雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 028- その幕切れは呆気なく

 階段が地下まで続いていた。
 四人分の足音が共鳴する。ハンマーはいつ誰が現れても良いように、大金鎚を片手で持ったままだった。ヴァッサー海岸の底とは違い、確固たる地面がある事が一行を安心させる。地面の底に着いたとき、スポットライトのように外の陽光が届いていた。
『私、この地下まで来たら動作が遅くなったりしそうなものなんですが』
「なんだか平気っぽいね?」
 通信機からはシエリアが答えた。
『考えられる理由は二つ、ここが地上と短く繋がっているか、あるいは通信設備が完備されているか、です』
「うーん」
『あるいは両方、ということも充分に』
 砂の香りが辺りに立ち込め、砂煙が舞い始めた。精密機械を取り扱っているとは思えない杜撰さだったが、その答えは程なく明らかにされた。
「ありゃー」
「何ですかこれは」
 金属の両開き扉が行く手を塞いでいたが、これに対しての反応は薄かった。よく調べないうちから、ハンマーが大金鎚でその扉を割り裂いていた。
「よし!」
 次の瞬間、視界が赤く染まったが、どうやら血液由来では無いことが同時に鳴った連続的な警報音で分かった。

『緊急事態発生!』
『緊急事態発生!』
『緊急事態発生!』

 立て続けに機械音声が発せられる。更に連続してシャッターが前方と後方に降ろされる。ガシャン! ガシャン! ガシャン! と連続した一連のシステム音が大きく鳴った。全てが収まったとき、一行は完全にシャッターに囲まれていた。
「これはまた丁寧なからくりを……」
「決して歓迎されたものではないがな!」
 その言葉と共に、今度はシャッターに向かってジノグライがレーザーの弾幕を浴びせる。弾幕は暫く続き、ついに向こう側に穴が空きはじめた。
「ハッ!」
 掛け声一閃、ハンマーがシャッターを蹴る。シャッターの残骸は空しく飛び散り、バラバラになって砕けた。更に向こうのシャッターへ当たる。
「うーん、シャッターだからって警戒してたけど」
 大金鎚を振り上げ、
「これなら僕でもいける!」
 振り下ろした。
 シャッターに大きな打撃痕が残った。二回目の大金鎚の衝撃によって、進路が完全に姿を現す。三つ目のシャッターも同じように破壊された。
「……楽ですね」
 ゾイロスがぼやくと、
「そう思います」
 とミリも苦々しく笑う。
 魔術の性質に適正と不適正があると理解していても、一人に負担がかかっているこの状況がいささか心苦しかった。

「来たぞ!」
 大広間のような空間に出た。瞬間、ERTを装備した機械兵団が立て続けにビーム砲を打ち込んできた。目の前のコントラストがおかしくなりかけたが、最初に放たれたジノグライの叫びで、なんとか一行は地に伏せることができた。
 そしてそのまま、
「おさらばです」
 ゾイロスが一行を中心とした円状にマグマを放ち、機械兵団の足元を融かしていく。この戦法は功を奏し、見当違いの方向に発射されていくERTのビームが、基地大広間の外壁を焼いていった。
「次の扉はどこでしょう!?」
 ミリが叫ぶ間にも、テレポートを利用して機械兵団はその数を着々と増やしていく。目も口もないその顔に、仲間の影が増えていく。
『倒してばかりではキリがないです!』
「ここは私が」
 瞬く間にゾイロスは熱風の力を借りて高く跳躍する。大広間の天井は先ほどの通路より高く、ゾイロスのジャンプも効力を発揮した。微妙にきりもみ回転がかかったそのジャンプで、
「まっすぐ進めば見えてきます! 進んで!」
 その言葉で全員が動いた。しかしながら一行のみならずその場の機械兵団も動いた。腕を刃物に変形させつつ一行を切り刻みにかかる。
 ジノグライはレーザーで、ミリは氷でそれぞれ凌ぐが、こまわりの効く攻撃手段のないハンマーが硬直する。
「これは……!」
 隙を突いて機械兵団の腹に殴りかかる。目の前のロボットは硬直したが、背後からの刃物がハンマーの背中をとらえる。ハンマーが苦痛に身を捩った。その直後明るい赤が目を貫いた。
「避けて!」
 炎の渦がハンマーを逸れて噴き出した。背中に襲い掛かったロボットが更なる連続攻撃を加えようとしたところを融かしていく。
「ゾイロスさん」
「油断してはいけません」
 言うが早いか、彼が飛び上がって回転すると炎が渦巻き、ハンマーの周りの機械兵団を蹴散らしていった。
「……」
 赤い光が、若干の憧れと共にハンマーの瞳に映る。
「ドアはすぐそこです、大金鎚を離さないように」
 言葉を残して、ゾイロスが駆け出していく。

