雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 026- 呪われし郷愁、そして強襲

 快調に砂煙を上げ、バギーが走る。遥かに前方には、大きく広がる岩場も見て取れ、乾燥地帯に向けて走っていくのが分かった。
「ところでさ」
 ハンマーは問いかけた。
「ジノとかミリちゃんとか暑くない? 日除けでもかけようか」
「そう呼ぶな」ジノグライはその言葉に続いて、「そして日除けはやめておいた方がいい」
「どうして?」
「すいません暑くて死にそうですー……」
 ふと見ると、ジノグライの横で顔を真っ赤にしたミリが座っていた。どうやら暑さに弱いらしい。
「お前は氷でもなんでも使えばいいだろうが」
「魔術って同属性の人には効果薄いし同一人物には尚更じゃないですかねー……」
「けっ」
 そっぽを向いた。説明することが嫌になったような顔で、運転してない二人と一機に顔を背けている。ハンマーはちょっと肩を竦めて、バギー後部の日除けカバーをかけた。横方向のカバーもかかり、運転席以外の視界が確保できなくなっている。
「少しはマシになった?」
「あ、うん……」
 幾分か顔の赤みが薄らいだミリに、ハンマーは声をかけた。
『しっかしこれ不便じゃない?』
「そうかな、トラックとかこんな感じだと思うけど」
『言われてみればそうだけど、なんか嫌な予感がするんよー』
「むぅ……」
『ジノグライの言うことはある意味では正しいんじゃないかな』
 そう言いながら、ふわりとカバーのかかったバギーの上空へと飛んでいく。しばらくは乾燥した土地がずっと続いていて、たまにゴロンとした岩が転がっているだけであったが、その瞬間は突如として訪れた。
『むっ!』
 唸る。
『ゾイロスさん全速力! この先に大きな岩はありません!』
「了解しました!」
「きゃっ!?」
 ミリが悲鳴をあげる。急加速したバギーが唸りをあげ、砂を弾き砂漠に進路を残していった。その後ろを弾道が追いかけていく。
「ゾイロスさんこの速度のまま行くんですか!?」
「道はここをずっとまっすぐ行けば大丈夫です、私はこのあたりの地理に詳しいですから」
「地理もへったくれも無さそうだがな!」
 いちいちジノグライが口を挟んでくる。
「ははは、まぁこれぐらいは……おっと」
 今度は急速にカーブを重ねていく。蛇行した軌跡を追うように、なおも後方からは銃撃の音が響いていた。
『後方に機械兵団の大部隊! ERT装備兵も何体かいる! 気をつけて!』
「ERTって何ですか?」
『大砲みたいなやつ! 黒い金属の柱みたいな……兵器!』
「なるほど、そう呼んでいるのですね」
「ちきしょ、状況はどうなってるんだ」
 とうとう堪りかねてジノグライが日除けカバーを剥いだ。後方にはいつ出現したか分からないような十数体の機械兵団が砂の波の向こうに立ち並び、弾幕を出現させていた。かろうじてゾイロスのハンドル捌きはそれを避けることに成功している。しかし新手は確実に現れていた。
「おや」
『前方に機械兵団が……! まずい、ゾイロスは運転に集中してるし』
「出番だねっ!」
「口に出す前に行動を起こせ!」
 言い終わる前に、ゾイロスを撃ち抜いてしまわないような的確な角度でゾイロスはレーザーを連射する。相手に銃撃を許す前に機械兵団を片っ端から排除していく。
 ミリがそのあとに続く。手の前方の空間から放出された冷凍光線そのものに威力はあまりないが、目標を確実に沈黙させることに成功していった。そうやって作られた氷柱にレーザーが当たると、凍ったロボットは一挙にバラバラになった。
「後方からまた弾幕来ます! 大きく右に!」
『前方! 右端と左端から来るぞ!』
 遠距離の攻撃方法を持たないハンマーと通信機は、前方と後方に分かれて司令塔をしていた。通信機から聞こえる指示にはジノグライとミリが、ハンマーの指示にはゾイロスが従う。そうやって前方と後方からの猛攻をかわしていった。ERTからの光の砲撃を大きく避けたとき、
「ぬなっ!?」
 ハンマーが大きく叫んだ。バギーの前方に直接テレポートしたロボットが、バギーの外枠を掴んだまま小型ガトリングを携えて銃撃をかまそうとしている。
「遅い」
 一閃、青が閃いたかと思うと、ロボットの上半身はひび割れ、物言わぬ瓦礫と化して弾けていた。しかしながら、ゾイロスは至近距離で起こった瓦礫の飛散に対し、バリアを張るのが間に合わず、
「ぐっ!」
 思わず左腕で顔をかばっていた。それが仇となったのか、大きくバランスを失い、いつの間にか見当違いの方向にバギーを走らせていた。そこに向かって容赦のない弾幕が浴びせられる。バギーの外枠に実弾と言わず光線といわず、鋭い音がどんどん突き刺さっていく。そして、
 ぱん。
「やば……!」
 ミリが声を漏らしていた。遂にバギーのタイヤがパンクし、その一瞬の音で、一行の移動手段が奪われたことを、一行は完璧に理解した。そのままぐらりとバギーが傾ぐ。
「わわ……!」
「伏せろ!」
 一行が身を屈めると同時に、眩しい閃光がジノグライの指先から放たれる。そのレーザーが、機械兵団を焼いていき、熱風の向こうに瓦礫の山を作り出していた。
 途端、目の前に石造りの何かが見えたと思ったら、機械兵団の攻撃も止んでいた。砂煙が立ち上ったと思ったら、バギーが前方に倒れこみ、一行の視界も暗転した。砂混じりの風の中に、しばらく倒れこんだままになっていた。
 そして、モニターの向こうのジバが、目覚まし時計を置いた。

『ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ』
「うるせぇ!」
 ジノグライがまず最初に跳ね起きた。その声につられてか、他の三人も砂埃の中で起き上がり始める。
『お、起きた』
「うるせぇんだよ」
『それよりさ、よく見てみ』
「……」
 後方にはパンクし、横転したバギーがうち捨てられていたが、前方を見たジノグライは、転がっていた岩とは別のものを見つけ出した。
「目的地かなぁ」
「そうみたい……だね?」
「……」

 朽ちた岩石のアーチだった。
 人間が縦方向に二人並んでも、到底手が天辺に届かないような大きさだった。朽ちる前は大層立派な代物だったのだろうと空想してみる。
 そしてそのアーチをくぐった先には、放棄された町があった。
 石造りを基本とした町並みは、やはり放棄される前ならそれなりに美しかったのだろうと想像できるが、彩りに溢れた石畳も、白い塗料で統一された家々も、石でできている珍しい電信柱も電灯も、やはり砂漠の風の中で、見るも無残なゴーストタウンと化していた。石畳が剥げて崩れ、家々は砂を被りものも言わず、電信柱も電灯も折れ、曲がり、砕けている。そして、町の至る所には、
「げぇ……」
 ERTが突き刺さっていた。幾本となく町のあちこちで散見され、町のひび割れの領域を増やしていた。住民の姿はない。そして分かることが一つだけあった。
「つまり……」
「ミューエの町は廃墟になってるようです」
 ゾイロスが呟くように言った。
「……」
 その脚で一行はもともとはマーケットだったであろう大きな建物へと向かっていく。石造りだったであろうかつての建物は今はマーケットとしての見る影もなく、腐臭が幽かに漂っていた。つんと鼻を突く。
「……ゾイロスさんどうしたんだろう」
「なんか、貝みたいに黙り込んじゃってたね?」
「この町に着いてからだね」
「本当どうしたんだろ、なんか余裕がないように見えるけど」
「……」
「にしても随分と破壊されてるね、新聞で見たときより酷い」
「やっぱり一夜越しだしなー……何があったんだろう」
 首をかしげかしげ、ミリとハンマーはゾイロスを見ていた。
 廃墟と化したミューエの町をしばらく散策していると、風化しかけている遺体なども見つけてしまうことができてしまった。ハンマーがうぅ、と呻く。
「ここで大規模な襲撃があったのは間違いないんだろうね……」
「一体犯人は……どこにいるんだろう」
「機械だからどこにでもいそうだけど」
「あら……」
 目の前に、かなり上等なつくりの屋敷が聳えていた。石造りの屋敷の中でもかなりサイズの大きな建物は、有力な金持ちの物に違いない。そして奇妙なことには、その建物だけ腐敗が進んでいなかったことだった。
「なんかおかしくない?」
 ハンマーが問いかける。
「他の建物は確かに跡形もないのに」
「あとはもう分かるだろうが」
 ジノグライが突然口を挟んだ。
「どういう……?」
「ここに拠点がある」
 一気に言う。
「ここにあいつらの根城がある」
「不自然ではない……よね」
「わざわざ行くの?」
 あからさまに不安をあらわにしたハンマーとミリの後ろで、
「行くべきです」
 ゾイロスは凛とした声を張り上げた。
 顔は糸目のまま、しかしながらそれでも確かな、彼なりの迫力に彩られていた声だった。ミリもハンマーも彼のほうを見る。
「私たちは行くべきでしょう」
「どうして?」
「……理由は語る必要がありません」
「俺たちを罠に嵌める気じゃないだろうな?」
 その言葉を待つまでもなく、ゾイロスは自分からその屋敷へと歩を進めて行った。静止も振りほどき、どんどんと歩いていく。
 朽ちかけたドアを開いた。
 しばらく、長い時間残った三人と一機は、黙り込んだままだった。沈黙を破ったのはハンマーである。
「僕たちも行くべき……だよね?」
「さぁな」
「でもこの下に敵の根城があるとしたら」
「行くべきだな」
「こんなに分かりやすく作ってあるべきかなぁ」
 ジノグライの目は、既に戦いの色に彩られていた。
「うだうだ考えていても始まらないだろ」
「……」
 頭をぶるんと振りながら、ジノグライもゾイロスに続いて屋敷の中へと歩いていった。二人と一機は心配そうにその様子を眺めていたが、やがて意を決したように彼らに続く。最後にハンマーがゆっくりと扉を閉ざした。
 その屋敷の後ろに、小型のヘリコプターが停まっていたことを、誰も知るものはいなかった。


