雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 020- あいつが蒼く螺旋を描いた時、藍と碧の境界が崩れる音がした

 その瞬間を、ジノグライが見逃していたわけがなかった。
「推進力か!」
 影の追撃を避けるために、ジノグライは疾駆しながら叫ぶ。
「知ってたの!?」
「何もないところから召還するなら、反作用で跳んでいけるのではないかと俺も思っていた!」
「そうだったのか……!」
 やはり走り続けながら、リフルも叫び返す。
「だが俺にも策が思いついた!」
「どういうこと!?」
「いいか! 勘違いするな! 今俺達が共に戦っているのはネプトゥーヌスという共通の敵がいるからだ! お前と戦うことにそれ以外の理由はない!」
「何を言って……」
「だがネプトゥーヌスに腹が立っているのは俺だって同じだ! 敢えて言う! 俺に力を貸せ!」
「……!!」
「あとで説明する! その傷はそのままにしておけ!」
 影の刃が機械兵団の残骸を突き破りながら追いかける。煙と火花と硝煙が立ち上り、視界をますます黒く塗りつぶしていった。二人は跳び越え、走り、よろけながら、その追走から逃れる。汗が噴き出し、視界に靄がかかったように苦しくなる。持久力にも限界が迫ってくる。ネプトゥーヌスはそれをニヤニヤしながら眺めている。その目が地面を追いかける。
「なるほどな……」
 ジノグライはネプトゥーヌスの脇をすり抜け背後に回りこみ、閃きを行動に移すことにした。黒い指先が、白い壁に向く。青が飛び出し、終点で赤が散った。
 レーザーが壁を焼いていく。指先を動かして、四つの指からレーザーを吐き出し、壁に読めない模様を描いていく。
「んぅー……?」
 ネプトゥーヌスがこちらに目を向けてきた。機械の左目だけがこちらだけを向く。その様子はジノグライには大層不気味に映った。そしてまた影から刃が噴き出す。壁を焼くのをやめて横っ跳びをして逃れた。
 この段階になると、ネプトゥーヌスも機械兵団の召還をやめていた。攻撃は最後に落とした無事な数体に任せ、自身は影の刃を操ることに専念しだす。また一度、リフルの肩を大きく薙いだ。
「ぐっ……!」
 耐え切る。止血を終えた手で肩を癒し、跳びはねて進む。もう一度、ジノグライと鉢合わせした。
「このままではジリ貧だ、今一度仕掛けるぞ」
 その声が確かに耳元で聞こえた。もう一度跳ね回り、今度はリフルから近づく、追いつく。併走しながら、ジノグライに話しかけた。
「教えて、僕はどうすればいい?」
「まずは俺が仕掛ける、だが……」
 少々迷う。
「伏せていろ、お前にこれ以上怪我を差せない保障は俺には出来ない」
「どういう……!?」
「いいから伏せろ!」
「無理だ!僕は戦う……」
 長ズボンが千切れる。
「うぉわッ!?」
 脚に直接突き刺さり、思わず身体が傾いだ。そして油断をしたリフルは前に倒れこんだ。肘を強か打ち、痺れが奔る。
「しめた、今だ!」
 呟く。
「ふんッ!」
 両腕から電撃ビームを放つ。八本の電撃が、まるでライブ会場のサーチライトのように、奔っては途切れ、螺旋を描き、波打ち、縺れ、捩れ、揺らぎ、周りを囲う壁を焼いていく。焼いていく。
 ネプトゥーヌスは怪訝な目でそれを見ていた。その目を忙しなく走らせ、ぐるぐる音を出して廻す。
 あっと言う間にも、壁の焦げ跡はどんどん黒く壁を塗りつぶしていく。メッセージを描くわけでもなく、絵を描くわけでもない。だがその跡は、確実に空間に存在感をばら撒いていく。全てを終えたジノグライは、再びリフルと併走する体制を取った。
「準備は整った」
 ここで、ジノグライは影の刃に怯えることなく両手を部屋の中央に向けて、
「せいッ!」
 渾身の二撃を、狙い違わずネプトゥーヌスの目玉に命中させて見せた。火花が散る。蒼の閃光がスパークする。
「……ぬ……っう……ッ!!」
 目を潰され、前が見えなくなったネプトゥーヌスは虚空を仰ぐ。その途端、立ち上る雨のようだった影の刃が、ぴたりとその猛攻を止めた。リフルは立ち止まる。ジノグライは向き直る。
「お前の影の刃の認識パターンが自らの自由度の高い目に依存しているという事を俺は看破している、部屋の色が白で統一されてるのも同じ理由だろう、これで貴様に影による攻撃は出来まい!」
