雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 027- 青年の独白

 その日は雲交じりの晴れだった。
 ミューエの町は砂漠の中にある。近隣の別の街と貿易を行い、水や食料を得ている。積雲がぽかりぽかりと浮かんでいるだけの麗らかな春の陽気にあてられた町は、たとえ乾燥してても穏やかだった。
 今になって、私は控えめに見ても親不孝な息子だったな、と肩を竦める。毎度のポーズで癖になっている。

「じゃあ散歩行ってくるから」
「お前はそろそろ就職しなさいな」
「手続きとか面倒じゃないか」
 ああ、そういえば息をするように敬語を話す前だったっけ、と心の中でいっそ苦笑してみせた。
 母との会話を終えると、私はいつもミューエの町を散策していた。
 母と二人暮らしをしていた。父は出稼ぎというか単身赴任のようで、アステリの街に行ったらしい。しかし離れ離れになって大泣きするような年ではない。もういい年をしているから慣れるべきなのだろうが、後から今日の事を考えると、傍にはいて欲しかった。
 町が好きだった。石造りで、過去の先人たちが丹精を込めて作り上げてきたこの町が。就職が面倒だったのは本当だ。親の脛をかじりながら気ままに生きたいというのは、間違ってない感情だった。
 ただ面倒なだけで、就職に興味が無いわけではなかった。だが無個性なスーツに身を落とすのではなく、いわゆる自営業のような職業に就きたいのである。
 例えば、職人なんかがいいかな。
 素敵な石像を作ったりするのが、私の性格にも合っている気がする。
 だが、今はまだその時ではない気がした。そして今から考えれば、やはり面倒なだけだったのだろう。
 だからなのかもしれない。

 それが起こったのは、夜の間だった。
 一日の食事を終え、風呂に入り、歯を磨く。ベッドメイキングをし、そのベッドの中に入り、眠気の到来を待っていた。丁度、人間の勝手に決めた尺度により、一日の終わりが訪れようとしていた。
 それが訪れると同時に、激しい爆音も聞こえてきた。
「!?」
 凄まじい速さで掛け布団を跳ね除け、あたりに警戒を張り巡らせる。しかし息をつかせないままに、第二撃が射ち込まれた。
 それは、はっきりと目に見える形で。
 この家に。
「なっ」
 がしゃあああん、と恐ろしい音が響いて、あろうことか狭いベッドルームの壁が崩落し、一瞬で瓦礫の山が生み出されていった。その崩落の中心にあったものを、私は確かに見ていた。
 それは、後から考えればジノグライと名乗った青年が、確かに「ERT」と呼んでいたシロモノだった。
 黒く月の光を浴び、この世のどんなものとも知れない金属で出来たようなその柱に、私は奇妙な非現実感を見ていた。爆弾では無いようだったが、その言い知れぬ存在感が今まで経験したことのないとてつもない恐怖感を掻き立てていた。
 崩落した壁から、これまた黒い色で固められた軍勢が姿を覗かせた。今まで私が出会ってきたどんな人間より、奇怪で現実味が無かった。月明かりしかない私の視界の中で、そいつが人間かそうでないかなどは分かりっこなかった。そもそも人間ですら無いということは、たちどころに明らかにされてしまったのである。
 その人間のようなものの腕部が、いきなり大きく稼動、変形し、豪勢な飾りのついた槍のような姿になったかと思えば、地に突き刺さったままのその金属の柱の表面も同じように変形した。その腕部と同程度の穴が開き、ドッキングが完了する。
 そのまま人間のようなものは金属の柱を肩に担ぐようにして構え、狙いを……私に構えた。相手は人間ではない。金属で出来たからくり人形だと分かった。理性ではない部分が危ないと叫ぶ。酷く不味い唾を飲み下し、恐ろしいほどのろい速度でベッドを抜け出した。煙の香りから逃げるように、月明かりを頼りにさぐりさぐりドアを探し当てた。私の部屋は一階にあった。幸いにもリビングは近い。当然ながら玄関もまた近い。だから私は、母を連れて逃げようと画策した。
 運良く(あとから考えればそうでもないが)母は自室からリビングへ移動をしていたところだった。母は私を見つけ、急きたてるように言葉を投げつけてきた。
「ゾイロス! 何があったの!? 母さんに話して頂戴!」
「落ち着いて母さん! 僕は無事だ、自室の壁が崩れたけど……」
「崩れ……!? お前、今なんて言ったんだい?」
「だから僕の部屋の壁が崩れたの! ……急いで、逃げるんだ」
「どうやって!?」
「この家が……いや、この町は狙われている、何が起こったのかよく分からないけど、僕たちもここにいたら危険だよ、でも、どうやって、かぁ……」
「じゃあ、何か乗り物でも……」
「乗り物……」
 上手い案は、ちょうど歯車が欠けたように思いついてくれなかった。冷静な思考がいつまでも到来せず、思わず爪を噛んでいる自分に気づいた。
 案ずるより生むが易し。
「出よう」
 背中に気配を感じた私は、母の手を引いた。踏み荒らされる足音はすぐそこまで迫っていた。玄関に向けて走り出した。

