雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

ナイツロード 外伝 -輪廻の盾、悠久の翼- Phase.2 敵か味方か

「……何故じゃ」
 ロッシュからのコーヒーの誘いを受け入れることも突っぱねることも出来ず、曖昧な態度のまま促されるように、リピは椅子に座った。代わりに、口からは疑問が再度漏れる。
「何故わしを殺さなかった?」
「殺して欲しかったのですか?」
 カウンターに置いてあるコーヒーミルから、ロッシュは目を離そうともせず答える。エスが身じろぎしない状況の中、豆が砕ける音と雨が窓を叩く音が静かに共鳴していた。
「本音を言ってしまえばヴァイスの情報を提供してもらいたい、というのもありますが……猫の鳴き声に気をとられたり、自分の所属している派閥を聞いてもないのにバラしたり……」
 言葉がリピの心にザクザク刺さる。やがてコーヒーカップにコーヒーが注がれる音が聞こえ始める。
「そんなお茶目なあなたはどうしても悪い人には思えないんですよ」
 角砂糖がコーヒーに触れ、溶かされていく。
「まぁ……端的に言ったら……仲良くなれそうだな、と思って」
 リピの目が訝しげな表情を作った。
「何かあったのですか?ヴァイスに所属したのも、何か理由あってのことだと思います、ゆっくり聞かせてくれると嬉しいのですが」
 また、疑問が彼女の頭の中で渦巻く。そんな渦をせき止めるかのように、あの言葉がまた響いた。
「コーヒー、如何ですか?」
 断ろうとした彼女の紅い目に、既にトレーの上に乗った二つのコーヒーカップが映る。


 ヴァイス。
「何者かの悪であること」を信条に集まった集団……と片付けるにはいささか力を持ちすぎた、というような団体だろうか。この組織の頂点、シルバリオスは強大な力を秘めた、大をつけても差し支えないほどの「魔王」である……というのが実際のところであり、ナイツロードという傭兵団の幹部「ナイツ・オブ・ラウンズ」たるロッシュをして、未だにその程度の情報しか掴めていない、遠い遠い存在である。
 様々な派閥に分化しており、果たしてどこまで草の根が広がっているかは定かではない。特に「魔」の派閥、「死」の派閥、そして、
「……悔しいがうまい」
 ここでコーヒーを飲みだしたリピは、それらの派閥に勝るとも劣らない勢力を持つ派閥「狂」の派閥の一団であるらしい。表向きは「アスガード騎士団」なる団体を名乗っているが、長のラグナロクはやはりと言うべきか狂気に満ちた性格をしており、悪意が無い状態で破壊活動を行っている、という噂である。そんな純粋な狂気が、ユースティアへの被害を他の派閥に比べて一番広く破壊しているというのだから、恐ろしいものである。
 故に、こんな凶悪な集団の(末端の構成員とはいえ)尻尾を掴んだ、というのはナイツロードにとっても大いなる前進とも言えるだろう。

「でも」ロッシュは目の前のテーブルにお行儀良く座る少女の魔族を見た。
「こういう人もいるものなのですね」
 そっと小さく呟く。
「何か言ったか」
「いえ何も、それでは」
 すとんと同じテーブルのイスに座ったロッシュはリピに言葉をつむぎ始める。
「今、あなたは捕虜の状態にあります、よって私の欲する情報を嘘を差し挟まず教えてください」
 と言い終わらないうちにリピが視界から消える。傍にはまた闇色の煙が漂っていた。
「え」
 伸び上がってロッシュがイスの上を見たとき、その上にあったのは真っ黒なサソリだった。そのまますばしっこく店内の床を這いずり回り、扉を探す。が、
「そこは自動ドアじゃないです……」
 必死にリピが出ようとしたドアは人間でなければ開かない、つまり引いて開けるドアだった。敵ながら情けなくて同情すら感じてしまう。やれやれとロッシュがドアまで駆け寄り、つまんでイスに戻そうとしたとき、
「うわわ!!」
 再び闇色の煙が奔る。突然の出来事にロッシュは思わずしりもちをつくが、すぐに別の生き物に変化したリピを目で追う。
 現れたのは、カラスだった。やはり素早い羽ばたきで開いている窓から逃走を図る。
「いけない!」
 ロッシュの声が飛ぶ。次の瞬間、どこからともなく全く突然に、大きめの百科事典ほどもある岩石の欠片がカラスの眼前に躍り出た。空中で慌てふためき、揚力を失ったカラスはけたたましく喚きながら墜落を始める。それをダイビングしながらロッシュはきちんと受け止めた。
 ちなみに被っていたフェルト帽は、滑り込んでも彼の頭の上に乗っかったままである。


 ユースティアには様々な魔術、超能力、異能力が存在する。このナイツロードにも、様々な能力を持った戦士たちが集う。
「メガリスサテライト」はロッシュが持っている能力のひとつだ。
 岩石や砂を、少しの体力と引き換えに顕現させる能力である。それは空中に留まらせることも出来るし、ロッシュの意思ひとつで空中を動かせるし他の物体に積み上げることも可能だ。
 彼がナイツロードの幹部たりえるのは、その能力が強力だからに他ならない。天然の岩石よりも高めの強度を持つ上に、何十も動かせる岩石は、攻防一体の強さをロッシュにもたらす。ナイツロード作戦部の防衛課の長を兼任しているのも納得の実力であり、何百メートルにもわたる弾幕の嵐から、無傷で生還したとの噂もまことしやかに囁かれている。
 そんな彼が趣味で猫を飼い喫茶店を営んでおり、オマケに見た目は少年なのだ。リピは本当に不運だったとしか言いようが無い。


「殺す気か!!」「だから殺して欲しかったのですか?」
 リピは激昂する。
「だから、あなたは捕虜なんです。逃げられませんよ、いいですね?では話してもらいますよ」
 緑色の眼が無垢にリピをねめつける。そこからは敵愾心ではなく、逃げ出したことを叱る様な雰囲気が放たれていた。
「でもその前に」
 ロッシュが目を伏せる。
「あなた、戦いは不得手でしょう」
 リピの表情が強張る。
「おまけに、外見に似合わないほど長い年月を……それこそ私の数倍を生きているでしょう?」
 再び顔が引きつる。
「あなたは戦士に向いてない。全ての行動が見え透いています。それもこれもきっと、戦いが嫌いなのですよね?」
 焦った顔は更に硬さを増す。得たりといった感じでロッシュは頷く。
「ですから、あなたがヴァイスの一員になっているのは何故でしょう、という話ですね」
 彼を出し抜くことは不可能だとリピは心の内で悟る。
「お幾つですか」
「……955回……、冬の雪を見た」
 少しずつ搾り出すように口が開かれる。ロッシュは眉根を寄せた。
「魔族は長く生きると聞きましたがこれはびっくりですねぇ」
 素直にロッシュは驚いた顔を見せる。
「お主は一体何歳なんじゃ」
「そうでしたそうでした」
 咳払いをして、ロッシュは言葉を放つ。
「私は59歳です」

「……は?」
 人間に関する常識はリピも弁えているつもりである。人間の寿命はせいぜい百年。それを越えて存在するのは難しく、蘇生や若返りの魔法魔術は会得が困難である。なのに目の前にいる少年は六十歳に触れる程度の年齢を生きてきたというのだ。
「もちろん、すすんでこうなったわけではないんですよ」
 振る舞いは確かに老人のそれだが、その情報を身体が受け入れてくれない。知りたがりのリピにとって、目の前の人間はとんでもなく奇異な存在である。見かねてかどうかは分からないが、再びロッシュは口を開いた。
「私は一度死にました」



*To be continued……