雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 022- 希望に沈む、希望が沈む

 海面を、一台のバイクが滑走する。
「あー、モヤモヤする……」
 ソキウス・マハトは、その魔力を行使することにより、バイクを宙に浮かせて海面を滑るように通行していた。ラゴスタ海峡を通り、もうすぐ対岸、ノックスの街へと到着しそうである。
「被害状況を見るなら次はこのマルシェの街が襲われてておかしくないはずなのに……何事も無かったな……喜ぶべきことだろうけど妙だな」
 微弱な波紋を水上に描きながら、ぐんぐん進む。
「裏で何かが動いてることは分かっているはずなのに……その正体が分からないなんて不気味すぎる、気持ち悪い……」
 ソキウスは宙にバイクを浮かべるのをやめて、進行上に水面に摩擦力を働かせる魔術を放った。手から放たれた白い光線が彼の眼前から水平線まで届いたように見え、直線上に目に見えない魔法の航路が完成した。バイクはダイラタンシー現象を思わせるような挙動で水面に落ちる。更に大きな飛沫を跳ねあげ進んでいく。
「とりあえずノックスの街で聞き込みを続けてみよう、何か手がかりがあるかもしれない」
 水上で紅いバイクを駆りながら、ソキウスは白い軌跡を海上に描いていった。
「お、海鳥……」
 海鳥が悠々と空を飛んでいく。ソキウスの右手から、左手へと群れをなして進んでいた。
「あ」
 それに気を取られて運転が逸れ、魔法の航路からズレたバイクが横転し大きすぎる波紋を生み出した。バイク諸共、ソキウスが海中へ沈む音がする。
 その後ソキウスは自分の身体を引き上げノックスの街へ着くこととなるが、更にその深みには何かが確かに潜んでいたことを、遂に彼は知ることが無かった。


「お前が持っててくれ」
「なんで?」
「……妙に……重たいからだ」
「重たい、ねぇ、普通にコースターなのに」
「あ、じゃあさ」
「何だ」
「それが『魔力』って奴の正体だったりして」
「……」
「……」
「……怒ってる?」
「別に」
 ジノグライ、ハンマー、ミリの三人は会話を投げあう。雑貨店の店先で、アプリルとリフルも傍にいた。ひと段落着いたと見るや、リフルはぬるりと声をかけてきた。
「もう、次の街に行くのかい?」
「まぁな」
 ジノグライが答えた。
「この街の近辺に脅威が二体いるとは俺は思わんのでな……一応行きたいところもある」
「ふぅん、じゃあ詮索はしないでおこうかな」
「ところで、おいジバ」
『なんだよ』
 そばに浮いてた通信機を呼んだ。
「お前、さっき海上にいた時……何か拾わなかったか?」
『え?』
 沈黙。
『あー、あー、アレ?』
 物音。
『ちょっと待っててなー……あ、これ? 手ェ出して』
 義手の左手が差し出される。そこに、カランカラン、と二つの音が小さく鳴った。
「……これは」
『説明してなかったような……そういえば』
 ジノグライの手の中にあったのは、二つの結晶だった。
 水晶のようだったが、人為的に加工されたかのように六角形に形作られていた。
 黒い義手の上からでも分かるほど、眩しい緑と青の結晶だった。にも関わらず透明度は高く、黒い義手が結晶の向こうから透けて見える。ジバが語りだす。
『それさ、マールスの残骸のそばとか、海の上とかにさ、あったんだよ、で、その結晶を良く見てみ?』
 ふと見ると、二つの結晶は呼吸をするかのようにゆらり、ゆらりと明滅していた。
『最初に緑の欠片を地下で拾ったんだけど、そのときはこんな風に明滅はしなかったんだよなー、どうやら仲間の欠片が近くにあるときは明滅を繰り返すみたいだ』
「……」
『で、青い欠片は君たちの近くの波間に浮かんでた……流れからしたら、そのネプトゥーヌスの残骸から吐き出されたものと見て然るべきだろうな』
「妙だな」
『妙だね、で、提案なんだけど』
「?」
『それ一個持っててよ』
 そう言いながら、手のひらの緑の欠片をジバは引っ込めた。
『二つしかないとは限らないし、良い探知機になってくれるんじゃないかな』
「分からなくは無いが……」
 ジノグライは渋い顔をする。
「これがさっさと全てを終わらせるには役に立たないと思うんだがな」
『まぁまぁ、いいじゃんいいじゃん?』
 引っ込められた途端、青い欠片は輝きを失い、ただの青水晶に戻った。
『ポケットの中に入れとく、とかでいいじゃない』
「全く……」
 なんだかんだ言葉に従い、彼は上着のポケットに青い欠片をしまった。
 知らない間に、四人は雑貨屋の店先を離れようとしていた。そのあとを追いかけていく。

