雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 024- ゾイロス・イクシオン

「この歓声は……何?」
『忘れてるかもしれないけど、本来バトルっていうのはスポーツであり、パフォーマンスであり、ショーだもんな』
『そしてこの惑星でも有数の人気を誇る……でしょう?』
「シエリアさん皮肉たっぷりですよ」

 一行は既に、街中の適当な空き地に移動していた。適当な間合いを取り、ジノグライとゾイロスと名乗った男が相対する。
 白と黒。赤と青。焔と雷。
 それを取り巻くように、円状にノックスの住人達が歓声と雄叫びをあげる。にわかに活気づいた空き地の中で、ジノグライはちらりと顔を顰めた。
「……やりにくいな」
「案外楽しそうですよ?」
「フン」
 そう鼻を鳴らしたジノグライの顔は、一旦顰められた途端、むしろ歪んだ笑顔を浮かべていた。獲物を見つけた猛禽のように、ギラリと輝く目をしている。しかし目の前の、ジノグライより背が高いゾイロスと名乗った青年は、表情が変わる気配を見せなかった。微笑したままで、相手をじっくりと見定めている。丁寧なようで、どこか不気味だった。「目は口ほどにものを言う」なる格言こそあれど、彼の糸のような目からそれを判断するのは非常に難しい。
「さて、ジノグライさん」
「なんだ」
「ここでルールを定めましょう、あなたは意識を回復して間もない、それにどうやらあなた、魔術の心得が無いらしいですね?」
「!」
 今度は驚愕の眼差しがゾイロスを貫いた。どこの馬の骨とも知れぬ輩にそんな事情を見透かされるのは不快ですらあった。
「ですから私は……」懐に手を突っ込んだ。「ハンデを与えたいと思います」
 出てきたのは拳銃だった。
 拳銃と言えばそのとおりだが、そこはかとなくサイバーな雰囲気を漂わせている。要するに、ビームを撃つことすらできそうな拳銃だった。
「これは私の武器……一見拳銃のようですがビームも撃てますし、このように――」
 耳に痛い音が飛び込む。ゾイロスは目の前の地面に銃を向け、引鉄を引いた。凄まじい銃声と共に前方に飛んだのは本物の弾丸だった。空薬莢が排出される。
「――実弾も撃てるのです……本来ならジャッジの結界がかかった中で、有効な手立てとなるはずでしたが……残念なことです」
 そのサイバーな拳銃に安全装置をかけ、ゾイロスは何処からともなく現れた細い鎖で雁字搦めにこれを縛り付けたのち、もう一度懐にしまった。
「さて……物理的に武器を封じ、ついでに少々私自身も重たくなりました……これなら良い戦いが出来そうです……が」
 まだ何かあるかのようにゾイロスが聞き入っていた聴衆に話しかけた。
「どなたか……このオーディエンスと我々を隔てるようにバリアを張ってくれる方はいませんか?」
 改めて聞けば、割とよく通る声でゾイロスは頼んだ。
「彼も私も……きっと光線を主に使うはずです……観戦は許すので是非……」
 なぜ光線を主に使うことがばれているのか、ジノグライは気になった。ところが自分の両腕をちらと見たとき、苦い顔を隠しきれなかった。
 つまり義手を背負っていると言うことは、強さを相手に対しばらしてしまうことにも繋がるのだ。そのことに今更気づいて、ジノグライは渋い顔をする。そんなことにも頓着せず、ゾイロスは観衆のひとりに依頼してバリアを張ってもらう。透き通った球体のシャボン玉のような膜が観衆と二人を隔てるように構築されていく。完全な球体が作られると、その瞬間に霞の如くバリアが空間に溶けこんでいった。
「さて……」
 ゾイロスが短く詠唱する。もはや見覚えのある薄桃色の線が空間を奔った。
「……」
 ジノグライは小さく歯噛みした。
 ジャッジ。
 パフォーマンスとしてのバトルをする上で有用な結界。
 敗者の治癒を約束する結界。
 そして、魔力の裏返し。
「……」
「合図はあなたからどうぞ」
「……俺が手を打つ、その時だ」
「いいでしょう」
 沈黙。
 手を打った。
 青い火花が散る。

