SEPTEM LAPIS HISTORIA 034- 寄せ集めが力を発揮する瞬間
「アリア、お前、嘘がどうしてこの世に生まれたか……わかるか?」
「……えっ? えーと……さぁ……どうしてでしょう?」
「そりゃお前、人間の生活をより良くするために決まってんだろうが」
「え……?」
「まぁ今勝手に考えたわけだがな」
ラディウスは楽しそうにニヒヒと笑う。「だがあながち間違っちゃいないだろう? ん?」
アリアの脳内に「嘘も方便」という格言が鮮やかに明滅した。
「そうじゃなきゃぁみんなあっちこっちで嘘をついてるわけねぇじゃねぇか、お前のクラスメイトにもそういうの、いるだろうよ」
「確かに……」
「だから今、俺はあいつらに嘘をついた」
「え?」
「俺はこう言ったな? 俺は有給休暇をとって休みに来ている、そんなことにわざわざ付き合うほど俺はお人よしじゃねぇと」
「そうですね、確かに……」
砂交じりの風がどこかから吹いてきた。
「ありゃ嘘だ」
「……」
「俺はあいつらを助けに行くぞ! お前が止めても聞くわけねぇしむしろお前を引きずり込んでやる」
「……言うと思いましたよ」
アリアは困ったようにはにかんだ。一方ラディウスは心底面白く無さそうな顔をしている。
「……そこはー、お前拳を振り上げて『おー!』だろうよ、最高にアツいじゃねぇかよっ!」
「ラディウスさんのそういう言動はもう慣れっこですよ~」
「げー……面白くねぇ、面白くねぇぜー……本当に可愛くない」
「はぁ」
「まぁいいや……ついてこいよ、良いもの見せてやるぜ」
「良いもの?」
ラディウスは踵を返して若者のような足取りで駆け出した。
「あぁ、待ってくださいよぉ!」
アリアも慌ててその後を追う。しかしながらその三つ編みがどこか楽しそうに揺れているのに、アリア本人が気づくはずもなかった。
「趣味を仕事にできるのは最高だが、それで苦しむ人もいる」
小屋の一室で、呟くようにラディウスが言う。
「その点俺はいい職業になれたなぁ、って思うんだぜ……なぜって」
薄暗闇の中で、何かのチューブを持ち上げる音がした。それに付随して、モノがぱらぱら、ばらばら落下する音もする。
「こんな風に!」
ラディウスはアリアの眼前に何かを突き出した。暗がりの下でその姿はアリアにはよく見えなかったが、徐々に目が慣れてくるとそれが明らかになってきた。
「えーと……なにこれ、シャワーヘッド?」
「そう、その通りだぜ……とでも言うと思ったかい?」
よく見たらそのケーブルの先は掃除機に繋がっていた。しかもその掃除機はただの掃除機ではないというのはラディウスの性格とその台詞からアリアにはよく分かっていた。
「そうだ……ということでちょっと外に出るぞ」
「はぁ」
そのまま部屋から廊下を抜け、玄関から外に出ると、日の光をやけに眩しく感じた。ラディウスの小屋は広い敷地の中に建っており、岩の風景が辺りに広がる。
「そしてここにあるスイッチをだな……」
更によく見るとシャワーヘッドの下部には拳銃のようなトリガーまで確認できた。そして嫌な予感がこれでもかとアリアにぶつかり弾けていく。
次の瞬間、彼女の目の前でトリガーが押された。
「ファイヤーーーッ!!!」
「!」
耐熱加工をされた穴という穴から、猛烈な火炎が噴き出した。小屋の前のスペースを炎が躍り、すぐに空気と交じり合い消えていく。
「……う、わー……」
「ヒュー! ッははははは!!」
ラディウスはひとりでずっと笑っているが、アリアには何が楽しくて笑っているのかいまいちピンと来なかった。
「あー……すまねぇな、このシャワー掃除機型火炎放射器、昨日造ってみたんだが」
そう言いながら物騒なシャワーネックをぐるぐる回す。不安定に陽光が反射してヘッドが光っていた。
「テストをまだやってなかったからな~、あー! やっぱりこの感覚は何度やってもたまらんねぇ~……ぐふふ」
「……」
「……悪いことをしたような?」
「そんなことは無いですよ?」
「な、ならいいんだけどよぅ……」
熱くなると周りが見えなくなるタイプの人間なのである。