「見破られた……かぁ……」
 ふふふ、と空気が漏れる。
「ふふふふふふ……」
「何がおかしい!」
「……はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは……!!!」
 狂気に満ちた声で、調子はずれの狂った声で、とてもとても楽しそうに笑い出す。
「馬鹿だよねぇ……それで勝ったつもりで調子に乗っちゃってるの、サイッコーに面白いし馬鹿馬鹿しいしクソみたいだよ!!! 最高!!!」
 バラバラバラ、と音がする。二人は音のしたほうを向いた。丸い物体が、後方に転がっている。
 それは、人の眼球の形をしていた。
「な、何これ……」
「そいつは『端末』さぁ、言っとくけど、バリアが張ってあるからちょっとやそっとじゃ壊せないよ……?」
 ギロリ。ギロリ、ギロリと眼球は宙に浮き始め、最初からそう決められているかのような動きでくるりくるりと廻り始めた。段々と回転は速くなり、地面を見つめた途端、ぴたり、と止まった。二人はその動きから目を離すことが出来ずにいた。ジノグライがレーザーを撃った。半透明で緑の膜が張られ、レーザーを跳ね飛ばす。あらぬ方向に飛んで、また焦げ跡を増やした。
 その途端、鮮血も散った。焼け付く痛みはジノグライの右肩を支配する。
「ああ……あの『端末』はネプトゥーヌスの目の代わりをするのか!?」
「厄介なことに……!」
 リフルが手をかざしジノグライの右肩を治療しようとすると、ジノグライは長く、尚且つ手短に耳打ちをしてきた。流石にリフルは怯え、ジノグライを押し留めようとしたが、ジノグライは聞き入れてはくれなかった。
 そして、ジノグライは治癒が不十分な右肩を気にしつつも走り出す。他の傷もじくじく疼いたが、そんなことを気にする余裕はもはや無かった。
 そして、目的に辿り着いた。
 ポッドを思い切り押し出す。リフルに向かって。
「!!」
「!?」
 リフルは覚悟を決めた。ネプトゥーヌスは驚きを隠せなかった。
 教えられたとおりに、リフルはポッドに掛かったロックを外す。水を吐きかけコンピュータをダウンさせたあと、ダイヤルを捻りバーを押し上げる。中から、無傷なままのアプリルが現れた。
「……どうするつもりだい?」
「どうするつもりだと思う!」
「……なによこれ」
「君はアプリル・フォルミをそこから解き放った。つまり……ボクは容赦なく彼に攻撃を与えても良いということになる……違うかなぁぁあ?」
 リフルは後ずさる。アプリルの華奢な身体を抱き寄せた。何が待ち受けていても絶対に守るかのように。
 すると、その脇を目掛け、ジノグライが突進してくる。ネプトゥーヌスを転ばしかけるほどの勢いで突っ込んできた彼は、その身をポッドに横たえた。そしてジノグライは、固まった血で汚れた腕を伸ばし、ダメ押しに電撃をまた放った。それは天井を破壊し、貼りついていた照明の機能を軒並みダウンさせていく。光を奪われた『端末』も、最早用済みだった。
 全てが終わり、リフルが一気にそのポッドを閉める。バーを閉じ、ダイヤルを捻った。
「ふーん……強烈な懐中電灯ぐらいボクがいくらだって持ってるのに……第一帰る手段はどうするんだい、ボクは正直痛くも痒くもないんだよぉぉ、基地があるんだから……」
 暗がりから、元凶の声がする。リフルは、もう覚悟を決めていた。両腕を握り、解く。握り、解く。後ろを向く。飛び込んだ扉には、ジノグライの電撃の跡が縦横無尽に走っていた。走り出す。アプリルも続く。そのままショルダータックルで扉にぶつかり、扉は砕けた。光が差し込む。部屋にはごく僅かしか入り込まなかったが、かりそめの兄妹は吊り天井になっていたブロックに脚をかけた。
「アプリル」
「……なに」
「地上に着くまで、ずっと僕にしがみついてて欲しい」
「へんたい」
「地上に出たら嫌ほど文句は受け付けるよ、でも、無事に地上に出れたら、君の好きなお菓子を何でも買ってあげるね」
 腰の辺りに、か弱い両腕が巻きついた。
「……クリームパン」
「承知した」
 にこりとリフルは、また頼りなさげに笑った。
「絶対に放しちゃダメだからね」
 きゅっと力が強くなったようだった。

