雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 017- 突撃! ネプトゥーヌスの牙城

 カン、カン、カン、と可愛げの無い音がする。
 内壁に打ち付けられているカスガイのような階段をひっきりなしにブーツが、スニーカーが、ローファーが踏みつける。
 傾斜したままの梯子を、四人は歩いていく。一番底まで辿り着くと、円形の広い空間に出た。その横にはかなり奥に続いているらしい廊下が、海の底へと向かって延々と伸びていた。
「廊下の壁は硬そうだね……」
「窓もまた分厚そうだし……」
「この廊下を延々下るということか」
「だってそれ以外に道はないじゃない」
「分かりきったことを言ってくれるなよ……」
「ゴメンゴメン」
 ミリはぽりぽり頭をかく。
「早くアプリルを助けに行かないと」
 言うが早いか、リフルは先頭に立って廊下を走る。その後ろに肩をすくめたジノグライが続く。ミリがついていき、ハンマーはしんがりだった。
「何の罠も仕掛けてないとは到底思えないんだが」
「海中だし……叩き出されたら一瞬でアウトだよね」
「だが向こうにもリスクはあるわけだ、廊下に穴を開ければ電気で動いているらしいこの基地がどうなるかは分からん」
「廊下に……穴……?」
 リフルが立ち止まる。一行全員が立ち止まる。
「……どうした」
「……なんでもない」