「波止場に行けば、既にチャーターされた船が乗組員さんと共に停泊してるはずだよ」
「ありがとう! 助かるね」
 リフルとハンマーが会話する。五人と一機分の影が路上に模様を描く。歩を波止場に向けて進める。
「それで……」
 ミリが切り出した。
「リフルとアプリルちゃんはここでお別れ……になるのかな?」
「ついて行きたいのはやまやまだけど……ね」
 リフルが苦笑する。
「今日みたいなことがあったと分かった以上は、これからもずっと海を見ていたくなったんだ……いつ異変が起きてもいいように」
「仕方ない……か」
 ハンマーが首肯した。
「アプリルは……」
「あぁ、アプリルは……」
 アプリルがリフルの背に隠れる。
「行きたくないって」
「全く……身勝手な奴だ」
 ジノグライが息を吐く。
「まあまあ、治せるように努力してるんだって」
「へぇ……!」
「僕はここに残るけど、君たちに何かあったらすぐ駆けつけるからね!」
 屈託の無い笑顔で、サムズアップのポーズをとる。
「それでね」
 太陽の光が降り注ぐ空の下、バンダナが風に翻る。
 青空の下で、青いバンダナが翻る。
「僕がやりたかったことを教えてあげるね、お別れの挨拶に、相応しいこと……」
「どういうことだ?」
「見てて見てて!」
 にぃ、と大輪の笑顔を見せ付けたリフルは、三人に向かって向き直る。
「とぉっ!」
 右手を上げた。
 右手の上の空間から、いつものように、大きな水の奔流が発生した。
 発生した奔流は、広く空間に飛散し、太陽の光を受けて透明に輝く。
 そして、大きな像を作り出した。
「あ!」
「これ……」
「……!」
 太陽を受けた滴のスクリーンは、大きな大きな虹を作り出した。
「虹だーっ!」
 あどけない声が響く。ジノグライとアプリルも、呆けたように空を眺めていた。
 霧のように広がり、崩れ、そのうち空気と一緒になって、消えた。
 その一瞬の七色が消失したあとも、四人はずっと空を眺めていた。
 

「さよならー!」
 波止場に着いた一行は、リフルとアプリルと別れた。
 波止場の方向を向くと、ひとりの男が波止場で待っていた。フランクに片手を上げる。
「おう、事情は俺たちのボスから聞いてるぜ」
 季節は春にも関わらず軽装だった。ポロシャツの下の体つきはがっしりとしていて、目元はサングラスで隠されている。短く刈った髪と日に焼けた肌をしていた。
「ボス?」
「リフル坊の親父さんだよ、そう呼ぶように、って言われてるんだ……カッコいいだろ? って理由でね……とにかくボスから事情は聞いてる」
 波止場には、立派なモーターボートが停泊していた。
「このモーターボートに乗ってくれ、これでノックスの街まで一気に行くぜ」
「助かります! ありがとうございました」
 ミリが元気よく頭を下げる。
「……」
 ジノグライはむすっとしている。
『すんませんねぇこんな奴で』
「何だこいつ!?」
 通信機が喋ると、男は大きく身を縮めた。
「……すいません」
 何故かハンマーが謝った。

「しゅっぱーつ! しんこーう!」
 溌剌な号令がかかった。モーターボートは唸りを上げて、大きく海水を跳ね飛ばしながら進んでいく。リフルとアプリルが、遠くから見守っていた。
「……いっちゃったね」
「……いっちゃったなぁ」
 のんびりとリフルが言った。
「ねぇ」
 アプリルが彼を見る。
「またみんなに……会えるかな?」
 不安げな顔で言った。だから、
「ああ、会えるともさ!」
 そう、リフルは言った。アプリルの顔がぱっと輝く。
「……きっとね」
 ばし、と彼の脇腹を叩いた。それにいつものような力が無いことに、リフルは気づく。ディレイアタックも、一回も使われなかった。
「……」
「……」
 皮肉なもんだな、と思った。思えばいつも叩かれていたような気がしていた。どうしたんだろうな、とリフルは思う。
 まぁでも、と思う。少しづつ、距離を詰めていければいいかな。
 一人ぼっちだったこの子が、もっと素直になれるように。そう、心から思った。
「……」
 無言のまま、アプリルはそっぽを向いた。
 照れ隠しは、上手くいっただろうか。気づくわけないか、とアプリルは思う。
 あんなに鈍感な、兄貴分なんだから。そう、言い聞かせた。


