雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 031- 炎の如き奇襲の先へ

 朝。鳥の声と共に、彼女が目を覚ます。
「んー……っ!」
 リュックの中に詰められていたパジャマを着込んだミリは、軽く伸び、全身を弛緩させ、
「とうっ」
 掛け布団をはだけると、跳びあがって床に着地した。顔を洗い、備え付けのアメニティで歯を磨いて、
「おはようございます!」
『おはようございます〜』
 通信機に向かって挨拶した。
『元気そうでなによりです、気分の方は……』
「一晩ぐっすり寝たので! 大丈夫大丈夫です!」
『……隠してないですか?』
「……ちょっとだけ思わしくないかなーとか!」
 あははははは、と苦笑いと爆笑の中間みたいな笑い声を出した。ひとしきり続いた笑い声が止まった時、ミリはもう一度問いかける。
「着替えてごはんをここで食べて、出発ですか」
『その通りですね』
「あー……」
『どうしました?』
「……えっ、いや……その」
『言いたいことがあるなら言ってください』
 シエリアに促されて、ミリは言葉に出す。
「……女の子の友達が欲しいな……」
 通信機の向こうで、頭を抱える動きが見えた気がした。無論、見えるわけがないのだが。

 既に最初の異変が始まってから二日になろうとしていた。
 それ以前にミリは数日コンテナに軟禁されていたために、更にストレスが溜まっている。口に出さずに処理はできるが、それでも楽しいと苦しいが彼女の中で戦いをやめようとしなかった。
 彼女は旅を楽しんでいた。楽しむだけなのがダメで、戦いに身を投じなければならないことも心の隅で理解していながら、それでも旅が楽しいと思っていた。だから小旅行は彼女の趣味だったし、故郷とは違う地で浴びる日の光は、何より格別だと思っていた。その瞬間は、今日一日が良い日だと信じられるから好きだった。いわば彼女にとっての、祈りの一種なのかもしれない。
 だから今日、窓の外から見える景色が青空だったということだけで、彼女の疲弊した心が少し癒えていくのをまどろみの中で感じていた。全ての用意を済ませ、安ホテル内の食堂で簡単な食事を済ませ、チェックアウトの合間にロビーから窓の外を眺めてみる。少しだけ風が出ている空の下、大きな木がそこから見えていた。なんとなく眺めていたら、その大樹の上に人影が見えたような気がした。
「え……?」
 思わずパーカーの袖で両目を擦る。ごしごし、ぱちくりを二回繰り返すと、網膜に映る映像が誤魔化しの効かない代物だということが自動的に判明してしまい、若干焦る。
「んん……」
 そりゃあ、とミリは心の中で考える。魔法が使える人が殆どのこの世界で、高い所に上る人は珍しくもなんとも無いが、「バカと煙は高い所が好き」という例えを思い出して、思わず噴き出しそうになる。それを堪えてロビーを見ていると、他の三人は気付いていない様子だった。
「おわった」
 ハンマーが呟き、四人ともロビーから離れだす。玄関の扉をゾイロスが開いたその瞬間、
「待て!」
「え?」
『ん……?』
「おや」
「……」
「え、これって……」
 ミリにも、ハンマーにもジノグライにも、聞き覚えのある声だった。ゾイロスだけは一瞬戸惑った顔をしたが、
「上ですね」
 すぐに看破した。
「降りてきなさい」
 その台詞を待たずして、衝撃と温風が辺りを覆った。砂埃が舞い、四人の顔面に襲い掛かる。
「ふっふっふ……」
 やはり聞き覚えのある笑い声が砂埃の間から聞こえてくる。冗長な煙が、次の瞬間一挙に払われた。
「前置きはなしだ」
「……」
「俺の目的はひとつ……ジノグライ!」
 人差し指が突きつけられると共に、薄桃の線が空間を走る。見慣れた図形を描いて、街の路上に根を下ろした。見慣れたジャッジの結界だ。
 赤い鉢巻が風に翻る。ソキウス・マハトのきりりとした双眸はジノグライをとらえ、迷いの無い声を投げかけた。
