雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 029- カウントダウン・オブ・ホムンクルス

「無茶が過ぎませんかねぇ……」
 詰まった息を吐き出す音がしばらく響いた。声は反響して黒い塊になるようだった。そのまま重く降り積もるようだった。
 小型爆弾を大量に散布されながらも、一行は辛うじて生き延びていた。焦げ跡の残った服が、薄明かりに照らされて見えている。そしてその周囲には、薄く光る、ジノグライの手の中にある欠片とはまた別の欠片が転がっていた。
「まさか……」
「私たち全員を氷漬けにして爆風の衝撃を打ち消すとは誰が予想したでしょう……」
 ミリの後姿に、ゾイロスが言う。
「魔術だって物理現象です、私もバリアを張れましたが……結果的にこちらのほうが良かったですね」
「……」
 ジノグライは何も言わない。声を受けている相手は目の前にいた。俯いたままで、不意に顔を上げる。
「えへへ……」
 達成感で輝く顔は、一瞬で失せた。支えを失ったように、儚く、ある意味では優雅に、地面にくず折れる。ふらりと力が抜け、頭を抱えた。
『ミリさん!』
 シエリアの声が、通信機越しでも大きくざらざら響く。
「い、いえ……大丈夫です……ちょっと魔法を使いすぎて……んぁ、くらっとしただけですよ、へへへ……」
「どう見ても大丈夫じゃ無さそうだよ!」
「休みましょう、夕暮れも近くなってきました」
「どうしよう……次の街まで遠いんじゃ」
『とりあえず外に出ましょう』
「この穴から出れねぇのか?」
『うーんちょっと思いつかないですねぇ』
「でも梯子から帰れませんかね」
 するとヘリの音が穴の底に反響して、もう一度聞こえてきた。バラバラバラバラ、と慈悲の無い音がする。
「これは!」
 その途端、出し抜けに赤い煙が広がったかと思うと、ゾイロスはここ一番の魔力を放出した熱風で穴を抜け出そうとしていた。風の勢いは軽々と彼の身体を持ち上げ、穴の淵まで引っ張り上げる。正体はすぐに見つかった。
「あれです!」
 黒く塗装されたヘリコプターが急速に北西へ向かって移動していた。上部の大きなプロペラが大いに目立つ。既にミューエの町の境界からは離れており、馴染みだった店や民家が遠くに見えた。破壊されていた町の塀も見えた。ヘリコプターはゾイロスの目からは離れており逃げおおせようとしていたが、そうは問屋が下ろさなかった。爆弾を散布したのはあのヘリに違いなかった。懐から拳銃を出し、構えて――、
「!」
 照準が定まる。一挙に数発の熱線が轟きと共に砲身から飛び出す。紅い輝きは尾を引いてヘリコプターに迫る。逸れる。傾く。黒金の機体を、一度だけ、怒れる紅が叩いた。しかし、それまでだった。
 照準から外れたヘリコプターは、悠々と空を泳ぎ、まるでこちらを嘲笑うかのように飛び立っていった。ゾイロスは夕闇の迫る空を仰いだ。誰もいないかどうかなど構っていられず、一度だけ地を思い切り蹴った。
「くっ……!」
 走っても追いつけそうに無いことは頭で計算し、行動に移すのはやめた。しかし指を咥えて見ていることしかできないのは、やはり癪であった。
「ならば」
 思いついた頭脳を乗せたその肢体が吹き飛ぶ。熱風は砂漠を抉り、ゾイロスを前へ前へと進めていく。熱風が舞うごとに大きな破裂音がし、砂が巻き上げられていく。砂色の柱が、あちらこちらに立ち始め、すぐ消えていった。
 空中を滑るように移動しながら、ゾイロスは目の前へ向けて拳銃の乱射を繰り出し続けている。速度はほぼ互角だった。ゆらりゆらりと黒い影が爆音と共に動いている。またもや射程圏内にヘリコプターを収めた。トリガーを引き絞る。プロペラを狙い、何度も撃った。
 紅い光が走ったが、それは果たして機体に着弾することは無かった。ヘリコプターは急に速度を上げ、どんどんと黄昏の迫る薄曇の空に消えていった。今度こそ北西へ飛んでいくヘリを前に、ゾイロスは何も出来なかった。全てが終わったと思ったそのとき、ゾイロスは辺りを見回し気づく。
「……何処でしょう、ここ……」
 自嘲の薄ら笑いが浮かんだ。

「どこだろう……」