 ゾイロス・イクシオンは、ひとりで屋敷の中にいた。
 扉を閉め、まだ誰も来ないことを願いながら、浅く呼吸をつく。胸に手を当てながら、やたらと余裕のない様子で室内を歩き回る。
 玄関、傘立て、靴箱、本棚、カーペット。見回す。
 リビング、トースター、テーブル、ソファー、缶詰。見回す。
 額縁、窓、キッチン、床下収納……床下収納だった。
 そこに大きな改造の跡があった。床下に続く穴が大きく、しかも乱暴に押し広げられ、大きな梯子がその下に伸びていた。思わず立ちくらみがした。頭に軽く手を沿え、フラフラする感覚に抵抗する。
 予想はしていたつもりだった。だが目の当たりにすると流石に嫌な気持ちで鳥肌が立つ。
 膝を突いた。地下へと続く穴は、そこに熱と血が渦巻くことを暗に示していた。それが彼には耐え難く嫌だった。
 立ち上がった。扉を垣間見る。こんな風に弱った自分を、誰にも見られたくなかった。いつもの余裕が、ほとんど剥がれかけているのが自分でも分かってしまう。砂の香りは、ずっと子供の頃から同じものを嗅いでいたから覚えていたはずなのに、煙の香りが混じっていて腹立たしい感情すら覚えた。

 ゾイロス・イクシオンは、生まれ故郷にいた。
 ゾイロス・イクシオンは、かつての我が家にいた。
 そして、彼の思い出は、突如として崩れ去ってしまった。
 否応なしに、変わり果てた床下収納が、それを如実に証明していた。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 私はそれだけを自問自答していた。
 生まれ故郷から離れることなどしたくなかった。
 しかしながら、生まれ育った故郷は、突然崩れ去ってしまった。その中で生きていくことは、自分にとっては不可能に近かった。

 だから、旅に出てみた。旅の中で、私は定住の地を探そうとも思った。しかし、一夜も明けないうちに、私の心の中身は、復讐にシフトチェンジされていった。それもいいかもしれない。とにかく町を襲った毒牙に目に物見せてやりたかったのだ。
 そして、彼らに出会った。ジノグライという青年には引っかかるものがある気がするが、どうだろうか。
 復讐。
 目を閉じれば、惨劇は今でも瞼の裏で蘇る。




*To be Continued……