雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 019- 其の漆黒、内と外

 あらためて、部屋の中を見回す。
 殺風景なわりに、かなり広い部屋だった。若干の計器類を壁に残すだけで、明るすぎる照明が煌々と部屋を照らす。ネプトゥーヌスの足元に転がっている小箱は、恐らく小型爆弾を収納するためだけのものだろう。そして、見渡すその先に新しい扉は無かった。見下ろすと、床下収納を思わせる小さくサイバーな戸がその口を閉じたままでそこにあった。
 つまり、ジノグライは思う。ここは海中に造られたバトルフィールド、かつ終着点を意味している、と彼は踏んだ。法則に則るならば、もしその先に回廊が続くなら、さらに前方に扉があるはずだ。 この戸の下にあるのは、ネプトゥーヌスの司令室であり、通信室であり……考えをそこで止めた。それを考えるのは、目の前の忌々しい相手を倒してからでも遅くはない。どす黒い本体とは正反対に、白で統一されたバトルフィールドが光を反射し眩しく煌めく。その光は、三人と一機から伸びる影を濃く映していた。天井の光源が複数あるせいで、幾重にもその像がだぶって見えた。ネプトゥーヌスは光魔術を習得していないと見えて、心の中でそっと安堵する。
 隣を見る。リフルの上半身裸の背や胸から、まるで剃刀で思い切り引き裂いたような傷があちこちにできていた。まだダウンするような傷では無いが、リフルは先ほども使った治癒魔法を行使し何とか傷を塞いでいる。もしここで殺人ウィルスなどをばら撒かれていたらと思うと身の毛もよだつ思いがした。
 ネプトゥーヌスのいやらしい性格はその声で何となく判別できていた。部屋で分かったことも総合して評価すると、奴は相手をじわじわとなぶり殺しにするのが好きらしい。そういった趣味の良くない趣味を持っていると理解できた。
 理解できた自分に違和感を覚えた。自分は人間味が欠けている戦闘好きだという事ぐらい、ハンマーやジバ、シエリアやミナギと交流する中でとっくに承知済みのことだった。それを承知の上で強さを求め生きてきたつもりだったが、その自分をして相手を軽蔑する感情が生まれたことに、微かな疑問を感じた。振り払う。らしくない。目の前の敵に集中するのが俺だったはずだろう、と自分自身に問う。そのつもりだと応える。前を向いた。眩しさにはもう慣れた。
 あとはこいつを、どうやって叩きのめすかに集中し始めた。

 ただ歩いて、走ってきただけなはずなのに、気が付けば随分と海の底のほうに来ていたらしい。
 リフルには分かった。海の底の、人間が立ち入ってはいけない雰囲気は、たとえ潜水艦の中のようなこの部屋にいても理解できた。幼い頃から海のそばにいたリフルだから、分かるような気がした。
 惑う。血を流した背中が、危険だと主張してくる。死ぬかもしれない。そんな予感はリフルを刺し貫き、漆黒の予感をウイルスのように体内にばら撒いた。慄く足が動こうとしてくれない。
 もし。場違いなことを思う。
 全てに敗北したら、基地が壊れてしまったら。僕は死んでしまうのだろうか。考え出した。ズタズタに傷つけられた身体が、死の気配を敏感に察知して、リフルに警鐘を鳴らす。上半身に何も着てないだけで、随分と自分が貧弱に見えてきた。思考が濁る。濁る。膝を突く。悪くは無い気がした。大海の腕に抱かれ、生を全うするのも、ひとつの形なのだろうかと思う。眩暈、眩暈。部屋の明るさと反比例した、無力な感情がリフルの喉元に喰らいつこうとした。
 ゴロゴロという音が、彼の靄を晴らした。
 揺れる金髪を、彼は見ていた。無気力だった目で、見ていた。
 アプリルがポッドの中でもがいているのを、無気力だった目で、見ていた。
 目が合う。薄く声がしたような気がした。
「たすけて」、と。
「まけないで」、とも。
 どっちだったかは、よくわからなかった。
 だが、リフルが再び立ち上がるには、それだけで充分すぎた。
「ああ……そうだったっけ」
 頼りない兄貴分は、いつものように、妹分の陰で笑うように、頼りなく笑った。
「ダメだよアプリル、ひとりで危ない所に行ったりなんかしちゃあ、さ……?」
 泣きそうな顔で、慈しむように笑った。
 海に似た滴を、ひとつだけ流す。それだけだった。
「また、怒られちゃうかな」
 膝を立てて、ゆらりと立ち上がる。
「ううん、無事に帰って、たっぷりと怒られてやろう、そうしたほうがいいよね」
 頭を振った。両手で頬を叩く。
「待っててね、絶対に迎えに行くから」
 優しく紡いだ言葉は、ひとりだけ聞いていた。
「……けッ」
 そのひとりは、聞こえないフリをした。