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 それが合図だった。
 ジノグライが猛ダッシュをかける。そして帯電した義手が唸りを上げてゾイロスの腹に吸い込まれた。
 かのように見えたが、
「!」
 驚愕が映される。
 そこにいたはずのゾイロスはいなかった。
「こっちですよ」
「な……」
 そしてジノグライは思う。
「俺と同等の速さ……?」
「さぁどうでしょうね」
 後頭部に重い衝撃が弾ける。どうやら殴られたらしい。
「ぐっ……!」
 振り返る。後ずさりながらも電撃を放った。何発かゾイロスの腕に当たったらしく少し後退する。
 すると一気にゾイロスは屈み、屈んだ途端赤い煙が奔ったように見えた。そのまま一気に加速し、勢いにのった蹴りを繰り出した。
 蹴りはジノグライの腹を一薙ぎし、彼を背面跳びのような格好で吹き飛ばす。地面に手をつき、転がり、再び素早く立ち上がる。一定の距離を保ったまま、再び一挙に青い電撃を遮二無二撃ちまくる。
「ふむ」
 すると鞭のような赤い赤い熱の帯がゾイロスの両腕から伸びだした。バリアを張らない代わりにそれらを振るう。振るう。
 たちまち青の軌道は砕け散る。さらに突然その帯を地に叩きつけた。
 今度は少しだけ熱を失った帯が砕け散る。それらが粉々になり、まるで火山弾のように熱を帯びて前方のジノグライに襲い掛かった。ジノグライがこれを横っ飛びでかわす。転がる。砕けた帯が重力に引かれて地に落ち転がった。
 それに気をとられそうになったが、熱と唸りに危険を感じたジノグライが前方に注意を注ぐと、ゾイロスが地面に手をついてそこから円状に炎の輪を広げていた。すぐにジノグライのもとに炎の領域が広がる。前方に思い切り跳躍し、彼はゾイロスを上から踏みつけにかかる。
「でぇい!」
「おや」
 腕を曲げ衝撃に備える。果たしてジノグライの脚はその狭い領域を確実に捉えていた。腕を下方向に振るった。ジノグライの身体が地面に吸い寄せられる。土埃が舞い上がるのも厭わず、受身をとった。衝撃が逃がされる。ファイティングポーズを続けてとった。帯が飛ばずに言葉が飛ぶ。
「良い身のこなしです」
「そいつは良かった」
「なかなかやりますね」
「こっちの台詞だ」
 ジノグライは静かに昂ぶっていた。言葉は要らない。すぐさま戦いに身を投じたかった。
「ふんっ!」
 今度は空間を切り裂くように腕を動かした。青い軌道が飛び散る。ゾイロスは軽々とした身のこなしでこれを避けた。避けられたレーザーは見えない壁に阻まれる。観衆の驚愕の悲鳴が上がるがそれに構ってはいられなかった。
 今度はゾイロスが攻撃に転じる。赤い光線がてんでばらばらに飛び散り、ジノグライの逃げ場をなくしていく。当てるつもりはさらさらないようだったが、ジノグライの動ける範囲が狭まっていく。
 これを横たわるように転がって避け、ついでに前にいるゾイロスとの距離を縮める。そのまま走り出し、更に距離を縮めていく。
 そのまま今度は手刀を振りかざし、ゾイロスに迫る。しかしながらゾイロスはその帯電した手刀を喰らってしまう。そこにジノグライは嫌な感触を覚えた。
「……?」
 おかしい、と思った。普通ならゾイロスはこれを避けるなりするはずだが、と思った。喰らった彼の身体はそのまま転がり、その瞬間ゾイロスの身体全体からスモッグが湧き出た。
「なっ!?」
 完全に油断していた。前が見えない。前が見えなくなる前にゾイロスと目が合ったような気がした。紫の煙が周りを覆いつくす。瘴気にあてられたかのように身体がピリピリしだした。たまらずその煙を吸い込む前に、義手で払う。
 はずだった。
「あつ……!?」
 気が付いたときには、既に赤い帯が身体中に絡みついていた。少しでも腕や脚を動かそうとすると、容赦ない熱に焼き尽くされてしまう。特に義手には厚く絡み付いており、レーザーを出そうとしても熱に阻まれる。おまけに帯びの硬さを調整したらしく、物理的にも阻まれるようだった。煙が一挙に晴らされ、ゾイロスが後ろに回りこんだ。ざわざわとしたオーディエンスのざわつきがこちらにも響いてくる。
「私は何もしませんよ」
「この炎の拘束を解け!」
「それは出来ない相談ですねぇ」
「クソッ!」
「私は何もしませんよ、ですがあなたも何も出来ません」
「……」
 屈辱的だった。一瞬の隙を突かれて全ての挙動を封じられ、相手に何も出来ないという苦しみは、ゾイロスの熱よりも熱く苦しい責め苦をジノグライに与えた。
「降参するのです」
「できるかぁ!」
「あなたは何も出来ない」
「決め付けるな、俺はまだできるはずだ……!」
 ジャッジの結界の仕様を思い出す。苦しむのは一瞬だ。それよりも背後のむかつく人間に一泡吹かせてやりたかった。
 後方に向け、一気に振り返る。
「な」
 拳と共に一挙に渾身のレーザーをぶちこむ。しかしながらその拳の勢いはあまりにも弱かった。しかしながらゾイロスはレーザーを胸にまともに喰らった。後方へと倒れる。
 ふとチカチカする視界で目の前の黒い人間を見つめる。彼を覆っていた赤い帯は解れ、地面に吸い込まれるように消えていく。ゾイロスは立ち上がった。上着が砂埃にまみれ、レーザーの熱で焼かれても、それでも立ち上がった。
 対してジノグライの身体はその動きを止め、解れた帯と共にくず折れた。義手が焦げ、腕も腹もジャケットも脚も煙を上げていた。顔も酷い火傷を負い、すぐに地面に倒れ見えなくなった。凄まじい熱がジノグライの全身を焼き、彼の意思を奪っていく。
 挑戦者が勝利を収めた。
 大きな歓声がどっと沸きでる。ゾイロスはそれを手を上げて制したが、無謀で潔い挑戦者の耳には既に届いていないようだった。