 快調に波を裂いて、モーターボートは前進する。アネモス諸島の島々を写しながら、ゆるりと景色が流れていく。
「あー……」
 モーターボートの甲板の上で、ハンマーがひっくり返っていた。
『疲れてるねぇ』
 そばにいたミリにも声をかけた。
「そりゃあもう」
「波に揺られながら休むのもいいもんだよねぇ……」
「私は船酔いしそう……」
『ミリちゃん大丈夫?』
「大丈夫……じゃないかな」
 すると、船首の運転席から、良く通る声が響いてきた。
「ははははは! よく眠れなかったんじゃねぇのー?」
 あくまでも陽気に言った。
「ごめんなさいー……ひょっとしたら私乗り物弱いかも……」
「んー、じゃあちょいと減速しようかねぇ」
 ジノグライはぼんやりと甲板から景色を眺めていた。髪をなぶる風が少し弱まる。ハンマーが起き上がった。
「……もうちょっと早くはできねぇのか」
「うーん……具合が悪い子がいるのに放ってはおけないだろうさぁ」
「急いでるんでな」
「ぬぅ……」
 しきりにハンマーはミリの様子を窺う。
「ありがとうハンマーくん……多分船に弱いのはこちらから揺れるタイミングを決められないからなのかなぁ」
「バランスはむしろいい方だもんね」
 コンテナに囲まれながら戦ったときの、ファーストインプレッションを思い出している。
『今シエリアさんに聞いたけど、飴とか舐めたらいいんじゃないかな、気分が紛れるよ』
「持ってないけど……」
『ほら』
 すると、空いていたミリの手のひらに、苺味の飴が転送された。
「あ、ありがとうございます……」
 言葉と共に、可愛げのある包装に手をかける。両側から引っ張り、ピンク色の球体が顔を覗かせた。
 言葉が聞こえたのは、それとほぼ同タイミングだった。
「な、何だアレはッ!?」
 声の主は運転席の男だった。顔が引きつり、前方の景色に向かい悲鳴を上げている。
 その悲鳴を上げさせた物の正体は、前方に厳然と存在していた。
「えっ……これ……」
「何……!?」
 ミリとハンマーが悲鳴を上げる。
 大山の如き黒い姿が、水を被りながら海面から立ち上がっていた。それは文字通り山のような体躯をしていて、そうとしか形容できないような代物だった。しかしながら大きな顎が前方にぽっかりと口を空けており、一対のぎらついた双眸が天辺にあった。
「これは……何……!?」
「分からない……」
 青い閃光が視界の端で弾けた。ジノグライのレーザーがその異形の黒山に向かって吸い込まれていく。電撃が奔り、一瞬その怪物が怯んだかのように見えた。
「おおかたネプトゥーヌスの切り札か何かだろう、ここで仕留められ……るのか!?」
 珍しい弱音が、圧倒的な敵方の物量の前に崩れる。
「ひぃーっ、な、何だこれはぁ! これは、ああっ、あ、あああああ!?」
 男はネプトゥーヌスとの戦いを知らず、取り乱している。モーターボートの操作も全く要領を得ない。蛇行し、加速する。
「落ち着け!」
「これが落ち着けていられるかよぉおーッ!!」
『おい前を見て! やばいぞ!!』
「!?」
 即座に全員が前を見た。モーターボートが咄嗟にバックする。怪物の大顎が、全てを呑み込まんとするかのように広がり、凄まじい速度で崩れるように肢体が海面へと吸い込まれていく。
 呑み込まれこそしなかったが、衝突点に近づきすぎていたモーターボートは、とてつもない衝撃を受けて無常にも宙へと跳ね飛ばされてしまう。離れ離れになった男が、ミリが、ハンマーが、ジノグライが、次々と海面へと落下していった。
『……嘘だろ……!?』
 ただ念動操作ができる通信機だけが、ゆるゆると滞空して水面へと下りていく。
 驚くべきことには、あれだけの波紋を巻き起こした怪物は、水面に叩きつけられると共に、海中へと解けて消えてしまったということだ。怒りをぶつけようにも、元凶が消滅してしまっていた。何も残されなかった。魔生物の群体は、使い捨てられ海の底へと消えていった。
『もし……もし皆が意識を無くしていたら……!?』
 凄まじい不安にかられ、辺りを見回しても、何も痕跡が立ち上ろうとしていなかった。衝撃を受け半壊状態になったモーターボートが、ぷかりと浮かんでいるだけだった。
『運転手さーん!! ハンマーーー!!! ミリちゃーーんッ!!! ジノーーッ!!!』

 言ってくれるはずだ。
 いつもハンマーに言っているように、「その名で呼ぶな」と言ってくれるはずだ。そのはずだ。




*To be Continued……