雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

SEPTEM LAPIS HISTORIA 033- 意外な人の意外な縁から意外な術が生まれて

「あの子」
 ハンマーは気になっていた。「このまま別れるとは思えないような気がしてきた……」
「というと?」
 ゾイロスが聞き返す。
「またどこかで出くわしそうな気がして……」
『ナニナニ? 運命の赤い糸的な奴? ひゅーひゅー』
「棒読みで囃すのはやめてほしいなぁ」
 手を振りながらジバの軽口に応えている。
「でも気になるといえば気になるね……何か知ってそうだし」
 ミリが口を開く。
「で? 次の俺たちの行く場所はルフト洞窟……だな」
 ジノグライはそうそうに興味を無くしているようだ。
「どう行くんだ」
 その問いについては、
「……」
「……」
「……」
『……』
「……おい?」
 皆一様に口を閉ざしてしまった。
『い……行ったことの無い場所だから地図も用意していなくて』
「だからその辺りの本屋かなんかで地図でも借りられないかと思いましてそれを今から……」
「お前ら……」
 心底呆れたかのようにジノグライが溜息を吐いた。
「どう行くのか分からないものを追いかけようとしていたのか?」
「でもあっちを見てよ」
 ミリは街の一点を指差した。その先には岩山が広がっている。
「あっちは岩山、多分その方向に洞窟はあるはずだよ」
「ですがこの街は入り組んでいます、今から行ったらどれほど手間がかかるか……私たちの中の誰も飛行魔術は会得していないはずですよ?」
『シエリアさん……は朝から仕事だって行ってたしなぁ』
「どうしようか……」
「あのっ!」
 聞き覚えのある、いや、今さっき聞いたばかりの声がした。
「……うわぁ」
 その出来すぎな展開にハンマーは愕然とする。
「アリアさん……」
 思わず溜息まで漏れたがアリアはそれを意に介していない。まっすぐ一行を見つめて訴えかける。
「私も連れてってくれませんか……? 街が破壊されていくのを見るのは私もつらいです、えーっと……」
「ハンマーだけど」
「ハンマーさんは私を助けてくれました、何かアレについて知っているのでは?」
「うぅ……」
 図星だった。そして不意に苦しみを感じ始めた。
「いや、でも無関係な人間を巻き込むわけには……」
「……」
 アリアは少し微笑む。
「お優しいんですね」
「えっ」
「ワガママを聞いてください、私も連れて行って欲しいです」
「……」
「連れて行けばいいんだ」
「なっ?」
 声を出したのはジノグライだった。
「戦闘要員がひとり増える」
「言うと思いましたよ……」
「戦うことしか頭に無いから……」
 それでも嬉しそうにアリアは顔を綻ばせる。
「本当にいいの?」
 境遇の近しいミリが声を投げた。
「いいんです……連れて行ってください!」
『止めはしないけど、きちんと自分の身は守れる?』
「大丈夫です!」
 その途端、ゾイロスの呟きが聞こえたような気がした。
「え」
 見覚えのある桃色の線は空間を走り、アリアを囲んだ。それに気づいた瞬間、アリアは身構え攻撃に備える。その体制になる前に
「!?」
 触手のような熱線がゾイロスの腕から伸びる。激しく空を切り、アリアの腕に真っ直ぐ飛んでいく。
「……!」
 次の瞬間、
「やっぱり……!! 僕が見たものは幻覚でもなんでもなかったんだ……!!」
 ハンマーが思わず声を漏らした。
 アリアの姿は空中に溶け、まさしく煙のように熱線を避ける。腕の辺りに熱線が着弾した瞬間、アリアを結んでいた像は大きく穴が開いた。一瞬アリアの姿そのものが全く判別できなくなった瞬間、一挙に煙のような像が中心の空間に渦巻く。集合する。そして実体を結んだ。
「な……」
 ジノグライですら驚愕の声を漏らした。
 そこにいた全員が息を呑んだ。目すら離せずアリア・ホロスコープの一挙手一投足を一行が注視していた。
「す……」
 再びの声がミリから漏れた。次の瞬間堰を切ったように声が四方八方から溢れ出した。
『すげーーーッ!!』
「凄まじい特殊能力でした……!」
「初めて見たよあんな能力!」
「……なんて奴だ」
 やいのやいの囃す一行を前にして、アリアはさっと手を上げる。一行を制してから語り始めた。
「……エアボディー」
 目を伏せた。
「私に備わった能力です……攻撃には役に立ちませんが防御には役立つと思います、自分の身は守れますよ」
「お荷物にはならない……か」
 ジノグライの言葉に、かすかにアリアは顔を曇らせる。攻撃の術が殆ど無いことを、アリアは気にしていた。
「今から『おじさん』の家に皆さんを連れて行きます、『おじさん』なら何かしら知っているんじゃないでしょうか……私にも分からないんですが」
「『おじさん』?」
「ティエラの街で修理工をしているんです、自分でもいろいろ開発しているんですよ」
『シエリアさんみたいだな……』
「誰です?」
『気にしないで』
「……でもあなたのように洗練された発明はしてないんですよ」
『うん……?』
「来れば分かりますよ!」
 そう言ってアリアは駆け出し始めた。
「……」
 ミリもジノグライも呆気にとられていた。嵐のような娘だ――そう思っている。しかしハンマーは後を追いかけ始めた。ゾイロスも後に続く。
「おい、待てよ」
 ジノグライは声をかけた。しかしゾイロスは顔だけ振り向いて声を放った。
「あなたも私もあの人も……思ってることは心の底で一緒だと思いますよ?」
「……どういうことだ」
「……『行動を起こせば、日常が、世界が変わる』」
「……」
「誰もがそう思ってるに違いないですよ」
 振り返るのをやめて歩き出した。
「なるほど……」
 ミリが呟いた。
「私だって、そういう人間だったもんね」
 走り出した。
「……」
『どうする?』
「……」
 そうジバが煽ると、アリアの走っていった道をジノグライも歩き出した。
『速くしないと置いてかれちゃうよ』
「うるせぇ」