 海面に程近い廊下では、海面からの光がそのまま照明のように差し込む。その蒼い光は、敵の基地ながら幻想的な光景を作るのに一役買っていた。
「……綺麗」
 ぽそりとミリが呟いてしまう。彼女の目の前で、空間が捻じ曲がる。
「キャッ!?」
「危ない!」
 リフルの声が飛ぶと同時に、捻じ曲がった空間から黒い機械兵団が三体現れる。ミリの目の前、前方、後方に。
「でぇい!」
「ふんッ!」
「えいやっ!」
 ハンマーの大金鎚が空気を薙ぎ、一撃で後方のロボットを入り口まで吹っ飛ばす。
 ジノグライの電撃が、長年の経験から弾き出された勘に従い正確にロボットのカメラアイを射抜く。
 そしてリフルが前方に向けて水流を放った。その先にはロボットがいたが、押し流されるだけで破壊には至ってない様子だった。
「ならば!」
 今度は虚空から一点に衝撃を凝縮させた水流が、今度は正確に胸部を抉った。爆発こそしないが、火花を散らしつつ廊下に倒れこみ沈黙した。
「……」
「やった?」
「ああ」
「やるじゃない!」
 花のようなミリの笑顔がリフルに向けられようとした次の瞬間、頭上からザザ、と砂嵐の音が奔る。
「!?」
 いきなり現れたと言われても信じ込んでしまいそうなほど、そのディスプレイは存在感を消していた。画面が点灯したにも関わらず、「SOUND ONLY」の文字が空しく表示される。だが、スピーカーから聞いた粘ついた声が、確かにここでも流れ出したことが分かった。
『小手調べにもならない……といったところかな?』
 いつの間にか入り口近くのような広い円形の空間に出ていた。ディスプレイの向こうから、ネプトゥーヌスの声がする。向こう側にいるはずのそいつから見て、左からリフル、ミリ、ハンマー、ジノグライの順で横並びに並んでいた。
「アプリルを返せ!」
『おーっと、言い忘れてた、この音声は事前に録音されたものをそのまま流してるだけだよーン』
「交渉が無意味……と」
 ジノグライが歯噛みする。
『ふふぅ、苛立つ気持ちもよぉくわかるよ、だからここで君たちへとーっておきのヒントぉ!』
 顔をめいっぱいディスプレイに近づけたような音がした後、ネプトゥーヌスは宣告する。
『この基地はゆるやかな螺旋を描くように海の底まで続いていまーす、丁度ウオータースライダーと呼ばれる人間の大きな玩具を沈めた感じでーす。君たちにはこの基地を底に向かってずんずん下っていってもらいまーす……するとどうでしょう、あらびっくり! 最深部でボクの洗礼を受け、抵抗むなしく皆殺しにされちゃいまーす! ふぅー! あはははは!』
 楽しくてしょうがない、といった画面の向こうから、ネプトゥーヌスの言葉はガラスをばら撒くような苛立ちを与えている。抵抗しないのは、交渉が無意味だと分かっているから、まだ誰も黙っている。
『そしてもう一つ……扉が基地の各所に設置されてるけど、専用のカードキーが無いとビクともしないよ、そのへんよーく心得て、くれぐれもこじ開けようなんていうばっかばかしいマネはしないように……ィ』
「開けてくれって言ってるような気もするけど……」
「君の怪力があればいけるでしょ!」
「扉にどんな細工がされてるか分からないから……」
 リフルとハンマーが会話を投げ合う。小気味よいキャッチボールが、ネプトゥーヌスの声で中断される。
『でもね』
 ネプトゥーヌスは声のトーンを下げた。
『この基地のどこかに、開けっ放しの扉があるんだよねぇ、そこには今アプリルちゃんが囚われてるのと同じ機構の円柱形ポッドが安置されてるんだ』
「……?」
『何が言いたいか? そんなの簡単だよ』
 いやらしい声が、全てを凍てつかせるもののそれへと変貌した。
『いつでも逃げていいんだよ』
「……ッ!!」
『その代わり、アプリルは』
「なっ」
『殺す』
 宣告。眩暈。残響。
 ひどく現実離れした言葉がわんわんとリフルの頭の中で響く。夢と現の境界がぶれていくその刹那、引き戻すように明るい声がする。
『まっ! よーは君たちが無様ーに命をこのボクの前に投げ出してくれれば、アプリルを殺しはしないよ、無傷のままで海面まで返してあげる』
 違う。リフルは思った。
 そんなのは彼女のための救済にはならないと確信した。壊れた世界をもう一度元に戻すには、僕があの子の傍にいなきゃいけないと、最初からリフルは思っていた。
 違う。そう、ジノグライも思った。
 そんなことをわざわざ言うまでも無く、あのトチ狂った性格の基地の主なら、全員を皆殺しにするぐらいは余裕でやりそうだと思ったからだ。性格もイラつく、気に入らないからこの手で始末しなければとジノグライは思った。
『さぁーて……お楽しみはこれからかな、君たちを蹂躙するその瞬間がボクは今からたぁのしみで楽しみでたまらないよ!!』
「なぜ私たちにここまで教えてくれるのかしら……」
 ポツンとミリが呟く。
『ふふふ、ディスプレイの前の愚かな子羊たち、なんでそこまで親切に教えてくれるのかって疑問に思ってるでしょ? そうでしょそうでしょ?』
 まるで聞こえていたかのようにネプトゥーヌスが喋りだす。
『それはねそれはね……ボクが最深部で君たちを始末するっていうぜッッッッッたいの確信があるから……それだけだよぉ、それだけだよぉ! ギャハハハハハハハ!!』
「こいつ……!!」
 ギリギリとリフルは奥歯を噛み締める。
『さてさて、せーぜー頑張って最深部まで辿り着いてアプリルを取り返してみなよ、待ってるから! アハハハ……いやいや、愉快だねぇ愉快だねぇ、まさかボクの話にこんなに耳を傾けてくれるなんて思わなかったよぉぉお』
「は……?」
『アハハハハハハハハハハ……うしろ!うしろ!アーッハハハハハハハハハハ!!』
「なっ!?」
「伏せて!あるいは跳んで!」
「えっ!?」
「なに!?」
 ジノグライ、リフル、ミリ、ハンマー。
 スローモーションでゆらりと全ての風景が動いていく。ハンマーの視界に、後ろを振り返るミリと、横っ飛びに跳ぶジノグライと、伏せるリフルの姿が見えた。あれれ、どうしたんだ? 何をそんなにみんな、
 慌てて。
 ……?
 え?