 外へ続く扉を押し開く。まだ崩壊は進んでないようで、それに関しては少しほっとすることができた。しかしながら視線を上げると、驚愕のあまり喉が潰されたかのような声が出た。
 暗がりの中、崩壊していく町の姿があった。魔術からなる閃光も散見されたが、それらは敵方の物量の前で押し戻されているようだった。ところどころで火の手が上がり、抵抗も虚しく破壊される領域は増えていった。美しいこの町が、崩れようとしている。
「そんな……」
 膝の感覚がなくなり、その場に崩れ落ちそうになったが、手を引かれている者の存在を思い出し、何とか踏みとどまった。心配そうな目は、逆に刺すように私を見ていた。何をしようとしていたかを思い出した。
 前より強く手を引いた。今度こそ私たちは駆け出して、漆黒の中に溶けていった。
 月光が私たちを照らす。砂の香りが今だけは邪魔に思えた。追っ手はすぐに現れ、私たちを囲んだ。
 私の母とはいえ流石に年老いていた。その戦闘力に期待できないと踏んだ私は、持ち前の炎攻撃で前方の機械兵団を壊しにかかった。ジャッジを張らない中で、攻撃は有効に作用する。吹き飛ぶ音がした。その隙に乗じ、脱出しにかかる。握る手の強さが増した。
 大通りを走り抜ける。母の負担にならないように、速度は七割程度で調節した。町の南側まで出れば、一番近いノックスの街までは道のりが見えてくると踏んだ。非常事態なのだから車を奪うことぐらいは視野に入れなければ生き残れないと無理矢理己を奮い立たせる。そして出し抜けに月光が遮られた。
「?」
 あっと思ったときには、例の金属柱が群れをなして目の前に突っ込んでくるところだった。たまらず腕で顔を覆い、やってくる砂煙を払った。
 もうもうと立ち込める煙を潜り抜け、兎にも角にも南へと向かう。後ろから金属柱がずんずん落ちてくる音がしていた。後ろを振り返らず、ともかく進む。
 機械の人間が目の前に下りてきたときは、手のひらの前の空間から赤の光線を放ち、焼いていった。爆発を避け、後ろを振り返らず、走り抜けていく。
 周りを見る暇も余裕もなかった。真夜中の逃避行は、町の南端にある岩のアーチをくぐることにより成功するだろうと考えていた。それが見え始めた。強襲を受け、その大半が崩れているが、それでも見覚えがあるあのアーチだった。自分でも私の顔は歓喜に溢れていたと分かった。そして私は愚かにも、ここで初めて後ろを振り返った。そこに母の手が繋がり共にいるのは、もはや前提条件だった。そう思っていた。
 そして母の腕を見た。そして初めて気づいた。

 既に自分の母の腕は、肩から先が無くなっていたのである。
 結局自分のことしか考えていなかった私は、そのことにまるで気が付いていなかったのである。人生最後にして最大の親不孝と呼ばずして何と呼ぼう?
 月の光は、母の血をやたらに赤く色づかせていた。母がどうやって死んだか、その真相は既に藪の中だった。歩みを止めれば、集中砲火は免れなかった。そしてあろうことか、私は繋がっていた手を離したのである。
 恐怖のあまり声にならない叫び声を上げた。尻餅をついた。私を取り囲むように機械兵団が迫ってきた。そのまま立ち上がり、矢も盾もたまらず赤い光線をばら撒き始めた……