『おー、いたいた』
 薄闇が差し始めた空の下で、一行はゾイロスを探していた。通信機越しのジバの声で、一斉に目の前を見る。呆然と立ち尽くしたままのゾイロスの横には、熱源を固めたものであろうマグマの塊が浮かんでいた。オレンジの明るさに照らされたその姿はすぐに分かった。
「何してるんだ」
 ジノグライの問いかけで、ゾイロスは振り返りオレンジ色の微笑を浮かべる。
「いやー、ダメでした」
「無茶はしないでくださいよぉ……心配しちゃうじゃないですか……」
「うーん、ミリさんには言われたくないです」
「へへへぇ……」
 笑いで応えたミリが、半ばジノグライにもたれるように歩いていた。ジノグライは、苛々の原因がゾイロスが勝手に何処かへ行ったこと以外にも原因があることが手に取るようにわかる表情をしていた。
「おいハンマー、どかしてくれ」
「功労者に向かって何を……そっとしといてあげたら?」
「あーはいはい……」
 やりきれないように目を伏せ、矛先をジバに向ける。
「おい、どうやって次の街へ行くつもりだ」
『あーそれな……はいこれ』
 その言葉と共に、先ほどのバギーが転送されてきた。先ほどパンクしたタイヤにはアップリケが貼られている。
『急場凌ぎだけどこれで次の街までは行けると思うんだ』
「で、ゾイロスさん」
 ジノグライに代わりハンマーが問うた。
「どこに行こうとしてたんですか」
「……敵方のヘリコプターがいたので追いかけようとしていました、砲撃こそされませんでしたが、ヘリコプターを狙撃しようとしたら逃げられてしまい……ヘリコプターは北西の方向へ飛んで行きました」
『なるほどな……うーん』
 ジバが唸った。
『ゾイロスの勇気には敬意を表したいところだけどさ、向こう見ずすぎない?』
「!」
『だって、ヘリに危険物質が積まれてない保証はどこにも無いわけだよ、それを打ち落とそうなんて短絡的すぎやしないかなぁ』
「……」
 きゅっと唇を噛む。
『気持ちは分からなくないけどね、でもいつまでもぼさっと立ってばかりではいけないよ』
「行きましょう」
「そうだねー……」
「……」
 どこの馬の骨とも分からない人間に向こう見ずと揶揄されたことによる屈辱が、ゾイロスに無いわけではなかった。だが、それで見境無く怒鳴り散らせるほどゾイロスは子供でもなかった。
 ただただ、自分の無力加減に対して、静かに憤っていた。
 ジノグライに持ちかけた提案は、嘘ではなかった。そして自分の故郷を襲った敵に、一泡吹かせてやりたいのも事実だった。しかし、失敗に終わりそうだったら逃げることも、ゾイロスの選択の中にはあった。しかし、もうそのような考えは頭から消え去っていた。
 私も強くなりたい。
 昂ぶる気持ちはそこから来るものだった。一泡吹かせると言っても、一行が倒れても良いから、とにかく敵が壊滅しさえすれば、それでよかったような面もあった。
 でも今は違った。彼らの助けを借りて、自分も強くなり、自らの手で敵を下してやりたいと思うようになった。今のゾイロスにとってそれがエンジンだった。
「行きますよー……」
『ゾイロスのお陰で次の街への距離も稼げたしね、北西の方角なら次の目的地はティエラの街だよ、野営は危ない、ホテルにいたほうがいいよね』
「あ、はい……」
 ゾイロスは顔を上げて、南東へ顔を向けた。
 故郷の方角を見た。
 愛した故郷はゴーストタウンと化していた。しかし、嘆いている暇があったら、失ってしまったものを取り返すために行動を起こすべきだと、脳内の自分が囁く。
 決意を新たにしたゾイロスは、既に皆が乗り込み待つバギーの運転席へ歩み寄って行った。
 見上げれば、一番星が雲の隙間にそっと、励ますように顔を覗かせていた。


「……撒いたか」
 サートルヌスが呟く。ヘリコプターは既にティエラの街の遥か上空を飛んでいた。入り組んだ街中を、サートルヌスを追って疾走する人影はどこにも見当たらないことが、操縦席のモニターから分かる。そのカメラはヘリコプターの機体の下部に取り付けられていた。
 電子音と共に、あの声が聞こえる。
「おう、撒いたか?」
「……」
「無視すんなよ!」