 どすん。
 じゃこん。
 ふたつ分とふたつ分の衝撃は、空間を揺らすより、誰かの心と身体に、凄まじい揺らぎを起こした。
 ハンマーの視界の左に、鋭利に先端が尖った細長い鉄棒が見えた。瞬間、目の前を赤く感じ、暗転し、耐え難い痛みが迸った。
「あぁああああああッ!!」
 悲鳴が混濁しかけた意識を呼び覚ます。その悲鳴の主は、すぐ右隣にいた。
「うそ……だ……」
 ハンマーとミリの背に、深々と鉄棒が突き刺さっていた。
 力が抜ける。多量出血が二人を襲う。
「ああっ! 二人とも!!」
「ぼやぼやするな!」
 ジノグライが渇を飛ばすが、その台詞より前に、ジノグライはネプトゥーヌスの話を聞いている間に背後に回りこんだ機械兵団四体を、たちまち半壊へと追い込んだ。そしてリフルをギッ、とねめつける。
「……お前に出来ることをしろ」
「え、えっ……!!」
 がっくり膝を突いたハンマーに右手を、つんのめって床に倒れ伏そうとしているミリに左手を、リフルはそれぞれかざした。一瞬二人の身体が琥珀色の光に包まれたかのように見え、少なくとも出血は治まった。
「……応急処置の治癒魔法」
「……」
「習ってたのか」
「う、うん……」
 何も言わず、ジノグライは不恰好にミリを抱え上げる。リフルは比較的軽症なハンマーを抱え起こして歩くように促す。大金鎚を抱え上げられるだけの体力すら、ハンマーには残っていなかった。がりがりと床を削り、まだその場所の分からない、ポッドの置かれる部屋へとゆっくりゆっくりと歩を進めていく。


「こうしていると葬送するみたいだが」
「勝手に殺しちゃダメ、縁起でもないこと言わないの」
「俺だって心底気持ち悪い、吐き気がする」
「全く……」
 意識があるハンマーは、やはりジノグライと漫才をしている。対してミリは意識が無く、早々にポッドに入れられた。
 ハンマーは左三角筋のそばを、ミリは肩甲骨を、それぞれ抉られていた。現在普及している魔術なら、病院に運べばすぐに治る程度の怪我ではあるが、電波の届かない海底では、ジバを介してシエリアを頼るのは絶望的だったし、この近くの地理も知らなかった。
「目を瞑ってくれたままだったから良かったと言うべきか何と言うか……」
 そうぼやいてミリをポッドに入れ終えたリフルの上半身は、裸だった。ミリの身体には、血に染まったパーカーに纏わりつくように、リフルの着ていた長袖シャツが破られて巻かれていた。せめてもの気休めにと、リフルがシャツを脱ぎ捨て引き裂き、包帯代わりにしたものだった。応急処置の魔術はかけたものの、いつ傷口が開くか分からない、というのはかけた本人の弁である。なんでも、アプリルがしょっちゅう怪我をするから慣れている、とリフルは語った。その応急処置の甲斐あってか、ミリはすうすうと寝息を立て始めた。本当は傷口を水で洗い流したかったが、何も持ってきてないので諦める。ハンマーにも、半分に千切ったシャツで同じ処置をしていた。
「腕とかだったらまだバンダナがあったけど……」
「……なんかゴメンね?」
「なんでハンマーが謝るのさ」
「もうちょっと早く避けられてたら……とか」
「そういうの思い始めたら夜も満足に眠れなくなるから、な!」
「あ、あぁ……」
「君たちの敵は僕らが必ず討つ!」
「だから勝手に殺さないでッ……つ……ぅ!」
 傷口が開く感覚がある。苦痛に顔を歪めたハンマーは、思わず声を漏らした。
「ハンマー……」
 ふつふつと怒りが湧き上がる。
「こんな卑怯なマネをされたら僕だって絶対に頭にくる! アプリルに手をかけたばかりか、新しい大切な友達まで……!!」
「……」
「ジノグライ!!」
「……わーったよ」
 しゃがんでいたジノグライが腰を上げる。
「目に物見せてやるんだ……僕たちを怒らせたらどんな目に遭うかを!」
「おいおい俺まで巻き込むな」
「あんなことされて何も感じないわけ!?」
 リフルが噛み付くが、ジノグライは涼しい顔で受け流す。
「勘違いするなよ? 俺は巻き込むな、と言ったんだ」
 リフルに対して声を投げる。
「俺だってムカついてることには全く変わりは無いんだからなぁ……っ」
 怒りに歪んだ顔が見える。でも、リフルは思った。ジノグライが怒るのは、ミリちゃんやハンマーのためじゃなくて、きっと『勝負』『戦い』といった土俵を、穢されるのが嫌だったんだろう、そういうことなんだろう、と悲しいかな察しがついた。
 それでも、前を向いて歩を進めるしかないんだ、とリフルは自分に言い聞かせた。
 下を向くことしか出来ない回廊の中で、確かに気持ちが妖しく昂ぶるのを、ジノグライは感じ始めていた。

「……お前、ところでポケットの中のナイフはどうした」
「えっと、ちょっとミリちゃんから一本失敬しちゃった……」




*To be Continued……