雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 030- それぞれの夜、それぞれの言葉

 それからしばらくゾイロスに遠い道のりを頑張って運転してもらい、ティエラの街に着いたのはとうにとっぷりと日が落ちてからだった。とりあえず終日営業している安ホテルにバギーを運転させていくと、そのホテルの従業員は四人と一機の宿泊を許可してくれた。
「でもなんで僕達が同じ部屋なのさ」
 空いている部屋は二部屋だったが、分かれ方はミリと通信機、そしてもう一方が男衆三人だった。しかしベッドは二つしか備え付けられてないとわかり、ハンマーは頭を抱えていた。
 とりあえず臨時に今後のことを話しに、通信機が三人の目の前に浮いている。ジバの声が聞こえてきた。
『ハンマーが不満に思うのも最もだ、でも彼女は女の子だ、君たちよりは数段デリケートだ、それに』
 通信機は扉の向こうを見た。廊下を挟んで向こう側に、ミリの休んでいる部屋がある。
『どうやら彼女、軽い脱水症状を起こしかけてたみたいだ……そこに大量の魔力と引換にした精神力が削れて、ちょいと錯乱状態になってたみたいなんだよね』
「……」
『水をたらふく飲んで一晩ぐっすりと寝れば治るタイプだしあまり心配はしていない、もともとの体力も回復力もあるほうだし……ただ朝のことを考えるとあまり楽観視もできない』
 ゾイロス以外の二人が、海中での出来事を反芻していた。メカニカルで鋭利な槍で背中を刺されたミリは、回復力があるとはいえ未だに深い傷を物理的に負っている。
『ひとつ言えることは……彼女は予断を許さない状況下にあるわけで、本人のメンタルと体力次第では明日以降のアタックにも影響が出かねない、ゾイロス、君はルフト洞窟にヘリが飛び立ったと言ったね?』
「ええ、ルフト洞窟はティエラの街から更に北西に進むと現れる洞窟です、かつては鉱石を採掘するために開発が進められていたらしいですが、今はそんな話は聞いたことがないですね……古い情報かと」
『洞窟か……トラップを仕掛けるには、またアジトを作るにはうってつけだ、しかし逆にここを叩かなければ進展も無さそうなのも事実ではある』
「行くんだよ」
 声を出したのは、今まで沈黙していた人間だった。
「ジノ……」
「呼ぶな、そして腹が立つから喧嘩を売りに行くことの何が悪い」
「……何に腹を立ててるの?」
「あいつが逃げたからだ、それだけだ」
「相変わらずシンプルですねぇ」
「悪いか」
 おもむろにポケットから黄色と青の欠片を取り出す。
「御丁寧に残していって……何が待ってるのかは俺にもわからないがな」
「わからないのに?」
「喧嘩をするんだよ」
 ざらざらと溜息が漏れ出す。
『あー……まぁそういう奴だよお前は』
 言葉と共に一枚のマットレスとタオルケットが転送された。
『とりあえずそれで我慢して、誰がこれで寝るかは勝手に決めて……私もそろそろ寝るからさ、おやすみ』
 通信が途切れる。男三人は押し黙った。
「……私がこのマットレスで寝ます、あと服もこのままでいいでしょう、何かあった時のために」
 ゾイロスは早くもそそくさとマットレスに身体を沈め、寝る準備をしようとしている。その迷いの無さに思わずハンマーは問いかけた。
「……お風呂に入った方がいいのでは?」