「茶番は終わりかい? もう戦う気にはなってくれたのかい……?」
 いやらしい声を響かせる存在に、ジノグライはすっと目を向ける。
「吊り天井のトラップに全然引っかかってくれないんだものぉぉー、あああぁぁぁーつまんないつまんないつまんない」
 声だけで駄々をこねているような、そんな気配だった。
「あーもー、全部言う、両方のボタン押したらあの天井は落ちてくる仕組みなのにー、んでもって扉がじわじわしか開かないから君たちはぺっしゃんこ!ぐちゃぁーってなるはずだったのに!あーぁあ」
 嘲笑ったりいじけたり、忙しい奴だとジノグライは思う。
「まぁいいよ、じわじわとぶちのめしてあげるから、さ……ね?」
 ジノグライは未だに疑問を持っていた。
 ネプトゥーヌスの手には、何の刃物も握られていなかった。左腕にそっと右手をかける。なのに、左腕も右腕も背中も上半身が滅多切りにされているのを感じ、寒気がした。卑怯なあいつが扱う見えない刃物があるとしたら、と考えるとどうしても勝てるビジョンが未だに見えない。
 しかし、煌々と照らされた部屋の照明は気になって仕方がなかった。何の必要もないのに影を増やすためだけのような灯りが照らされているのは非常に気にかかった。
 もしや、と考える。
 考え事をしているうち、背中に灼熱の痛みが奔る。鮮血が飛び出した。
「なッ!?」
 全力で後方を向いた。しかしそこには全く刃物の影も形も無く、何の手がかりを見出すことも出来なかった。ナイフどころか剃刀すら見当たらないのはどう考えても不審だと思っていたそばから、
「がッ!!」
 今度は臍を引き裂かれる感覚があった。しかし前を向いても、全く刃物は見当たらなかった。そんなはずはない、そんなはずはない、と思っていたところ、
「伏せて!」
「!!」
 言われるまま伏せたジノグライは、そのまま見上げた空間に浮かぶものを見た。
 拳大の黒い欠片のようなものが、速度を持って上空に射出されていった。その欠片は、ある程度上空まで上昇すると、そのまま天井に激突することなく、黒煙のように消えうせた。その欠片は、そのままジノグライが立っていたままだったなら、背中に突き刺さっていたはずである。
 そして右隣を見た。
「……!!」
 リフルの下の空間から、先ほどの欠片が生成されているのを、ジノグライは確かにその目で見た。そして、その欠片がリフルの左腕に新しい傷をつけるところまで、確かにその目で見た。
 リフルを映した幾つもの影から、それは生まれていた。
 疑惑が、一瞬で確信へと変わる。
「この影は罠だ! 俺たちはこいつのせいで傷をつけられている!!」
「えっ!?つまり……」
「俺たちの影は触媒だ、ここから刃物が生まれている! しかもその気になれば……無数に刃物が生まれてしまうぞ!!」