「お前に決闘を申し込む……!」
 その声を聞きながら、
「やっぱり……」
「え?」
 ミリの漏らした呟きに、ハンマーが聡く反応する。
「さっき木の上に人影が見えたんですよ……!」
「だから……なるほど」
 とうのジノグライは、溜息を吐き吐き、ソキウスに近づいていく。
「……受けて立ってやろう」
「そうこなくっちゃあなぁ!」ソキウスが吼える。「そうこなくっちゃあ面白くないぜ……!」
「楽しみですね……」
『そうかしら』
 ソキウスとジノグライがぶつかれば、ソキウスのほうが苦戦することを、ジバは分かりきっていた。故に興味のない答え方をしていた。
「ところであの方はどなた……?」
『ああ……』
 ジバが咳をしたのち、
『ソキウス・マハト。私たちの家の近所に住んでるんだ……ジノグライは教育機関での教育を受けてないけど、年齢は同じなんだよね』
「なるほど……」
『ジノグライとは違って彼は魔術が使えるんだよね……なんでかは、あんまりよく分からないけど』
「ふむ」
『だから今回の戦いも……もしかしたら参考になるんじゃないかな、ゾイロスにとってさ』
「なるほど、参考にさせて頂きます」
 炎と電気の気配が辺りに満ちる。
「行くぞ……!」
 二日前にも見た炎の球がソキウスの両手から生まれ出る。それは顔ほどの大きさに膨らんだ後、ソキウスの腕の急上昇と共に空に吸い込まれていく。そしてそれは弧を描かずにそのまま落ち込み、ぐんぐんと落下していき――
「今だ!」
 ズン、と炎が路上に落下した。拡散した音と熱を合図に、更なる衝撃が重なった。ジノグライの義手が、ソキウスのレイピアとぶつかる。そしてソキウスの腕力が、義手を薙ぎ払い、斬撃から熱が発生して炎が飛び出した。バク転と共にジノグライは飛びのき、砂埃と共に後ずさる。
「遠距離から……」
 ジノグライは義手を構え、いつものように指先を変形させ電撃のレーザーを容赦なく撃つ。いつもなら数発がソキウスの腕や脚に当たるのだが、
「な……?」
 ソキウスはレーザーを大きく駆け出しながら避けて、避けられない部分を持っているレイピアで一挙に切り裂く。炎の加護を受けることでレーザーを吹き飛ばした。空しく路上にぶちまけられる。
「何だと!?」
「成長したんだよ!」
 そのままソキウスが両腕を後ろに組むことによって次なる魔術の準備が整い、それらが振り下ろされた。下ろされることで、
「な!?」
 爆炎の波動が一挙に押し寄せた。熱風が吹きすさぶ中、前が見えない状況下でジノグライは爆炎を避けられずにいた。ジャッジの結界によってダメージこそ軽減されているが、問題なのは、
「……面倒だ」
 着ているジャケットを触媒として炎が燃え広がることだった。ジャケットだけを脱ぎかけて、はたと気づいて、
「くっ!」
 手に入れた欠片が入っているポケットをがっしり掴んだまま、ジノグライはジャケットを一挙に折り畳んで、爆炎が燃え移ったジャケットから酸素を奪う。目論見は上手くいき、沢山のシワと引き換えにしてジャケットの炎は消えうせた。ジノグライはもう一度ジャケットを着る。
「ほう」
「まだだ!」
 右腕から多くのレーザーが、まるで蜘蛛の糸のように伸びる。電撃はジャッジの結界の外には広がらず掻き消えた。ソキウスは結界の外には殆ど出られないが、これも楽に避けた。そこを狙って更なるレーザーが撃ちこまれていった。それもバックステップで避ける。
「甘い!」
 バックステップと共に空気を串刺しにするかの如くレイピアの猛襲が前方に襲い掛かった。そこに発生した熱が、今度は先ほどジノグライが放ったレーザーの如く彼に牙を伸ばす。今度はジノグライが義手を素早く動かしいなした。そのモーションの間にソキウスは蹴りを彼にお見舞いしたが、これはまた避けられた。
「少々油断が過ぎたか」
「へ、情けねぇな!」
 更にソキウスが両腕を前に掲げ、
「爆破」

