雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 025- 暗躍する影に立ち向かうは胡散臭い焔の青年

 改めて、目の前の青年を凝視する。
 腰まである長いベージュのジャケット、端正な顔立ち。透き通るような白髪は今はどこからともなく取り出した麦藁帽子に覆われている。そしてそのジャケットの懐に拳銃がしまわれてあることが、奥行きを窺いしれない糸目と相まって目の前のゾイロス・イクシオンという青年を危険人物に見せていた。
「そんなに睨まないでくださいよ」
 ゾイロスが肩を竦めて笑う。
「……その嫌味な笑いを止めることは出来ないのか」
「生まれつきなものでしてねぇ、こればかりは」
「あとその慇懃な話し方だ、逆に慇懃無礼だ」
「これも生まれつきでして……」
「ちっ」
 舌打ちして目を逸らす。
「さて、これから何処へ行くのでしょう?」
「あー、えーと」
 未だにとげとげしい(もっともいつもの事だが)ジノグライに代わり、ハンマーが答える。
「えっと、この近くに謎の軍勢の襲撃を受けた町があると聞いたので、そのあたりを調べてみたいと思ってるんです」
「……」
「どうしました?」
「あ、いえ、何も……では行きましょう」
「?」
 ハンマーは小首を傾げた。一瞬だけだが、ゾイロスの顔に、さっと衝撃が走ったような気がしたからだ。何か痛いところを突かれたかのように、彼の顔に動揺が浮かんだかのように見えた。気のせいだろうか。
「むふむふ」
 後ろを振り返ると、ミリがハンマーにも負けないような量のホットケーキ(しかもシロップのたっぷりかかった)を頬張っているのが見えた。
「そろそろ行きますよー」
「む? もひゃもひゃもふふふ」
 飲み込もうとして、
「ぐぐぐぐぐぐ」
「詰まらせてますね……」
「んぐ」
「お、収まった」
「あはー……あ、ごめんなさーい……そろそろ行きましょ、ね?」
「明るい娘さんですね」
 出し抜けにゾイロスが言い、ハンマーをびっくりさせる。
「娘さんって言い方は……」
「それ以外に適切なものが咄嗟に思い浮かばなかったもので」
「……まぁ何でもいいですけど」
 言いながらジノグライを呼んで喫茶店から出ようとしたが、
『オイオイ、ちょっと忘れてもらっちゃ困るなぁ』
「え」
 ジバの声で遮られた。
『会計だよ会計、ちっと待って』
「あ、いけない……」
 ふよふよと通信機が店内のカウンターへと浮いていく。ミリがその後を追った。店内の扉を開けると、ちりんとした鈴の音が響く。砂混じりの喫茶店で、その音色は妙に浮いていた。
「あ、お会計ねー」
『はい、その通りです』
「うわっ」
 驚いたのはカウンターで座っていた緑眼の女性だった。金髪を後ろで括ってポニーテールにし、エプロンを着けている。そして、その店員は通信機を見てびっくりしていた。
「何それ」
「気にしないでください」
『ほれ財布』
「あ、ありがとです」
 ベーシックなプラスチック財布がミリの手のひらに転送されたあと、ミリはそこから四人分のお代を出した。
「はい、確かにー」
「ではー!」
 店員は可愛げのある笑顔で手を振った。
「良き旅を」
 そして隠し持っていたナイフが、背を向けたミリの背に走る。

 店内から悲鳴が聞こえた。
「!!」
 ハンマーが驚愕する一方、ゾイロスはしまりの無い穏やかな顔を崩さない。ジノグライはただ見ていた。
「敵は機械だけではないです」
「どういう……!?」
「先ほどの海面から怪物が立ち上ったという話にしても、町を襲った軍勢に繋がりがあると考えた方が自然だと思いませんか」
「……」
「敵はあの手この手であなたたち……そして私たちを妨害すると覚悟した方がいいと思います……それに」
 ちらりとゾイロスはジノグライの方を見た。戦闘態勢をとり、出てきた相手を倒そうと身構えている。
「……そういうのはジノグライさんが一番よく分かっているはずでしょう? 一緒に旅をしてきたのだったら」
「……そんなにリスクを背負うことなのにどうしてついてくるんですか?」
 答えなかった。ふふ、と微笑み、短く詠唱する。
「ジャッジ」
 呟き、結界が貼られた途端、木製の扉が強引に押し開かれた。かろうじて蝶番も扉そのものも無事だったが、耳障りな鈴の音がより一層耳障りになる。
「に、逃げ……!」
 ミリが息も絶え絶えで宣告するも、
「ここで食い止めなきゃ……!」
『ここで食い止めなかったら街が荒らされちゃいそうだしなー』
「ジャッジは貼りました、多少手荒でも沈黙させましょう、生命だけは取らないように!」
「りょ、了解!」
 非常事態なのに敬語で声をかけられ、思わずハンマーは自分の上司を、ERTに破壊された工事現場を、暖かだった居場所を思い出してしまった。胸がチクリと痛くなる。そんな感傷に浸る間もなく、
「伏せろバカ!」
「!?」
 すぐ横にいた男の声ではなく、向こうにいたジノグライの声だった。彼のレーザーは店員を確かに捉えていたが、店員はつむじ風のように身をかわし、今度はジノグライにナイフを投げつけた。ナイフ如きで怯むジノグライではなかったが、飛んできたそれを義手で弾き落とした時、そこに隙が出来る。
 顔を上げると、店員の近くに展開されていた風の矢が、薄緑の衝撃波を伴い三つ発射されようとしていた。
 やば――
 ダン! ダン! ダン!