 凍っていたり感電していたり、あるいは焼け焦げたりででガラクタの山になった空間を駆け抜け、
『ここだ!』
 ハンマーが大金鎚を振るう暇すら惜しんで、四人がかりで(何でもひとりでやりたがるジノグライは不本意だが)金属ドアに体当たりをぶちかました。ドアが軋み、今度こそハンマーが大きく大金鎚を振るった。
 破壊音と共に、ドアが吹っ飛ぶ。機械兵団の追撃を振り切り、一行は次の部屋へと向かう。
「止まってください」
 ゾイロスの静止に一同がぴたりと一瞬止まる。すると、
「……何これ……」
 ミリは暑いのも忘れて息を呑んだ。既にイクシオン家の敷地からかなり離れた砂漠地帯に大きな縦穴が掘られており、そこにこの空間が繋がっていることが分かった。空が見えていた。道理で電波が飛びやすいはずである。
『……両方……でしたか』
「床下から通って、大広間っぽい所に出て、ここに出て……」
「もう砂漠なのかな、ここ」
 それを裏付けるように、縦方向に滝のように砂が、それでも密やかに流れていることが分かった。夕暮れが少しずつ近づく中で、太陽が目を焼かないのはラッキーだったと言える。
 しかし、流れる砂といい、杜撰な警備体制といい、ある一つの仮説をジノグライは口に出さずにはいられなかった。
「……放棄された」
「何ですって?」
 ゾイロスが聞き返す。
「この基地は……放棄された……違うか?」
「……」
 ゾイロスが一瞬押し黙るが、すぐにいつもの癇に障る声で微笑を返した。
「ははは、何を仰る」
 肩をすくめ何も言わなくなった。
「この基地は、もう防衛能力を失っていると分かって、早々に手放されたんじゃ……」
 そこまで言いかけた途端に、ジノグライの胸倉が猛烈に掴まれた。
 ゾイロスだ。
「……ッ!」
 その目は見開かれてこそいなかったが、目には涙が溜まっていた。何も言えないかのように、力が強まっていく。
 しかし次の瞬間には、その拘束も解けていた。
 呆気に取られたような顔でジノグライがゾイロスを見ていた。ゾイロスが静かにかぶりを振る様を、ハンマーもミリも通信機も見ていた。
「……分かりきっていたことでした」
 ゾイロスが涙声で囁いた。
「この空間に足を踏み入れた瞬間から、私にもそれが分かっていました……ここの基地は既に放棄された後だと」
 つとめて冷静に、ゾイロスが声を絞る。
「試練も悲劇も、世界のあらゆるところに平等に振り撒かれたようです、自分だけが特別……などということは無いのでしょう」
 力を失った指先が、だらしなく垂れ下がる。仄明るい陽光の中で、まるでその姿は幽霊のようだった。
「でも……ミューエの町はそんな実験の一環だったと考えるのは……私にはとても残酷で耐えられないことでした」
 初めて、ゾイロス・イクシオンという人間の奥底を一行が垣間見た瞬間だった。出し抜けにゾイロスは目の前の空間を指差した。
「アレは……私たちが探しているものでしょう?」
 指を差した先をジノグライが見ると、縦穴の中心に木箱がひとつ設置されていた。そこには、
「これって……!」
 ハンマーが声を出す。それはいつか見た結晶だった。今度は黄色をしている。
「……!」
 思わずジノグライはジャケットのポケットから今しがたの結晶と似た結晶を取り出す。黄色と青の光はマルシェの街で見たときのように、呼吸をするかのように、シンクロするかのように明滅していた。明るい光が義手の中で動いている。
「……なるほどな」
 歩き出し、ジノグライは三つ目の結晶を手に取った。
『どうやらそれも仲間みたいですね』
『取っていこうか』
 シエリアの声と共に、ジバの声が割り込んだ瞬間、
「ちょっと! 静かにして」
「どうしたの?」
 ミリが片手を上げて全員を制止させた。
「何か……聞こえない?」
「え?うーん……」
「エンジン音みたいなのが!」
「救助でも来たのでしょうか?」
「おーい! ここですー!」
 いきなりミリが大声を張り上げ、縦穴の先に向かって手を広げた。その後にハンマーが続く。
「おーい!」
「おーい! おーい!」
 すると、願いが通じたのかは分からないが、午後の空に黒い影が現れた。しかしそれは、救助のヘリコプターでも縄梯子でも無かった。あまりにも早く落下してきたその正体を、落下中に見定めるのは不可能だった。
 それは、あまりにも小さかった。そして、大量に降ってきた。
 カシャカシャカシャン、と軽い音がする。
「……?」
 不審に思ったジノグライは、その中の一つを手に取ってみた。どうやら精密機械のようだったが、その表面はつるりとしていた。LED表示のタイマーが嵌り込んでいる。その表示を読み上げた。
「00:03……」
「え?」
 ハンマーの疑問の声は、全てを呑み込む爆破音に掻き消された。
 連鎖し、重なり、吹き飛ぶ。
 地を揺るがす轟音を聞いていた人間は、誰一人としていなかった。