 渾身の力を、突き出した両の腕に集める。
 前方から、ありったけの影の刃が飛んできた。
 待ち望んでいたかのように、まるで合図だったかのように、蒼が彼の手のひらで炸裂した。
「!?」
 宙に浮いたような、そんな浮遊感がアプリルを襲ったかに見えた。だが、彼女の感じたエネルギーは、燃え滾るような闘志は、確実に腕の中の肉体から響いていた。
 実際に、彼女は浮いていた。
 リフルの両腕から、まるで洪水のような鉄砲水が勢い良く吹き出ているのを彼女は見ていた。浅い角度で射出されていたそれが、揚力すら生み出し、二人を持ち上げていた。暗がりに怒涛を生み出す。
「!!!」
 馬鹿な、そうネプトゥーヌスは口に出そうとした。口がその形に動いた。音はついに出なかった。その前に波濤に呑まれ、消えていった。
「!!?」
 波濤に圧し潰された壁が、天井が、軋み、歪み、ねじけ、濃紺が漏れ出した。
 外から。

 基地の全てが、海の水圧に呑まれて朽ちようとしていた。ポッドはその怒涛に呑みこまれ、浮かび上がる。世界が終わるような光景を、ジノグライは見届けていた。自分の目論見が、上手くいったことも悟った。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!!!」
 絶叫する。海の音に全て吸われ、消えていく。リフルは波濤の中に、壊れてバラバラになったネプトゥーヌスの姿を見たような気がした。慈悲は感じなかった。ただそこには結果だけが厳然と存在し、他の感情が入り込む余地は無かった。恐怖を前に、全てが塞がれてしまっていた。凄まじい速さで、扉が後方へ飛んでいく。既に機能していなかったレーザー発射口の絨毯を通り過ぎる。螺旋を描きながら、二人は上昇していった。
「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
 絶叫する。海の音に全て吸われ、消えていく。泣きそうになりながら、アプリルはリフルの腰にしっかりとしがみついていた。振り落とされないように、置いてかれてしまわないように。やっと大切な存在だと分かった彼と、もう一度一人ぼっちになんかならないように。そして、水滴と水音に覆われたこの迷宮が、どんな遊具よりも爽快感に溢れることも、いきおい否定は出来なかった。背中合わせの恐怖と快感に揉まれ、その時をただ待った。
 作用と反作用の法則と、リフルの精神力は、迫り来る海水から二人を守り、二人を持ち上げ、二人をいざなう。その時が刻一刻と近づく。螺旋を描く、描く、描く。

 描く。

 藍と碧の境界が崩れる音がした。
 蒼は藍と碧に介入し、人間を跳ね上げ、死の淵から二人を掬い上げる。
 忌まわしいからくりが、水底に消えていった瞬間でもあった。
 偽物ではない本物の光は、囚われた姫の帰還を祝福するかのように碧のキャンバスに七色の橋を架けた。

 黒い円柱が、三つ浮かんでくる。太陽の光を反射し、きらきら光る。
 水面に辿り着いたアプリルとリフルが、それらのロックを外しにかかる。円柱から三人の仲間が目覚めたのを、二人は確かに見届けた。
「大丈夫そう……? 終わったの……?」
「凄かったよ! なんかこう、グシャー! バリバリ! ドドドドドドドドドドド!! って感じで!」
「わからないよー!」
 あはははは、とリフルは笑った。笑ったまま全てを忘れてしまいそうなほど笑った。水没したバンダナがだらしなく揺れる。普段なら制裁を加えるアプリルは、それを魂が抜けたように見ているばかりだった。
 ジノグライがポッドから起き上がる。
「……!」
 リフルは満面の笑みで片手を上げる。
「……」
 それに対しジノグライは、やはり黙したままで応えた。だが、その口端がちらと笑っているのを、リフルは見逃していなかった。それが自分に向けられていなかったとしても、リフルは笑いを止めることなどできなかった。
 イニーツィオの地下で見た宝石が、近くの波間に浮かんでいた。
 あの時と違い、青色をしたそれが、静かに揺られていた。


 水圧に負けた基地が、残骸となって海底に堕ちていく。
 ネプトゥーヌスだった部品と配線が、バラバラに砕けていた。
 沈んでいくその横に、彼が『最終兵器』と呼んでいた小さなボタンが、既に押されていたままで水圧を増やしていく。
 その脅威が水面の彼らに知れ渡るまでには、まだ少し、時間を要することとなるのだった。




*To be Continued……