「!?」
「まだまだですね」
「てめぇ!」
 当然のように反駁するが、危ないところを助けてもらったのもあり、吠えるだけに留めておいた。いつの間にか拘束を解かれていたゾイロスの拳銃が、狙い違わず三つの矢を撃ち抜きかき消した。
「はっ!」
 今度は店員に向かって遠慮容赦一切なく十数発の紅い弾道を放ち始めた。回避は不可能。ジノグライでさえそう思った次の瞬間、
「何ッ!?」
 店員は平時なら絶対やらないことをした。
 テラス席のテーブルにあろうことか飛び乗り、そして跳躍する。凄まじい唸りをあげながら薄緑の旋風が店員の身体を包む。薄曇りが支配し始めた空に、店員が危険な影を生み出した。
「まさか……」
「そのまさかです!」
 言うが早いか、ゾイロスは先ほど放った熱風が彼を包む。その勢いのままジノグライに向かうのではなく、とてつもない高度まで跳躍する。それこそ、店員を捉えるまで。
 店員の企みはわかった。あとはそれを止められるかどうか。ゾイロスは思案する。
 目を見開いた。狙いは――
「今です!」
 構えた拳銃から咆哮が放たれる。
 三度。
 そして当然のように、標的に命中した。
 右手。左腕。左踝。
「がッ!?」
 苦しげな吐息が飛んだ。風の唸りが止み、力尽きたようにだらりと四肢が投げ出される。そのまま店員は墜落した。怯えを消した目――
「ハンマーさん! 受け止めてください!」
「ええっ!?」
 とりあえず影の示す位置にハンマーは移動し、
「うわぁっ!」
 何ら外傷を付けることのないまま、ハンマーはきちんと店員を受け止めて見せた。だが、
「わわわ……」
 やむなくお姫様抱っこする形になり、たちまち赤面した彼は、そそくさと別のテラス席の椅子に店員を下ろしに行った。
「やれやれ……」
 そんな窮地に陥っても、薄笑いを浮かべるゾイロスを、ミリは呆気に取られながら、ジノグライはまだ戦闘態勢のまま、苦々しげに眺めている。
 悔しいが、彼の戦闘技術が一級品であることを、ジノグライも認めざるを得なかった。
「彼女は操られていました、墜落するなら恐怖のひとつもあるのが人間として自然でしょう、それがすれ違った中でみた彼女の瞳には無かった」
 ゾイロスは告げる。
「おそらく戦闘不能になれば解除される筈でしょう、その時まではテラス席に下ろしておくのが懸命でしょうね」
「包帯無いかなぁ……」
 店員のエプロンに滴る血を見て、思わずミリがそっと呟くと、
『ありますよー』
 ミリの呟きに若医者であるところのシエリアが答える。転送してもらった包帯の巻き方を指南してもらいつつ、なんとか店員の傷である三箇所に包帯を巻き終えた。
「あとはジャッジの効力が切れれば快癒してくれるでしょう、包帯はまぁ慰め程度で……」
「……すごい」
「どうしてここまで強いんだろ……」
 ハンマーとミリが尊敬の眼差しを見せる中、ジノグライだけはやはり面白くも無さそうな目で彼を見ていた。
「……」
「……?」
 そしてその強さを感じさせない所がまた苛立たしい。
 ますます分からないのは、何故そんな奴が一行入りしているのかということだ。
「……おい」
「なんでしょう」
「お前まさか、スパイじゃないよな?」
 もはやお決まりのように、彼は「やれやれ」というように肩を竦めた。
「まさか、そんなわけないですよ」
「だったらじゃあ一発殴らせろ」
「どうぞ?」
「……は?」
 反発と怒りを込めた義手の拳は、ゾイロスの左頬を抉った。そのあまりの呆気なさと共に、ジノグライがしばし呆然とする。
「……は?」
 先ほどと同じ感嘆文を吐いた。
「お前……」
「だから言ったでしょう、私はスパイじゃないと」