 それ以降の記憶は無かった。いつの間にかノックスの街に着いたようで、次に目が覚めたのはノックス街内の病院の一室だった。清潔なシーツの上で、生きて自分が横たわっていることが、やたらと不思議に思えた。
 どうやら私を拾ってくれたらしい男性の看護師は同情はしてくれたが、行くあてのない私を養うことは出来ないと言われた。どうやら全身ぼろぼろのままで、ノックスの町の北で行き倒れていたらしい。退院したあとは、もう一度歩いて故郷の町まで戻ったこともある。しかしながら破壊の限りを尽くされた町は見るに耐えなく、数日分の資金を持っていくのが精一杯だった。行くあては無い。だから旅に出た。その中で、どれだけ流浪ができるかは私自身の能力にかかっていた。食料と水も、持てるだけ持っていった。大事な本も持ってきた。全ては機械の軍勢に、目にもの見せてやるためだった。
 だから、今日ここに来るまでは、自分の住処だった家が、こんなに綺麗に保存されてるとは思いもしなかった。周りが見えていないことは、私の重大な欠点だ。だから、旅をしている一行の噂を風の噂で聞いた私が、同行するためにわざわざ小舟で彼らを待ち受けるという回りくどい真似をしていたときから、私は一行の後方に回ると決めた。
 後ろから一行を見守り、支えなければ、私が全てを台無しにしてしまう予感があった。だからこそ、私は裏方に回り、一行を支える。
 そうでなければ、復讐を達成することはできないから。
 慇懃になるのだ。内に篭る激情を、悟られないように。掴みどころの無い人間を演じるのだ。
 それができて初めて、我々の牙が敵方の喉元に喰らいつく日がやってくるのだ。
 少なくとも、そう信じなければ、何も始まらないのだ。

 扉が開く音がした。
 ゾイロスは思わずビクッと肩を揺らすが、入ってきたのは、先ほどまで行動を共にしていた三人と一機だった。全員が全員、心配そうにゾイロスを見ている。
「お前……何があった?」
「なんだか変な様子でしたよ、どうしたんですか?」
「急に駆け込むものだからびっくりして!」
『ひょっとして……何か見つけた?』
「……」
 少しだけ黙すると、ゾイロスは親指を床下収納の方向にしゃくった。
「……この下に、彼らの拠点があると見て間違いないでしょう、床下を強引に押し広げた跡もあります」
「ふーん……じゃあさっさと行けばいいだろう」
「……」
 また歯切れ悪く答える。
「ここは私の家でした」
「!!」
 ハンマーとミリが驚愕する。
「だからまず私が……いや」
 考えて、言いなおす。
「私はあなたたちの後を……追ってきていいでしょうか?」
「……は?」
「別れを告げたいんです」そう言って部屋の中を振り仰いだ。
「この家に」
「……」
 ジノグライは渋い顔をしたが、しばらくすると、
「行こ」
 そういってハンマーとミリが、連れ立って地下へと降りていった。ジノグライと通信機と共に、その姿は地下へと消えかけていく。
 ひとりになった。

 そうして、もともと糸のように細い目を彼は瞑った。
「……」
 母にそっと祈る。許してくれとは言える立場じゃない。でも、この町に、この大陸に、いまだかつて無い危機が迫ろうとしているのが、ゾイロスにも分かっている。
 だから、ただ祈る。見ていて欲しい、とただ祈った。
 もし、見てくれていたならば、せいぜい私は、やれるところまでやるさ。そう言い聞かせる。
 手を組んだ。静かに、鎮魂と願いを捧ぐ。
 それが、せめてもの、死者への敬意の表れだと彼は思った。
 そして、行動で示しけりをつけることが、何よりの弔いになると思った。
 でも、こんな姿は誰にも見られたくなかったのも、また本当なのである。

「行ってきます」
 隙間風がそよぐだけの部屋の中で、呟きが生まれ、消えた。




*To be Continued……