雑文の掃き溜めで継ぎ接いだ世界から

創作小説「SEPTEM LAPIS HISTORIA」「ナイツロード 外伝」の連載、たまにイラストを投稿します。よろしくお願いします

ナイツロード 外伝 -輪廻の盾、悠久の翼- Phase.3 からっぽの二人

 静寂が喫茶店を支配する。
 目の前の少年のような生き物から告げられた突拍子もない事実は、未だうるさい雨の雑音すらリピの意識から掻き消してみせた。知らず知らず再び強ばった顔をしていたのだろう、ロッシュが微笑む。
「あなたは悪くないですよ」
 その気遣いは空回りに終わった。互いの正義が交錯しあう戦場では、どちらが悪い、なんて物差しは機能しない。もちろんリピは微塵も罪悪感は感じていなかった。ただ同情も哀れみも超えた、純粋な興味が彼女の心を支配する。本当に悪い癖だ。
「私がこの身体になったのは……私にとってはかなり長い時間でしたが、あなたには些細な年月でしょう、八年前のことです」
 八年。人間にしてみれば十分の一に届くか程度の長い時間だ。リピのコーヒーカップは空になったが、ロッシュは未だに手を付ける気配すらない。
「あの日の私はある幹部の人とともに、リーベルタースという場所の調査に向かっていました。かの大魔王によってかなりの部分の陸地が消し飛ばされてしまったのは御存知でしょう?」
 何故か俯いてしまう。新たなどうでもいい疑問は増える一方だ。どうしても目の前の人間の紡ぐ言葉は、こちらを責め苛むように聞こえてしまうからだろう、と勝手に自分を納得させる。
「そこに到着して早々、ハオウと名乗る……恐らくヴァイスの幹部に出会ってしまいまして」
 ハオウ。ヴァイスの中でも屈指の勢力を誇る「『魔』の派閥」の長である。暴力で全てを支配し、逆らう奴に容赦はしない、暴君を絵に描いたような危険人物だ。気に入らない存在は部下でさえも消し去ると噂され、非常に恐れられている。そいつにロッシュとその幹部は目をつけられたというのだ。ただで済むハズがない。
「でも会ってそうそう『今日は機嫌がいい』みたいなこと言い出して、でも結局戦うハメになって、それで」
 ほう、と息を吐いた。
「目が覚めたらこうなっていました」
 とどのつまり、ハオウから逃げおおせたというのだ。瀕死の身体を引きずりながらどうやって?死にかけでは自分の能力の制御も難しいだろうに……
「幹部さんに運んでもらったんです」
 察しがついた。
「確かに、身体はムチャクチャに破壊されました。ですが実に運が良いことに、脳髄はほとんど無事でした。ここで死ぬのは御免だ、まだ私にはすべきことがある、ナイツロードを護る役目を果たしていない、なんて憑かれたように言ってて、そして基地を拝む前に意識が切れまして」
 へへ、と笑う。
「あとから聞いた話で、その後すぐに水槽に放り込まれて、六年ほどかけてじっくり身体を再生してたそうです。でも本当の私の身体は損傷が激しく、もう使える状態じゃない、って言われて」
 懐かしむように目を伏せる。
「記憶はきちんと残っていたので、今の私みたいな人間ができた、ということです……どうですか?」
 沈黙の中にいたリピが、言葉を投げた。
「つまらん」

 困ったような顔をして、ロッシュは肩をすくめる。
「まぁそんなものでしょう……何百年も生きてるあなたなら、もっと面白い話を知ってるはずですよね……失敬しました……」
 期待するような眼差しをリピに向けると、彼女はそっと目を逸らした。
「話せと?」
「ええ」
 選択の余地はない。仮にもここは敵地だ。こうなるのを覚悟でリピもここに踏み込んできた。どうあっても勝てない敵相手なら、生き抜いて復讐することもできるだろう。
 だから、せめて、態度だけでも。
 ふん、と鼻を鳴らして、話し始めた。
「わしは何故自分がこの世に生きているかが分からん。何故この世に生まれ、どのように生きるのか、全てが分からん」
 頬杖をついてみる。ロッシュはコーヒーを飲み始めている。
「様々な場所、色々な生物を見てきた……もちろん戦いは出来うる限り避けながら、な。じゃがわしが生きている理由を見つけることは今の今まで叶わなかった……ヴァイスに入ったのもその一環かもしれぬ」
 そっと溜息を吐いた。
「そんなところだ」
 二人分の空のコーヒーカップを片付けながら、ロッシュは言葉をぶつける。
「つまらないですね」