「お前にはプライドは無いのか!?」
「プライドなんてドブに捨てるか猫に食わせてしまえばいいんです」
「……」
「私はあなたたちについていきたい、機械の軍勢の謎を解き明かし攻略し、平穏を再びこの手にする、それでは駄目なのですか?」
「……世界平和とかクサいこと言わないのはお前らしいな」
「合ってそれほど経ってないのにお前らしいとか言わないで頂きたいですね」
「……」
 そしてゾイロスは、今度は深く頭を下げた。
「お願いします、あなた方の旅に付き添わせてください」
「……」
 ジノグライは渋い顔をしたが、やがて、
「勝手にしろ」
 その言葉と共に街の端へと歩き始めた。
『……別に私やハンマーやミリちゃんからは止めないと思うけど』
 ジバの声がした。ゾイロスはカメラアイと目線を合わせようとした。モニターの向こうのジバと目が合う形になる。
『……車の運転はできる?』
「……一応免許を取ってます」
『ようこそ!』
「対応が早い!」
 思わずハンマーが突っ込みを入れた。
「それで、僕たちの仲間になってくれるんですか! あ、待ってー!」
 ハンマーはジノグライと通信機を追いかけに行った。ミリもそのあとに続くが、それを追いかけるゾイロスに問いかけた。
「それで、次に行く町の事とか知ってるんですか?」
「……何故私に?」
「いや、詳しそうだなって思って」
「あぁ、なるほど……」
 一旦口を閉ざし、また開いた。
「ミューエの町と言います、歴史ある砂漠の町で、人口こそ少ないですが古くからの目を引く建築が多いことが特徴……と聞いてます」
「へぇ……ノックスの街近辺は来たことが無いんですよ、楽しみ……!」
 ゾイロスはふっと笑みをこぼす。ノックスの街は広かったが、しばらくすると街のはずれに出てきた。ハンマーが手を振り、ジノグライは相変わらず不機嫌だった。そしてその横に、
「く、車?」
『シエリアさんの奴らしいから壊したら許さないってー!』
『そこまでは……親戚からのものですしそこまでではないですよ』
『で、運転をゾイロスにしてもらいたいんよ』
「任せてください」
 早速新たな仲間を呼び捨てにする通信機の傍には、かなり重厚な四輪バギーが停められていた。ご丁寧に後輪の上には日除けカバーも畳まれて設置されてある。
「ではこれで、ミューエの町まで皆様をお連れします」
「運ばれてばかりかよ」
『でも運転できませんよね?』
「ぐっ」
 悪気の無いシエリアの声がジノグライに刺さった。


「ネプトゥーヌスは駄目だったか、不意打ちも失敗に終わった……あいつはもう用済みだ、洗脳を解いてやるか」
 無機質な電子音が鳴った。
「おい」
「何だ」
「すぐに俺のいるルフト洞窟に来たほうがいいだろう」
「……何故だ」
「ネプトゥーヌスは性格に問題こそあったが、優れた戦士だっただろう?」
「その通りだな」
「あいつらには仲間が増えた、このままではお前が相手をするのはきつかろう、二人分の戦力で迎え撃つ」
「だがいいのか? そっちには大規模なHC部隊が控えていると言うのに」
「そうだ……だからお前には時間稼ぎも頼みたい」
「……どのようにだ」
「拠点の町にERTも大量配備した機械兵団を置いておけ、そこであいつらが戦っている間にお前はルフト洞窟に飛びたて、ヘリがもしものときに配備してあると言っただろう、あれで」
「なるほど……ひとつ気になることがある」
「あ?」
「あの単独行動をしている青年はどうする、危険因子になるかも知れないが……」
「まだ泳がせておけ」
「ふむ?」
「……利用できる価値があると見た」
「そうか」
「では頼んだ」
「了解、任務を続行する」




*To be Continued……