「覚えておくと良いぜ」
アリアは小首を傾げる。
「自分の強みを活かせる機会はたくさん持っておけよ! きっといい人生になるはずさ……今のお前が持っている能力とかもな」
ラディウスはアリアを指差す。
「そしてその機会はきっと巡ってくるぜ、そのチャンスを絶対に……離すなよ」
「……」
「俺は今日、自分の強みをフルに使って暴れることが出来るんだ、たまんねぇぜ……」
わざわざタメを作ってまでアリアに語りかけるその姿は、なんだか妙におかしかった。そしてアリアは気になっていたことを話してみる。
「あのー、どうやって?」
「え?」
「どうやって向こうまで行くんです?」
「トラックぐらい俺が作ってないとでも?」
顔をずいっと近づける。
「ありったけの火器を持ってこい! 俺たちの一番得意なやりかたであいつらを、ハンマーの奴を援護してやろうぜ!」
「うーん……」
急きたてられるように小屋に戻ったアリアに、一抹の不安がよぎる。今日の空模様とは、まるで似つかわしくなかった。
「……本当にこれで大丈夫かなぁ」
「ねえ、本当にこれで大丈夫かなぁ」
ミリの不安げな声。
「大丈夫だって」
ハンマーの宥める声。
それを意に介さずヘリコプターのモーター音は力強く回り続け、四人分の体重を運んでいる。
『造り主に似たのかな』
「ちょっと分かる気がする……」
そんな中、
「見えてきましたよ」
「おぉ……」
ルフト洞窟の入り口には、ご丁寧に開けた岩場があった。なだらかな平地で、雨と風で風化しているのが分かる。ここなら自動操縦のこのヘリコプターもきちんと着陸できそうだった。
「このヘリにちゃんとこの地面が見えているんだろうかねぇ……」
溜息混じりにジノグライが呟く。しかし思いのほかシームレスな着地をヘリコプターは見せた。もちろん廃材のドアがゆるりと開く。
「ふむ……」
「着きましたね、ここが……」
洞窟がばくりと口を開けていた。その容は歓迎しているかのようで、その奥に広がる漆黒は何者をも拒絶しているかのようだった。
「怖くない?」
「今更何を仰る」
「そのために身を守る術を学んでいるんだろうが」
もちろんジノグライが、ずいと前に出始めた。ゾイロスとジバもその後を追った。
「うー……」
ハンマーは煮え切らない思いを抱えていた。
「どうしたの?」そうミリは訊いてきた。
「いや、こういうのってさ、よく暗所で作業するときはそういうヘルメットがあるよね、って」
ハンマーは自分のヘルメットを指で叩いてみる。
「ライトでもあればまた話は別なんだろうけど」
『ライトっつった?』
「あるんですか!」
前を行きかけたジバが、少しだけ回転してハンマーのほうを見た。瞬く間にベルトのようなものが送信される。そしてハンマーの手の内に納まった。
「おおっ……」
現れたのは懐にも入りそうなライトのついたベルトだった。年季は割と有りそうだったが、使う機会がなかったのだろう、傷が無いが埃をところどころに乗せていた。
『これを、巻く、繋ぐ、照らす、おっけ?』
「ありがとうございます!」
心強い装備を得たハンマーは、勢いよく駆け出して行った。ミリがその様子を見ながら、くすくす笑う。
「ああいうのって男の子好きそうだよね」
『新しい力は身体も心も大きくパワーアップさせてくれるもんだぜ』
ジバがしみじみと呟く。
『ほらほらミリちゃんも! 置いてかれても知らないんだからな』
「おーっと、そうだったね……」
そう言うと、ミリも暗闇の中へさっさと足を踏み入れ始めた。
『楽しそうだなー……』
ジバが後ろからぽそっと言葉を浮かべた。
『皆も最初はただのまとまらない集まりでしかなかったけど、共通の目的って強いんだなぁ』
足音が聞こえなくなってくると、ジバは我に返ったかのようにそのボディを震わせた。
『あ、私も行くんだった……』
すると、記憶の片隅に押しやられていたアンテナのスイッチを入れてライトを点けると、四人の後を追い始めた。
四人は繋がって歩いた。ライトを持つハンマーが先頭、ジノグライ、ゾイロス、ミリ、そしてしんがりにジバと続く。