『調子はどうですか』
「まずまずですね」
 ミリは苦笑する。彼女の目の前にはシエリアの声が聞こえる通信機が浮いていた。
『せっかく気を使ってもらったわけですし、今回は甘えちゃいましょうかね』
「ははは、ありがとうございます……ようやくいつものテンションが戻ってきた感じがありますね」
『やっ』
 すると唐突に割り込んだ声の感覚があった。
『ああ、ミナギさん! どうしたんです、こんなに遅くなっちゃって不意に現れて……』
『んー?散歩よ散歩』
『んー、ならいいんですけど』
『ミリちゃん?聞こえる?』
「ええ、聞こえます〜」
『そ、なら良かった、でもこの先老婆心ながら、用心しといた方がいいと思う』
 先ほどの快活さを押し込めた真剣味のある声でミナギは言う。張り詰めた緊張の度合いは、まるで小波すら立たない水面のようだった。
『シエリアさんから聞いたよ、なんか二体のマザーコンピュータロボットを相手にしなきゃいけないとか……』
「ま、まぁ……」
『数人がかりで手こずる相手が二体に増えた……ということになっちゃう、今日みたいなこともあるから、油断と無茶はしないで、気を引き締めてね』
「わかりました……」
 ふと背中を触った。まだ背中の傷がじくりと痛むようで、嫌な表情が顔面を走る。
『走ったり跳んだり、ものを持ち上げるのには体力がいる、大雑把だけどこれは本当のこと、でも魔術を行使するのには精神力が必要なのは、もうミリちゃんなら分かるよね』
 ミナギが淡々と語る内容を、ミリは黙って聞いていた。
『無論大規模な魔術は、それだけでとてつもない精神力が燃料となってるの、今日の夕方、あなたはそれをやってのけた』
「……」
『でも、そのあとに襲われた感覚、どうだった?』
「えっと……なんというかフワフワしてて……そのぅ、うまく攻撃しようとしてもできないような……えーと、そんな気持ちでした……私にもよく……」
『それが精神を消耗するということ』
 ミナギが言う。
『体力と同じように訓練で鍛えることはできる、でもあなたは夕方に一度限界に近い部分を見てしまった……ミリティーグレット・ユーリカが優れた魔術師であることぐらい、私は当然知っている、だからこそ私は心配なの』
「……」
『時としてあなたは自分の能力をフルに活用して相手を倒したり守ったりしようとしてて、私はそれがすごく尊く見えるんだけど、それは同時にあなたが無謀なことに挑まないというストッパーを自ら外してるようにも思えるの……だから無茶はしちゃダメ、そうしてダメな人間になった人の例も私は見てきた……そうなって欲しくないの、うるさかったらごめん、なんだけどね……』
「いえ、忠告感謝します……」
 ミリは拳をきゅっと握りしめた。お世辞で言ったのではない、今の彼女は力に対しての漠然とした不安感に苛まれていた。それはまるで下水道に流れる空気のように、ミリに不安感を掻き立てる。
 ミナギの言葉を自分なりに紐解けば、無茶をすればショック死や発狂も有り得るということだ。そんな危険な力が自分に備わっていたという事実に、今更ながら怖さが湧いてきた。冷たい背筋は、彼女が氷魔法使いであることとは何ら関係が無いように思えた。
 自分は、ついてきて良かったんだろうか。
 考えを振り払う。彼女は、何かが変わる気がしてついてきたのだ。よくは分からないが、崇高ななにかに触れられると信じて疑わずにここまで来たのだ。
 だから、途中棄権はありえない。
「今日はもう寝ます、いろいろありがとうございました」
『うん、お疲れ様』
『明日もよろしくお願いしますね!』
「はーい、それじゃあ」
 二人の通信が切れると、ミリはまだ済ませてない風呂を済ませにバスタブのある個室へと向かっていった。
「ふんふーん」
 鼻歌交じりで。


 夜が来る。
 やがて真夜中が、顔を覗かせる。


 どこだか分からない所を、彼は歩いていた。

 先ほどまで、自分は宛がわれていた個室にいたような気がする……そう思いながらも、答えを知っているかのように彼の足は、自然と彼の頭脳を運んでいた。
 夢遊病にでもかかったかのように、ふわりふわりと地に足の付いてない歩調で彷徨っていると、何者かの声が聞こえてきた。ひそひそと、まるで秘密を共有しているように。彼の澄んだ耳は、聞こえた言葉をキャッチする。