 そこはとても大きい家だった。造りはバラック小屋のようだったが、明らかに強度などはしっかりしているようで、まるでバラック小屋の雰囲気だけ借りてきたかのようだった。
 そしてその邸宅の前には「街の修理工 ベゼル」という文字が手書きで躍っていた。お世辞にも字が綺麗とは言えないが、ハンマーはそれを見て喉に刺さった魚の骨のように何か引っかかるものを感じていた。
「あれ……」
『どうしたんよ』
「いや……気のせいかな……でも気のせいにしたって出来すぎなような……えー……思い出せそう……なのに全然思い出せない……」
『厄介じゃん』
「でも絶対どこかで見たことがあるんだよ! そしてその正体を見たら絶対に膝から崩れ落ちる感じの違和感なんだよ! ああ……」
『大変そうだな……おっ』
「ん?」
 どうやらその『おじさん』がやってきたらしい。声が一人ぶん加わる。しかしその声にもハンマーは聞き覚えはあった。
「え!?」
『どうした』
「ま……まさか……!?」
 そして正体は決定的になった。その姿がハンマーの前に現れる。
「いよぉ、お前……なんでこんなところにいるんだ?」
「『おっちゃん』……!?」
『えーなんか超展開っぽいんですけど……』
「なんだお前!? 喋ったぞ!?」
「あ、気にしないで……」

