた。そしてそのスピーカーの横には、マンホールにも似た縦穴の入り口の蓋があった。どうやらそのさらに横の岩礁に突き刺さった構造をしているらしく、またかなり広く造られており、四人が普通に入っても余裕がありそうなほど大きな穴だった。あたりを瓦礫が覆い、人ひとり程度なら周りの瓦礫に乗っかり蓋を開けられるようになっている。穴の角度は斜めに傾きカスガイのような取っ手が打ち付けられており、ここを引っ張り縦穴に侵入できるようにもなっていた。やはり出来すぎと疑われても仕方が無いつくりだった。
「この中にそいつが……」
「出来すぎなような気がするけど?」
「相手はこちらを舐め切っているのだろうからな……これぐらいしてくるんじゃねぇか?」
 いち早くジノグライが舟から飛び降り、瓦礫に乗り移る。縦穴の蓋を開き、さっさと縦に作られた壁梯子を伝って降りていってしまった。
「……罠があるかも分からないのに」
「じゃあジバさん、あとは頼みました」
『……骨を拾えばいいのかな?』
「笑えないなぁ」
「骨すら水圧でぺしゃんこになってそうだしね」
 笑えない冗談を飛ばしあいながら、リフル、ミリ、ハンマーと一人ひとり順番に縦穴を降りていく。カンカンと足音が響き、やがてそれも聞こえなくなっていく。一部始終を、通信機越しにジバは見ていた。
『えっ』
 浮遊する通信機には関係の無いことだったが、四人が縦穴に入って姿が見えなくなった途端に、彼らを乗せていた真っ黒な舟は海の底へと解けていった。激戦を通信機越しのジバは覚悟し、ひとりごちる。
『大丈夫かな……あいつらが無事で帰ってこれるかどうか……』


「おい、聞いたか?」
「ああ、一応な……」
「やっぱり噂にはなってるらしいな……本当か嘘かは判別しがたいが」
「その……本当なのか? ニックス家の坊主がまだ帰ってこないってーのは……」
「なんでもいつも一緒の親戚の娘っこも帰ってこないとかどうとか言ってんだよな」
「なーんでまたそんな噂が……」
「いや、それがな……」
「どうかしたのか」
「『噂話だ』って一笑に伏すことは出来ないかもしれんぞ?」
「お前それ本気で言ってんのか?」
「あぁ、本気だ」
「なんでまたそんなに熱が入ってんだ」
「俺が……」
「俺がなんなんだ?」
「……あの坊主が自分用の潜水艦を持ってるのは有名だろう?」
「あー、あんな若いうちから高いものに触れちゃってぇー、ってオイラは思うけどねぇ」
「そいつの潜水艦の窓にヒビが入った状態で岸に接岸されてるのを俺が見ちまったんだよ!」
「……は?」
「分かりやすく言うとだな」
「言い直さなくていいぞ、外敵から襲われた……って言いたいんだろう」
「アタリだ」
「お前が見たときはもう接岸されてたんだな?」
「あぁ……窓の部分を上にして辛うじて浸水しないようにしていた、もっと言うと子供がやったような稚拙な防護膜のようなものも張られていたようだがな」
「なんでそんなおっかねえことしやがるんだが……」
「巨大貨物船にはねられたわけでもなさそうだし、手榴弾を投げ込まれたことも無い」
「……最近変な生物も水揚げされてるよな?」
「俺には一連の流れが全部繋がってるように見えて仕方ないんだが……」
「おいおい、縁起でもねぇこと言わないでくれよぉ……オイラだって怖いんだからよぉ……」
「何であっても、ニックス家の坊主が爽やかで気の良い奴だったことには変わりは無いだろう、手伝ってやれたらいいんだが……」
「オイラたちに出来ることねぇ……なんか海をパトロールして、怪しいものを見つけたら皆で報告するとか、そういうことぐらいならオイラにも出来そうな気がするぜぇ」
「有志を呼び集めて会合を開こう、あいつらが無事かどうかは俺だって気になる」
「夕飯時ぐらいまでには帰ってきてもらいてぇよな」
「のんきな事を言ってないでさっさと捜索しに行ったらどうなんだ」
「へいへい……カリカリしなさんなってーの……」




*To be Continued……