 一挙に精神エネルギーを収束させ、再度一挙に拡散させる。
 その像が爆発の形を伴い、ジノグライを包み込んだ。
「なっ……!」
「きゃっ!」
「ふむ……」
『ありゃー……?』
 ギャラリーが口々に呟く。その間にもジノグライは背中を強かに打ちつけた。しかしながら受身がとれていたため、ダメージは軽減された。軽減されたとはいえ爆発のダメージは相当に大きかったらしい。頭を大きく振ってジノグライは前を向いた。
「……」
「おらどうしたどうした……? そんなんでへばるジノグライ様じゃ無いだろう!?」
「うるせぇ……」
 ジノグライが言葉を漏らす。
「ふふん、なかなかダメージが溜まってきたな」
 駆け出してレイピアを取り出して炎を点火させると、ソキウスは凄まじい剣速でもってジノグライを切り刻まんとした、が、
「な」
 ジノグライは、伏せた。
 レイピアは空を切った。炎が揺らめいた。
 そしてそのまま電撃がソキウスの右腕に当たった。レイピアが取り落とされる。
「がぁっ!?」
 更に、
「ぬぉっ!?」
 ジノグライは大きく伸び上がり、先ほどソキウスが決められなかった蹴りを、狙い違わず腹にぶちこむことに成功した。いちどきにソキウスの内臓が圧縮され、苦しみが脳天まで突き抜ける。
「ぐは……!」
 彼の着ているコートをジノグライは掴んだ。胸倉のあたりを掴み上げ、捻り上げる。
「どうだ……?」
「げほ……ぐ……」
 ソキウスは降伏のしるしに両手を軽く挙げた。そのままジノグライは、まるで興味を無くしたかのようにソキウスを手放した。
「ぐふ……っ!」
 ソキウスは涎を垂らしつつ上体だけ起こした。ジノグライがそれを見下ろしている。
「お前は確かに腕を上げたな」
「ちぃ……こんなはずでは」
「身の程を弁えろ……俺はそう言うぞ、これに懲りたならもう俺に決闘など申し込むな、勝敗は決然としているんだ」
「……」
「お前を否定するつもりは無いが、俺は更にその先を行くと宣言する、だから」ずいと人指し指を突きつける。「これ以上楯突くんじゃないぞ、面倒だ」
「……」
 赤いコートが力なく垂れている。既に抵抗する気力をソキウスは失っていた。ジノグライはこれ以上話しかけても無駄だと判断し、踵を返し一行のもとへと帰っていく。そして二言三言交わしたあと、その場から離れていった。
 ソキウスはそれをずっと見ていた。見ていたままだった。


「楯突くな……か」
 ソキウスは朝の光を浴びながら物思いに耽っていた。
「んー」
 あぐらをかいたソキウスは腕を組みながら首をかしげる。
「でもまぁよくよく考えれば……最近この世界を襲っている異変を解決したいわけで」
 ソキウスはわざわざ声に出す。
「それを考えれば確かにジノグライは関係ない……よな?」
 でも、とソキウスは続ける。
「気になるのはジノグライの装備だよな……あの義手」
 ぼそぼそと喋って、もう一度思考する。
「アレ、俺が機械兵団とやりあっていたときとパターンが似ていたんだよな、なんか……武器の形式とか、光線とか」
 傷は完全に癒えた。手を地面について大きく深呼吸をする。
「というかバイクの所にさっさと行かなきゃ……」
 建物の陰にソキウスのバイクは立てかけられていた。彼はバイクの横に立ってストッパーを外し、徐行運転でその場から去っていった。

「……」
『ジノグライよぉ』
「あー?」
『あんなにカッコつけてた割にはお前相当ギリギリだったんじゃあないの~』
「うるせぇ、黙れ」
『あぁ酷い~』
「……けっ」
 四人と一機がそぞろ歩く。戦闘が激しかったが故に見ているほうの疲労もなかなか激しかったらしく、ハンマーはミリをしきりに心配している。
『で』
「はい?」
『役に立った?』
「……いえ?」
『あらま』
「あの人は魔術の使い方に……芸が無いというか、品が無いというか」
『うわ割と酷い』
「でも本当でしょう?」
『わからないでもないけどさぁ』
「戦いは常に相手の裏をかくもの……故に魔術はトリッキーに使ってこそではありませんか?」
『まぁ……でもお主も割と直球じゃ』
「意識の違いですよ」
 そこまで言い切ったところで、がしゃん、と大きく機械の音がした。
『え?』
「なんだ……?」
 がしゃん、がしゃん、がしゃん。
「お前ら後ろだ!」
「何ですって!?」
 ミリの悲鳴がひっと上がる。
「なんだって……」
 すぐ後ろには身の丈が人間の五倍はある巨大なロボットが、今にもその巨大な拳を振り下ろさんとしていた。
「逃げるぞ!」
 衝撃。




*To be Continued……