「うーい、ハンマーが詳しいと思うが自己紹介をしてやるぜ、俺の名はラディウス・ベゼル! 普段はハンマーの職場……イニーツィオの工事現場で現場監督をしているぜ、よろしくな」
 そう言ったラディウスは恰幅のよい男性だった。恰幅がよいとはいえ、その肉体は筋肉で覆われており、とても頑丈そうだった。少なくともたるんだ様子は見えない。
 ぼさぼさの金髪はこまめな手入れをした様子が無く、砂が混じったようになっている。茶色い目はキラキラと輝き、まるで少年のような輝きを失っていない。顔立ちにはしわが目立つが、どことなく若さも感じられる。
 着ているジャケットにはところどころ綻びやほつれ、あるいはオイルの汚れが目立っている。ズボンは随分きつそうであるが動きやすさはありそうだった。ひとことでラディウス・ベゼルという人物をまとめるならば、「豪快」が似合う。行動力があって周りを強く引っ張るタイプだ。
 しかし目を引くのは、
「……」
「あー、こいつは気にせんでくれ」
 ジノグライと同じようなグレーの義手がその手に嵌っていた。しかし本人の目の前で、ラディウスはそれを、
「いよっと」
 外して見せた。タコや傷で覆われた両手が覗き、また義手――しかしこれ以降はメカグローブと呼んだほうが正確である―が装着された。
「あー、やっぱこれはカッコいいんだけど蒸れるなぁ……その辺を改善できたらいいんだが」
 そして改めて一行に向き直った。
「おう、そうだそうだ、一応名前を聞いておかねばな」
 そして自己紹介を一行は始める。
「ミリティーグレット・ユーリカです、ミリと呼んでください」
「ゾイロス・イクシオンです」
『ジバです~』
「ジノグライだ」
 その態度にラディウスはぴくりと眉を震わせる。
「おいおい、若いのがそんな無愛想じゃあいけねぇじゃないか、なぁ?」
「……」
「おっちゃん、ジノグライはそういう人間なんだ、あまり触れないほうがいいよ、不機嫌になるから」
「ふーん、そんなもんなんかいねぇ」
 呟いた後、ラディウスは言った。
「で? どうしてここに来たんだい、発明品でも買いにきたのかい」
「いや、違うんだ……アリアさんに連れて来てもらったんだ」
「んー? ハンマー、それは本当かい」
「そうなんです」
「……知らない人間を拾ってくるとは感心しないな」
「小動物じゃないんですから」
「一旦静まれ、んで、俺に何をして欲しいんだい」
 一拍置いて、アリアが尋ねる。
「ニュース聞きましたか?」
「聞かないわけが無いさ、それで?」
「ここにいる人たちはそのロボットの一味を倒して行っている人たちなんだそうです、この人たちのために力を貸していただけませんか?」
「あー、ダメだダメだ」
「えっ!?」
 手を振りながらラディウスはにべも無く答えた。
「俺は有給休暇をとってこの家に休みに来ているんだ、そんなことにわざわざ付き合うほど俺はお人よしでもないんでね」
「……」
「だが……」
 ラディウスは親指で邸宅の一角を指した。ここからそう遠く離れていないところに、一台のヘリコプターのようなものが澄ましたさまで停泊していた。ようなもの、と表現したのは、それが廃材で作られていたからだ。それを見てラディウスは自信満々な笑顔を向ける。
「ヘリコプターなら貸してやる、廃材を継ぎ合わせて作ったから見た目は悪いが……それ以外の品質なら充分保障できるぜ」
「本当ですか!」
「あぁ、これでルフト洞窟ふもとまで一気に行けるだろうさ」
 ミリがヘリコプターに近づき、扉を開けてみた。幸いにも四人が乗れるスペースは十二分に存在していた。操縦桿らしきものを四人は探したが、
「どこにも無いじゃないですか」
 ゾイロスは言ったが、ラディウスはニヤリと笑った。
「黙れ若造、コックピットをよぉく、見てみ?」
 嬉しくて仕方が無いという様子だった。コックピットにあたる部分をゾイロスは見てみた。すると、そこには最低限の長さのガムテープが貼られているだけでレバーもボタンも何一つついてなかった。そしてそのガムテープには、
「自動操縦……」
 ミリがぽそっとこぼす。
「どうだ! すげぇだろう!」
 ラディウスはガムテープを剥がした。よく見るとその下にはボタンが等間隔で並んでおり、その下にはティエラの街の地図が用意されていた。そして北西の位置にあるボタンのひとつをラディウスは押した。
「おう、これでルフト洞窟までひとっ飛びだ、乗った乗った!」
 するとラディウスは強引に四人を押し込む。前の座席にハンマーとジノグライ、後ろはミリとゾイロスだ。ジバが所在無さげに浮遊している。
「あとはハンマー、お前の目の前にある黄色いボタンを押せ、それがスイッチだ、飛び立つぜ」
 四の五の言わずに押し込まれたジノグライは怪訝な顔をする。
「こいつ……信用できるんだろうな?」
「僕の尊敬する人だよ、安心して」
「どうだかなぁ……」
 そしてボタンが押し込まれた。
「行ってこーい!」
 少し頼りなさげに宙に浮いた廃材ヘリコプターは、次の瞬間力強く舞い上がった。ルフト洞窟へ、四人と一機を運んでいく。その一連の様子を、アリアは呆気に取られて見ていた。その姿が空へ吸い込まれていく。

「……」
「さ、準備するぞ! アリア、手伝え!」
「えっ?」




*To be Continued……