「……」
 ミリが聞いたエンジン音は、あながち的外れではなかった。
 縦穴の上空に、黒尽くめのヘリコプターがホバリングしている。その搭乗席には一体のロボットが鎮座していた。しかしその顔は無個性なメットではなく、整った顔立ちの頭――しかしながらその目にあたる部分は髪の毛で隠されている――をしていた。つまりこの基地のマザーコンピュータは割り当てられた基地を放棄し、一路北へと向かっていたのだ。
 北からの信号に従いヘリコプターの操縦を自動操縦に切り替えると、今度は通信が入った。耳障りなビープ音が鳴る。
「……俺」
「よう、随分手こずったみたいじゃねぇか」
「勘違いするな、あいつらの方が早かったんだ」
「随分と負け惜しみだな、ん?」
「うるさい、ダメ押しに転送ゲートから爆弾まで投下してやったんだ、そう無事じゃ済まないだろうよ」
「そうだといいがな」
 クックックッ、という嫌味な、楽しんでもいるかのような薄ら笑いが聞こえる。
「……なんだよ」
「いんやいや、あいつらが随分死地をくぐり抜けてきた様子だったし、用心するに越したことはねぇよってことで」
「……メルクリウス、その緊張感のなさは何なんだ」
「わりぃわりぃ、ま、元からだろ? サートルヌスの旦那よ」
「お前のその軽さは確かに元からだが、それとこれとは話が違う……既にミューエ防衛線は破られたんだ、対策を立てるぞ」
「まぁ俺には切り札があるんでな、いざとなったら全部ぶっぱなしてやんよ」
「随分と自信家なことで……」
「へっ、俺に割り当てられたHC部隊はとてつもない規模であいつらを迎え撃つさ……あいつらなんて物の数じゃねぇよ」
「確かにそうなるだろうが……あいつらが生きてることが前提か」
「最悪の事態は予見しておけ、リスク回避の鉄則はこれに尽きる」
「……その割には肝っ玉が貧弱なのも相変わらずだな」
褒め言葉として受け取ってやるからありがたく思えよ」
「やなこった」
「つれないねぇ……」
 やはり面白がってる様子で、メルクリウスと答えた声が言う。サートルヌスと答えたロボットが応答した。
「で、これからルフト洞窟に行けばいいのか」
「ああ、HC部隊の増産を俺と共に行うぞ」
「これ以上増やしてどうするんだ」
「わがままを言うな、あの方のためだ」
「……そうだな」
 しばらく沈黙が漂う。次に口を開いたのはサートルヌスだった。
「これから全速力で向かえと?」
「おうともよ、せいぜい無事でいろよ、待ってるぜ」
「はぁ……」
 曇り空が支配しつつある空を背景に、ヘリコプターが飛んで行く。青と黄色が、混じり始めていた。




*To be Continued……