「……準備は万端か?」
「ええ、問題ありません」

 あれ、と彼は耳をそばだてた。
 どこまでも無機質な白い廊下に白い壁、白い天井や白い扉、それだけだった。しかし視線を巡らせると、声の出所が見えてきた。
 前方にある少しだけ開いた扉から漏れ聞こえる二人分のぼそぼそ声が彼にも聞こえてきたが、知らない人間の声だった。知る必要も無いだろう。
 なんとなく、好奇心で、彼は聞き耳を立てる。こっそり扉に近づいて、会話を一字一句聞き取ろうとし始めた。
「しかし11の少年をあのドッグにぶち込むとは……リーダーも何考えてらっしゃるのか」
「ただ、リーダーの話だとなんでも自分から進んで志願したらしいですよ?」
「なっ、それは本当か?」
「と聞いています、リーダー、僕らに対しては嘘はつかないでしょう?」
「それは確かにそうだな……」
 沈黙が走った。敬語を使う人間のほうが、会話を再開した。
「教えてくれませんか?」
「……なんだ?」
「あのドッグで何をするかです」
「あー……まぁ口止めもされてるわけでもなし……いいか、よく聞けよ」
 扉の外で、彼もますます聞き耳を立てる。
「あのドッグに入った人間はその後、特殊なカプセルに入れられる……柱みたいなものだがな、あのドッグで、機械に適合するような人間に作り替え、最終段階で最後の調整に移る」
「どうやって……?」
「詳しくは俺もわからん」
 ぽりぽり頭をかく音が聞こえてきた。
「その最後の……調整? とは何をするのでしょう」
「言ってなかったな、ドッグから出たら、そこから出た人間は『アーマー』を着せられることになる……何週間もドッグの中で調整を続けて、機械でできた『アーマー』と適合できるような人間になるのだ」
「機械と適合……」
「機械と人間を融合させた全く新しい兵器……リーダーが目指しているのはそれだ、俺が思うに……今現在この惑星上では、誰でも行使できるであろう魔術に一番近い兵器となるだろう」
「それはどういう?」
「『アーマー』の適合者の脳内部には特殊なチップが埋め込まれている……これは『アーマー』と生身の人間のシンクロを可能にするものだ、様々な武装は本人が脳内で思うだけで『アーマー』がその要望をスキャンして『アーマー』へ反映される」
「なるほど……魔法みたいですね」
「魔法みたいだろう? 高度に発展した科学は魔術と区別がつかない、とはよく言ったものだ、的を射ている」
「確かに」
「……だからこそ俺は懸念している」
「えっ?」
「その適合者……モルモットと言いかえてもいい、そいつが若すぎると思うのだ……『アーマー』のスペックが充分に引き出されない、ならまだ良いが、ややもすれば全てが台無しになりかねないぞ、爆発が起きる事だって充分あり得る」
「やっぱり……この実験は危なっかしすぎるでしょう、志願する人なんて……あっあの子か」
「彼が志願してきたのも謎だ……何故だ? 危険が伴うことが分からない年齢でもないのに」
「あえて、でしょうか」
「まさか」
「覚悟の上で……ということです」
「そりゃそうだが……リーダーが取り乱してるわけではなく……となると随分珍しいというか」
「自分の研究には狂気的な部分ありますしね」
「違いない……とにもかくにも、この研究はギャンブルと言って差し支えない、慎重に進めていく必要がある……お前も肝に銘じておくようにすることだな」
 くしゅん。
 くしゃみが出た。どこから? 彼は一瞬戸惑った。そして理解した。
 間違いなく、自分の喉からだ。
「おい、扉の外でくしゃみが聞こえたな」
「誰でしょう、念のためスタンガンを携行して見てみましょうか」
「テーザーガンもあるか?」
「ええ、一応……」
 まずい、今この状況を、モルモットである自分が見ているということを知られたしまったら……彼は怯え始めた。飾り気のない廊下は足音を消してはくれない。
 開いている扉から漏れる光が、より一層強まった。万事休す――


「!!」
 がばと飛び起きた。飛び起きた直後、ここが安ホテル内の一室であること、自分がベッドの上で安全に寝ていたこと、寝相が少し悪いハンマーがベッドからずり落ちかけ、ゾイロスが既に起きていること、既に窓からは朝の光が漏れていることを一度に理解した。小鳥の声ががどこからか聞こえる。今朝はどうやら晴れているらしいが、ジノグライの心は天気雨が通り過ぎたように渦を巻いていた。
 出し抜けに、何事も無いような顔でゾイロスが言った。
「目覚めはどうでした」
「……最悪だ」




*To be Continued……