「ふーん、わりかしすぐわかっちゃったんだ、おーもしろくない」
「理屈が分かれば簡単だ、お前から先にやるぞ!」
「そうなんでも上手く行くとか思わないで欲しいんだよねホントさぁぁー、見ててイライラするしぃぃ」
 ネプトゥーヌスの右腕が上がると空間が歪み、一瞬で機械兵団が現れた。数えると七体はいた。
「チッ、なんでもいい、お前は幅の狭い水流で機能停止に追い込め!」
 言うが早いか、リフルは幅の狭い鉄砲水を空間から噴き出し、機械兵団に向けて当てる。その勢いはロボットを正面から破砕させるまでには至らなかったが、ロボットの関節に水が入ることによって、彼らの動きは鈍くなっていった。そこにジノグライのレーザーが、ピンポイントで機械兵団のカメラアイを破壊する。
 このようにして三体ほど片付いたはいいが、
「がぁああああーッ!!!」
 リフルの一際大きな悲鳴が聞こえる。
「まさか……」
「そう!」
 ネプトゥーヌスはゾッとするような笑みを浮かべて宣告する。
「君たちが機械兵団を壊しても壊しても! そこに影が存在する限りは!」
 リフルに恐怖が圧し掛かる。
「ボクはそこから無限に影のカッターを作り出せる! 機械兵団を召喚すればするほど!! 新たに落ちる影はボクの糧となる!!! ギャハハハハハハハハハ!!!」
 その言葉が言い終わらないうちに、七体目のロボットが倒された。するとネプトゥーヌスは、
「ヒャハハハハハハハハ!! ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
 気が狂ったように笑いながら、天井に程近い高空から、しかも凄まじい速度で機械兵団がドシャドシャと降ってくる。降ってきた機械兵団は床に衝突するそばから破壊され、新たに影を作り出す。
「な、なんて奴だ……機械とはいえ一応は部下のロボットたちを何の見境もなく……!」
「こいつにブレーキなんて無いんだろうな、それより来るぞ!!」
「!!」
 二人で壁のそばに寄る。今まで立っていた空間を、無数の漆黒の刃が駆け抜けた。そのまま煙のように掻き消える。
「どうやら軌道の変更は出来ないらしい……ちょっと飛んで、それだけだろうな」
「でも当たったら大変だよね……!」
 リフルは手をかざし、貧弱だが確かに効果のある魔法で自分の傷とジノグライの傷を癒していく。徐々に傷が癒え、出血が止まっていく。だが、
「キリがねぇ!」
 その言葉と共に、二人が立っていた壁に影の刃がガガガッと音を立てて突き刺さった。突き刺さった刃は、目標が外れた事を知るとまたもやふわりと消えていく。さっきまでそこに突き刺さっていた壁に、確かに傷が残っていた。その傷は、影の刃が確かな破壊力を持っていたことの何よりの証明だった。
「こんな状態じゃネプトゥーヌスに攻撃できないよ……!」
 部屋の中を所狭しと駆け回り、あるいは機械兵団の残骸を避けながら、ネプトゥーヌスの追走をかわしていく。
「あわっ」
 すると、無造作に置かれていたアプリルのポッドにリフルの左脚が躓いた。バランスを失う。その隙を突くように、後方から刃が空間を疾駆する。
「や、やばい……ッ!!」
 後ろを懸命に振り向いて、せめてもの慰めのように、両腕を前に突き出す。
 ザシュザシュザシュ、と皮膚を突き破る音がする。衝撃が作用して、リフルは本格的に尻餅をつき、頭を強か打った。どうにか顔への命中は免れたが、視界にチカチカ火花が散る。バンダナが揺れた。刃は今まで散々見てきたように掻き消え、傷だけが残る。
「いたたたた……」
「油断するな!来るぞ!」
「ああもう!」
 ズバズバと影の刃が伸びる。アプリルのポッドを、ひいてはアプリルを踏まないように、心もち意識しながら。
「待っててね、こいつを倒したら、すぐ行くから……!」
 そう言いながら、自分の手のひらを見る。手のひらの細胞はズタズタに破壊され、不可思議な紅い模様が刻まれていた。鉛筆が突き刺さったような深い深い傷が手のひらのそこかしこに生まれていた。
「ぐ……ぐぅう……」
 痛みに耐える。魔術の触媒となる腕が傷つけられてしまい、治癒魔法を元のように行使できるようにできるまでには割と時間を要する。今現在での行使レベルは二割といったところだろうか、と分析する。止血がじわりじわりと始まる。だが抉られた傷は未だに塞がらない。作った握り拳を開き、閉じ、また開く。大丈夫、まだやれると自分を鼓舞する。
「よし、いこう……」
 新たに降ってきたロボットが、後ろから拳を振り上げそっと迫る。
「むっ!」
 気配を感じ、振り向き、傷だらけの拳でそいつを殴りつける。
 そして、土壇場で新しいことをした。
「はぁッ!」
 傷をつけられた手のひらの空間から水が噴き出した。ロボットを吹き飛ばし、自身も後方のすぐ近くの壁に背中をぶつけた。吹き飛ばされたロボットが、仲間の残骸に足を取られて転ぶ。
 ただの空間から噴き出す水が、推進力としての力を持った瞬間だった。
「……」
 止血済みの拳を見つめながら、思考の導火線に火がつく音を、リフルは確かに聞いたような気がした。
 そこに燃え移った火花は、閃きという名の大爆発を起こすために、じわりじわりと導火線の距離を縮めていく。




*To be Continued……