「……」
 リピは一瞬黙りこくった。
「お主に言われとうない」
 その言葉は弱々しい。自覚はあったのだろう。言葉にするうちに、重要だと思っていたことがしゅるしゅると萎んでしまう。
「いいじゃないですか、私もあなたも、つまらないもの同士、ですよ」
 にっこりとロッシュは笑顔を作る。いたたまれなくなったリピはそっぽを向いた。
「これでいいか!?わ、わしはもう帰るぞ……」
「いいですよ?」
 思いがけずアッサリ解放され、リピは面食らう。
「あなたが狼藉を働くようでしたら、私があなたをやっつけますゆえ」
 解放されていなかった。

 結局、彼女はコウモリになって雨雲の下に消えていった。エスはすっかり熟睡している。
「あ」
 ロッシュは気づく。
「あちゃー……」
 雨で水浸しになった喫茶店の床の掃除を、リピに押し付けるのを忘れてたことに。
 


 数日後。
 あの奇妙な来客は、あの日以降姿を見せていない。
 それで良いのだろう。彼女と私は敵同士、なんら関わりも無く、交錯し、離れていく関係にあったはずの二人だ。
 ただ、ひっかかる。何というか……後味が悪いというか……
 結局、「仲良くなれそう」という点においての後悔だろうか。それにしては、胸騒ぎがするような……良くないことが起こりそうな……嫌な……予感が……

「ロッシュさん!」
「うひゃぁ!?」
 考え事をしながら、いつの間にかロッシュは眠りこけていた。ナイツロード作戦課、防衛部の一室である。
 彼は日がな一日喫茶店にこもるわけでは決して無い。店番を募集したナイツロードの傭兵たちに任せたり、休憩時間と称して店を閉めたりすることもままある。ロッシュの本職はやはり傭兵だ。そして皆を守ることを生きがいとし、新たなる人生の糧としている。
 そんな歪な老人である彼に声をかけたのは、見た目通りの若者である。名を「エレク・ペアルトス」と名乗る彼は、青みがかった短い白髪に、ヘッドホンのような装備が特徴的な若者だ。電気を操るらしいが、彼のことを詳しくは知らない。
「ってー……なにずっこけてるんスか」
 呆れたように見下ろした視線の先で、イスに座っていたロッシュは派手にスッ転んでいた。
「ああぁ……ごめんよ、ちょっと寝てたみたいだね……」
「頼みますよー……幹部なんですから……」
 やれやれよっこいしょと上体を起こすその動作は、やっぱり高齢な人間のそれを思い起こさせる。
「それで、どんな用?」
「あー、それなんですが」
 エレクは一枚の資料を見せる。そこに書かれていたのは、
「ふむ、賞金首の討伐?」
「ええ、俺を含んだ四人で、あらかじめ偵察されたヴァイスの基地に急襲をかけます。その頭が殺人犯とかいう経歴の持ち主で、指名手配もされているー、とかいって、ぶっちゃけ興味ないっすけど」
「草の根活動は重要ですからね、頑張って討伐してくださいよ」
 エレクを激励する。平時にはこんなことも、彼の仕事の一部である。

 彼らの出撃許可を下ろしたところで、定刻となる。いつものように、ロッシュは自分の喫茶店へ帰る。
 先ほどから感じた胸騒ぎは、今になっても治らない。
「ふぅー……」
 入り口のドアが開くと、天井に黒い何かがひっついているのが分かった。
「……?」
 そしてその中心に、見逃しの利かない紅い点が、ふたつ。
 次の瞬間、焼きついてしまった色の煙が広がって、
「うぬぅ」
 あの日と変わらない声色が響いてしまった。





*To be Continued...