「……」
「……ジノ」
「呼ぶな」
「ジノグライ……」
「呼ぶな」
「何か……ごめんなさいね」
「ケッ」
 幾ばくかの憎しみをこめて、ジノグライはホットケーキに勢いよくフォークを突き刺した。
『すみませんねぇこんな奴で』
「はいはい」
 ゾイロスはニコニコ顔を崩さない。
 二人の傷は完全に癒え、観衆も三々五々去っていった。あとには記憶だけが残ったが、ジノグライは目の前の青年に猛烈に腹を立てていた。
 一行は喫茶店に来ていた。砂埃が舞う中、テラス席にわざわざ陣取っているのはジノグライの僅かな抵抗らしい。
 ハンマーはこの店の名物らしいホットケーキを思い切り頬張り、会話が出来ない状態にすら自分を追い込んでいる。それを見てゾイロスはくすくす笑う。
「やれやれ……素晴らしい食欲ですね」
「ハンマー君さっき昼食沢山食べたのに……」
「もひゃひゃむむむまぁまもひゃひゃむみゃむめもひゅー」
『きちんと口の中のものを食べ終わってから言いなよー』
 ごくん、と喉が音を鳴らす。ハンマーはコップに注がれたお冷を飲んでから言葉を紡いだ。
「いや、ジノグライが負けるなんて珍しいなーって思ってさ……」
『やめたほうがいいよー』
 ジバの声がざらざら割り込む。
『分かりにくいですけど、明らかにヘコんでますよね……』
 わざわざ三人と一機から離れたテラス席に陣取り、食べるでもないホットケーキに何度も何度もフォークを突き刺している。ホットケーキは既にボロボロだった。ハンマーが可哀想な子を見るような目で見ている。
「それで……」イライラが収まらないジノグライの代わりにハンマーが問いかける。「イクシオンさん……」
「ゾイロスでいいですよ」
「ゾイロスさん? なぜ戦いが終わっても僕らのそばにいるんですか?」
「あー、まだ言ってませんでしたね」
 ゾイロスが肩をすくめた。その一挙手一投足にすらジノグライはイライラする。またホットケーキが原型を留めなくなっていく。
「あなた方は冒険をしているのでしょう?」
「え? あ、はい……」
「私を連れて行ってもらえませんか?」
「……は?」
「今何て言った……!?」
 たまらずジノグライが立ち上がった。テーブルの上の食器が震える。その上の飲んでもいないコーヒーに波紋が浮かぶ。
「てめぇ俺をズタボロにしやがって……顔も見たくねぇよ!」
「まぁそう怒らないでください……あなたのプライドが傷ついたことは承知してますよ」
「じゃあ何故俺たちについてこようとする……」
 噛み付かんばかりの勢いだった。ゾイロスは軽く両手を挙げて降参の姿勢をとる。
「うーん」
 ゾイロスは少しだけ困った顔をした。
「それは言えません」
「てめぇ!」
「ですが提案をします」
 人差し指を立てる。
「旅をする中で、私を倒してみたら如何ですか」
「……どういう意味だ」
「私も旅に同行します、旅をしながら、成長しながら、私を決闘で倒す機会を、リベンジの機会を窺ってみたらどうでしょう」
「……」
 ジノグライは納得したような、納得しないような、曖昧な顔を浮かべる。
「まぁ……」
 ゾイロスが付け足す。
「嫌だと言っても……ついて行きますけどね」
 はぁ、とジノグライは溜息をついた。そして無理矢理自分を納得させることにした。




*To be Continued……