「むむ……暗くてよく見えないや」
「落石でもしてライトが罅割れたらことですね」
ゾイロスが言いかけると、
「あ、そういえば」
この一言と共に空間に新たな暖かさが生まれた。炎がゾイロスの頭上に灯り、ライトとは違う仄明るさで一行を照らす。
「いや最初からやってください!?」
ミリの抗議を華麗にスルーしながら、
「ずっと灯しておくのは疲れるのですが」それを感じさせない、いつもの穏やか極まる口調でゾイロスは言う。「でもこの状況、背に腹は変えられないでしょう」
ジノグライはこの言葉を起点に、思い出していた。
ゾイロスの一番大きな目的が復讐だったことを思い出していた。執拗に敵方のヘリコプターを追いかけていたことも思い出した。
自分との再戦の要求をのむのも、ミューエの町を襲った相手を倒してからでは遅いだろうと踏んだ。
しかしジノグライは慎重だった。できるなら、ゾイロスには見つからずに、秘密裏に訓練を積みたい。
だがパーティとして動いている以上、それは難しかった。故にジノグライは、再戦の機会を逸したままだった。
そんなことを考えながら歩を進めていくと、
「がッ」
どうやら段差に足をとられたらしく、ハンマーがつんのめる。
『だいじょぶ?』
「大丈夫ですが……」
ハンマーは腰をよろりと上げる。多少ふらふらしていたが、問題は無さそうだ。
そして、完全に立ち上がろうとしたところを、
ズビュ
「は……?」
ガシャッ!
背後の壁に何かが当たり、崩れる音がした。
「えっ……!?」
一瞬ハンマー以外の目に、『それ』が映った。『それ』の軌道はハンマーのヘルメットの上部分を少しだけかすめ、もう少しハンマーが頭を上げるのが早ければヘルメットにまともに直撃し、貴重な光源がひとつ失われていただろう。それを免れていたとしても、ハンマーに当たってしまえば後ろに大きくノックバックを喰らってしまいそうだった。
「前方から何か飛んできた!」
「そこに誰が!」
ゾイロスが灯りに使っていた炎が大きく弾け、膨らみ、まるで炎で一行を守るかのように辺り一体を覆った。それでも闖入者の姿はどこにもなかった。ならばとゾイロスは更に炎を揺らめかせる。呼吸も苦しくなるほどの熱と明るさが目の前を通り過ぎ、舐め尽す。
それでも明らかにならなかったがために、ゾイロスは一度だけ炎の強さを弱めた。もっとも、彼にも規模の限界があった。
ところが、
「なっ!」
その矢のような攻撃は今度は下からゾイロスを襲った。まるでその隙を狙ったかのようなタイミングだったが、彼は大きく腕を振るって炎の壁を作り、これを凌いでみせた。
その瞬間、なにやら大きく、黒い影が一行の眼前に立ちはだかった。
「……」
暫し、一瞬とも永劫ともつかない時間が流れた。そしてその間、誰もが無言で全てを見ていた。
ジバのライトに照らされたその人間は、何よりも身長が目を引いた。途轍もない大男で、ゾイロスよりも頭一つ分は大きい。
更に漆黒の前髪が口元まで垂れ下がり、その素顔も人となりも全て塗りつぶしていた。表情は把握できず、無機的な印象を一行に印象付ける。
おまけにその姿まで黒尽くめだった。黒いマントに黒いズボン、黒い上着が、ライトに照らされ煌々と輝く。
暗殺者。
闇に溶け込み、狙撃でターゲットを狙う。
一言で印象を表すなら、それが一番近かった。
時間が経過する。一行の中の黒い男が、一番最初にアクションを取った。
「喰らえっ!」
ハンマーの陰から電撃を放つと、その男は屈んでそれを避けた。滑らかななその屈み方は、彼が少なくともロボットたりえないことを分からせてくれる。
次の瞬間、大きな体躯に似合わない俊敏さで、たちまち一行の前から姿を消した。一行が行く道を、凄まじい速さで走りぬける。
「おい、待てッ……!」
ジノグライは叫んだが、行き場の無い焦燥が洞窟の中にこだまするだけだった。
「クソッ!」
手近な岩をジノグライは蹴り、奥歯を噛み締めた。
「逃げ足の速い奴……」
「あの衆、どう思うね」
「なかなか見所はあるように思われますが」
「ふむ……」
*To be Continued……