「あぁ、すまない、考え事をしていた」
「お前なぁ、それ嘘だとバレバレだぞ? 機械でできた俺らが考え事をする必要なんて無いんだぜ、俺たちはあらかじめ決められた思考アルゴリズムによって――」
「その思考アルゴリズムを働かせていたんだ、悪いか」
「まぁ、ならいいけどよぉ」
「まぁ嘘だがな」
「てめぇ……」
 いつもと変わらないメルクリウスの軽口を適当に凌ぐ。
「で、今回の作戦の内容を聞こうか」
「あぁ、それなんだがな……」
 もったいぶったメルクリウスが口を開く。
「あの方は俺にHC部隊のプラントをお任せになられた、俺はその期待に報いるための責務がある、だが一人だと手が回らなくてな、お前にも協力を仰ぎたい」
「……」
「何だよ」
「いや、そんなの普通の機械兵団に任せておけば良いのに、って思っただけさ」
「ハン、あいつは決められたことにしか動けない……大局的な見地からの判断を下せなければただの足手まといよ」
「納得した」
「で、目的はHC舞台の増産と運用、そして迎撃準備だ」
「迎撃?」
「兵器は使ってこそ兵器だ、惑星侵略の邪魔をするあのパーティは壊滅させなければなるまい」
「何割で行くつもりだ」
「まぁ三割もあれば妥当だろう」
「お前って奴は……」
「あん?」
「どうしてこうも慎重なのだ」
「あー? 突っ込んでいって自爆するのは見てられないね、最初から俺は成功しか視野に入れてねぇよ」
「HC部隊が何体いると思ってるんだ、報告によればざっと千体はいただろう、それに資源の無駄遣いは出来ないだろうにお前って奴はよぉ……」
「あー何も言うな何も言うな、説教されるのはあの方だけで充分だ充分だ」
 メルクリウスの手を払うような仕草が手に取るように分かる。分かってしまうのがとても屈辱だとサートルヌスは思った。
「で、確認のために聞いておくのだが、HC部隊とはそもそも何なのだ」
「記憶容量にねぇの?」
「ある」
「あるならわざわざ……」
「お前に手間をかけさせたい」
「なっ……」
「嫌がらせだ」
 悪びれもせずサートルヌスが言う。
「定時報告以外にもちょくちょく回線に割り込みやがってよ、邪魔だったらありゃしない」
「はー……よく言うよお前って奴はよぉ」
 一瞬間が開いた。
「しゃーねぇ、俺もまぁ……暇だったし」
「てめぇ」
「新しいヘリポートの増設を特務機械兵団に任せてあるから暇なんだよ」
「……俺はそこに降り立てばいいのな」
「はいよ」
「……で」
「……はいよ!」
 わざとらしい咳払いに、ノイズが混じりこむ。
「いいか、HC部隊っていうのは『ホムンクルス部隊』の略称だ、誰がつけたのかは知らんがな……で、どの部分が普通の機械兵団と違うのかというとだな」
「……」
「そいつらに人間と同じ表情がつけられているところさ……俺たちはマザーコンピュータの役割を担っているから特権的に表情と特殊思考アルゴリズムがつけられているが、このHC部隊は潜入や偽装にもってこいだ、立ち位置的には俺達マザーコンピュータと一般機械兵団の間にあたるな」
「はぁ」
「そしてもっと恐ろしい部分はこいつらは俺たちの命令したアルゴリズムにしか動けないが、それ以外のことに関しては自由に思考を巡らし、考えることが出来るという点だ……だからひょっとしたら俺たちを超える思考パターンで有意義に侵略活動を進めるだろうよ」
「ふむ……」
「そして有機物を口から摂取することで、有機的な兵器を両腕のユニットから生み出すことができるのだ……本体の無機ボディを変形させて、本体を炎や光線の発射台にしたりもできるな、潜入作戦の時は服をもちろん着ることになるだろうが、いざとなれば脱ぎ捨ててしまえばいい」
「……」
「ただ命令系統のアップデートには少々時間がかかることを承知せねばならんな、見分け方はまだ教えてなかったな……髪と体色が青いときは身体を形成している状態、赤いときは思考アルゴリズムの形成段階、それらが黒くなれば我々の兵器としての運用ができる」
「予定より早く奴らが現れたら?」
「迎撃も頼む」
「……もう少し早く行動は出来なかったのか」
「言われても困る」




*To be Continued……